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第二章

34:兄貴を駄目にするメイド

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 シャノンはその日、たまたま正門の前を通りがかった。
 放課後の魔法の自主練を終えた帰り道でなんとなく眺めたそこに一つの馬車が止まる。

 そこから出てきたのはディアナだった。
 使用人の手を借りて馬車を降りる彼女はどこかフラついていて、シャノンは思わず駆け寄る。
 
「ディアナ!」
「シャノン……?」

 名を呼ばれて顔を上げた彼女の顔は青白い。
 元々華奢な体つきもさらに細くなっていて、生気のない目がこちらを見る。

「どうしたんですか!? どこか体調が……?」
「気にしないでくださいまし……。貴女に何も言わず学園を離れて心配をかけてしまいましたわね。でも大丈夫。長旅で疲れただけですわ」

 ディアナはそう言うが、その姿はシャノンの目にも旅で疲れた程度のものではないと明白だった。
 綺麗だった銀髪も艶を失ってまとまりが無くなっているし、足元もおぼつかない。

 どこか老人を思わせる雰囲気に、シャノンは胸が痛くなる。

「と、とりあえずお部屋まで一緒に行きます!」
「ふふ、相変わらずですわね……。シャノン。ではお願いしますわ」

 ディアナは使用人に荷物を持つように言うと、シャノンの手を取った。
 握った手はまるで枯れ枝のようで痛々しい。

 けれど何があったかは聞けず、シャノンは彼女を部屋に送ることが精一杯だった。


 ◇   ◇   ◇


 日差しが強くなり、日が長くなってきた休日。
 久しぶりにファブリスがフィロメニアの部屋を訪ねてきていた。

 様子見でお茶に誘ってこいとフィロメニアに言われたからだ。

 案の定、目を輝かせてついてきたファブリスは、フィロメニアがいることに面食らいつつもお茶を啜っている。
 
「兄上……。調子はどうだ」
「あぁ、このまま行けば主席――とはいかなくとも五本の指には入れるだろう。たとえ廃嫡されようとも、私の優秀さはかわらないよ。ウィナ」
「いや、なんでアタシに言うんですか。聞いたのフィロメニアじゃん」
「それに兄上の微妙な成績に興味はない。聞きたいのはその寒い懐についてだ」

 ガチャン、と強めにティーカップを置くフィロメニアにファブリスがビビった。

「な、なにがだ? フィロメニア」
「誤魔化しても無駄だ。最近、通常の食堂で粥だけを啜っているのを噂で聞いている。ウィナにも確認させた」
「だ、ダイエットをしているんだ」

 非常に苦しい言い訳をするファブリスにアタシはため息をつく。
 ダイエットするのはセルジュだけでいいし、アイツにも食事制限などさせてない。

 もうバッサリ言ってしまうと、この愚兄、なんと金に困っている。

「公爵家の長男として恥ずかしくないのか。兄上」
「いいのだ。俺はウィナが幸せであれば」
「いやいや。もしかしてアタシの幸せってこれのことです?」

 アタシは丁寧にラッピングされた包みの山を持ってきた。
 それは全てファブリスからの贈り物だった。
 
 ちなみに一つも手をつけてない。なんか開けた時点で負債が発生しそうで怖いからだ。

「き、気に入らなかったか」
「はい。そのプレゼントで気を引こうとする魂胆が気に入りません」
「そうか……。ではどうすればいい!? どうすれば許してくれる!?」

 ガバっとスカートに縋りつかれて、アタシは目を逸らす。
 
 スゴい。アタシにその気はないのにここまで男を惨めにできるなんてビックリだ。
 お願いだから捨てられた子犬みたいにこちらを見上げるのはやめてほしい。
 もうウチには猫がいるのでデカい類人猿は飼えない。

 そもそもファブリスは何かを勘違いしているようで、アタシは仕方なく相手をする。
 
「別に決闘のことを根に持っているわけではないんですって」
「ではなぜ振り向いてくれない!?」
「根っこで魅力を感じてないから?」
「その歯に衣着せぬ物言いもお前らしくて良い……!」
「今のは人によっては卒倒ものの言い様だったぞ兄上」

