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第一章
09.【脈動④】
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現状、クレイドルには正式な管理者が不在らしい。
それでも人工子宮を起動して子供たちをつくることができたのは、私が仮の管理者として登録されていたからだ。
けれど、仮はやっぱり仮なのか、使用できるエネルギーの少ないクレイドルにはたくさんの制限があった。その1つが、今、子供向けの曲が流れている室内放送だ。
ヘクス原体を1つ戻したおかげで、この機能や娯楽用のデータへアクセスできるようになったらしい。
子供たちは最初こそ不思議そうに上を眺めていたが、今は気にも留めず紙工作へ夢中になっている。
今までは何をするにも静かだった。それはあんまりよくない。外部からの刺激や知識をスポンジのように吸収する子供たちにとって、こんな曲1つでも良い刺激になるからだ。
まぁ、私が静かすぎると落ち着かないっていうんもあるんだけど!
少しだけ快適になったプレイルームを私が満足げに見回していると、ディアナが完成したらしい工作を持ってきた。
「できたの? 見せて見せて~」
「うん!」
嬉しそうにディアナが差し出してきたのは、ピンク色の台紙に目と鼻をくっつけた顔っぽいものだ。ママとしては子供の意図をなるべく汲み取ってあげたい。けれど、ただでさえ記憶喪失のせいでボギャブラリーの少ない私にとって、それが何なのかを当てるのは至難の業だ。熟考の末、ディアナの知っているもので作りそうな物の名前を言ってみる。
「これは……ぶ、ブタさんかな?」
「ちがうの! でぃああはてあつくってるの!」
違った。というか、掠ってもいない。悔しい。
よく考えれば近しくてピンク色をしているのはティアだ。鼻が異様に大きかったから気づけなかった。私もまだまだだなぁ。けれど、あとで本人に見せたらきっと喜ぶと思う。
「……ほんとだ! そっくりだね~! こ、この鼻とか……!」
「それおめめ!」
私はなんとかディアナの機嫌を取ろうしたが、失敗した。難しい。難しいよ、ディアナ。
そんなことをしていると、横から別の工作が私の膝に置かれた。気がつくとコーディが寝そべって私を見上げている。
この子は物静かなせいで、たまに見失いがちだ。まぁ、コーディは活発なディアナと違って、勝手にどこかに探検行こうとする性格ではないから、大丈夫だと思っているけれど。
「まま、これあげる」
「……これ、もしかしてヘクス?」
それは六角形のシンプルな工作だった。私が聞いてみると、こくんとコーディは頷いた。
きっと、私が回収してきて喜んでいたところを見ていたんだと思う。周りのことをよく見てるのはわかっていたけど、思いやりのある子だ。
「すごいねぇ、よくできてる~。あとで一緒に貼り付けにいこっか?」
そういうと、コーディは満面の笑みで大きく頷いた。
その時――。
『警報。警報。ブロックA-903にてケースDが発生しました。クラスC以下の乗員は速やかに避難所へお集まりください。繰り返します。ブロック――』
木琴のようなアラート音と、無機質なアナウンスが大音量で流れる。
音自体は不安を煽るようなものではないが、子供たちはそれが良くないものだと本能的にわかったのだろう。
持っていた紙を放り捨てて私の胸に飛び込んできた。
「うわあああぁぁぁ! ママぁ~!」
「まま!」
「あ~、だいじょうぶ、だいじょうぶ~。ママがいるからなんにもないよ。すぐ収まるからね~」
そう言いつつ、実は私自身もこの警報を初めて聞くので結構ドキドキしている。内容もよくわからないし。
とりあえず子供たちの背中を撫でつつ首を捻っていると、ベローナが足早に部屋へ入ってきた。
「なにかあった? とりあえずこの部屋だけ警報を止めてあげて、ベローナ」
「かしこまりましたわ」
言うと、ベローナは素早く宙に視線を走らせて、警報が止む。
「あるじ!」
続けてティアがドタドタと部屋に駆け込んできた。片足で急ブレーキをかけるちっこいオートマトンに、私がため息をついてみせる。
「もうちょい落ち着いて~、ティア。二人が怖がってるんだから」
「あ! ご、ごめんだぞ! なんにもないぞ! 平和だぞ!」
