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第一章
18:胸を張れ。踏み出すのなら
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「フィロメニア様が……内容はわからないけれど教師を相手に騒ぎを起こしているの! それになぜか殿下たちまで加わってて……!」
教師を相手に、という言葉に、アタシは確信する。マリエッタだ。
何を考えているのかはわからないけれど彼女はひたくしに、一人で神殿という組織と戦っていたんだろう。
アタシは自室のカギをリーナに渡しながら聞く。
「場所は!?」
「教室棟の玄関ホールよ! けど私たち使用人は出入り――」
「ちょっと行ってくる! 鍵お願い!」
そう言って駆け出したのは自室の窓だ。
両開きのそれを勢いよく開けると――そのまま外へ飛び降りた。
「ウィナ!? ここ三階……っ!」
「知ってるー!」
リーナが慌てふためく声に、落下しながら応じる。
元々、アタシは霊獣になる前から二階くらい高さを飛び降りることができた。今ならもっと上からでも怪我はしないだろう。
どうしてそんなことをしていたかと言うと、だだっ広い公爵家のお屋敷で一々廊下を歩いていては仕事が回らないからだ。
かといって廊下をドタドタ走ればメイド長に怒られる。
だから、窓から飛び降りて庭を走ってショートカットをするのだ。
時には屋根伝いに別館へ飛び移って開けておいた窓に滑り込りもしていた。
そんな運動神経に育ててくれた両親に感謝だ。メイドたるものこれくらいできないと。
『この広い世界でもそんなメイドは君くらいだよ』
『じゃあアタシ以外メイド失格ね!』
言いながら、アタシは柔らかい芝生に柔らかく着地した。
土もスカートに撥ねていない。ならばいい。
アタシは全力でダッシュする。
歩道ではなく芝生を走り、邪魔な茂みを飛び越えて、一直線に教室棟へ向かった。
そうして辿り着いた先でアタシは立ち止まる。
教室棟の大きな扉の玄関は開かれていて、その奥には溢れんばかりの人込みが出来ていた。
階段を上がり、その人込みの後ろに立つと集まった生徒たちから様々な声で聞こえてくる。
「マジかよ……。いよいよ公爵家もおかしなことになってんな」
「なんで先生に決闘なの? あの人おかしいんじゃないの?」
決闘……! よりによって決闘!?
聞こえてきた単語に仰天するが、背の低いアタシは騒ぎの中心が見えない。
仕方なく生徒たちに謝りつつ、人の群れをかき分けて進んでいく。
「ちょっ……すみません! 通して! 通してください!」
そして、視界が開けたそこには、あの乙女ゲーの登場人物が勢ぞろいの状態だった。
「ねぇ、フィロメニアさん。決闘は普通、生徒間で成績の序列をかけて争ったり、お互い譲れない何かを解消するために行われるものよ。私たちの間にそんなものはあったかしら?」
「理由を問うていうなら答えよう。神殿が学園にねじ込んだその娘の力のことだ。霊獣を召喚していないなどと嘘をつき、入学前よりおぞましい魔法開発を手伝わさせているな?」
腕組みして鋭い眼光を光らせているフィロメニアに対し、マリエッタが嘲笑するようなわざとらしい困り顔をしている。
そしてシャノンとクレイヴ殿下を始めとした攻略対象がマリエッタの後ろに控えていた。
「おぞましい魔法開発? なんのことかしら? 彼女は私が見出した稀有な才能の持ち主よ。そんな生徒を可愛がってなにか問題があって?」
「論点をズラすな。神殿では何をしようと結構だが、学園の生徒を巻き込むのは看過できん」
いったいなんの話?