 グッサリ言ったアタシの言葉さえ魅力に感じるファブリスはもはや病気だ。
 その心の頑強さを別のところで生かしてほしい。

「ではウィナ、お前はどんな男が良いのだ!?」
「とりあえず女に貢いで身を崩さない男ですかね……」

 ファブリスが昼食を食べるにも困る惨めな状況に陥ったのは、結局このプレゼントの山にお小遣いをつぎ込んだからである。
 たぶん中身は高いアクセサリー類なんだろう。けど、アタシはそもそもじゃらじゃらと着飾るのが好きじゃない。

 いざ動くときに邪魔になるからだ。

 これが熱心にアタシの好みを聞いてきてから送ってくるならまだしも、自分勝手に送り付けてくるのは頂けない。

「とりあえず、これは返品するか質にでも入れてきてください。昼食すらまともに食べれない男は嫌です」
「昼食をまともに食べる男が好きなのか?」
「脳みそ三グラムしかないような答え返ってきた~」
「ウィナ、兄上に失礼だぞ」

 と、そこで急に咎められる。
 さすがにちょっと言い過ぎたのかなと姿勢を正すと、フィロメニアは続けた。

「グラムという単位はわからないが、兄上といえど脳みそはこの書類くらいはあるだろう」
「そよ風で飛ぶレベルじゃん! フォローになってないよ!?」
「俺の味方をしてくれるのか、ウィナ……」
 
 妹とその使用人にバチクソに馬鹿にされてもファブリスの心は砕けない。
 
 ともかくその日はプレゼントを全て返却して、昼食が食べられる程度のお小遣いを渡してお茶会はお開きになった。
 
 なんで妹に恵んでもらってるんだこのアニキ。

 なぜかどっと疲れた体で茶器を片付けていると、フィロメニアが声をかけてくる。

「以前お前の言っていた【さいりうむ】というやつの試作品が出来たそうだ」
「え、本当に作ったの?」
「当然だ。私のお前のライブなのだ。観客すら掌握できずに成功とはいえまい」

 いや、別にあれは応援してもらってるだけで掌握してるわけじゃないんだけど……。

 とか思いつつ、フィロメニアが小包を開けると、金属とガラスで出来た棒状のものが出てきた。

「ふむ。こうか?」
「おお~……」
 
 そして金属の持ち手の下を軽く叩くと、バキッっと音がしてガラスの部分が発光する。
 
 仕組みは全然違うんだろう。それに持たせてもらうとプラスチックじゃないだけに少し重い。
 けれど見た目は完全にサイリウムだ。

「考えたな。中で少量の魔石を砕いて、その魔力を銀に伝える仕組みだ。色も魔石の種類を変えればどうにでもできる」

 銀は金属としては柔らかいけれど魔力の伝わりが良いらしい。
 下のボタンは魔石を砕くものなんだろう。

「じゃあ、本番前にこれ配るの?」
「売るに決まっているだろう。どうせ私たちの舞台を見れば他の者も真似をするのだ。すでに銀と粗悪な魔石の仕入れルートは確保してある。今のうちに市場を独占しておきたいのでな」

 さすがはフィロメニアである。
 まだ舞台に立つことも決定していないのにそれを確定事項として新規事業を始めてしまった。
 
 さっきファブリスの脳みそと比べられた書類はそれ関係のものらしい。

「とはいえ実際に売る前に根回しをしておく必要もある。お前は舞台に関して詰めておけ。舞台設備から全て私たちの好きにしてやるぞ」

 くっくっく、とフィロメニアは楽しそうだ。
 
 色々やることがいっぱいで頭が爆発しそうだけど、仕方ない。
 ライブに乗り気な悪役令嬢の横顔を見ながら、アタシは自分に活をいれるのだった。


 ◇   ◇   ◇


 そして、生徒たちの制服が夏服となり、アタシのメイド服も右側だけノースリーブになった季節。
 期末の成績が出た。

「三位か。まぁいい。二位の殿下には及ばずとも私が首席ならば舞台には立てる」
「う、うぃ~……」

 いつかのセルジュではないが、目の下にクマを作ったアタシはフィロメニアに答える。

 とにかく二位を目指すために、アタシが頑張った。もう一度言うけどスゴい頑張った。

 平日はとにかく勉強に、歌に、踊りに、楽器の練習。
 休日は冒険者として魔物のボコボコにしたり、困ってる人を助けたりした。

 都合がよければそこにシャノンと連れて自信をつけさせるよう立ち回り、さらにクレイヴの予定が空いていれば引き合わせる。
 様々なことを並列で処理する日々はもはや苛烈といってよかった。
 
