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第二章

29:吊り橋落下効果

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「いや、それにしてもさ」

 アタシは目の前の、蟹似た魔物を踏み潰しながら声をかけた。
 
「ふッ! なんだ!?」

 同じくその魔物を槍斧で叩き割りながら、ジルベールが振り向く。

「数、多すぎない?」

 ――魔物は通路に渋滞を起こすほど、奥からあふれ出ていた。

 この魔物、蟹に似てるけど四本足だし、前に歩くし、なんか丸っこい。そんな感想を抱きつつ、比較的柔らかい腹部を蹴り飛ばして群れに直撃させる。
 
 新しい通路を見つけて意気揚々と進んだにも関わらず、アタシたちはこの群れのせいで一向に前に進めない。

「【炎槍撃エトラ・ランシア】!」

 後ろからフィロメニアが放った炎の魔法が群れで爆発するが、その表面の魔物を黒焦げにしただけだ。
 その骸を踏んでどんどんと魔物が溢れてくる。

 いい加減に打ち止めにしてくれないとみんなの体力が尽きそうだ。
 アタシは足を狙ってくるぶっといハサミを掴んで、魔物を壁に叩きつけながら振り返る。

「フィロメニア~。ちょっとアタシ、一発かましていい?」
「ふぅ……。そうだな。その方が効率がいいかもしれん」
「ほいじゃ」
「ウィナ!」

 主の呼びかけに応じ、アタシの腕輪がガチンと鳴った。
 そして風のような光に包まれると、変化した緑色の髪が視界の端で揺れる。

『セファー。あれって何効くかな?』
『蟹なら電撃でいいんじゃないかい』
『じゃあ授業で先生が使ってたやつ、前に撃ち出せる?』
『然り』

 アタシはセファーと打ち合わせて、構えを取った。
 けれどジルベールが前で槍斧をブン回しているので射線が取れない。

「ジルベール、邪魔」
「あんだと!?」
「いいから退け。愚か者め。一匹ずつ潰していたら日が暮れる」
「チッ……!」

 フィロメニアに指摘されて、ジルベールは舌打ちしながらも後ろに退く。
 それを見て、アタシは左腕を脇に引いた。
 
『【放出Discharge】・【雷槍拳撃波イステラ・ヴェス・ランシア】。Ready』

 腕輪の変形する軽い衝撃を感じると共に、セファーの声が響く。

『最大効果地点予測……。目標前方、約百二十』
 
 視界では次々と魔物の輪郭が強調表示され、照準のようなものが浮かび上がった。
 そして通路のド真ん中に狙いを定め、拳を押し出した。
 
「シュートぉ!」

 アタシの腕から紫電の光線が撃ち出される。
 そしてその直線には木の枝のように雷光が伴っていて、直撃したものはもちろん、掠めただけの魔物でさえ雷撃に巻き込まれた。

 元はもっと細い雷撃の魔法だったが、アタシの【強化Reinforce】の力で増幅されるとこんな感じになるらしい。
 もし人間相手にやったらと考えると寒気がする。

 結果、通路を塞いでいた群れは伝播する電撃により焼き蟹の山となり、その奥にいた魔物もまとめて黒焦げになった。
 
 わずかに電撃を逃れた敵はいたが、それはクレイヴとジルベールが斬り倒し、廊下には静寂が戻る。

「やはり恐ろしい強さだな。ウィナフレッド」
「自分でも結構引いてる」

 鞘に剣を収めたクレイヴに対し、アタシはこめかみを掻いて応じた。

 ちょっとやりすぎたかもしれないと思うほどに、アタシの撃つ魔法の威力は凄まじい。
 今のところ威力の調整はセファー頼みなので、正直自分では制御できていないとも思っている。

「今のでお宝も黒焦げかもな」
「そんな壊れやすいもんだったらどうせ魔物に漁られてるわよ」
「そうかよ」

 嫌味を言いながら、ジルベールは魔物の死骸を退けて前に進んでいった。

 まったく、いちいち突っかかってくるやつだ。

 けれどアタシは前衛にいた方がいいと思い、ジルベールの横に並ぶ。
 するとそれが癪に障ったのか、またまた鬼みたいな顔で睨まれた。
 
「横歩くんじゃねぇ!」
「なにイライラしてんの」
「いざってときコイツを振り回せねぇだろ!」
「だったらアンタが後ろ下がりなさいよ!」
「てめぇは探索慣れしてねぇだろ!」
「そういうアンタだって大して経験ないでしょうが!」

