23 / 48
第一章
22:以後、お見知り置いとけ!
しおりを挟む
「ウィナちゃんッ!」
「ウィナフレッド!」
その魔法の閃光が炸裂する瞬間、思わずクレイヴとシャノンは叫んでいた。
三人と三体の同時攻撃。
そんなものをまともに食らえば、いくらウィナとはいえ無事ではないだろう。
衝撃に舞う爆煙が晴れたとき、そこに倒れ伏せる少女の姿をクレイヴは幻視する。
だが――。
その煙の中から現れたのは、三対の巨大な光翼だった。
羽根のない、透き通るガラスのようなそれはゆっくりと羽ばたくと、視界が晴れる。
――そこには二人の少女がいた。
片方の金髪の少女は目を瞑り、強い意志を感じさせる表情で、魔法の炸裂の前からも一歩も動かず。
そしてもう片方の緑の髪の少女は、後ろに向けて剣と腕輪を構え、悠然とそこに立っていた。
どちらも、キズ一つない。
相対する敵に出来うる最大の攻撃を受け止めたのだ。
「ウィナちゃん……!」
隣でシャノンが安堵の声と共に崩れ落ちる。
だがクレイヴは、目の前の光景に畏怖を感じていた。
――なんという力だ。
相手は実戦の経験の少ない学生とはいえ、その血脈に証明された才能ある家の者たちだ。
彼らが束になってもウィナを倒すどころか、一撃も入れられないとは。
見ればセルジュは頭を抱えてその光景を疑い、ファブリスは膝をついて呆然としていた。
ジルベールだけが、震える声でウィナに叫ぶ。
「て、てめぇは……!てめぇは何モンなんだ!? なんなんだてめぇはぁぁ!?」
問われたウィナは振り返り、ニヤリと笑った。
「公爵家のメイドよ。以後、お見知り置いとけ」
瞬間、彼女の左腕がわずかに光を放つ。
ウィナは大きく息を吸うと、それに伴って周囲の魔力までもが吸い込まれるように動いた。
そして、彼女の全力の咆哮が空気を震わせた。
「うああああぁぁぁぁぁぁ――ッ!」
ただの叫びではない。
魔力を帯びた獣のような雄叫びだ。
クレイヴは全身を打たれるような衝撃を感じ、目の前の魔法壁にヒビが入るのを見た。
その叫びが終わったとき、すでに決闘場には動くものはいなかった。
魔法壁を介してですら感じる衝撃だ。
まともに食らってしまった三人は耐えきれず失神している。
それに伴い、彼らの霊獣は魔力の光となって散ってしまった。
――……決着だ。
だが歓声は起こらない。
その場の誰もがジルベールたちの敗北と、ウィナの叫びという二重の衝撃で声を出すことさえできなかったのだろう。
本来は率先して決闘を管理すべき審判までもが立ち尽くしてしまう有様だ。
「審判! 勝敗の判定を!」
クレイヴが促すと、はっとした様子で審判は手を挙げる。
当然、それは二人の少女の側だ。
「決着! この決闘、フィロメニア・ノア・ラウィーリアの勝利!」
その宣言がなされても喝采はおろか、歓声は上がらなかった。
たった一人、隣のシャノンを除いて。
「やった! やりましたね! クレイヴさ――あ、あれ?」
飛び上がるほどに喜ぶシャノンは、はしゃいでいるのが自分だけだと気づいて、途中で顔を赤らめる。
そんな彼女の肩にクレイヴは笑いながら手を置きつつ、ゆっくりと頷くのだった。
◇ ◇ ◇
静まり返る決闘場を見て、アタシはこめかみを掻く。
てっきり大歓声か大ブーイングのどちらかと思っていたが、なんとも微妙な反応だ。
ちょっと派手にやりすぎたかもしれない。
けれど、フィロメニアはそんなことに構わず前へ出て、剣を観客席のある一点に向けて声を上げる。
