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第1章

第21話 決して、誰にも

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「おい、ルーシーいるんだろ。出てこい!」

 俺は宿舎に戻り、ルーシーの部屋のドアを叩いていた。
 しばらくして、目を腫らしたルーシーが気だるげに出てくる。

「……なんですか? グレンさん」
「お前、もう一度、リースに思いを伝えろ」

 それを聞いて、「は?」とルーシーは目を擦った。

「無駄ですよ。アタシと会っても話も聞いてくれませんもん」
「いいんだ。お前がどう思ってるか。お前がどうしたいか。もう一度だけ伝えるんだ」
「それで駄目だったら今度こそアタシ……」
「その場合は……」

 俺は持っていた剣を押し付けて言う。

「力づくで勝ち取れ」

 ルーシーは押し付けられた剣を見て戸惑うが、ややして首を横に振った。

「無理です! 相手はフェルディナンですよ!? 子供の頃から剣を習ってたあいつに勝てるわけない!」
「やってみねぇとわかんねぇだろ!」
「わかるんですよ! アタシなんかがどう頑張っても――!」

 パシン、と俺はついルーシーの頬を張ってしまう。
 こんな弱気な主人公がいてたまるか。お前はゲームじゃもっと勝気だっただろ! 相手が格上でも挑む勇気があっ――。

「――おぶっ!?」

 速攻で殴り返された。グーで思いっきり殴られた。
 たまらず俺は床に尻もちをつく。

「や、やれば……」
「痛てて……。あん?」
「やればいいんでしょ!? やれば!? やってやりますよ! ああぁぁぁ! もうどうなってもいい! フェルディナンをぶった斬って庭の池にいる魚のエサにすればいいんでしょ!?」

 そこまでは言ってない……。

 だがそれでいい。なにがなんでも勝ちたいという信念と立ち向かう勇気。それがルーシーの本来の姿だ。

「いいパンチ持ってるじゃねぇか……」
「は? 感動モノにしたいなら他所にいってくれますか? もう一回ブン殴りますよ」
「それはやめてぇ……」

 よろよろと起き上がりながら言うとルーシーは右腕を振り上げだした。
 さすがに二回も食らったらダウンから起き上がれない。今ので結構、足に来てる。

「でもこれは返します。アタシはアタシの剣で勝ちます」
「おう。好きにしろ」

 そうして剣を返してもらうと、バタン! と勢いよく扉が閉められた。
 そして中で「うわあああぁぁぁぁ!」と叫ぶ声と地団駄を踏む音が聞こえる。

 とりあえず発破かけられたようだ。殴られた甲斐はあったかな……?

 俺は頬を摩りながらその場を後にするのだった。


 ◇   ◇   ◇


 次の休日、俺とセレスは自室でお茶を啜っていた。
 最近の俺はマリンに淹れてもらわずに自分で淹れることにこだわっている。

 味はセレスからして「マリンよりも下手」らしいが、新しい趣味に付き合ってくれるので有難い。

 やっぱり温度が重要なのかな……と紅茶に浮かんだ自分の顔を眺めていると――。

「お兄ーッ! 大変大変!」

 ――マリンが血相変えて飛び込んできた。

 騒がしいなぁ。俺はようやくティータイムを楽しむという貴族らしい振る舞いを覚えてきたってのに。

「どうした? マリン」
「それがルーシーちゃんと男子生徒がなんかモメてて……すごい観衆だよ!? 何とかした方がいいよ!」

 ああ、ついにやったのか、と俺はカップを置いて立ち上がる。
 野次馬根性でとりあえず見に行くか、と思ったら、セレスは帯剣して支度をしていた。

「……それ必要?」
「何かあったときはすぐに斬り殺せるでしょう?」
「やめてぇ……?」

 戦うのはあくまで俺たちじゃないし、ついでに言えば正式な決闘はいきなりその場でやるもんじゃない。
 それくらいは俺もわかっている。

 ひとまず急がなきゃならない。

 外着に着替えるのに時間のかかるセレスを置いて、俺はマリンに従って走った。

 すると――。

「リース! 本当にアタシにはリースしかいないの! もう一度アタシと一緒に来て! もう一度【オリフラム】に乗ってよ!」
「ルクレツィア、これは決闘で決まったことだ。前回、貴様が私に無惨にも敗北したことは皆の知るところだろう」
「うるせー! アンタには言ってない!」

 ――観衆に囲まれたド真ん中で、ルーシーとフェルディナンが言い合いをしていた。

「リース! アタシと組むのがそんなに嫌!? じゃあなんで入学したてのときに優しくしてくれたの!? 友達になってくれたの!? 答えてよ!」
「……ふん」

 リースは答えない。
 そこにフェルディナンの後ろから声が上がる。

「リースはお前のことが嫌いになっちまったんだよ。それくらいわかるだろ?」
「ルクレツィアさん、これ以上醜態を晒すのは貴女にとっても良いことではないですよ。おとなしくリースさんが戻る気はないと認めなさい」
 
