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第一章

9:人の数だけ出会いはある

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 断じて言うが、狙ったわけではない。
 アタシの目的はフィロメニアの死の回避であって、ヒロインのポジションに成り代わろうなどというタチの悪い所業など考えてもいない。

 だが、結果的にクレイヴィアスの手はこっちを向いてしまっている。

 ……これはマズいでしょ。

 アタシはその手を取らずに速攻で身なりを整えて、彼の後ろで困惑するシャノンを指差した。
 
「あ、あー、全然、ぜんっぜん大丈夫です! あっ! そちらのお嬢様の方が心配でございます!」
「そうか? 貴女の方が随分な吹き飛びようだったが……」

 差し出した手を引っ込めながら本気で心配してくれるクレイヴィアスに申し訳なく思いつつ、アタシはそそくさと距離を取る。
 すると、シャノンが慌てて飛び出してきて、頭を下げてきた。
 
「あ、あのっ、ご、ごめんなさいっ!」
「いいんですいいんです! こちらこそごめんなさい! 飛び出したのはアタシ! 悪いのはアタシですから! アタシ!」

 ここでシャノンにヘイトが向いてしまうのは何がなんでも避けたい。
 アタシはあくまで原因が自分にあるということを周囲に伝わるようゴリ押しした。
 
 すると、歩み寄ってきたフィロメニアがクレイヴィアスに一礼する。
 
「私の使用人が失礼を」
「フィロメニア。彼女は君の使用人だったのか。やたら素早い動きに見えたが、なるほど。さすがは公爵家の使用人というところかな」

 いや、なるほどじゃないよ。どこで納得したんだよ。

 そんなことを思っていると、シャノンがふらふらと青い顔で話しかけてきた。

「ほ、本当に怪我はないですか? 私、すごく焦ってて……」
「ホントに大丈夫ですから! ホントホント!」

 彼女は騒ぎを起こしてしまったことに動揺しているが、同時に何か別のことで困っているように見える。
 その様子にアタシはつい、お節介かもしれないとも考えつつ顔を覗き込んだ。
 
「……失礼ですけど、何かお困りですか?」

 シャノンは一瞬、言葉に詰まったが、アタシの顔を見て小さい声で答えてくれる。
 
「わ、忘れ物しちゃって……。入学式で説明されることはメモしておくように、って言われたのに……」
「メモとペンがあればいいですか? アタシ持ってますよ」
「で、でも――」

 アタシは普段からメイドとして色々なものを持ち歩いていた。
 小さなメモ帳をポケットから取り出すと、シャノンに押し付けるように渡す。

「いいからいいから。これがメモ。あとペンは……」
「俺の物を貸そう」

 同じようにシャノンの手にペンを握らせたのは他でもないクレイヴィアスだ。
 周囲の女子生徒からは羨ましげな歓声が上がる。
 
「あ、わっ……。あ、ありがとうございます。え、えっと……その……」
「まさか、俺の事を知らないのか? もしかして神殿の推薦で入学したというのは……」

 あ、マズいな、とアタシはそこで感づいた。
 取り巻きを引き連れたフィロメニアとこの場にいると、シャノンに余計な視線を集めることになる。
 
「さ、先に行こう、フィロメニア。やることやったから!」
「ん? そう急ぐこともないが……まぁ、お前がそう言うのならいいだろう」

 アタシがフィロメニアだけに聞こえるように囁くと、素直に従ってくれた。
 
「では殿下、また後程」
「ああ、フィロメニア。枝葉を頭につけた貴女も、また会おう」

 フィロメニアが再びクレイヴィアスに一礼し、取り巻きを引き連れてホールへと向かう。
 
「えっ……殿下って……? まさか――」

 微かに聞こえたシャノンの疑問の声の後に、彼女の驚嘆の叫びが背後で上がった。
 田舎から出てきて最初の親切にしてくれた異性が王子様だったら、そりゃ驚くだろう。

 特に気にしていなさそうなフィロメニアの顔色を見て安堵しつつ、アタシは寝不足の頭に刺さった枝を引っこ抜くのだった。


  ◇   ◇   ◇


 当たり前だけれど、この学園にも校則がある。
 その一例として、授業や訓練など生徒だけが参加する場には使用人は同行できない決まりがある。
 特に教室のある建物には原則出入り禁止であり、生徒たちは自分で考え、自分で行動すべきとされている。