言いながら、ティアはあたふたと言い訳をし始めた。案の定、ディアナとコーディは懐疑的な目を向けている。そりゃそうだ。
けれど、そんなティアを見ていたら、私の方はなんだか落ち着いてきてしまった。
カシャン、とドアの開く音に私は顔を上げる。
「ティア。ピクシスにクラス3相当の武器使用を許可、A-904に急行させて」
イーリスがアリスとベルを連れてきていた。彼女はいつも通りというか、世間話でもするような口調で指示を出す。
「ピクシス09、13の反応が途絶したんだぞ。直前まで押しかけてきた人間の対応をしてたから、たぶん……」
「そう。すぐに当該ブロックは隔離したから、当分は出てこれないはずよ。あと一応、クレイドル周囲20ブロックの隔壁は完全に閉鎖、ベローナは警戒網を敷いて」
「了解だぞ」
「わかりましたわ」
みんながイーリスを中心に打ち合わせを行う中、私はアリスとベルを受け取る。二人は不安そうな顔ではあるが、あまり取り乱した様子はない。
イーリスが近くにいたのがよかったのかな。
みんながテキパキと対応を進める中、私だけぼーっとしているだけのような……。
私はその場での疎外感を感じて、イーリスに聞いてみる。
「わ、私にできることあるかな?」
「そろそろお歌の時間じゃない?」
真顔で言われた。そういうんじゃないんだよね~……と、不満顔をしてみせるが、言った当人は気にした様子はない。
まぁ、たしかに私にできることなんてないよね。というか、そもそも子供を見ることが私の担当なんだからしっかりしないと。
「あ~、そうだった! 音痴のティアが忙しい今なら練習が捗るかも! お歌の時間だ~!」
「な、なんか急にディスられたんだぞ!?」
手をパンと叩いて、子供たちにこれからお歌の練習が始まることを明るく伝える。
私の方へ関心が集まったところで、3人は静かに部屋を出て言った。少し物騒な話が出ていたけれど、きっとみんななら大丈夫。私は私の役割をしっかりこなして、みんなが帰ってくるときに「おかえり」と言ってあげればいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、子供たちをつれて部屋の端に置かれたピアノへ向かう。
けれど、私の胸から締め付けられるような感覚は消えないのだった。
◇ ◇ ◇
人間大の黒い袋が運ばれていくのを見て、イーリスは静かに目を伏せる。
目の前の廊下では壁や床に飛び散った液体を、赤い制服を身に纏ったオートマトンたちが清掃機で落としていた。
彼女たちはティアの統制下に置かれたオートマトン――【ピクシス】だ。クレイドル周辺の警備と雑務を担当していて、その数は50名近くになる。下位モデルのため命令がなければ細かな行動はできないが、クレイドルという生活圏を維持するには欠かせない人員だ。
「で、結局こうなりましたのね」
豊満な胸を抱えるベローナがため息をつきながら隣に立った。
「警告はしたわ。けど投降もせず、奪った銃を構えながら中に入れろだなんて、通るはずないのにね」
「あの様子では戦闘訓練も受けていないようでしたわね」
「ピクシス一個小隊に包囲された状況で……それで普通、発砲する? 殺してくださいって言ってるようなものじゃない」
イーリスは額に手を当てる。頭痛という概念はオートマトンである自分にはないが、頭が痛いという仕草をしたくなるくらいには凄惨な状況だった。
完全なオーバーキルだ。ピクシスだって好きでやったわけではない。しかし、投降を促している最中に仲間が撃たれれば、当然ながら彼女たちだって自己防衛のために応射する。
小口径の拳銃とはいえ数十発もの弾丸が当たれば、ヘクスを装備していない人間など原型を留めないだろう。
「……なにか引っかかるわね」
そう呟いてイーリスは足元に転がる、人工筋肉に覆われた部品を見た。それはオートマトンの腕だ。しかも、クレイドル管理下の個体のものではない。
腕の持ち主は、人間2人と共にただ立っていただけのオートマトン。
もし、あの人間たちをマスターと認識していたならば、身を挺して守る義務があるはずだ。そうなくとも自己防衛の行動として、シールドを張る程度の抵抗は出来ただろうに。何も言わず、何もせず、ただ銃撃戦に巻き込まれた形で破壊されている。
