どーも悪役令嬢のメイドです。以後、御見知り置いとけ! ~霊獣になったアタシはご主人様をバッドエンドにはさせてやらない~

阿澄飛鳥

文字の大きさ
上 下
46 / 48
第三章

45:斜め四十五度チョップ

しおりを挟む
 学園の修練場で、金属がぶつかり合う音がこだまする。

「よっとぉ!」
「ぐッ!」

 アタシが大きく振る降ろした攻撃を、クレイヴ――【クレイヴィアス・エルサレム・モルドルーデン】が剣を掲げて受け止めた。

 さすがは王太子殿下だ。
 夏休みの間にも鍛錬を怠っていなかったためか、アタシの全力の大振りも防がれてしまう。
 今は召喚していないが霊獣もレッサー級からグレーター級に昇華したようで、きっと肉体強化の魔法も効果が上がっているからだろう。

 クレイヴはそのままアタシの剣を受け流すと、反撃の突きを繰り出してくる。
 胴体を狙うそれは一発ではないだろう。避けられると踏んでの多段突きとアタシは読んだ。
 もう片方の腕で盾を構えるその姿勢が、剣を引く慣性に耐えるよう、やや後ろに傾いているのが兆候だ。

 だからアタシは体を振って一突き、二突きと突きを避けると、三突き目に合わせて拳を繰り出した。

 だが、違う……!

「ふッ!」
「おぉ?」

 二突き目のあとに剣を引いた力を利用して、クレイヴは盾を押し出してきた。
 小さいアタシの体では、クレイヴの持つ盾は突きと違い、避け辛く重い。

 構わずアタシは盾に拳を叩きつけると、固い衝突音と共に衝撃を感じた。

 力は互角。

 だが拮抗した状態で有利なのはこっちだ。
 弾き飛ばされる前にさらにクレイヴの懐に踏み込み、右手の剣を手放してクレイヴの盾を直に掴む。

 そして重心を低く移動させると、アタシよりも頭一つ分は背の大きいクレイヴの体が宙に浮いた。

「よいしょ!」
「くっ……!」

 盾を軸にした力任せの投げに、クレイヴが歯噛みする。
 もし、そのままであればアタシの後ろにある地面へと叩きつけられていただろう。

 だがクレイヴは直前に自ら跳躍しアタシの掴みから脱出していた。

 放物線を描いてクレイヴが放り投げられる。

 そのときに鳴ったのは警告音。
 セファーによる魔法の感知だ。

 アタシは足元に落ちた剣を足で拾い上げる。
 そうして手の中に戻ってきた剣を間髪入れずにバツ字に剣を振った。

 斬ったのは空中でクレイヴの放った氷の魔法だ。

 粉砕され、キラキラと輝く氷の結晶の奥でクレイヴが華麗に着地する。
 空中での隙を埋める、見事な魔法での速攻だった。

 そして、アタシたちは剣を構え直すと、もう一度踏み込んで――。

「そこまで!」

 ――斬り結ぶ直前、張り上げられた声にアタシたちは動きを止めた。

 直後、周囲で見ていた生徒たちから拍手や歓声が送られる。

「二人とも、良い動きだ。ウィナフレッドくんは格闘を織り交ぜた手数の多い攻撃的な戦法、殿下は盾と剣の長所を組み合わせた伝統的な防御力の高い戦法。甲乙つけ難い見事なものだ」

 そう言葉を送ってきたのは剣術指南の先生だ。
 御年六十を超えているがまだまだ現役の剣術家で、この学園でも剣術だけならば右に出る者はいないというの実力者。

 アタシはふぅ、と息を吐くと、クレイヴに言う。

「いや、投げを外されるとは思わなかったわ~」
「君の格闘術は本当に脅威だな。得物を持っていない手が凶器なのだから恐ろしい。君が本気でなくて心底安堵する」

 そう声を低くして、クレイヴは額に浮かんだ汗の玉を拭った。

 そうだろう。

 もし、アタシが【霊起Activate】していた状態ならば、クレイヴが剣で防いだ上段斬りの時点で終わっている。
 アタシが本気で振り下ろしたのなら、どっちかの剣が折れて即終了だからだ。