 貴族であっても――というより有事には戦闘に参加する義務を背負う貴族だからこそ、自立性と規律を遵守することが求められるのだろう。
 
 だからアタシは入学式の会場には入れなかった。
 まぁ、わかっていたことではあるのだが、常に一緒にいたフィロメニアと引き離されるとやっぱり寂しい。

 今後も授業を行っている間は一人だと考えると暇を持て余すかもしれない。
 お屋敷では朝から晩まで常に仕事をしているような生活だったのでなおさらだ。

 アタシはひとまず来た道を引き返して、使用人用の宿舎へと向かった。
 使用人の食事はこの宿舎の食堂で提供されるので、下見の目的もある。

 学生寮よりもだいぶ簡素な建物に入ると、なにやら人が多い。
 全員がデザインは違えど使用人の服を着ている。何かの集まりのようだ。

「ではまず準備の振り分けを――あら? 貴女は……ラウィーリア家の方ですね?」

 すると、その場をまとめていたと思しき女性から声がかかる。
 アタシの服についている青い紋章と、髪をまとめている同じ色のリボンで気づいたのだろう。
 
 彼女はアタシを探していたという風に駆け寄ってきた。

「朝はここに集まるよう言伝を頼んでいたのだけれど……。その様子では伝わっていなかったのかしら」
「なんも聞いてないわね」

 素直に言うと、集団の中からあざ笑うような気配を感じて、ちらっと視線を投げる。
 その瞬間、顔を背けた者が二人――アタシはその顔を覚えておくことにした。

「私はベルティリーナ。使用人向けの説明を行っていたの。ごめんなさい。あとでまた説明させて。今は来週の懇親会の準備について話しているから」
「ありがと」

 礼を言うと、ベルティリーナは微笑んでから集団の前へと戻っていき、話を続ける。
 
 聞くに、来週の夜に新入生たちの懇親会があるらしい。
 こうした生徒中心の催しがある場合、アタシたち生徒の使用人に準備の手伝いを頼むようだ。
 
 給仕は学園が雇用している係も手伝ってくれるとのことだが、準備に関しては主催する側によって趣向や規模が違うからだろう。
 資産と人徳がある家の生徒ほど、大きく華やかで多人数のパーティを開けるという、貴族同士のマウントの取り合いの側面もある。

 ん? ってことは……、とアタシは周囲を見回した。
 この場にいる使用人の数からして、かなり大規模な会になるようだ。
 そうなれば当然、開催できる家というのも限られてくる。

 今日何度目だろう。嫌な予感がしてきた。
 
「では改めて。我が王家による懇親会の準備をお手伝い頂き、クレイヴィアス様に代わり感謝申し上げます。――それでは当日はよろしくお願い致します」

 ベルティリーナは王家の使用人だったらしい。
 
 やっべ。さっきタメ口で喋っちゃった……。


 ◇   ◇   ◇


「――以上がこの学園の決まりよ。何かわからないことはあるかしら?」
「いいえ、大丈夫です。遅れてすみません……」

 ベルティリーナから学園内で生活する使用人のルールを聞き終えると、アタシは首をすぼめて謝った。

「あら? さっきはもっと気取らない話し方をしてくれていたのに」
「王家の方とは知らなかったもので……」

 基本、使用人の格はその家の格なので、公爵家に務めるアタシは基本畏まる必要はない。
 しかし、それが王家の使用人となれば話は別だ。
 下手をすると雲の上の人だったりする。

「そんなものはいいのよ。お互い使用人なのだから。それに貴女の歳で公爵家から一人前の仕事を任されているのは凄いことよ。ウィナフレッド」
「ウィナでいいです」
「じゃあ私のことはリーナ……いえ、リーナちゃんって呼んで?」
「えぇ……?」
 
 とてつもなく軽い調子に困惑すると、リーナは「お互い敬語もなしで!」と笑った。
 
 先ほどの説明や場のまとめ方など、彼女はかなり場慣れしている。
 余裕のあるその雰囲気からして相当有能なのだろう。なんかちょっと変わってるけど。
 
「にしても……あの人たちには困ったものね」

 そう言ってリーナが横目で見たのは、さっきアタシが顔を覚えた二人だった。
 アタシにわざと伝言を伝えなかった使用人たちだ。

 たぶん、公爵家を敵視する家の者なんだろう。
 
「期待するだけ無駄だよ。御付きの使用人って主に性格似てくるって聞くし」
「だとすれば、きっとウィナは怖がられてるわね」
「え、なんで?」

 アタシが目を丸くして聞くと、リーナちゃんは言いにくそうに微妙な顔をする。

「あんまりフィロメニア様の悪口を言いたくはないのだけれど……初日から有名よ。小さな女の子に無理に重い荷物を運ばせたり、寝床も用意してあげないって」
「あー……」
 
 思い当たる節がある。というか事実だ。人の口に戸は立てられないとはいうものの、こうも見事に噂が広まるとは思ってもみなかった。不自然なくらいに。

「それなんだけどさ……」

 アタシはひとまずその場で悪評を訂正することにした。

 無理強いさせられて荷物を持っていたわけではないこと、使用人の部屋が手違いで用意されていなかったこと、アタシの寝床はちゃんとあること。

 一生懸命説明し終えると、リーナちゃんは意外そうな顔で聞き返してくる。
 
「えっ!? じゃあ今は一緒のベッドで寝てるってこと?」
「うん」
「全然思っていた印象と違うわ……。それに仲が良いのね」
「幼馴染だし。プライドと能力がぶっちぎりで高いだけで性格が悪いわけじゃないわよ」
「貴女と話していればなんとなくわかるわ。フィロメニア様もウィナみたいにお話しやすいのかしら」
「それはないかな」
 
 間髪入れずに答えると、ベルティーナとアタシは声を上げて笑った。
 互いに婚約者同士の御付きなのだから、仲が良いに越したことはない。
 それにこの短時間で打ち解けられるような友人が増えたことが、アタシは純粋に嬉しかった。

「じゃあウィナ。懇親会の日は会場の準備のまとめ役、お願いするわね。段取りは事前にこちらで用意しておくから」
「任せといて~」

 そう言ってベルティーナとアタシは別れる。
 どうやら学園生活中はフィロメニアのお世話だけしていればいいというものではなさそうだ。

 その方が退屈しなくていいか。

 アタシはそんなことを思いつつ、その場をあとにするのだった。






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