オートマトンも人間も、どちらもいささか不自然な行動をとる集団だった。
何かの意図を感じるが、クレイドル外の詳しい状況が調査できていないだけに予測がつかない。
弾痕だけを残して清掃が進んでいく廊下を見て、イーリスは頭をもたげた。
「人間を増やそうとしているのに、私たちはどうして逆のことをしているのかしらね」
「いいえ、イーリス。私たちが増やそうとしているのは新しい人類のことですわ。旧人類の役目は新人類を育て、導くこと。その責務を放棄した彼らに、この船での居場所はもうありませんの」
イーリスの呟きに、ベローナが毅然として答える。
こうして悩んでしまう自分と違って、ベローナは人を手にかけることへの躊躇はないようだ。それは軍用モデルとしての差か、それとも自分たちに与えられた個性の差なのか。
どちらにしても、ベローナの言っていることは正しい。
「そう……ね」
割り切れていない自分の方がオートマトンとして欠陥なのだろうか。事あるごとにイーリスは、自分の中にあるこの感情というものの扱いに困っていた。
「イーリス。少しお休みになった方がよろしくてよ。ご主人様のところに行って、甘いものでもお食べなさい」
「私たちの脳にブドウ糖は必要ないわよ」
イーリスたちの頭脳は強固なナノテクタイト製のフレームと流体金属素子によるCPUで構成されているのだから当然だ。食事を摂取する機能はあるが、それによって身体機能が変動するようなことはない。
そんなことわかっているだろうに。
冗談をあしらうと、ベローナはその場でくるりと回り、胸に手を当てる。
「そうですわね。でも、ご主人様成分は必要でしょう?」
「なによ。ご主人様成分って」
「嫌ですわ~。クーデレですわね? クーデレなのですわね? 罪な女ですわね~。イーリスは~」
そう言いながらベローナはその場からフェードアウトしていった。クーデレとはなんなのだろう。ベローナはたまに意味のわからない単語を使う時がある。軍用用語か何かかもしれない。
なんとなく納得のいかない気持ちだが、ここで出来ることも終わった。
ならば、子供たちのところに戻るのは決して不自然ではないだろう。そこにアドニシアがいるのも当然の話だ。
イーリスは自分自身の行動にそう理由をつけて、その場を後にするのだった。
それでも人工子宮を起動して子供たちをつくることができたのは、私が仮の管理者として登録されていたからだ。
けれど、仮はやっぱり仮なのか、使用できるエネルギーの少ないクレイドルにはたくさんの制限があった。その1つが、今、子供向けの曲が流れている室内放送だ。
ヘクス原体を1つ戻したおかげで、この機能や娯楽用のデータへアクセスできるようになったらしい。
子供たちは最初こそ不思議そうに上を眺めていたが、今は気にも留めず紙工作へ夢中になっている。
今までは何をするにも静かだった。それはあんまりよくない。外部からの刺激や知識をスポンジのように吸収する子供たちにとって、こんな曲1つでも良い刺激になるからだ。
まぁ、私が静かすぎると落ち着かないっていうんもあるんだけど!
少しだけ快適になったプレイルームを私が満足げに見回していると、ディアナが完成したらしい工作を持ってきた。
「できたの? 見せて見せて~」
「うん!」
嬉しそうにディアナが差し出してきたのは、ピンク色の台紙に目と鼻をくっつけた顔っぽいものだ。ママとしては子供の意図をなるべく汲み取ってあげたい。けれど、ただでさえ記憶喪失のせいでボギャブラリーの少ない私にとって、それが何なのかを当てるのは至難の業だ。熟考の末、ディアナの知っているもので作りそうな物の名前を言ってみる。
「これは……ぶ、ブタさんかな?」
「ちがうの! でぃああはてあつくってるの!」
違った。というか、掠ってもいない。悔しい。
よく考えれば近しくてピンク色をしているのはティアだ。鼻が異様に大きかったから気づけなかった。私もまだまだだなぁ。けれど、あとで本人に見せたらきっと喜ぶと思う。
「……ほんとだ! そっくりだね~! こ、この鼻とか……!」
「それおめめ!」
私はなんとかディアナの機嫌を取ろうしたが、失敗した。難しい。難しいよ、ディアナ。
そんなことをしていると、横から別の工作が私の膝に置かれた。気がつくとコーディが寝そべって私を見上げている。
