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第1章

第26話 綺麗な花火

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「あ? なんか飛んでるんだけど……」
「あの大きな荷物はそのためのものだったのですね」

 俺が【レオネッサ】をボコボコにしている間に、随分と色々あったらしい。
 【オリフラム】は肩を大きく切り裂かれているし、【イルグリジオ】に至っては腰に剣がブッ刺さっている状態で空中飛行していた。

 ドールは基本的に地上戦用で、単独飛行を行うには相応の貴重なパーツが必要だ。

 それをなぜかこんな序盤で装備している【イルグリジオ】を不審に思いながらも、俺はルーシーに声をかける。

「よっ、ナイスファイト」
『グレンさん……』
「ここからは選手交代だな。休んどけ」

 言ってから、俺は真っ直ぐに【イルグリジオ】を見据えた。

「どっから取ってきたんだ? そんなパーツ、その辺じゃ手に入らないだろ」
『我が従者、リースによる導きの賜物だ。私は空をも支配する。貴様たちにはもう勝ち目はない。潔く負けを認めるがいい』
「飛んでるだけで随分と大仰な言い方だな……」
「きっと飛んでいるのが心地よいのですわ。まるで羽虫のよう。うふふ」
『貴様ら……! この【イルグリジオ】を虫と言ったか!?』

 ナチュラルに煽るセレスにため息をつきながら、俺は操作系を調整する。
 とにかく、あの筋肉野郎をボコしたので俺の気は収まった。

「セレス、あとは頼む」
「頼まれましたわ。私も楽しませて頂きます」

 これまでは俺が騎体制御を行っていたが、ここからは本来の役割に戻すとしよう。
 
 思考を切り替えると、セレスの強烈な殺意が俺の脳に染み渡る。
 
 そうだ。これでいい。これでこそ俺たちのやり方。手加減なしの本当の戦いを見せてやる。

「さぁ、踊りましょう?」
『帝国の悪女め! ここで正義の鉄槌を下してやろうぞ!』

 正義か。たしかに隠しボスと一緒にいる俺は悪かもしれないな。
 
 そんなことを思いつつ、俺はセレスの思考に合わせてレバーを押し込むのだった。


 ◇   ◇   ◇


『フハハハ! 逃げろ逃げろ!』
「エリィ……立てる?」
「な、なんとか……!」
 
 闘技場にフェルディナンの声が響く中、ルーシーは必死に騎体を立て直そうと必死だった。
 右腕はもう使えない。
 蹴られた衝撃に脳震とうを起こしているのか、吐き気がする。

 だが、今、上空からの銃撃を躱しながら戦うグレンたちの助けに入らなければならない。
 
 【ペルラネラ】は細かく推進器を吹かして巧みに銃撃を避けているが、いずれそれも尽きてしまうだろう。
 見ていると、【ペルラネラ】はある方向を目指しているようだった。グレンたちは開幕に投げ捨てた武装を取りに戻っているのだ。

 だが、それは上空から俯瞰しているフェルディナンにも明らかだろう。
 目的地が割れてしまっている以上、動きを読まれる。
 
『貴様らの魂胆などわかっている! いつまで避け切れるか見物だな!』

 ――そうだ。空中で投げ捨てた銃がどこかにあるはず! それを取って、一秒でも、一瞬でもいい……!

 フェルディナンの気を反らせればグレンたちは武装を手にできるはず。

「グレンさん! 待っててください! 今、アタシたちが……!」

 通信機を介してグレンたちにそう伝えると、予想外の答えが返ってくる。

『手出し無用ですわ』
「け、けど……! このままじゃ……!」

 ルーシーが言い終わる直前、【ペルラネラ】の推進器が妙な音を立てて噴射をやめた。推進剤が切れたのだ。

 それを機に、【ペルラネラ】は一気に武装の方へと走る。
 しかし、それは悪手だとルーシーでもわかった。

『これで仕舞いだな。さらばだ』

 武装のある地点に【イルグリジオ】の全力射撃が撃ち込まれる。
 目的地に撃ち込まれた砲弾の雨を【ペルラネラ】は避けることができない。
 
「姐さん! グレンさん!」

 もはや騎士の安否など考慮しない、圧倒的なまでの連続射撃に、大爆発が起こった。
 それを見た観衆からもざわめきが起こる。

「もう、もうやめて! フェルディナン!」

 【イルグリジオ】は両肩の大砲が弾切れを起こすまで射撃を続けていた。
 あんな攻撃を食らっては、いくらドールであっても、もはや原形すら残っていないかもしれない。

 黒煙の中に凄惨たる【ペルラネラ】の姿を幻視して、ルーシーは思わず顔を背けた。

 やがて闘技場に静寂が訪れる。
 
『皆の者、よく見ておけ! これが決闘というものだ! 騎士同士の戦いというものだ! 遊戯などではない! 自らの弱さを認めず、強者である私に歯向かった者の末路だ!』
 
 闘技場をフェルディナンの声が支配した。
 だが、そのとき、かすかな音をルーシーは聞く。

『フハハハハ! フハハ――はは……?』
 
 キィィィィン、という静かな音……それに気づいたフェルディナンが高笑いを止めた。

「え……?」

 エリィの声がして、ルーシーも黒煙の奥に凝視する。
 そしてそれが晴れた時――。

『だから手出し無用と言ったではありませんか』
 
 ――そこには肩の装甲を花弁のように広げたペルラネラの姿があった。


 ◇   ◇   ◇


『ば、馬鹿なッ!? 【イルグリジオ】の全力だぞ!?』

 狼狽したフェルディナンの声が響く中、俺はセレスの冷徹な思考の通りにコンソールを叩いた。
 すると、手に取ったアンスウェラーの剣身が腕部の下部に移動し、上部に両手持ち用のグリップが展開される。
 