 そばにいたフィロメニアは「お前は日常的に人間離れしてきたな」なんて笑ってたけど笑いごとじゃない。

 一度疲れでぼーっとしてたところを蛇の魔物に丸飲みされたりしたのだ。
 ちなみに内側から腹を手で引き裂いて脱出したら、シャノンとクレイヴにドン引きされた。
 
『凄まじいバイタリティだったが、惜しかったねぇ』
『正直、一ヵ月くらいバカンスに行きたい……』
『それはいいねぇ! どうやら海には奇怪で巨大な生き物がウヨウヨいるらしい。実際に見てみたいものだよ』
『そういうんじゃねぇ~……!』

 頭の中でそんなやり取りをしていると、シャノンとクレイヴが寄ってくる。

「ウィナフレッド。さすがだな」
「本当に凄いね。ウィナちゃん。楽器もあんな音楽聞いたことなくて感動しちゃった」

 あれかな。エレキギターでめちゃめちゃロックな音色を奏でちゃったときの話かな。
 終わった後に先生に「独創的過ぎてわかりません」とか言われちゃったアレの話かな。

 そう言うシャノンは順位を十四位と順調に順位を上げていた。
 一緒に勉強したり、冒険した甲斐があったというものだ。

 これがシャノンの自信に繋がればいいんだけど……。

 と、そこで気になっていたことをシャノンに聞く。
 
「そういえばシャノンは実家に帰るの?」
「あっ……ううん。私の村は遠いから、夏休みの間も学園かな」

 えへへ、と笑うシャノンは少し寂しそうだ。

 近ければ徒歩で移動も可能だろうけれど、遠い場合は馬車を使わなければ難しい。
 けれど平民のシャノンにそんなものが用意できるわけもなく、学園に留まるしかないんだろう。
 
 そこで、アタシは思いつく。

「ねぇ~……。フィロメニア~……」
「なんだ」
「頑張ったんだから我儘聞いて~」

 たまにはアタシが甘えてもいいはずだ。
 上目遣いで腕を絡ませるとフィロメニアに懇願する。

「シャノンもお屋敷に連れてってあげてもいい?」
「えっ!?」

 言うと、シャノンが驚いて声を上げた。

「だって学園で一人なんて寂しいじゃん。夏休みの間、うちにおいでよ」
「でも……フィロメニア様に悪いです」

 その場の視線がフィロメニアに集まる。
 すると、観念したのかため息をついた。

「……わかった。お前の客人だ。夏休みの間は我が家で過ごすといい。とはいえ私も忙しい。お前がしっかり面倒を見ろ」
「やったぜ! シャノンもいいよね?」

 そう聞くと、少し戸惑ったあとでシャノンは笑う。

「フィロメニア様がそう言われるなら……うん!」
「決まりー!」

 アタシは疲れのハイテンションで飛び跳ねた。
 それをクレイヴが暖かい目で見てきている。

 アタシは彼に近づいて囁いた。

「ホントはアンタのとこで世話したほうがいいとアタシは思ってる」
「出来なくはないが我が家は堅苦しいんだ。シャノンを休ませるには君のところが一番だろう」
「甲斐性なし」
「返す言葉もないさ」

 こういうやり取りをアタシたちは度々やっていた。
 言葉から滲み出ている通り、クレイヴはシャノンを友人とは言うが、好意を抱いているのは確かなようだった。

 アタシが何度も引き合わせて確かめた成果でもある。
 けれどいまだにくっつかないのはシャノンの方に問題があって、クレイヴに対して彼女が抱いている感情は尊敬に近い。
 今は学園の様々な勉強で精いっぱいで、甘酸っぱい恋なんかしてる余裕はないという感じだ。

 まぁ、あまり急いでも仕方がない。

 とにかくアタシは夏休みが来たことを素直に喜ぶのだった。





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