この子は物静かなせいで、たまに見失いがちだ。まぁ、コーディは活発なディアナと違って、勝手にどこかに探検行こうとする性格ではないから、大丈夫だと思っているけれど。
「まま、これあげる」
「……これ、もしかしてヘクス?」
それは六角形のシンプルな工作だった。私が聞いてみると、こくんとコーディは頷いた。
きっと、私が回収してきて喜んでいたところを見ていたんだと思う。周りのことをよく見てるのはわかっていたけど、思いやりのある子だ。
「すごいねぇ、よくできてる~。あとで一緒に貼り付けにいこっか?」
そういうと、コーディは満面の笑みで大きく頷いた。
その時――。
『警報。警報。ブロックA-903にてケースDが発生しました。クラスC以下の乗員は速やかに避難所へお集まりください。繰り返します。ブロック――』
木琴のようなアラート音と、無機質なアナウンスが大音量で流れる。
音自体は不安を煽るようなものではないが、子供たちはそれが良くないものだと本能的にわかったのだろう。
持っていた紙を放り捨てて私の胸に飛び込んできた。
「うわあああぁぁぁ! ママぁ~!」
「まま!」
「あ~、だいじょうぶ、だいじょうぶ~。ママがいるからなんにもないよ。すぐ収まるからね~」
そう言いつつ、実は私自身もこの警報を初めて聞くので結構ドキドキしている。内容もよくわからないし。
とりあえず子供たちの背中を撫でつつ首を捻っていると、ベローナが足早に部屋へ入ってきた。
「なにかあった? とりあえずこの部屋だけ警報を止めてあげて、ベローナ」
「かしこまりましたわ」
言うと、ベローナは素早く宙に視線を走らせて、警報が止む。
「あるじ!」
続けてティアがドタドタと部屋に駆け込んできた。片足で急ブレーキをかけるちっこいオートマトンに、私がため息をついてみせる。
「もうちょい落ち着いて~、ティア。二人が怖がってるんだから」
「あ! ご、ごめんだぞ! なんにもないぞ! 平和だぞ!」
言いながら、ティアはあたふたと言い訳をし始めた。案の定、ディアナとコーディは懐疑的な目を向けている。そりゃそうだ。
けれど、そんなティアを見ていたら、私の方はなんだか落ち着いてきてしまった。
カシャン、とドアの開く音に私は顔を上げる。
「ティア。ピクシスにクラス3相当の武器使用を許可、A-904に急行させて」
イーリスがアリスとベルを連れてきていた。彼女はいつも通りというか、世間話でもするような口調で指示を出す。
「ピクシス09、13の反応が途絶したんだぞ。直前まで押しかけてきた人間の対応をしてたから、たぶん……」
「そう。すぐに当該ブロックは隔離したから、当分は出てこれないはずよ。あと一応、クレイドル周囲20ブロックの隔壁は完全に閉鎖、ベローナは警戒網を敷いて」
「了解だぞ」
「わかりましたわ」
みんながイーリスを中心に打ち合わせを行う中、私はアリスとベルを受け取る。二人は不安そうな顔ではあるが、あまり取り乱した様子はない。
イーリスが近くにいたのがよかったのかな。
みんながテキパキと対応を進める中、私だけぼーっとしているだけのような……。
私はその場での疎外感を感じて、イーリスに聞いてみる。
「わ、私にできることあるかな?」
「そろそろお歌の時間じゃない?」
真顔で言われた。そういうんじゃないんだよね~……と、不満顔をしてみせるが、言った当人は気にした様子はない。
まぁ、たしかに私にできることなんてないよね。というか、そもそも子供を見ることが私の担当なんだからしっかりしないと。
「あ~、そうだった! 音痴のティアが忙しい今なら練習が捗るかも! お歌の時間だ~!」
「な、なんか急にディスられたんだぞ!?」
手をパンと叩いて、子供たちにこれからお歌の練習が始まることを明るく伝える。
私の方へ関心が集まったところで、3人は静かに部屋を出て言った。少し物騒な話が出ていたけれど、きっとみんななら大丈夫。私は私の役割をしっかりこなして、みんなが帰ってくるときに「おかえり」と言ってあげればいいのだ。
そう自分に言い聞かせて、子供たちをつれて部屋の端に置かれたピアノへ向かう。
けれど、私の胸から締め付けられるような感覚は消えないのだった。
◇ ◇ ◇
人間大の黒い袋が運ばれていくのを見て、イーリスは静かに目を伏せる。
