どーも悪役令嬢のメイドです。以後、御見知り置いとけ! ~霊獣になったアタシはご主人様をバッドエンドにはさせてやらない~

阿澄飛鳥

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第一章

1:最推しにささるボディブロー

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 ――自分より大きな、そして重たいものに潰されるという経験をしたことがある人はそういない。

 自慢じゃないけどアタシはある。それももだ。

 一度目は終電で帰った会社からの帰り道――アタシは唯一の日常の癒しだった乙女ゲーアプリへ夢中になっていたときだ。
 
 世界観はファンタジー……なのにライブなどのアイドル要素があって、なぜか歌唱力やダンス力が戦闘ステータスにも関わるという奇抜な学園乙女ゲー。
 正直キャラクターのビジュアルだけで始めたといっても過言じゃない。

 そんなゲームにとある要因でドハマりしたアタシの視線は、スマホの画面のみに注がれていた。
 いや、たぶん、そうじゃなくてもそれは起こったと思う。

 
 ――ぶっとい鉄骨が真上から落ちてきて、アタシに直撃したのだ。

 
 建設現場のある道だったから、そこから落ちてきたんだろうなぁ。
 なんでそんなことになったのか知らないけど、痛みを感じる余裕もなく即死したアタシはそうして現代日本での生を終えることになる。

 けれど、アタシという存在は終わらなかった。
 
 その次に自分が日本という国で社畜をやっていたと思い出すのは、かなり時間と場所が飛ぶ。
 体感時間にしてみれば五年三ヵ月ちょい。しかも場所は別世界……いや、異世界か。

 アタシは騎士の家で養子として引き取られた少女。愛称をウィナ――【ウィナフレッド・ディカーニカ】として生まれ変わっていた。
 そして、五歳のときに両親が仕えている公爵家へを訪れる。
 
 そこで出会った同い年の少女を見て、アタシは全てを思い出した。

 彼女は【フィロメニア・ノア・ラウィーリア】。
 アタシが死ぬ直前にプレイしていた。乙女ゲーの悪役令嬢だった。


 ◇   ◇   ◇


 ――さぁ、二人ともお庭で遊んできなさい。

 そう言われて、アタシはフィロメニアの遊び相手として連れてこられたのだと察した。

 仏頂面で気が強そうだがお人形のように可愛い彼女を前に、アタシはテンションを上げざるを得ない。
 記憶を取り戻し、実質的年齢三十歳近いにも関わらず、アタシはノリノリで彼女の手を引く。

 もしかしたら、まだ五歳のウィナフレッドとしての意識がそうさせたのかもしれない。
 
 けれど、なによりフィロメニアというのちの悪役令嬢は、アタシのお気に入りのキャラクターでもあったのだ。

 その乙女ゲーを最初に始めたのはヒロインがイケメンたちと様々な恋をしたり、最終的にキャッキャウフフするところを見るのが目的だった。
 けれど、いくつもルートのどれを進んでも、終始一貫して悪役に徹するフィロメニアに対して、アタシにはある種の感情が芽生えていた。
 
 どのエンディングを迎えても、どんな選択肢に進んでも、最後には悲惨な死を迎えてしまう彼女を――アタシは好きになってしまった。
 
 知略を巡らせ、他国であっても利用できるものを利用して、自分の手が汚れることを厭わず敵対する悪役令嬢。
 社会の波に流され、生きてるのか死んでるのかもわからないような生活をしていたアタシには、それが眩しく見えた。

 だから、生まれ変わったその世界で、アタシは言った。

「フィロメニアしゃま! おともだちになりましょう!」

 アタシの言葉に彼女は微笑む。
 そして、差し出してこう言った。
 
「では靴を舐めろ」

 アタシのボディブローがフィロメニアのみぞおちに刺さった瞬間である。

 一応、言っておく。
 暴力はいけないとは思う。

 特に五歳の少女の無防備なお腹に拳を叩き込むなど持って他だ。
 ついでに言うと数年後に王太子と婚約することが決まっている国家レベルで重要な令嬢でもある。
 
 けれど、騎士家で育ったアタシには両親からひとつの精神を叩き込まれていた。

 
 ――ナメられたらやれ。やっていいやつならそのまま殺れ。

 
 である。

 たぶん、両親的には公爵家の娘は別だと言いそうだが、記憶を取り戻した直後だった上、五歳という未熟な脳みそはその分別がつかなかったんだろう。

 気がつけばフィロメニアは胃の内容物を、美しい草花の養分として捧げていた。
 
 常識的に考えれば最悪な行動である。両親の首が物理的に飛ぶところだった。
 けれど、そうはならなかった。

 あれから月日が経ち、様々なことがあって、今――。

 
 ――アタシはフィロメニアの御付きのメイドとして働いている。

 
 普通は初対面で腹パンしてきた相手をそんな近しい立場に置くわけない。
 けれど、あいにくフィロメニアは普通じゃなかった。
 
 なぜかアタシは彼女に気に入られ、長い時間を共に過ごしている。

 そうして推しの近くで二度目の人生を送って十年の月日が経ち――その時がやってきた。
 フィロメニアとアタシは今年で十五になる。
 
 乙女ゲーの舞台となる、モルドルーデン王国貴族の子たちが集う学園へ通い始める年齢だ。

 その前に、この国の貴族にとっては人生で最も重要ともいうべき儀式が存在する。
 乙女ゲーの主人公は学園入学直後に来る話ではあるが、他の貴族は入学前に済ませておくものらしい。

 
 それは――【霊獣召喚の儀式】。
 
 
 【霊獣】っていうのはわかりやすく言えば使い魔とか召喚獣みたいに、魔力で呼び出して一緒に戦ってくれる相棒だ。
 
 王国の貴族はこの儀式を経て、自分だけの【霊獣】を召喚し、共に研鑽を積み、国を守る力を培う。
 【霊獣】こそが王国の強さの象徴であり、強力な【霊獣】を使役していることが有能さの証でもあるのだ。

 そんな大事な儀式のときに、フィロメニアの傍にいられないことがアタシは嫌だった。
 護衛の兵士はいるものの本来なら使用人は連れてはいけないという決まりらしいが、アタシは無理を言って彼女に同行した。
 
 儀式を行う神殿へ一緒に行って、ポンと召喚して、お屋敷にささっと帰るだけ。

 アタシはフィロメニアの隣にいればいい。
 それだけで、本質的に我儘で不安定な彼女の精神は落ち着くのだ。

 そんな簡単な一日だと思っていた時期が、アタシにもありました……。






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