上 下
19 / 48
第一章

18:胸を張れ。踏み出すのなら

しおりを挟む
「フィロメニア様が……内容はわからないけれど教師を相手に騒ぎを起こしているの! それになぜか殿下たちまで加わってて……!」

 教師を相手に、という言葉に、アタシは確信する。マリエッタだ。
 何を考えているのかはわからないけれど彼女はひたくしに、一人で神殿という組織と戦っていたんだろう。

 アタシは自室のカギをリーナに渡しながら聞く。
 
「場所は!?」
「教室棟の玄関ホールよ! けど私たち使用人は出入り――」
「ちょっと行ってくる! 鍵お願い!」

 そう言って駆け出したのは自室の窓だ。
 両開きのそれを勢いよく開けると――そのまま外へ飛び降りた。
 
「ウィナ!? ここ三階……っ!」
「知ってるー!」

 リーナが慌てふためく声に、落下しながら応じる。
 元々、アタシは霊獣になる前から二階くらい高さを飛び降りることができた。今ならもっと上からでも怪我はしないだろう。

 どうしてそんなことをしていたかと言うと、だだっ広い公爵家のお屋敷で一々廊下を歩いていては仕事が回らないからだ。
 かといって廊下をドタドタ走ればメイド長に怒られる。

 だから、窓から飛び降りて庭を走ってショートカットをするのだ。
 時には屋根伝いに別館へ飛び移って開けておいた窓に滑り込りもしていた。

 そんな運動神経に育ててくれた両親に感謝だ。メイドたるものこれくらいできないと。

『この広い世界でもそんなメイドは君くらいだよ』
『じゃあアタシ以外メイド失格ね!』

 言いながら、アタシは柔らかい芝生に柔らかく着地した。
 土もスカートに撥ねていない。ならばいい。

 アタシは全力でダッシュする。
 歩道ではなく芝生を走り、邪魔な茂みを飛び越えて、一直線に教室棟へ向かった。

 そうして辿り着いた先でアタシは立ち止まる。
 
 教室棟の大きな扉の玄関は開かれていて、その奥には溢れんばかりの人込みが出来ていた。
 階段を上がり、その人込みの後ろに立つと集まった生徒たちから様々な声で聞こえてくる。
 
「マジかよ……。いよいよ公爵家もおかしなことになってんな」
「なんで先生に決闘なの? あの人おかしいんじゃないの?」

 決闘……! よりによって決闘!?

 聞こえてきた単語に仰天するが、背の低いアタシは騒ぎの中心が見えない。
 仕方なく生徒たちに謝りつつ、人の群れをかき分けて進んでいく。

「ちょっ……すみません! 通して! 通してください!」

 そして、視界が開けたそこには、あの乙女ゲーの登場人物が勢ぞろいの状態だった。

「ねぇ、フィロメニアさん。決闘は普通、生徒間で成績の序列をかけて争ったり、お互い譲れない何かを解消するために行われるものよ。私たちの間にそんなものはあったかしら?」
「理由を問うていうなら答えよう。神殿が学園にねじ込んだその娘の力のことだ。霊獣を召喚していないなどと嘘をつき、入学前よりおぞましい魔法開発を手伝わさせているな?」

 腕組みして鋭い眼光を光らせているフィロメニアに対し、マリエッタが嘲笑するようなわざとらしい困り顔をしている。
 そしてシャノンとクレイヴ殿下を始めとした攻略対象がマリエッタの後ろに控えていた。

「おぞましい魔法開発? なんのことかしら? 彼女は私が見出した稀有な才能の持ち主よ。そんな生徒を可愛がってなにか問題があって?」
「論点をズラすな。神殿では何をしようと結構だが、学園の生徒を巻き込むのは看過できん」

 いったいなんの話?
 これまでフィロメニアから話を聞けていないだけに、アタシは目の前の論争についていけていなかった。

 それは周囲の生徒も同じだろう。
 けれど、そんな中でも割って入る栗色の髪が揺れる。
 
「ま、待ってください! 確かに先生には入学前からお世話になっています! けれど私は誰かの力になりたくて……自分から魔法の練習をお願いしたんです! それに霊獣は本当に――!」
 
 シャノンだ。こんな騒動の中でも気後れせずに声を上げることができるのは、その真っ直ぐさ故か。
 それともヒロインだからという補正でもあるのか。
 
 しかし、そんな彼女に殺気染みた言葉が刺さる。
 
「口を閉じろ平民。貴様の出る幕ではない」

 その一言で、シャノンは青い顔をしてすごすごと引き下がってしまった。
 そりゃそうだ。マジギレしているフィロメニアはアタシだって怖い。
 
「……良いように操られている本人も愚かだが、これ以上は看過できん」
「そう言われてもね……。教師として生徒である貴方と直接決闘するのは憚られるわ。代理人を立ててもよろしいかしら?」

 マリエッタは眉を八の字に曲げて体をくねらせる。
 さらっと言ったけれど、決闘自体は受けるらしい。ということは、その代理人とやらにアテがあるのだろう。
 
 案の定、マリエッタの後ろで手が挙がる。
 
「なら先生、俺が出るぜ」

 ジルベールだった。
 制服の胸元を堂々と着崩し、日焼けしたその顔は自信に満ちている。
 
「先生には世話になってるからな。先生とシャノンのおかげで俺はますます強くなってんだ。ちょうどいい腕試しだぜ」

 シャノンのおかげで強くなってる……?
 