これまでフィロメニアから話を聞けていないだけに、アタシは目の前の論争についていけていなかった。
それは周囲の生徒も同じだろう。
けれど、そんな中でも割って入る栗色の髪が揺れる。
「ま、待ってください! 確かに先生には入学前からお世話になっています! けれど私は誰かの力になりたくて……自分から魔法の練習をお願いしたんです! それに霊獣は本当に――!」
シャノンだ。こんな騒動の中でも気後れせずに声を上げることができるのは、その真っ直ぐさ故か。
それともヒロインだからという補正でもあるのか。
しかし、そんな彼女に殺気染みた言葉が刺さる。
「口を閉じろ平民。貴様の出る幕ではない」
その一言で、シャノンは青い顔をしてすごすごと引き下がってしまった。
そりゃそうだ。マジギレしているフィロメニアはアタシだって怖い。
「……良いように操られている本人たちも愚かだが、これ以上は看過できん」
「そう言われてもね……。教師として生徒である貴方と直接決闘するのは憚られるわ。代理人を立ててもよろしいかしら?」
マリエッタは眉を八の字に曲げて体をくねらせる。
さらっと言ったけれど、決闘自体は受けるらしい。ということは、その代理人とやらにアテがあるのだろう。
案の定、マリエッタの後ろで手が挙がる。
「なら先生、俺が出るぜ」
ジルベールだった。
制服の胸元を堂々と着崩し、日焼けしたその顔は自信に満ちている。
「先生には世話になってるからな。先生とシャノンのおかげで俺はますます強くなってんだ。ちょうどいい腕試しだぜ」
シャノンのおかげで強くなってる……?
バチン、と拳を手のひらに打ち付けるジルベールの言葉に、アタシは引っかかるものを感じた。
確かにシャノンは魔法で他者を強化できる才能はあるが、それは後々になって立ちはだかる困難を打ち砕くために使われる力だ。
入学して間もないこの時期にそんなイベントはなかったはず。
そう考えていると、もう一人眼鏡を光らせたイケメンが前に進み出てくる。
「待ちなさいジルベール。ならば私も手を挙げますよ。ミス・マリエッタに恩があるのは同じですし、それからシャノン。貴方の名誉も守りたい」
セルジュもかよ、とアタシは口の中で毒づいた。
相手はフィロメニア一人だというのにポンポン手を挙げやがって。
「フィロメニア」
この流れだとアイツも来るな……と思った通りだ。
さりげないシャノンへのボディタッチと共に声を上げたのはファブリスだった。
「その決闘、私も加わらせてもらおう。公爵家の名にこれ以上、泥を塗ることは兄として許せん」
なら決闘そのものを止めろし!
と、思ったがファブリスにそんな口賢しい真似ができるとは思えない。
どうせシャノンの前でカッコつけたいだけなんだろう。
それをフィロメニアも察しているのか、口端を吊り上げてファブリスを見た――というより見下した。
「いいか。決闘とは神聖なものであって――」
「昔から余計な真似だけは達者だな。兄上よ」
言葉を遮られて、ファブリスが息を飲む。
フィロメニアがああいう笑顔をしたときには酷い目に遭わされるとわかっているだろうに。
けれど場の雰囲気は完全にマリエッタ側に義があるといった様子だ。
霊獣を召喚できていない公爵家の令嬢のヒステリックな暴走。
フィロメニアのマリエッタに対する追及もアタシにすらわからない。
そしてなにより代理人として立候補したメンツがエリート揃いというのが、フィロメニアを悪者に見せている。
「えっ、えっ、三人も出てきちゃったけどどうなるの?」
「し、知らないよ。決闘の形はお互いで決めるんだから!」
「さすがに三対一はだめだろ!」
周囲で次々と困惑の声が上がる。
けれど、そこには何か面白そうなことが起きるという興奮が滲み出ていた。
そのとき、マリエッタが前に進み出る。それだけで騒ぎ立てていた生徒たちが静まり返った。
彼女はその場の全員に伝えるように話し始める。
「どういった理由であれ、みんな手を挙げてくれて感謝致しますわ。……なら、いいでしょう。一つだけ認めるわ。シャノンさんはすでに霊獣を召喚している」