 けれど、そんな膂力に任せた戦い方ばかりしていたら、技術は上がらない。
 なのでこうしてアタシは普段の姿で鍛錬に参加している。

「調子は悪くなさそうだな」

 そう声をかけてきたのはアタシのご主人様で親友の【フィロメニア・ノア・ラウィーリア】だ。

 二学期最初の舞踊会で共に踊り、絶賛人気爆上がり中の人物でもあった。
 そんな主を持っているせいか、それともクレイヴの剣技を見たかったのか、修練場には多くの人だかりが出来ていて、今も黄色い声が飛び交っている。
 
「あの地獄のレッスンがないだけ、体力的には今のが楽だかんね……」

 舞踊会直前の追い込みレッスン――それを思い出すと今でも気分がどんよりする。
 あの乙女ゲーをプレイしていたときは……そりゃボタンをタッチするだけでキャラクターがレッスンをしていたが、まさかあんなにも熾烈なものだとは思わなかった。

 やっぱり輝くアイドルの裏には血と汗と涙の結晶のような努力があるんだなぁ。

「ウィナちゃん、フィロメニアちゃん、おつかれさま!」

 そんなことをしみじみ思っていると、明るい声がかかる。

 栗色の髪をした、印象的なピンクの瞳の少女――【シャノン・コンフォルト】だ。
 シャノンは駆け寄ってきて水の入った容器を渡してくる。

「ありがと。ディアナも元気そうね」
「……そうでもないですわ」

 礼を言いつつ、シャノンの後ろに控えた【ディアナ・ヴァン・ペリシエール】へ声をかけると、気まずそうな返事があった。

 ディアナには夏休み中、アタシが殺してしまった彼女の姉の敵討ちのために襲われたが、今は一応停戦中だ。
 というのも彼女にはもうすでに霊獣を召喚できる力はなく、体もボロボロの状態である。

 話によれば神殿で特殊な魔法による鍛錬を行ったせいらしい。

 ディアナ自身はその特殊な魔法について詳しくなく、わかっているのはシャノンの魔法が関わっているということだけだ。
 それは一学期に決闘を申し込んだ教師、マリエッタが関わっていたことから推測できる。

 またも神殿が関与しているという事実に、今からでも殴り込みに行きたい気分ではあったが、シャノンとフィロメニアに止められた。
 ディアナによる襲撃についても表向きは魔法の暴発ということにしてしまったので、お咎めは彼女自身の体へのダメージのみになっている。

 結局、今回も神殿にちょっかいをかけられた、ということだ。
 
 それでもシャノンが友人を失わなくて済んだこと、そして、アタシ自身が彼女の目の前で友人を殺さなくて済んだことだけが唯一の良点だろうか。
 
 そういえばマリエッタは一学期によくわからないスマフォみたいな道具を持ってたな。神殿ってどんな組織なんだろう。

 そんな不安点を抱えつつ、アタシの学園での二学期は始まってしまったのだった。


 ◇   ◇   ◇


 放課後、いつもならフィロメニアたちと勉強に励む時間、アタシは今日の日に限って使用人用の談話室でお茶をしていた。
 相手はクレイヴの使用人である【ベルティリーナ】――リーナちゃんだ。
 
 アタシはお菓子を豪快に齧りつつ、話をする。
 
「で、結局あのアンポンタン兄貴は噂で聞いた宝石を見つけて指輪にしてプレゼントしてきたのよ」
「あら、素敵」

 リーナちゃんは静かにアタシの話に相槌を打つが、その内心はたぶん興味津々だ。
 彼女はこういった話が大好きで、よく「あの人とだれそれが恋仲で、どこぞで逢瀬がどうのこうの」といった話をしてくる。
 
