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第一章
06.【脈動①】
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「おはよう。あなた」
「……おはおう?」
気がついた時にはかけられていた朝の挨拶に、私はとりあえず答えてみる。
はて、これはどんな状況なんだろう。
気持ち的に、どうやら昨日の夜は悪夢を見ずに済んだらしいことはわかる。しかし、目の前に青いメッシュ混じりの黒髪が揺れていて、ハッキリとした顔立ちの美少女が私を見下ろして……あ、いや、それにしても顔がいいな。ティアも負けてはいないけど、あれはKAWAIIだ。こっちはまさに美少女って感じ。うん。いやぁ、眼福眼福……。
「寝ぼけてるわね」
そんなこと考えていたら、冷静に私の様子を表した言葉が降ってきた。
「しょんなことないお」
「舌が回ってないわよ」
あかんあかん。バレてる。しっかりしなきゃ。
私は気を取り直して周りを確認してみる。すると、最初から感じていた違和感にやっと気づいた。
「イーリス……?」
「そうよ。なに?」
おっと、意外とクールに対応してきますな……。
何かおかしいところがありますか、と言わんばかりの態度を示すイーリスに、私はめげずに聞いてみた。
「なんで上に乗ってるの?」
「あなたを起こしてあげようと思って」
そう言うイーリスは無表情を貫いている。もっと照れるとか、笑うとかしてくれると、こちらも反応しやすいんだけど。ていうか、起こすのに馬乗りになる必要はないよね?
……と、思っていることをそのまま伝えると、おそらくこの子は拗ねてしまう。なので、私は両手を広げてみた。
「……抱っこする?」
「しない」
冷たい……。せっかく甘えてきたと思ったのに残念だ。
じゃあなんでわざわざ起こしにきたんだろうと眺めていると、イーリスはぷいと顔を背けて私の上から降りる。
「朝ごはん、出来てるから。食べたらベローナのところに行って」
そう言い残してイーリスは行ってしまった。
うーん。何か選択肢を間違っただろうか。ティアはもよくベタベタしてくるけど、イーリスも同じくらい甘えん坊だ。それを本人が認めていないだけで。
まぁ、悪夢も見なかったし、イーリスに起こしてもらったし、今日は中々悪くない朝だ。
私はぐーっと伸びをして、ダイニングルームに向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「俺たちの列車に勝手に乗り込んで、手前がどうなるかくらい、わかってたんだろうな?」
暗く、薄汚れた部屋で、凄味ある声が響く。その声に、白衣を着た男はビクっと震えた。
声の主は、彼の前に大きく足を開いて偉そうに座る男――サイモンだ。
硬い床につかされた膝が痛い。足が冷える。だが、サイモンの前では立ち上がることも、文句を言うことも許されていなかった。
「た、助けてくれ……! 頼む、お願いだ……!」
白衣の男は脂汗をかきながら懇願する。
シャキン、と古いオイル式のライターを開く音が聞こえて、火打石を削る火花が散った。やがて、煙草の煙が男の白衣にかかる。
「お前、スペンサーんとこの奴だってな? 俺たちが何度も誘ってやったのに、引きこもりやがって。今更何の用だ?」
サイモンはつまらなそうに聞いてくる。クレイドルから離脱したグループの中で最も武闘派と言われる彼の機嫌を損ねれば、自分など躊躇なく殺される。
男にはその確信があった。
だからこそ、隠し事などすれば命はない。男は顔を上げて答えた。
「チー……スペンサーは死んだ! 殺されたんだよ!」
「あぁ……?」
サイモンの片眉が釣り上がった。
以前の仲間の死は、さすがの彼にとっても衝撃的なものだろう。
男はそう思っていたが――。
「はっはっは! お前らんとこが一番先にツブれんのはわかってたがよ! 意外早えぇな、おい!」
サイモンはそれを聞いて上機嫌に笑い始めた。周囲の取り巻きたちも一緒になって笑い出し、その気味の悪さに男の背中に冷たいものが走る。
ひとしきり笑ったあと、サイモンは煙草を深く吸った。