「え……?」
「くだらん」
困惑する本人と吐き捨てたフィロメニアを他所に、周囲では先ほどよりも更に大きな喧騒が上がった。
「マジかよ! 平民だから霊獣がいねぇんじゃなかったのかよ!?」
「は? なんで? 平民ごときが?」
「特別な才能っていうのが本当だったってことじゃないの?」
彼らの感情は様々だろう。
平民出の稀有な才能の出現に興奮する者もいれば、貴族の血を引き継いだ者のみに許される領域を侵されたと感じる者もいる。
場が混沌としていく中で、フィロメニアはマリエッタを睨みつけた。
「なにも知らぬ赤子同然の田舎娘など、さぞ容易く騙せたのだろうな」
「物は言い様ね。彼女はまだ自分の本当の力を知らない。それを導くための方便よ」
しかし、それでも嘘をついていたことに変わりない。
シャノンは酷く衝撃を受けたような顔でマリエッタに言う。
「せ、先生……私にはまだ、霊獣はいないって……」
「ごめんなさい。シャノンさん。本当は儀式は成功していたの。貴女の霊獣は呼び出しに応じていないわけじゃない。見えていないだけなのよ」
「で、でも、私……――」
マリエッタはセファーの映像で見たような、頼りがいのある笑みをシャノンに向けた。
だが、シャノンは青い顔でふらふらと後退る。
それを受け止めたのは、代理人に立候補した三人だった。
「よかったじゃねぇか! シャノン! お前にはちゃんと霊獣がいたんだぜ!?」
「そうですね。貴女にはちゃんと才能があると認められているということです。誰さんかと違って、ね」
うわぁ、あの眼鏡嫌な言い方するなぁ。
知らずに力を込めたアタシの右手がバキバキと音を立てる。
「フィロメニア。今一度、兄として言う。嫉妬と政略を混同すべきではない。たとえお前に霊獣がいなくとも――」
「黙れ」
ファブリスは黙った。
そうやって妹にビビっちゃう辺りが駄目なんだよな、と思いつつ、「なんで私の話だけ……」と悲しそうに呟く主人の兄貴にはちょっと同情した。
そして、フィロメニアは視線を下げて、どこか呟くように低い声で言う。
「平民の娘に貴様らがほだされていることなど興味の欠片もない。しかし……その女の思惑に気づかぬ愚か者ども。何も見えていない貴様らには確かにわかるまいよ」
こんなにも人が集まって、まだ決してフィロメニアの求心力はゼロではないというのに、彼女は孤独のように見えた。
絶対的な何かに突き動かされている。そんな風にも見えた。
けれど、これまで心を開いてくれなかったように、言葉だけじゃ今の彼女を理解できないこともわかっていた。
どこで間違ったのだろう。
今のところシャノンは攻略対象から認知はされているものの、フィロメニアの標的にされるようなことはしていないはずだ。
ファブリスがシャノンを正妻にするなんて言い出したわけでもない。
ジルベールやセルジュがフィロメニアの政敵となったわけでももない。
クレイヴがシャノンに入れ込み、婚約破棄の話が持ち上がっているわけでも――。
そこで、攻略対象の中でひとりだけ手を挙げていないクレイヴに気づいた。
見ればクレイヴはシャノンのそばに立って、静かに事の成り行きを見守っている。
そんな彼に、友人たちは声をかけた。
「おい、クレイヴ。お前は参加しないのか?」
「……俺はいい。婚約者相手に剣を振るえというのか?」
「まぁ、そうだな。安心しろよ。怪我はさせねぇ」
違うのか。攻略対象のルートなんて関係ないのかもしれない。
それ以前に、シャノンというヒロイン自体が関係ないのかもしれない。
アタシはフィロメニアの思いを聞けていない。
けれど彼女にとってマリエッタは邪魔であり、神殿の企みとやらの元凶なんだろう。
いいじゃない。心なんかわからくても、守ると決めたんだから。
「それで、フィロメニアさんも代理人を立てるのかしら。彼らが相手ではそれなりの実力がなければ釣り合わないと思うのだけれど」
「要らぬ」
「ふっ……ふふふ、ではその身ひとつで戦うというのかしら」
「無論だ」