 今はアタシがフィロメニアの実兄――【ファブリス・ノア・ラウィーリア】の愚行について話していた。
 一学期が終わり、実家に帰ってくると思われたファブリスは自分探しの旅に出て、夏休みも終わるという時期にやっと顔を出したのだ。

 そして、ボロ雑巾みたいな旅装束で現れたファブリスはアタシに赤い宝石のついた指輪を渡してきた。

 けど――。
 
「いや、苦労して自分の手で見つけてくるその行動力は認めるわよ? なんか行商人とかの馬車に乗せてもらってだいぶ遠くまで行ってたらしいし。けどね?」
「けど?」
「その宝石、めっちゃ人に有毒だったのよ!」
「まぁ!」

 ――アタシについている神霊【セファー】の分析で危険物だと判明したのだ。
 あれで知らないままつけていたらあやうく毒殺されるところだった。
 
『あれは本当に危険なシロモノだったねぇ』

 と、分析した当人はテーブルの上の茶器に寝そべっている。

『ちょっと、今話してる途中なんだから横から入ってこないでよ。混乱するでしょ』
『それは失礼』

 そう脳内で会話すると、セファーはそのまま目を瞑り始めた。
 アタシ以外には見えないからといってどこでもやりたい放題だ。
 
「それで、どうしたの? 毒とはいえ苦労して作った指輪を渡されるなんてロマンチックじゃない?」

 そんなセファーをジト目で見据えていると、リーナちゃんが続きを催促してくる。
 やっぱりこういう方面に興味があるらしい。
 
「『アタシを殺す気か!』つって叩き返してきた」
「ふふ」

 アタシが手振り身振りを交えて話すと、リーナちゃんはティーカップを置いて口元を隠して笑った。
 
「笑いごとじゃないよ、リーナちゃん……」
「でも笑わせにきてるじゃない」
 
 リーナちゃんの笑いは止まらない。
 それでも上品に笑う辺り、やっぱり王家の使用人だ。

 彼女とは同じ上流階級の使用人として話がすごく合う。

 そんな楽しいお茶会をしていると、突然、バタン! と談話室の扉が開かれた。

「ご、ご、ごご主人さま! た、大変ニ! ゲホゲホ!」

 現れたのはリボンで猫耳を隠した獣人――サニィだ。
 一応、アタシが雇っているのでアタシの御付きである。

 さすがはネコ。直前まで足音が聞こえなかったなぁ。

 と嫌な予感から意識をそらしつつ、水を注いだグラスを差し出した。
 サニィはそれをゴクゴクと飲み干すと、ふぅーっと息を吐いてから、はっとする。

「あニャ? あたし、ニャに言おうとしてたんニ?」
「おいこら、大変なんでしょ。さっさと思い出しなさい」

 元はシャノンにつけられた、形だけのメイドだけあって、サニィはちょっと抜けていた。
 アタシがちょっと古めの機械を直すように軽くその頭をチョップしてみると、サニィは顔を勢い良く上げた。
 
「ハッ! そうニ! 大変ニ!」
「だから何が」

 ようやくアタシの中でも舞い込んできた問題に向き合う決意が決まったとき、サニィの口から本当にとんでもない言葉が飛び出してきた。
 
「元ご主人様が誘拐されるニ!」

 なんで王国一警備が厳重なこの学園で誘拐事件が勃発するのよ、と先にツッコミを入れておこう。
 
 そして、アタシはため息をつきつつ、素早く立ち上がるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

結婚相手が見つからないので家を出ます~気づけばなぜか麗しき公爵様の婚約者(仮)になっていました~

Na20
恋愛
私、レイラ・ハーストンは結婚適齢期である十八歳になっても婚約者がいない。積極的に婿探しをするも全戦全敗の日々。 これはもう仕方がない。 結婚相手が見つからないので家は弟に任せて、私は家を出ることにしよう。 私はある日見つけた求人を手に、遠く離れたキルシュタイン公爵領へと向かうことしたのだった。 ※ご都合主義ですので軽い気持ちでさら~っとお読みください ※小説家になろう様でも掲載しています

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...