 バチン、と拳を手のひらに打ち付けるジルベールの言葉に、アタシは引っかかるものを感じた。
 確かにシャノンは魔法で他者を強化できる才能はあるが、それは後々になって立ちはだかる困難を打ち砕くために使われる力だ。

 入学して間もないこの時期にそんなイベントはなかったはず。

 そう考えていると、もう一人眼鏡を光らせたイケメンが前に進み出てくる。
 
「待ちなさいジルベール。ならば私も手を挙げますよ。ミス・マリエッタに恩があるのは同じですし、それからシャノン。貴方の名誉も守りたい」

 セルジュもかよ、とアタシは口の中で毒づいた。
 相手はフィロメニア一人だというのにポンポン手を挙げやがって。

「フィロメニア」

 この流れだとアイツも来るな……と思った通りだ。
 さりげないシャノンへのボディタッチと共に声を上げたのはファブリスだった。
 
「その決闘、私も加わらせてもらおう。公爵家の名にこれ以上、泥を塗ることは兄として許せん」

 なら決闘そのものを止めろし!
 と、思ったがファブリスにそんな口賢しい真似ができるとは思えない。

 どうせシャノンの前でカッコつけたいだけなんだろう。
 
 それをフィロメニアも察しているのか、口端を吊り上げてファブリスを見た――というより見下した。
 
「いいか。決闘とは神聖なものであって――」
「昔から余計な真似だけは達者だな。兄上よ」
 
 言葉を遮られて、ファブリスが息を飲む。
 フィロメニアがああいう笑顔をしたときには酷い目に遭わされるとわかっているだろうに。

 けれど場の雰囲気は完全にマリエッタ側に義があるといった様子だ。

 霊獣を召喚できていない公爵家の令嬢のヒステリックな暴走。
 フィロメニアのマリエッタに対する追及もアタシにすらわからない。
 そしてなにより代理人として立候補したメンツがエリート揃いというのが、フィロメニアを悪者に見せている。
 
「えっ、えっ、三人も出てきちゃったけどどうなるの?」
「し、知らないよ。決闘の形はお互いで決めるんだから!」
「さすがに三対一はだめだろ!」

 周囲で次々と困惑の声が上がる。
 けれど、そこには何か面白そうなことが起きるという興奮が滲み出ていた。
 
 そのとき、マリエッタが前に進み出る。それだけで騒ぎ立てていた生徒たちが静まり返った。
 
 彼女はその場の全員に伝えるように話し始める。

「どういった理由であれ、みんな手を挙げてくれて感謝致しますわ。……なら、いいでしょう。一つだけ認めるわ。シャノンさんは
「え……?」
「くだらん」
 
 困惑する本人と吐き捨てたフィロメニアを他所に、周囲では先ほどよりも更に大きな喧騒が上がった。
 
「マジかよ! 平民だから霊獣がいねぇんじゃなかったのかよ!?」
「は? なんで? 平民ごときが?」
「特別な才能っていうのが本当だったってことじゃないの?」

 彼らの感情は様々だろう。
 平民出の稀有な才能の出現に興奮する者もいれば、貴族の血を引き継いだ者のみに許される領域を侵されたと感じる者もいる。

 場が混沌としていく中で、フィロメニアはマリエッタを睨みつけた。
 
「なにも知らぬ赤子同然の田舎娘など、さぞ容易く騙せたのだろうな」
「物は言い様ね。彼女はまだ自分の本当の力を知らない。それを導くための方便よ」

 しかし、それでも嘘をついていたことに変わりない。
 シャノンは酷く衝撃を受けたような顔でマリエッタに言う。
 
「せ、先生……私にはまだ、霊獣はいないって……」
「ごめんなさい。シャノンさん。本当は儀式は成功していたの。貴女の霊獣は呼び出しに応じていないわけじゃない。見えていないだけなのよ」
「で、でも、私……――」