 焦げ茶の短髪に体格のいい男子生徒と、緑の髪に眼鏡をかけた男子生徒。あれもゲームに出ていたキャラだ。
 フェルディナンの幼馴染、【エドガー・レイ・バルリエ】、そして【リオネル・ゼン・エルフェ】だ。

 どちらもフェルディナンとは気心の知れた仲だ。
 エドガーの方がドールに選ばれた騎士であり、リオネルがその従者となる。
 
 だが終盤に寝返るフェルディナンとは違い、敵となることはない。
 逆に敵となったフェルディナンを止めるために主人公と一緒に戦うキャラだ。

 とはいっても、この状況ではルーシーの味方にはならないだろう。

「な、なら……。アタシは……!」

 両手を握りしめたルーシーが体を震わせる。
 そして、フェルディナンを指差した。

「アタシともう一度決闘だ! 次は剣で勝負しろ! アタシが勝てばリースとはもうドールには乗らせない! 負ければアタシはなんだって言うことを聞いてやる!」

 啖呵を切ったルーシーに、周囲の観衆が沸いた。
 序列やドールだけでなく、自分の身を賭けてまで決闘を申し込んだことが驚きだったのだろう。

 だが――。

「くだらん」
「なんだって……?」

 ――フェルディナンは冷めた顔をルーシーに向ける。

「我々、ドールに選ばれし者がわざわざ剣で争うなど意味のないことだ。それは貴様がドールに乗れないための苦肉の策だろう? なぜそんなことにこの私が付き合わねばならない?」
「うっ……。それは……」
「しょせん捨てられた者の戯言よ。私は気になどしない。貴様など眼中にないのだよ。私にも、リースにもな」

 ……悔しいが、正論だ。
 剣技にも長け、プライドも高いフェルディナンなら受けるかと思ったが、存外なほどに冷静だ。

 このままではルーシーは自信を無くしたままになってしまう。

 俺が一歩踏み出そうとしたすると――。

「あらあら、今出るのは無粋というものですわ。貴方様」

 ――いつの間にかに追いついていたセレスに止められた。
 
「言いたいことはそれだけか? ならば私はこれで失礼させてもらおう。行こうリース」
「はい、フェルディナン様」

 観衆もその熱気は薄れ、散り散りになろうとしていく。
 その中心で一人、肩を落としたルーシーが呆然と立ち尽くしていた。

 もう、どうしようもないのか。

 俺は目を瞑り、歯を食いしばったそのとき――。

「あ、あの!」
「む……?」

 ――声を上げた女子生徒がいた。

「ど、ドール同士の決闘ならば受けてくださるんですよね」

 それはヒロイン――エレオノールだった。
 彼女は一人、観衆の前に出てルーシーの横に並ぶ。

「なら私が乗ります! 私が共に戦います! ルクレツィア様!」
「君は……?」
「今は名前なんていいんです! 了承してください! 私と一緒にドールに乗ると!」

 気圧されたルーシーは言われるがままに「あ……うん」と返した。
 
「おいおい、いきなりしゃしゃり出てきて何言ってんだ? ドールはゴーレムの扱いとは違うんだぜ?」

 エドガーが前に出てきてエレオノールを見下ろす。
 だがエレオノールはたじろぐことなく、声を大きくした。

「わかっています! けれど、私とルクレツィア様ならば負けません! 決して! 誰にも!」

 その言葉に、エドガーの片眉がピクリと上がる。

「おい、フェル。そこまで言うなら相手してやろうぜ」
「ほう……」

 声をかけられたフェルディナンはエレオノールを舐めるように見て、口端を吊り上げた。

「貴様の身の上も賭けるというのだね?」
「承知の上です!」
「フェル、俺たちも参加するぜ。なぁリオネル?」
「ふっ、そこまで言うのならいいでしょう。私たちを相手にして勝てるというなら証明してもらわねば困ります」

 リオネルが眼鏡を光らせる。

 その状況に、周囲の観衆は困惑していた。

「誰だ? あの子、無謀すぎるぜ」
「一対二でやるってこと?」
「いやいや、それは騎士道に反するだろ」
「でも誰にもって言っちゃったのはあの子だし……」

 各々の話す内容が耳に入ったのだろう。
 エドガーは場をまとめるように言う。

「確かに同時に俺たちを相手にするのはアレかもな……。ここはタイマンを二回にして――」

 と、提案したところに。
 
「まぁまぁまぁまぁ! 面白そうですわ!」

 俺の後ろ――セレスから大はしゃぎな、楽しそうな声が上がったのだった。





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