「まさかこれを使わされるとはな……。けれどな……!」
「この程度の火力でこの【ペルラネラ】を落とせると思って!?」

 肩についた花びらのような装備は【ペルラネラ】と一緒に出土した追加防御装備【ベラディノーテ】という。
 それ自体が装甲の役目を務めるが、最大の防御は四層もの魔法障壁だ。

 半端な火力では破壊することのできない出力を持つが故にエネルギーを使う分、ここぞというときにしか展開できない。
 だが、フェルディナンの言った通りこれで仕舞いだ。
 
『な、なによその武装ッ!? 武器も変形して……!?』
『う、狼狽えるなリース! あんなもの見せかけに過ぎん!』
「そうかよ!」

 事前にチェックした手順通りを進めると、アンスウェラーの剣身が四つに分かれる。
 
『アンスウェラー:ワイルドファイアモード』

 もう防御はいらない。【ペルラネラ】はベラディノーテを格納し、腰だめにアンスウェラーを構えた。
 
『アンカー固定。アンスウェラー、主機直結。エネルギー回路全面開放、供給開始。ライフリング機構を始動』
 
 ガチン、と音がして【ペルラネラ】の足首から杭のようなものが突出し、その場に身を固定する。
 そして、まるで牙のように分かれたアンスウェラーの剣身が回転を開始した。
 
 【ペルラネラ】のメインジェネレーターが最大まで稼働し、女性の悲鳴にも似た音を立てる。
 
『発射までファイブセコンド。照準誤差、および照射密度の修正を推奨』
「今やってるよ!」

 しかし、フェルディナンも飛行してくれるとは。やってくれる。
 その方が

 なぜならこの武装は、たぶん闘技場の防御壁をブチ破りかねない。
 その点、飛んでいるのならその後ろを気にせずブッ放すことができる。

「あいつら死んだらやべぇかな……」
「ふふっ、殺す気でいらっしゃった方々に対して、何を失礼なことを仰いますの?」

 今更ながら俺が言うと、セレスが鼻で笑った。
 
「それもそうか。じゃああいつらの悪運を祈って……」

 ピピッと音がして照準が【イルグリジオ】を捉えた。
 出力は最大、だが照射密度をやや甘めにする。

 これでやつらは逃げられない。それに、運が良ければ生き残れるだろう。
 
 アンスウェラーの回転が最速となり、その中心が眩い光を放った。

『⚠発射準備完了⚠』
「セレス――ッ!」

 俺が叫ぶと、セレスはトリガーに覆いかぶさっていたカバーを指で開く。
 
「さぁッ! 芥のように――ッ!」
「燃え落ちろォォォ!」

 歓喜の感情が俺の脳に伝わると共に、セレスはトリガーを引いた。

 途端に強い衝撃と閃光が奔る。
 
 発射の反動で足首と肘から緩衝剤が噴出し、なおも受け止めきれない反動で【ペルラネラ】の足が地面に埋まる。
 アンスウェラーから照射された極太の光は【イルグリジオ】に向かって一直線に伸びていった。

 【イルグリジオ】は空中で身を捻って回避しようとするが――もう遅い!

『な、なにぃぃぃッ!?』
『助けてパパぁぁーッ!』
 
 二人の悲鳴と共に【イルグリジオ】は光に飲み込まれる。
 破壊的な光は【イルグリジオ】の手を、足を、飛行ユニットを消し飛ばした。
 残ったものは、胸部の一部と思われるわずかな残骸だけ。
 
 やがて光は細くなって微かな燐光を残し消えていった。

 そして、黒焦げになった【イルグリジオ】だったものが地上に落下にする。

 
 その音を最後に、再び静寂が闘技場に訪れた。

 
 見れば、観衆の目は全て空に向けられていた。
 そこには空に浮かぶ雲にぽっかりと開いた穴がある。
 
 そんな中、【ペルラネラ】は金属の音を立てて元の形状へと戻ったアンスウェラーを地面に突き立てた。
 
 観客席からは動揺の声が上がる。
 
『しょ、勝負あり! 勝者、ルクレツィア・バラデュールおよびグレン・ハワード!』

 呆気に取られていたのか、ジェスティーヌが慌てて勝敗を宣言した。

 【イルグリジオ】の中のリースとフェルディナンの安否を誰もが気にする中、セレスは振り返って笑顔を見せた。
 
「綺麗な花火でしたわね」
 
 ほんとにな。異国の地で随分と派手な花火を打ち上げてしまったもんだ。
 俺は深くため息をつくと、【ペルラネラ】の装甲を開いて、溜まった熱を放出させるのだった。
 




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