「見ていたか。マリエッタ・レイ・ヴュイルヤード。よくも菓子に毒など持ってくれたな」
「こ、こんなことはお告げにはっ……!?」
「貴様が菓子を用意していたことはウィナの飼い鳴らした野良猫が吐いた。私はすべてを知っている」
「ちっ、違うわ! あれは……そう! シャノン! 貴女が渡した物でしょう!?」
先ほど一人だけ歓声を上げたシャノンは急に水を向けられて、困惑したようにこちらとマリエッタを交互に見た。
そういえばあのお菓子はシャノンからもらったんだった。
まぁ、シャノンがアタシに毒盛る理由はないし、最初から疑ってもいなかったけど。
「えっ……? えっ!?」
「行こう。シャノン。もうここにいるべきではない」
だがその言葉で生徒たちの視線はシャノンにも向けられてしまう。
気を利かせたクレイヴは彼女の肩を持ち、足早に観客席を後にした。
「私は教師として貴方たちを――!」
「黙れッ! 神殿での地位欲しさに姦計をめぐらせた間者めが!」
なおも悲鳴に似た声を上げるマリエッタを気迫で黙らせる。
そして、両手を広げてフィロメニアは声高々に言い放つ。
「皆も聞くがいい。ここにいるウィナフレッド・ディカーニカは我が霊獣にして我が剣。我が命を預け、常に共にありし最愛の友」
アタシは決着後に拾っておいた鞘に剣をしまう音を、あえて大きく鳴らした。
「我らの邪魔建てをするならば容赦はしない。此度の決闘の誓いの元、マリエッタ・レイ・ヴュイルヤードよ。すぐさまこの学園から立ち去るがいい!」
「ぐっ……ぐうううぅぅぅぅ!」
これまでは微笑むだけだったマリエッタの顔がおぞましいものに変わる。
それを見たのはアタシたちだけじゃない。
生徒のほとんどが、頭を掻きむしり、凄まじい形相に顔を歪ませるマリエッタを見ていた。
そこからの生徒たちの動きは様々と言っていい。
足早にその場を去る者、マリエッタの変わりように動揺する者、いまだ決闘の衝撃に腰を抜かしている者。
そして、わずかだが歓声を送る者もいて、その小さな喝采の中、アタシたちは静かに退場するのだった。
◇ ◇ ◇
出場者の通用口をフィロメニアと無言で歩いていると、奥のベンチに座る二つの影があった。
シャノンとクレイヴだ。
クレイヴはこちらの姿を認めるとわずかに微笑み、手を振ってくる。
だがシャノンは俯いたまま、微動だにしない。
「おめでとう、フィロメニア。そしてウィナフレッド。見事な勝利だった」
「ありがとうございます、殿下」
近づいてそんなやり取りをする二人だが、クレイヴはシャノンの様子が気になるようだった。
ふと横を見ると、俯くシャノンを氷点下の目で見るフィロメニアがいて、アタシは慌てて間に割って入る。
「ごめん、ちょっとシャノンと話してもいい?」
言うと、フィロメニアは呆れたようにため息をついた。
「ならば先に行く。手のひらを返す連中が待っていると思うのでな」
「殿下。アタシへの配慮、痛み入ります。恐れ入りますが重ねてお願いを。お嬢様を宿舎までお送り頂ければ幸いです」
逆上したマリエッタがフィロメニアに手をかける、なんてこともあり得なくはない。
さっきの顔マジで怖かったな……。
アタシは王太子殿下を顎で使うのだから、深くお辞儀をする。
「わかった。それと……君とはできれば対等に話したい」
「あっそ。じゃ、お願いね。クレイヴ」
本人が言うならもういいか、と思い、ひらひらと手を振ると、クレイヴは満足そうに笑った。