彼女たちのやり取りに周囲がざわめく。
「う、嘘だろ」
「フィロメニア様、無茶ですわ!」
「そうです。おやめください!」
それまで控えていた取り巻きたちがやっとフィロメニアを制止し始めた。
だが彼女は止まらないだろう。
だからアタシは前に踏み出そうとして――フィロメニアと目が合う。
『来るな』
その顔は絶対的な命令を下す際の表情だった。
喧嘩の際のにらみ合いでさえ遊びのように思える。
だが、アタシは足を止めない。
いつかシャノンに言ったように、姿勢を整えて進み出る。
胸を張り、顎を引いて、なめらかに、そして堂々と踏み出す。
そうしてアタシはフィロメニアの前へと立ったのだった。
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教師を相手に、という言葉に、アタシは確信する。マリエッタだ。
何を考えているのかはわからないけれど彼女はひたくしに、一人で神殿という組織と戦っていたんだろう。
アタシは自室のカギをリーナに渡しながら聞く。
「場所は!?」
「教室棟の玄関ホールよ! けど私たち使用人は出入り――」
「ちょっと行ってくる! 鍵お願い!」
そう言って駆け出したのは自室の窓だ。
両開きのそれを勢いよく開けると――そのまま外へ飛び降りた。
「ウィナ!? ここ三階……っ!」
「知ってるー!」
リーナが慌てふためく声に、落下しながら応じる。
元々、アタシは霊獣になる前から二階くらい高さを飛び降りることができた。今ならもっと上からでも怪我はしないだろう。
どうしてそんなことをしていたかと言うと、だだっ広い公爵家のお屋敷で一々廊下を歩いていては仕事が回らないからだ。
かといって廊下をドタドタ走ればメイド長に怒られる。
だから、窓から飛び降りて庭を走ってショートカットをするのだ。
時には屋根伝いに別館へ飛び移って開けておいた窓に滑り込りもしていた。
そんな運動神経に育ててくれた両親に感謝だ。メイドたるものこれくらいできないと。
『この広い世界でもそんなメイドは君くらいだよ』
『じゃあアタシ以外メイド失格ね!』
言いながら、アタシは柔らかい芝生に柔らかく着地した。
土もスカートに撥ねていない。ならばいい。
アタシは全力でダッシュする。
歩道ではなく芝生を走り、邪魔な茂みを飛び越えて、一直線に教室棟へ向かった。
そうして辿り着いた先でアタシは立ち止まる。
教室棟の大きな扉の玄関は開かれていて、その奥には溢れんばかりの人込みが出来ていた。
階段を上がり、その人込みの後ろに立つと集まった生徒たちから様々な声で聞こえてくる。
「マジかよ……。いよいよ公爵家もおかしなことになってんな」
「なんで先生に決闘なの? あの人おかしいんじゃないの?」
決闘……! よりによって決闘!?
聞こえてきた単語に仰天するが、背の低いアタシは騒ぎの中心が見えない。
仕方なく生徒たちに謝りつつ、人の群れをかき分けて進んでいく。
「ちょっ……すみません! 通して! 通してください!」
そして、視界が開けたそこには、あの乙女ゲーの登場人物が勢ぞろいの状態だった。
「ねぇ、フィロメニアさん。決闘は普通、生徒間で成績の序列をかけて争ったり、お互い譲れない何かを解消するために行われるものよ。私たちの間にそんなものはあったかしら?」
「理由を問うていうなら答えよう。神殿が学園にねじ込んだその娘の力のことだ。霊獣を召喚していないなどと嘘をつき、入学前よりおぞましい魔法開発を手伝わさせているな?」
腕組みして鋭い眼光を光らせているフィロメニアに対し、マリエッタが嘲笑するようなわざとらしい困り顔をしている。
そしてシャノンとクレイヴ殿下を始めとした攻略対象がマリエッタの後ろに控えていた。
「おぞましい魔法開発? なんのことかしら? 彼女は私が見出した稀有な才能の持ち主よ。そんな生徒を可愛がってなにか問題があって?」
「論点をズラすな。神殿では何をしようと結構だが、学園の生徒を巻き込むのは看過できん」
いったいなんの話?