「で? 誰にやられた? ジョナスからは聞いてねぇが、シャーロットか? それともメリッサんとこにちょっかいでも出したか?」
「クレイドルだよ! クレイドルから女が来て――うぅっ……!」
その瞬間、あの場の光景がフラッシュバックする。思い出しただけでも体の震えは大きくなり、たまらず硬い床に頭をこすりつけた。
リーパーの突進を片手で受け止め、電磁シールドを素手で破り、枯れ枝を折るように人体をもぎとった女――その去り際の満足そうな笑顔が、男の脳裏に張り付いて剥がれないのだ。
「クレイドルだぁ? ハッ、あそこにはもう人間なんていねぇはず――」
「あの女は人間なんかじゃない! オートマトンでもない! あ、あ、あぁ、悪魔なんだよ!」
そうだ。悪魔だ。あんなことを平然とできるのは悪魔か化け物くらいしかいない。
反射的に男はサイモンの言葉を遮って叫ぶ。
すると、サイモンはなにか苦いものを噛んだかのように顔を歪ませた。ふぅ、と半端に吸った煙草を投げ捨てて、腰のホルスターから拳銃を取り出す。
「お、おい? なにするんだ!?」
聞いている間にもサイモンは拳銃のスライドを引いた。その顔は酷くつまらない作業をしているような、単調に物事を進めているだけのような顔だった。
「昔、ヴィンセントのおっさんが言っててな。悪魔はそいつを見たやつの中に取り憑くんだってよ。今のてめぇを見てみろよ。ぶるぶる震えて……マトモじゃねぇぜ?」
「やめ……やめてくれ! 頼む! 俺たちの研究所は使っていい! だから……!」
殺される。そう思った男はサイモンの足に縋り付いて、許しを乞う。
だが、サイモンは首を横に軽く振って、呆れたように銃口を男に向けた。
「そいつは、もう悪魔に取りつかれちまった連中の吹き溜まりだろ? 安心しろって。俺たちがきっちり掃除しておくさ。――お前も含めてな」
「ひ、ひあぁ……!」
最後まで交渉の余地があるはずだ。男はそう思っていた。だが、実際には恐怖で口が動かず、声にならない声が出ただけだった。
眩い閃光が目の前で奔って、そこで男の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
今しがた死体になった男のせいで不味くなった煙草の代わりに、サイモンは銃口から出る煙を吸い込む。
床に血が広がるのを見て、ブーツが汚れないようにその頭を蹴って遠ざけた。
「おい、こいつを片付けとけ」
指示を出すと、部下たちが男の体を引きずっていく。
それ見ながら、側近のタッカーが新しい煙草を寄こしてきた。
「こいつ、ヤクでもやってたんすかね? えらいビビり散らかしてましたけど」
話の途中から失禁しそうなほどに震えだした男はたしかに異常だった。薬物中毒で錯乱した男――というのもスペンサーの籠っていた研究所ならありえる話だが、それにしてはまともな意識があったように見える。
「さぁなぁ。とりあえず、スペンサーが引きこもってた研究所に人数集めて行ってこい。遺品整理ってやつだ」
サイモンは口に咥えた煙草からひとしきり吸い上げた煙と共に答えた。
「生きてるやつはどうします?」
「だから言っただろ。掃除しとけ」
「うぃっす」
聞いたタッカーはその場で部下に指示を出し始める。
タッカーの言いところは行動に移すのが早いところだ。実直に、言われた通りに動く。なんやかんやと理由をつけて動かない愚図を、サイモンは嫌う。
「ああ、それとよ……」
サイモンは横でこめかみに指を当てて話すタッカーを小突いた。
「クレイドルだ」
短く言うと、タッカーは小首を捻る。
伝わらねぇか、と深くため息をついて、サイモンは言葉を続けた。
「二人くらいゴミ選んで……そいつでちょいと突っついてみろ」
それでやっとタッカーは理解したらしい。軽く会釈して部屋を出ていった。
なんの役にも立たないゴミを飼っておいたのは、こういったときに使うためだ。
スペンサーもそうだったが、器の小さいリーダーはそのうち自滅する。それだけの余裕が自分にはあるとサイモンは自信を持っていた。
ヤツのいた研究所を調べれば、それに輪をかけて自分たちのグループは力をつけるだろう。クレイドルにも不要な物しか残っていないと思っていたが、意外な掘り出し物があるのかもしれない。
うまくやればジョナスとの取引にも使える。