「ふっ……ああ。いいとも」
そうして婚約者同士を送り出すと、その場は遠くの喧騒が聞こえるだけで静かになる。
こめかみを掻きつつ眺めていたが、シャノンは青い顔をして心ここにあらずといった感じだ。
仕方なくアタシは声をかける。
「シャノン」
「ウィナ、ちゃん……?」
今の今まで目の前に立ってたのに気づかなかったんかい。
アタシが腕組みして言葉を待つと、シャノンはか細い声で訊いてきた。
「あの話、本当……? 私の渡したお菓子に毒って……」
「マジマジ。やってくれたわね」
まさかアタシが体調不良で遅刻したのかとでも思っていたのだろうか。
軽い調子で返すと、シャノンは堰を切ったように泣き出す。
「あっ……ああっ……! ごめっ、ごめん。ごめんなさい。ごめんなさいぃ……!」
彼女のスカートが大粒の涙で濡れていく。
ハンカチはさっき渡してしまって持っていないし、エプロンは戦闘の土煙で汚れてしまっている。
アタシはシャノンの涙を拭うこともできず、ただその頭上に声をかけた。
「シャノン」
彼女は泣き続ける。
毒が入っているなんて知らなかっただろうに、言い訳もせず謝り続ける。
アタシはそろそろこの状況に限界が来て――仕方なく怒鳴りつけた。
「このばかちん!」
ポコっと軽く頭にゲンコツを当てると、やっとシャノンは顔を上げてくれる。
まったく世話のかかる子ね。
「いいのよ。アンタはアンタなりに前に進もうとした。それを利用されただけなんだから」
「でもっ……私、ウィナちゃんに酷いことして……! 恩を仇で返して……!」
まぁ、感謝の気持ちを伝えようとした結果、相手を毒殺しかけたんだから相当ショックは大きいだろう。
騙されたとはいえ、マリエッタを信用してしまったという落ち度もある。
シャノンは罰せられたいのだ。
アタシはため息をついてしゃがみ込むと、彼女の手を握った。
「じゃあ、アタシの今から言う通りにしなさい」
鼻水を垂らしたシャノンの目に、少しだけ光が灯る。
「来週も、そのまた来週も、ちゃんと授業に出なさい。遅刻もだめよ。誰に何を言われても、絶対に来なさい。来なかったら――」
「――来なかったら……?」
「アンタの部屋のドアぶっ壊して寝巻で連れてく」
「それは嫌……」
そうだろう。でも普通に学校に通うのもシャノンにとっては苦行とも言える。
なぜなら敗者の言葉とはいえ、公爵家の使用人に毒を渡したと公にされ、一時はその味方をしたのだ。
平民の彼女の立場や視線は厳しいものとなるだろう。
けれど、それくらいは乗り越えてもらわなきゃ困る。
アタシじゃなく、他の誰かに支えてもらって、初めて彼女は胸を張れるのだ。
それをシャノンもわかってくれるだろう。
「決まりね」
そう言うと、シャノンは制服の袖でゴシゴシと顔を拭き、強く頷いた。
どこまでも真っ直ぐなヒロイン。
その強かさはこんなことで折れないはずだ。
アタシはそう信じてる。
「ほら、帰るわよ。泣くなら自分のベッドで気が済むまで泣きなさい。あとハンカチ洗うの忘れんなよ!」
「うん……。うん……!」
シャノンの手を引いてベンチから引っ張り上げると、やっと彼女は笑ってくれた。
まったく本当に手のかかるヒロインだ。
======================================
お付き合い頂き、ありがとうございます。
面白い、続きが気になると思ってくださった方はお気に入り登録をポチッと押してください!