目の前の廊下では壁や床に飛び散った液体を、赤い制服を身に纏ったオートマトンたちが清掃機で落としていた。
彼女たちはティアの統制下に置かれたオートマトン――【ピクシス】だ。クレイドル周辺の警備と雑務を担当していて、その数は50名近くになる。下位モデルのため命令がなければ細かな行動はできないが、クレイドルという生活圏を維持するには欠かせない人員だ。
「で、結局こうなりましたのね」
豊満な胸を抱えるベローナがため息をつきながら隣に立った。
「警告はしたわ。けど投降もせず、奪った銃を構えながら中に入れろだなんて、通るはずないのにね」
「あの様子では戦闘訓練も受けていないようでしたわね」
「ピクシス一個小隊に包囲された状況で……それで普通、発砲する? 殺してくださいって言ってるようなものじゃない」
イーリスは額に手を当てる。頭痛という概念はオートマトンである自分にはないが、頭が痛いという仕草をしたくなるくらいには凄惨な状況だった。
完全なオーバーキルだ。ピクシスだって好きでやったわけではない。しかし、投降を促している最中に仲間が撃たれれば、当然ながら彼女たちだって自己防衛のために応射する。
小口径の拳銃とはいえ数十発もの弾丸が当たれば、ヘクスを装備していない人間など原型を留めないだろう。
「……なにか引っかかるわね」
そう呟いてイーリスは足元に転がる、人工筋肉に覆われた部品を見た。それはオートマトンの腕だ。しかも、クレイドル管理下の個体のものではない。
腕の持ち主は、人間2人と共にただ立っていただけのオートマトン。
もし、あの人間たちをマスターと認識していたならば、身を挺して守る義務があるはずだ。そうなくとも自己防衛の行動として、シールドを張る程度の抵抗は出来ただろうに。何も言わず、何もせず、ただ銃撃戦に巻き込まれた形で破壊されている。
オートマトンも人間も、どちらもいささか不自然な行動をとる集団だった。
何かの意図を感じるが、クレイドル外の詳しい状況が調査できていないだけに予測がつかない。
弾痕だけを残して清掃が進んでいく廊下を見て、イーリスは頭をもたげた。
「人間を増やそうとしているのに、私たちはどうして逆のことをしているのかしらね」
「いいえ、イーリス。私たちが増やそうとしているのは新しい人類のことですわ。旧人類の役目は新人類を育て、導くこと。その責務を放棄した彼らに、この船での居場所はもうありませんの」
イーリスの呟きに、ベローナが毅然として答える。
こうして悩んでしまう自分と違って、ベローナは人を手にかけることへの躊躇はないようだ。それは軍用モデルとしての差か、それとも自分たちに与えられた個性の差なのか。
どちらにしても、ベローナの言っていることは正しい。
「そう……ね」
割り切れていない自分の方がオートマトンとして欠陥なのだろうか。事あるごとにイーリスは、自分の中にあるこの感情というものの扱いに困っていた。
「イーリス。少しお休みになった方がよろしくてよ。ご主人様のところに行って、甘いものでもお食べなさい」
「私たちの脳にブドウ糖は必要ないわよ」
イーリスたちの頭脳は強固なナノテクタイト製のフレームと流体金属素子によるCPUで構成されているのだから当然だ。食事を摂取する機能はあるが、それによって身体機能が変動するようなことはない。
そんなことわかっているだろうに。
冗談をあしらうと、ベローナはその場でくるりと回り、胸に手を当てる。
「そうですわね。でも、ご主人様成分は必要でしょう?」
「なによ。ご主人様成分って」
「嫌ですわ~。クーデレですわね? クーデレなのですわね? 罪な女ですわね~。イーリスは~」
そう言いながらベローナはその場からフェードアウトしていった。クーデレとはなんなのだろう。ベローナはたまに意味のわからない単語を使う時がある。軍用用語か何かかもしれない。
なんとなく納得のいかない気持ちだが、ここで出来ることも終わった。
ならば、子供たちのところに戻るのは決して不自然ではないだろう。そこにアドニシアがいるのも当然の話だ。
イーリスは自分自身の行動にそう理由をつけて、その場を後にするのだった。
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