 マリエッタはセファーの映像で見たような、頼りがいのある笑みをシャノンに向けた。
 だが、シャノンは青い顔でふらふらと後退る。

 それを受け止めたのは、代理人に立候補した三人だった。
 
「よかったじゃねぇか! シャノン! お前にはちゃんと霊獣がいたんだぜ!?」
「そうですね。貴女にはちゃんと才能があると認められているということです。誰さんかと違って、ね」

 うわぁ、あの眼鏡嫌な言い方するなぁ。
 知らずに力を込めたアタシの右手がバキバキと音を立てる。
 
「フィロメニア。今一度、兄として言う。嫉妬と政略を混同すべきではない。たとえお前に霊獣がいなくとも――」
「黙れ」

 ファブリスは黙った。
 
 そうやって妹にビビっちゃう辺りが駄目なんだよな、と思いつつ、「なんで私の話だけ……」と悲しそうに呟く主人の兄貴にはちょっと同情した。
 
 そして、フィロメニアは視線を下げて、どこか呟くように低い声で言う。
 
「平民の娘に貴様らがほだされていることなど興味の欠片もない。しかし……その女の思惑に気づかぬ愚か者ども。何も見えていない貴様らには確かにわかるまいよ」

 こんなにも人が集まって、まだ決してフィロメニアの求心力はゼロではないというのに、彼女は孤独のように見えた。
 絶対的な何かに突き動かされている。そんな風にも見えた。
 けれど、これまで心を開いてくれなかったように、言葉だけじゃ今の彼女を理解できないこともわかっていた。

 どこで間違ったのだろう。
 
 今のところシャノンは攻略対象から認知はされているものの、フィロメニアの標的にされるようなことはしていないはずだ。
 ファブリスがシャノンを正妻にするなんて言い出したわけでもない。
 ジルベールやセルジュがフィロメニアの政敵となったわけでももない。
 
 クレイヴがシャノンに入れ込み、婚約破棄の話が持ち上がっているわけでも――。

 そこで、攻略対象の中でひとりだけ手を挙げていないクレイヴに気づいた。
 見ればクレイヴはシャノンのそばに立って、静かに事の成り行きを見守っている。

 そんな彼に、友人たちは声をかけた。

「おい、クレイヴ。お前は参加しないのか?」
「……俺はいい。婚約者相手に剣を振るえというのか?」
「まぁ、そうだな。安心しろよ。怪我はさせねぇ」
 
 違うのか。攻略対象のルートなんて関係ないのかもしれない。
 それ以前に、シャノンというヒロイン自体が関係ないのかもしれない。
 
 アタシはフィロメニアの思いを聞けていない。
 けれど彼女にとってマリエッタは邪魔であり、神殿の企みとやらの元凶なんだろう。

 いいじゃない。心なんかわからくても、守ると決めたんだから。

「それで、フィロメニアさんも代理人を立てるのかしら。彼らが相手ではそれなりの実力がなければ釣り合わないと思うのだけれど」
「要らぬ」
「ふっ……ふふふ、ではその身ひとつで戦うというのかしら」
「無論だ」

 彼女たちのやり取りに周囲がざわめく。

「う、嘘だろ」
「フィロメニア様、無茶ですわ!」
「そうです。おやめください!」

 それまで控えていた取り巻きたちがやっとフィロメニアを制止し始めた。

 だが彼女は止まらないだろう。
 だからアタシは前に踏み出そうとして――フィロメニアと目が合う。

『来るな』

 その顔は絶対的な命令を下す際の表情だった。
 喧嘩の際のにらみ合いでさえ遊びのように思える。

 だが、アタシは足を止めない。

 いつかシャノンに言ったように、姿勢を整えて進み出る。
 胸を張り、顎を引いて、なめらかに、そして堂々と踏み出す。

 そうしてアタシはフィロメニアの前へと立ったのだった。






======================================





お付き合い頂き、ありがとうございます。
面白い、続きが気になると思ってくださった方はお気に入り登録をポチッと押してください!
感想も「よかったで」くらいのノリでくださると喜びます。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

転生令嬢シルヴィアはシナリオを知らない

恋愛
片想い相手を卑怯な手段で同僚に奪われた、その日に転生していたらしい。――幼いある日、令嬢シルヴィア・ブランシャールは前世の傷心を思い出す。もともと営業職で男勝りな性格だったこともあり、シルヴィアは「ブランシャール家の奇娘」などと悪名を轟かせつつ、恋をしないで生きてきた。 そんなある日、王子の婚約者の座をシルヴィアと争ったアントワネットが相談にやってきた……「私、この世界では婚約破棄されて悪役令嬢として破滅を迎える危機にあるの」。さらに話を聞くと、アントワネットは前世の恋敵だと判明。 そんなアントワネットは破滅エンドを回避するため周囲も驚くほど心優しい令嬢になった――が、彼女の“推し”の隣国王子の出現を機に、その様子に変化が現れる。二世に渡る恋愛バトル勃発。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...