感想も「よかったで」くらいのノリでくださると喜びます。
「ウィナフレッド!」
その魔法の閃光が炸裂する瞬間、思わずクレイヴとシャノンは叫んでいた。
三人と三体の同時攻撃。
そんなものをまともに食らえば、いくらウィナとはいえ無事ではないだろう。
衝撃に舞う爆煙が晴れたとき、そこに倒れ伏せる少女の姿をクレイヴは幻視する。
だが――。
その煙の中から現れたのは、三対の巨大な光翼だった。
羽根のない、透き通るガラスのようなそれはゆっくりと羽ばたくと、視界が晴れる。
――そこには二人の少女がいた。
片方の金髪の少女は目を瞑り、強い意志を感じさせる表情で、魔法の炸裂の前からも一歩も動かず。
そしてもう片方の緑の髪の少女は、後ろに向けて剣と腕輪を構え、悠然とそこに立っていた。
どちらも、キズ一つない。
相対する敵に出来うる最大の攻撃を受け止めたのだ。
「ウィナちゃん……!」
隣でシャノンが安堵の声と共に崩れ落ちる。
だがクレイヴは、目の前の光景に畏怖を感じていた。
――なんという力だ。
相手は実戦の経験の少ない学生とはいえ、その血脈に証明された才能ある家の者たちだ。
彼らが束になってもウィナを倒すどころか、一撃も入れられないとは。
見ればセルジュは頭を抱えてその光景を疑い、ファブリスは膝をついて呆然としていた。
ジルベールだけが、震える声でウィナに叫ぶ。
「て、てめぇは……!てめぇは何モンなんだ!? なんなんだてめぇはぁぁ!?」
問われたウィナは振り返り、ニヤリと笑った。
「公爵家のメイドよ。以後、お見知り置いとけ」
瞬間、彼女の左腕がわずかに光を放つ。
ウィナは大きく息を吸うと、それに伴って周囲の魔力までもが吸い込まれるように動いた。
そして、彼女の全力の咆哮が空気を震わせた。
「うああああぁぁぁぁぁぁ――ッ!」
ただの叫びではない。
魔力を帯びた獣のような雄叫びだ。
クレイヴは全身を打たれるような衝撃を感じ、目の前の魔法壁にヒビが入るのを見た。
その叫びが終わったとき、すでに決闘場には動くものはいなかった。
魔法壁を介してですら感じる衝撃だ。
まともに食らってしまった三人は耐えきれず失神している。
それに伴い、彼らの霊獣は魔力の光となって散ってしまった。
――……決着だ。
だが歓声は起こらない。
その場の誰もがジルベールたちの敗北と、ウィナの叫びという二重の衝撃で声を出すことさえできなかったのだろう。
本来は率先して決闘を管理すべき審判までもが立ち尽くしてしまう有様だ。
「審判! 勝敗の判定を!」
クレイヴが促すと、はっとした様子で審判は手を挙げる。
当然、それは二人の少女の側だ。
「決着! この決闘、フィロメニア・ノア・ラウィーリアの勝利!」
その宣言がなされても喝采はおろか、歓声は上がらなかった。
たった一人、隣のシャノンを除いて。
「やった! やりましたね! クレイヴさ――あ、あれ?」
飛び上がるほどに喜ぶシャノンは、はしゃいでいるのが自分だけだと気づいて、途中で顔を赤らめる。
そんな彼女の肩にクレイヴは笑いながら手を置きつつ、ゆっくりと頷くのだった。
◇ ◇ ◇
静まり返る決闘場を見て、アタシはこめかみを掻く。
てっきり大歓声か大ブーイングのどちらかと思っていたが、なんとも微妙な反応だ。
ちょっと派手にやりすぎたかもしれない。
けれど、フィロメニアはそんなことに構わず前へ出て、剣を観客席のある一点に向けて声を上げる。
「見ていたか。マリエッタ・レイ・ヴュイルヤード。よくも菓子に毒など持ってくれたな」
「こ、こんなことはお告げにはっ……!?」
「貴様が菓子を用意していたことはウィナの飼い鳴らした野良猫が吐いた。私はすべてを知っている」
「ちっ、違うわ! あれは……そう! シャノン! 貴女が渡した物でしょう!?」