やっと旨くなってきた煙草の煙を、サイモンは上機嫌でくゆらせるのだった。
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「……おはおう?」
気がついた時にはかけられていた朝の挨拶に、私はとりあえず答えてみる。
はて、これはどんな状況なんだろう。
気持ち的に、どうやら昨日の夜は悪夢を見ずに済んだらしいことはわかる。しかし、目の前に青いメッシュ混じりの黒髪が揺れていて、ハッキリとした顔立ちの美少女が私を見下ろして……あ、いや、それにしても顔がいいな。ティアも負けてはいないけど、あれはKAWAIIだ。こっちはまさに美少女って感じ。うん。いやぁ、眼福眼福……。
「寝ぼけてるわね」
そんなこと考えていたら、冷静に私の様子を表した言葉が降ってきた。
「しょんなことないお」
「舌が回ってないわよ」
あかんあかん。バレてる。しっかりしなきゃ。
私は気を取り直して周りを確認してみる。すると、最初から感じていた違和感にやっと気づいた。
「イーリス……?」
「そうよ。なに?」
おっと、意外とクールに対応してきますな……。
何かおかしいところがありますか、と言わんばかりの態度を示すイーリスに、私はめげずに聞いてみた。
「なんで上に乗ってるの?」
「あなたを起こしてあげようと思って」
そう言うイーリスは無表情を貫いている。もっと照れるとか、笑うとかしてくれると、こちらも反応しやすいんだけど。ていうか、起こすのに馬乗りになる必要はないよね?
……と、思っていることをそのまま伝えると、おそらくこの子は拗ねてしまう。なので、私は両手を広げてみた。
「……抱っこする?」
「しない」
冷たい……。せっかく甘えてきたと思ったのに残念だ。
じゃあなんでわざわざ起こしにきたんだろうと眺めていると、イーリスはぷいと顔を背けて私の上から降りる。
「朝ごはん、出来てるから。食べたらベローナのところに行って」
そう言い残してイーリスは行ってしまった。
うーん。何か選択肢を間違っただろうか。ティアはもよくベタベタしてくるけど、イーリスも同じくらい甘えん坊だ。それを本人が認めていないだけで。
まぁ、悪夢も見なかったし、イーリスに起こしてもらったし、今日は中々悪くない朝だ。
私はぐーっと伸びをして、ダイニングルームに向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「俺たちの列車に勝手に乗り込んで、手前がどうなるかくらい、わかってたんだろうな?」
暗く、薄汚れた部屋で、凄味ある声が響く。その声に、白衣を着た男はビクっと震えた。
声の主は、彼の前に大きく足を開いて偉そうに座る男――サイモンだ。
硬い床につかされた膝が痛い。足が冷える。だが、サイモンの前では立ち上がることも、文句を言うことも許されていなかった。
「た、助けてくれ……! 頼む、お願いだ……!」
白衣の男は脂汗をかきながら懇願する。
シャキン、と古いオイル式のライターを開く音が聞こえて、火打石を削る火花が散った。やがて、煙草の煙が男の白衣にかかる。
「お前、スペンサーんとこの奴だってな? 俺たちが何度も誘ってやったのに、引きこもりやがって。今更何の用だ?」
サイモンはつまらなそうに聞いてくる。クレイドルから離脱したグループの中で最も武闘派と言われる彼の機嫌を損ねれば、自分など躊躇なく殺される。
男にはその確信があった。
だからこそ、隠し事などすれば命はない。男は顔を上げて答えた。
「チー……スペンサーは死んだ! 殺されたんだよ!」
「あぁ……?」
サイモンの片眉が釣り上がった。
以前の仲間の死は、さすがの彼にとっても衝撃的なものだろう。
男はそう思っていたが――。
「はっはっは! お前らんとこが一番先にツブれんのはわかってたがよ! 意外早えぇな、おい!」
サイモンはそれを聞いて上機嫌に笑い始めた。周囲の取り巻きたちも一緒になって笑い出し、その気味の悪さに男の背中に冷たいものが走る。
ひとしきり笑ったあと、サイモンは煙草を深く吸った。
「で? 誰にやられた? ジョナスからは聞いてねぇが、シャーロットか? それともメリッサんとこにちょっかいでも出したか?」
「クレイドルだよ! クレイドルから女が来て――うぅっ……!」
その瞬間、あの場の光景がフラッシュバックする。思い出しただけでも体の震えは大きくなり、たまらず硬い床に頭をこすりつけた。
リーパーの突進を片手で受け止め、電磁シールドを素手で破り、枯れ枝を折るように人体をもぎとった女――その去り際の満足そうな笑顔が、男の脳裏に張り付いて剥がれないのだ。
「クレイドルだぁ? ハッ、あそこにはもう人間なんていねぇはず――」
「あの女は人間なんかじゃない! オートマトンでもない! あ、あ、あぁ、悪魔なんだよ!」
そうだ。悪魔だ。あんなことを平然とできるのは悪魔か化け物くらいしかいない。
反射的に男はサイモンの言葉を遮って叫ぶ。
すると、サイモンはなにか苦いものを噛んだかのように顔を歪ませた。ふぅ、と半端に吸った煙草を投げ捨てて、腰のホルスターから拳銃を取り出す。
「お、おい? なにするんだ!?」
聞いている間にもサイモンは拳銃のスライドを引いた。その顔は酷くつまらない作業をしているような、単調に物事を進めているだけのような顔だった。
「昔、ヴィンセントのおっさんが言っててな。悪魔はそいつを見たやつの中に取り憑くんだってよ。今のてめぇを見てみろよ。ぶるぶる震えて……マトモじゃねぇぜ?」
「やめ……やめてくれ! 頼む! 俺たちの研究所は使っていい! だから……!」
殺される。そう思った男はサイモンの足に縋り付いて、許しを乞う。
だが、サイモンは首を横に軽く振って、呆れたように銃口を男に向けた。
「そいつは、もう悪魔に取りつかれちまった連中の吹き溜まりだろ? 安心しろって。俺たちがきっちり掃除しておくさ。――お前も含めてな」
「ひ、ひあぁ……!」
最後まで交渉の余地があるはずだ。男はそう思っていた。だが、実際には恐怖で口が動かず、声にならない声が出ただけだった。
眩い閃光が目の前で奔って、そこで男の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇
今しがた死体になった男のせいで不味くなった煙草の代わりに、サイモンは銃口から出る煙を吸い込む。
床に血が広がるのを見て、ブーツが汚れないようにその頭を蹴って遠ざけた。
「おい、こいつを片付けとけ」
指示を出すと、部下たちが男の体を引きずっていく。
それ見ながら、側近のタッカーが新しい煙草を寄こしてきた。
「こいつ、ヤクでもやってたんすかね? えらいビビり散らかしてましたけど」
話の途中から失禁しそうなほどに震えだした男はたしかに異常だった。薬物中毒で錯乱した男――というのもスペンサーの籠っていた研究所ならありえる話だが、それにしてはまともな意識があったように見える。
「さぁなぁ。とりあえず、スペンサーが引きこもってた研究所に人数集めて行ってこい。遺品整理ってやつだ」
サイモンは口に咥えた煙草からひとしきり吸い上げた煙と共に答えた。
「生きてるやつはどうします?」
「だから言っただろ。掃除しとけ」
「うぃっす」
聞いたタッカーはその場で部下に指示を出し始める。
タッカーの言いところは行動に移すのが早いところだ。実直に、言われた通りに動く。なんやかんやと理由をつけて動かない愚図を、サイモンは嫌う。
「ああ、それとよ……」
サイモンは横でこめかみに指を当てて話すタッカーを小突いた。
「クレイドルだ」
短く言うと、タッカーは小首を捻る。
伝わらねぇか、と深くため息をついて、サイモンは言葉を続けた。
「二人くらいゴミ選んで……そいつでちょいと突っついてみろ」
それでやっとタッカーは理解したらしい。軽く会釈して部屋を出ていった。
なんの役にも立たないゴミを飼っておいたのは、こういったときに使うためだ。
スペンサーもそうだったが、器の小さいリーダーはそのうち自滅する。それだけの余裕が自分にはあるとサイモンは自信を持っていた。
ヤツのいた研究所を調べれば、それに輪をかけて自分たちのグループは力をつけるだろう。クレイドルにも不要な物しか残っていないと思っていたが、意外な掘り出し物があるのかもしれない。
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