これまでフィロメニアから話を聞けていないだけに、アタシは目の前の論争についていけていなかった。
それは周囲の生徒も同じだろう。
けれど、そんな中でも割って入る栗色の髪が揺れる。
「ま、待ってください! 確かに先生には入学前からお世話になっています! けれど私は誰かの力になりたくて……自分から魔法の練習をお願いしたんです! それに霊獣は本当に――!」
シャノンだ。こんな騒動の中でも気後れせずに声を上げることができるのは、その真っ直ぐさ故か。
それともヒロインだからという補正でもあるのか。
しかし、そんな彼女に殺気染みた言葉が刺さる。
「口を閉じろ平民。貴様の出る幕ではない」
その一言で、シャノンは青い顔をしてすごすごと引き下がってしまった。
そりゃそうだ。マジギレしているフィロメニアはアタシだって怖い。
「……良いように操られている本人たちも愚かだが、これ以上は看過できん」
「そう言われてもね……。教師として生徒である貴方と直接決闘するのは憚られるわ。代理人を立ててもよろしいかしら?」
マリエッタは眉を八の字に曲げて体をくねらせる。
さらっと言ったけれど、決闘自体は受けるらしい。ということは、その代理人とやらにアテがあるのだろう。
案の定、マリエッタの後ろで手が挙がる。
「なら先生、俺が出るぜ」
ジルベールだった。
制服の胸元を堂々と着崩し、日焼けしたその顔は自信に満ちている。
「先生には世話になってるからな。先生とシャノンのおかげで俺はますます強くなってんだ。ちょうどいい腕試しだぜ」
シャノンのおかげで強くなってる……?
バチン、と拳を手のひらに打ち付けるジルベールの言葉に、アタシは引っかかるものを感じた。
確かにシャノンは魔法で他者を強化できる才能はあるが、それは後々になって立ちはだかる困難を打ち砕くために使われる力だ。
入学して間もないこの時期にそんなイベントはなかったはず。
そう考えていると、もう一人眼鏡を光らせたイケメンが前に進み出てくる。
「待ちなさいジルベール。ならば私も手を挙げますよ。ミス・マリエッタに恩があるのは同じですし、それからシャノン。貴方の名誉も守りたい」
セルジュもかよ、とアタシは口の中で毒づいた。
相手はフィロメニア一人だというのにポンポン手を挙げやがって。
「フィロメニア」
この流れだとアイツも来るな……と思った通りだ。
さりげないシャノンへのボディタッチと共に声を上げたのはファブリスだった。
「その決闘、私も加わらせてもらおう。公爵家の名にこれ以上、泥を塗ることは兄として許せん」
なら決闘そのものを止めろし!
と、思ったがファブリスにそんな口賢しい真似ができるとは思えない。
どうせシャノンの前でカッコつけたいだけなんだろう。
それをフィロメニアも察しているのか、口端を吊り上げてファブリスを見た――というより見下した。
「いいか。決闘とは神聖なものであって――」
「昔から余計な真似だけは達者だな。兄上よ」
言葉を遮られて、ファブリスが息を飲む。
フィロメニアがああいう笑顔をしたときには酷い目に遭わされるとわかっているだろうに。
けれど場の雰囲気は完全にマリエッタ側に義があるといった様子だ。
霊獣を召喚できていない公爵家の令嬢のヒステリックな暴走。
フィロメニアのマリエッタに対する追及もアタシにすらわからない。
そしてなにより代理人として立候補したメンツがエリート揃いというのが、フィロメニアを悪者に見せている。
「えっ、えっ、三人も出てきちゃったけどどうなるの?」
「し、知らないよ。決闘の形はお互いで決めるんだから!」
「さすがに三対一はだめだろ!」
周囲で次々と困惑の声が上がる。
けれど、そこには何か面白そうなことが起きるという興奮が滲み出ていた。
そのとき、マリエッタが前に進み出る。それだけで騒ぎ立てていた生徒たちが静まり返った。
彼女はその場の全員に伝えるように話し始める。
「どういった理由であれ、みんな手を挙げてくれて感謝致しますわ。……なら、いいでしょう。一つだけ認めるわ。シャノンさんはすでに霊獣を召喚している」
「え……?」
「くだらん」
困惑する本人と吐き捨てたフィロメニアを他所に、周囲では先ほどよりも更に大きな喧騒が上がった。
「マジかよ! 平民だから霊獣がいねぇんじゃなかったのかよ!?」
「は? なんで? 平民ごときが?」
「特別な才能っていうのが本当だったってことじゃないの?」
彼らの感情は様々だろう。
平民出の稀有な才能の出現に興奮する者もいれば、貴族の血を引き継いだ者のみに許される領域を侵されたと感じる者もいる。
場が混沌としていく中で、フィロメニアはマリエッタを睨みつけた。
「なにも知らぬ赤子同然の田舎娘など、さぞ容易く騙せたのだろうな」
「物は言い様ね。彼女はまだ自分の本当の力を知らない。それを導くための方便よ」
しかし、それでも嘘をついていたことに変わりない。
シャノンは酷く衝撃を受けたような顔でマリエッタに言う。
「せ、先生……私にはまだ、霊獣はいないって……」
「ごめんなさい。シャノンさん。本当は儀式は成功していたの。貴女の霊獣は呼び出しに応じていないわけじゃない。見えていないだけなのよ」
「で、でも、私……――」
マリエッタはセファーの映像で見たような、頼りがいのある笑みをシャノンに向けた。
だが、シャノンは青い顔でふらふらと後退る。
それを受け止めたのは、代理人に立候補した三人だった。
「よかったじゃねぇか! シャノン! お前にはちゃんと霊獣がいたんだぜ!?」
「そうですね。貴女にはちゃんと才能があると認められているということです。誰さんかと違って、ね」
うわぁ、あの眼鏡嫌な言い方するなぁ。
知らずに力を込めたアタシの右手がバキバキと音を立てる。
「フィロメニア。今一度、兄として言う。嫉妬と政略を混同すべきではない。たとえお前に霊獣がいなくとも――」
「黙れ」
ファブリスは黙った。
そうやって妹にビビっちゃう辺りが駄目なんだよな、と思いつつ、「なんで私の話だけ……」と悲しそうに呟く主人の兄貴にはちょっと同情した。
そして、フィロメニアは視線を下げて、どこか呟くように低い声で言う。
「平民の娘に貴様らがほだされていることなど興味の欠片もない。しかし……その女の思惑に気づかぬ愚か者ども。何も見えていない貴様らには確かにわかるまいよ」
こんなにも人が集まって、まだ決してフィロメニアの求心力はゼロではないというのに、彼女は孤独のように見えた。
絶対的な何かに突き動かされている。そんな風にも見えた。
けれど、これまで心を開いてくれなかったように、言葉だけじゃ今の彼女を理解できないこともわかっていた。
どこで間違ったのだろう。
今のところシャノンは攻略対象から認知はされているものの、フィロメニアの標的にされるようなことはしていないはずだ。
ファブリスがシャノンを正妻にするなんて言い出したわけでもない。
ジルベールやセルジュがフィロメニアの政敵となったわけでももない。
クレイヴがシャノンに入れ込み、婚約破棄の話が持ち上がっているわけでも――。
そこで、攻略対象の中でひとりだけ手を挙げていないクレイヴに気づいた。
見ればクレイヴはシャノンのそばに立って、静かに事の成り行きを見守っている。
そんな彼に、友人たちは声をかけた。
「おい、クレイヴ。お前は参加しないのか?」
「……俺はいい。婚約者相手に剣を振るえというのか?」
「まぁ、そうだな。安心しろよ。怪我はさせねぇ」
違うのか。攻略対象のルートなんて関係ないのかもしれない。
それ以前に、シャノンというヒロイン自体が関係ないのかもしれない。
アタシはフィロメニアの思いを聞けていない。
けれど彼女にとってマリエッタは邪魔であり、神殿の企みとやらの元凶なんだろう。
いいじゃない。心なんかわからくても、守ると決めたんだから。
「それで、フィロメニアさんも代理人を立てるのかしら。彼らが相手ではそれなりの実力がなければ釣り合わないと思うのだけれど」
「要らぬ」
「ふっ……ふふふ、ではその身ひとつで戦うというのかしら」
「無論だ」
彼女たちのやり取りに周囲がざわめく。
「う、嘘だろ」
「フィロメニア様、無茶ですわ!」
「そうです。おやめください!」
それまで控えていた取り巻きたちがやっとフィロメニアを制止し始めた。
だが彼女は止まらないだろう。
だからアタシは前に踏み出そうとして――フィロメニアと目が合う。
『来るな』
その顔は絶対的な命令を下す際の表情だった。
喧嘩の際のにらみ合いでさえ遊びのように思える。
だが、アタシは足を止めない。
いつかシャノンに言ったように、姿勢を整えて進み出る。
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