先ほど一人だけ歓声を上げたシャノンは急に水を向けられて、困惑したようにこちらとマリエッタを交互に見た。
そういえばあのお菓子はシャノンからもらったんだった。
まぁ、シャノンがアタシに毒盛る理由はないし、最初から疑ってもいなかったけど。
「えっ……? えっ!?」
「行こう。シャノン。もうここにいるべきではない」
だがその言葉で生徒たちの視線はシャノンにも向けられてしまう。
気を利かせたクレイヴは彼女の肩を持ち、足早に観客席を後にした。
「私は教師として貴方たちを――!」
「黙れッ! 神殿での地位欲しさに姦計をめぐらせた間者めが!」
なおも悲鳴に似た声を上げるマリエッタを気迫で黙らせる。
そして、両手を広げてフィロメニアは声高々に言い放つ。
「皆も聞くがいい。ここにいるウィナフレッド・ディカーニカは我が霊獣にして我が剣。我が命を預け、常に共にありし最愛の友」
アタシは決着後に拾っておいた鞘に剣をしまう音を、あえて大きく鳴らした。
「我らの邪魔建てをするならば容赦はしない。此度の決闘の誓いの元、マリエッタ・レイ・ヴュイルヤードよ。すぐさまこの学園から立ち去るがいい!」
「ぐっ……ぐうううぅぅぅぅ!」
これまでは微笑むだけだったマリエッタの顔がおぞましいものに変わる。
それを見たのはアタシたちだけじゃない。
生徒のほとんどが、頭を掻きむしり、凄まじい形相に顔を歪ませるマリエッタを見ていた。
そこからの生徒たちの動きは様々と言っていい。
足早にその場を去る者、マリエッタの変わりように動揺する者、いまだ決闘の衝撃に腰を抜かしている者。
そして、わずかだが歓声を送る者もいて、その小さな喝采の中、アタシたちは静かに退場するのだった。
◇ ◇ ◇
出場者の通用口をフィロメニアと無言で歩いていると、奥のベンチに座る二つの影があった。
シャノンとクレイヴだ。
クレイヴはこちらの姿を認めるとわずかに微笑み、手を振ってくる。
だがシャノンは俯いたまま、微動だにしない。
「おめでとう、フィロメニア。そしてウィナフレッド。見事な勝利だった」
「ありがとうございます、殿下」
近づいてそんなやり取りをする二人だが、クレイヴはシャノンの様子が気になるようだった。
ふと横を見ると、俯くシャノンを氷点下の目で見るフィロメニアがいて、アタシは慌てて間に割って入る。
「ごめん、ちょっとシャノンと話してもいい?」
言うと、フィロメニアは呆れたようにため息をついた。
「ならば先に行く。手のひらを返す連中が待っていると思うのでな」
「殿下。アタシへの配慮、痛み入ります。恐れ入りますが重ねてお願いを。お嬢様を宿舎までお送り頂ければ幸いです」
逆上したマリエッタがフィロメニアに手をかける、なんてこともあり得なくはない。
さっきの顔マジで怖かったな……。
アタシは王太子殿下を顎で使うのだから、深くお辞儀をする。
「わかった。それと……君とはできれば対等に話したい」
「あっそ。じゃ、お願いね。クレイヴ」
本人が言うならもういいか、と思い、ひらひらと手を振ると、クレイヴは満足そうに笑った。
「ふっ……ああ。いいとも」
そうして婚約者同士を送り出すと、その場は遠くの喧騒が聞こえるだけで静かになる。
こめかみを掻きつつ眺めていたが、シャノンは青い顔をして心ここにあらずといった感じだ。
仕方なくアタシは声をかける。
「シャノン」
「ウィナ、ちゃん……?」
今の今まで目の前に立ってたのに気づかなかったんかい。
アタシが腕組みして言葉を待つと、シャノンはか細い声で訊いてきた。
「あの話、本当……? 私の渡したお菓子に毒って……」
「マジマジ。やってくれたわね」
まさかアタシが体調不良で遅刻したのかとでも思っていたのだろうか。
軽い調子で返すと、シャノンは堰を切ったように泣き出す。
「あっ……ああっ……! ごめっ、ごめん。ごめんなさい。ごめんなさいぃ……!」