 最初は受け流していたアタシも、なんだかだんだんとムカツいてきて言い合いに発展する。

「じ、ジル、少し落ち着け」
「ウィナもだ。その辺にしろ」

 そうしていると、クレイヴとフィロメニアが争いを諫めようとしてきた。
 けれど腹の虫がおさまらず、アタシはジルベールを指差して言う。
 
「だってコイツが――!」
「この腹パン女が――!」
 
 互いに廊下を強く踏みつけてそういった瞬間、バキッと嫌な音がした。

 瞬間、アタシとジルベールは支えを失う。
 正確にいえば、二人で立っていた床が抜けたのだ。

「のわぁぁぁぁぁ!?」
「うおぉぉぉぉぉ!?」

 そうして暗闇の中をアタシたちは落下する。

 幸運だったのはよくあるダンジョンRPGみたいにそれがトラップじゃなかったことだ。
 もし下に槍でもあったらアタシはともかくジルベールは串刺しになっていた。
 
 けれど逆に不運だったのはこともある。
 
 床が抜けた先がとんでもなく深かったのだ。
 
「ウィナ! 大丈夫か!?」
「アタシは大丈夫~!」

 もはや上を見ても自分たちのいた空間が見えないほどに深い。
 フィロメニアの声も反響し、大声を上げなければ聞こえないほどだ。

「ジルは!? 無事か!?」
「コイツも大丈夫~!」

 アタシは代わりに返事をする。
 とてもじゃないが、本人が答えられる状態じゃなかったからだ。

 ――ジルベールはアタシにお姫様抱っこをされていたのだから。

 一応、アタシの翅は軽く浮くくらいはできる。
 
 それによってアタシは真下の硬い地面に激突せずに済んだのだが、一緒に落っこちたジルベールはそうでもない。
 持っていた槍斧を壁に突き刺してなんとか落下を防ごうとしていたようだが、そう上手く行かず結局はアタシの腕の中に落下してきたというわけだ。

「は、早く降ろせよ」
「照れんなよ~」
「恰好つかねぇって言ってんだ!」

 まぁ、そりゃそうか。
 アタシがその大柄な体をぽいっと放り投げると「ぐえっ」とジルベールは地面に横たわる。
 そして、文句を言いたげな表情を向けてきたが何も言わない。
 
 その地面に最高速度でぶつからなかったのはアタシのおかげだとわかっているのだろう。
 
「ジル、手持ちのロープでは届かん! そっちでなんとかできないか!?」

 上から降ってくるクレイヴの声に、ジルベールがこっちを向く。

「てめぇだけでも飛んで戻れねーのか?」
「それが出来たらさっさと置いてってるんだよねぇ。暗くて壁もよく見えないし、よじ登るのは無理かな」

 アタシは穴の上を見ながらそう答えた。
 落下中にアタシ自身の光で見えたが、この穴は単純な穴じゃない。

 ところどころは壁がなかったり、変な植物が突き出てたりととても登れそうにない穴だった。
 むしろ途中で突起物にブッ刺さらなかっただけマシ、という感じだ。

「無理そうだ! 俺たちは上に戻る道を探す! そっちはどうにかできる方法を探してくれ!」
「わかった! 道がなければ戻ってこい!」
「おう!」

 さすが、幼馴染だと話が早い。
 関係は違うけれど、フィロメニアとアタシが阿吽の呼吸でやり取りをするのと同じようなものだろう。

 けれど……この筋肉バカと暗闇で二人っきりか。

 誰のせいでこうなったんだか、と一瞬クレイヴの顔を思い浮かべたが、最終的には言い合いをした自分とジルベールの顔にすげ変わってしまうのだった。


 ◇   ◇   ◇


 幸い、松明を持っていたのがアタシでよかった。
 上の階層はまだ壁の光などで薄暗い程度で済んでいたが、ここはなんの灯りもなく真っ暗だ。

 廊下には何かのガラクタや土砂が積もっていて、ここと比べれば上は綺麗なもんだったのかと思う。
 そんな道を行きながら、アタシは横に並ぶジルベールへ問いかけた。
 
「アンタさぁ。なんで学校休んでまで冒険者やってんの?」
「……んだよ。いきなり」
「そもそもアタシたちが駆り出されたのはアンタが不登校になったのが原因なんだかんね」
「なんだって?」

 アタシはクレイヴが言っていなかったであろう、彼なりの気遣いを洗いざらい話す。
 するとジルベールは額に手を当てて目を閉じた。

「くそっ、あいつはまた……」
「余計な気遣いとか言うんじゃないわよ。授業に来ないアンタが悪いんだから。アンタだってクレイヴがおかしなことになってたら同じようなことするでしょ」
「ちっ……」

 ジルベールは気まずそうに舌打ちをする。
 それからしばらくして、彼は口を開いた。

「てめぇに負けたからだ」
「でしょーね」
「あの負け分を拭うには、それこそ名を上げねぇと無理だろ。俺たちはただ授業に出るためだけじゃねぇ。舞台に立つために入学したんだ」

 俺と言ったのは、きっとクレイヴやセルジュのことだろう。
 実際に乙女ゲーでは彼らは高確率で舞台に立ち、その様子を見ることができるのもウリの一つだった。
 
 けれど、アタシはそんなジルベールの考えには賛成できない。
 
「それで冒険者? そんな簡単にいかないでしょ」
「俺の家は王家の剣だ。戦うこと以外に出来ることなんかねーよ」
「だからつってねぇ……。ちょっと焦りすぎなんじゃないのー?」

 アタシが適当な感じで言うと図星だったのか、ジルベールは舌打ちをして顔を背けてしまった。
 
「てめぇにはわかんねーよ……。俺はずっと親父に強くなれって言われ続けてきたんだ。甘ちゃんなてめぇとは違う」
「そうかもね。でも実はアタシも騎士の家の出なのよ。クッソ厳しくて泣くかと思ったわ」

 言うと、ジルベールは驚いた様子でアタシの顔を見る。

「じゃあなんでメイドなんかやってんだ」
「そりゃ、フィロメニアの傍にいたかったからよ。御付きメイドなら四六時中一緒にいられるでしょ」
「……やっぱてめぇはやべーやつだ。他人にてめぇの人生かけて何が楽しいのかわかんねーぜ」

 その短髪を掻き乱しながらジルベールはそう言うが、前のような嫌悪感は感じない。
 アタシはその疑問に答えてやる。
 
「それがアタシのやりたいことだから。じゃあアンタは何に人生かけられるわけ?」
「そいつは――家の誇りってやつだろ」
「歯切れ悪すぎ。それアンタの親父に言われただけじゃん」
「そんなこと……――」
 
 ジルベールは立ち止まった。
 いくら良い家の出だからといっても、彼だってまだ十五の青年だ。

 こうやって話しているだけでも考えがまとまっていないのがよくわかる。

 アタシは黙ってしまったジルべールの言葉を待ってあげると、しばらくして口を開いた。

「――……わかんねぇな。俺のやりたいこと」
「ほれみろバーカ」
「うるせぇ」

 おちょくってみたが、その反応もあまり元気がない。
 悩むのは決して悪いことじゃないけど、ちょっと踏み込みすぎたかな。

 アタシはいつものようにその胸板を叩いて言う。
 
「とにかく、本当にやりたいこと見つけたいんだったらフラフラしてんじゃないわよ。アンタは舞台に立つんでしょ? じゃあアンタの戦場はこんなカビくさい遺跡じゃなくて学園じゃない」
「……ムカツくぜ。正論っぽいこと言いやがってこのチビ」
「文句ならクレイヴに言いなさい。アンタがいつまでも遊んでると、どんどん問題を抱え込むわよアイツ」

 すると、ジルべールははっとしたように目を丸くした。そして肩を落とす。

「……あぁぁ! わかった! 授業に出りゃいいんだろ!? わかったよ!」

 しばらくしてジルベールは髪をガシガシと掻き乱すと、観念したようにそう言った。

 幼馴染のクレイヴがそういう性格なことをわかっているんだろう。
 自分よりも友人を安心させてやりたいという気持ちがやっと出てきたようだ。

「わかりゃいいのよ」

 アタシはふふん、と鼻を鳴らして前を見る。
 ひとまずはジルベールにクレイヴの思いは伝わったようだ。

 最初は本当にどうかと思ったが、一緒に冒険するというのも悪くない。
 頑固そうなジルベールが根は意外と素直なこともわかったことだし。

 と、そこまで考えて、アタシは前を見る。

「……まぁ、生きて帰れたらの話なんだけど」
 
 ――そこでは先ほど魔物の数十倍はある巨体が持ち上がるところだった。
 




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