彼女のスカートが大粒の涙で濡れていく。
ハンカチはさっき渡してしまって持っていないし、エプロンは戦闘の土煙で汚れてしまっている。
アタシはシャノンの涙を拭うこともできず、ただその頭上に声をかけた。
「シャノン」
彼女は泣き続ける。
毒が入っているなんて知らなかっただろうに、言い訳もせず謝り続ける。
アタシはそろそろこの状況に限界が来て――仕方なく怒鳴りつけた。
「このばかちん!」
ポコっと軽く頭にゲンコツを当てると、やっとシャノンは顔を上げてくれる。
まったく世話のかかる子ね。
「いいのよ。アンタはアンタなりに前に進もうとした。それを利用されただけなんだから」
「でもっ……私、ウィナちゃんに酷いことして……! 恩を仇で返して……!」
まぁ、感謝の気持ちを伝えようとした結果、相手を毒殺しかけたんだから相当ショックは大きいだろう。
騙されたとはいえ、マリエッタを信用してしまったという落ち度もある。
シャノンは罰せられたいのだ。
アタシはため息をついてしゃがみ込むと、彼女の手を握った。
「じゃあ、アタシの今から言う通りにしなさい」
鼻水を垂らしたシャノンの目に、少しだけ光が灯る。
「来週も、そのまた来週も、ちゃんと授業に出なさい。遅刻もだめよ。誰に何を言われても、絶対に来なさい。来なかったら――」
「――来なかったら……?」
「アンタの部屋のドアぶっ壊して寝巻で連れてく」
「それは嫌……」
そうだろう。でも普通に学校に通うのもシャノンにとっては苦行とも言える。
なぜなら敗者の言葉とはいえ、公爵家の使用人に毒を渡したと公にされ、一時はその味方をしたのだ。
平民の彼女の立場や視線は厳しいものとなるだろう。
けれど、それくらいは乗り越えてもらわなきゃ困る。
アタシじゃなく、他の誰かに支えてもらって、初めて彼女は胸を張れるのだ。
それをシャノンもわかってくれるだろう。
「決まりね」
そう言うと、シャノンは制服の袖でゴシゴシと顔を拭き、強く頷いた。
どこまでも真っ直ぐなヒロイン。
その強かさはこんなことで折れないはずだ。
アタシはそう信じてる。
「ほら、帰るわよ。泣くなら自分のベッドで気が済むまで泣きなさい。あとハンカチ洗うの忘れんなよ!」
「うん……。うん……!」
シャノンの手を引いてベンチから引っ張り上げると、やっと彼女は笑ってくれた。
まったく本当に手のかかるヒロインだ。
======================================
お付き合い頂き、ありがとうございます。
面白い、続きが気になると思ってくださった方はお気に入り登録をポチッと押してください!
感想も「よかったで」くらいのノリでくださると喜びます。
0
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない
黎
恋愛
片想い相手を卑怯な手段で同僚に奪われた、その日に転生していたらしい。――幼いある日、令嬢シルヴィア・ブランシャールは前世の傷心を思い出す。もともと営業職で男勝りな性格だったこともあり、シルヴィアは「ブランシャール家の奇娘」などと悪名を轟かせつつ、恋をしないで生きてきた。
そんなある日、王子の婚約者の座をシルヴィアと争ったアントワネットが相談にやってきた……「私、この世界では婚約破棄されて悪役令嬢として破滅を迎える危機にあるの」。さらに話を聞くと、アントワネットは前世の恋敵だと判明。
そんなアントワネットは破滅エンドを回避するため周囲も驚くほど心優しい令嬢になった――が、彼女の“推し”の隣国王子の出現を機に、その様子に変化が現れる。二世に渡る恋愛バトル勃発。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる