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2章
2-⑩魔法災害救済連合
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蹴り飛ばした男が壁に激突し、派手に土煙を上げる。それきり男が動かないところを見て、俺は赤髪の少女へ手を差し伸べた。
「ユーリ、様……」
クロエはか細い声で応じながら、遠慮がちに手を掴む。
「悪い、ちょっと危ないタイミングだったな」
俺は困惑しているクロエの手を引いて立ち上がらせると、足元で倒れている男について聞いた。
「こいつらはなんなんだ?」
クロエは一瞬、俺に明かしていいものか迷ったようだが、すぐに頷いて話し始める。
「魔災連、に雇われた……人、です」
「魔災連ってテロ……じゃなくて犯罪集団のアレか?」
「そう、です」
略さずに言うと【魔法災害救済連合】という犯罪組織だ。詳しくは知らないが魔法や魔術を悪魔の力という信念の元に、教団や帝国に対して過激な活動を行っている。ちょっと前は貴族を誘拐して身代金を要求していたりと、やっていることは完全にならず者集団だ。
しかし、田舎の出の俺が名前を知っているくらいなのだから、それなりの規模の組織なのだろう。
「こんな街中で魔法ぶっぱなすなんてよくやるな」
俺が呆れてそう言うと、クロエは男の止血を施しながら気まずそうに視線を下げる。
「最初、の爆発……は私、です」
「そうか。ってええぇー……!」
てっきり爆破犯を追っているのかと思ってたんだが、クロエの方が爆破犯だったのかよ。
「密輸、した……古代兵器を、爆破……しました。この人、は……その警備を……」
「な、なるほど」
涼しい顔でクロエはそう言う。どうやらかなりの荒事もこなす仕事らしい。俺はここにきて本当にクロエが諜報員なんだなと実感した。
「あ、れ?」
「ん?」
クロエが呆けた声を出す。釣られて同じ方向を見れば、俺が先ほど蹴り飛ばした外套の男がいない。
慌てて周囲を見回すと、遠くの方で跳躍する姿が見えた。
「くそっ!」
「いい、です」
あとを追おうとする俺をクロエが引き留める。首を振って、もう間に合わないと言っているようだ。
「悪い! 逃がしちまった……」
「い、いいえ……! ユーリ様のせいじゃ、ない……です」
俺が謝るとクロエはさらに激しく首振って否定する。
確保したもう一人の男はクロエの方で取り調べされるらしい。
俺は男を運ぶのを手伝うと申し出たが「秘匿事項に触れるので……」と、ペコペコと頭を下げて断られてしまった。
仕方なく俺はクロエを残して退散する。
この世界でも思想の違いによる陰謀があって、それを阻止しようとする人間もいるのか。
そういうものを前世の俺は「社会の闇」とか「影の権力」などと呼んで、心のどこかではおとぎ話のように思っていた節がある。転生して、情報伝達の遅いこの世界にすっかり慣れた俺は、どこかこの世界を単純なものに思っていたのだ。
だが、実際にはもっと複雑で、日の当たらない現実は身近なものなのかもしれない。
俺はそんなことを考えつつ、工房に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
「本当に僕が来てよかったのかい? 邪魔にならないかな」
テーブルを挟んで向かいの席に座ったロランが不思議そうに聞いてきた。
俺はその問いに肩をすくめる。
「だってリアナに誘われたんだろ? いいんじゃないか? 俺、同い年の友達なんていなかったんだよ」
「僕だってそうさ。聞いてみたいことが山ほどあるんだ」
俺たちが来たのは旅人向けというよりも、少し財布に余裕がある者たち向けのレストランだ。ロラン曰く、値段は安くないが落ち着いて食事をすることができるところらしい。
頼んだ果実水が運ばれてくると、俺はロランのグラスに自分のグラスを軽く打ち付けた。
「なんだい? これ」
「あれ? 知らないか?」
俺がやったのは飲みの席でお馴染みの【乾杯】だ。どこにでもありそうなものだと思い込んでいたがそうではないらしい。
「あんまりやらないなぁ。おめでたい席ではこうやって持ち上げることはあるけどね。」
ロランは顔の高さまでグラスを上げてみせる。
「ユーリのところではこれが礼儀なんだ?」
「ただの挨拶だ。宴会を楽しくやろうぜってやつ」
前世がサラリーマンの俺にとって当たり前のことだったが、改めて聞かれると返答に困るものだ。
ロランはこの【乾杯】が気に入ったのか、もう一度グラスを打ち付ける。
「良い習慣だね。工房のみんなでやったらグラスが割れちゃうかもしれないけど」
工房の男たちは職人気質だ。仕事は丁寧だが、がさつそうな者が多い。確かに宴会が始まった瞬間にグラスを叩き割る姿が想像できる。
そうしてロランと話していると。
「あー、先に始めてる!」
高い声がした。リアナだ。
俺は待たされた腹いせに嫌味を言ってやろうと顔を上げる。
「お前が遅刻するから……だ?」
だが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
――なぜなら、そこに美女がいたからだ。
花柄のワンピースを身に纏い、銀髪を片側で編んでまとめている。
髪で隠されていない方の耳に黒い宝玉のピアスが揺れているのを見て、俺はやっとその美女がリアナだと気づいた。
「なぁに?」
にやっと何かを確信したような笑みでリアナが聞いてくる。
俺はまだ何も言われていないはずだが、図星を刺されたような気分になった。
「わぁ、リアナさん綺麗だね! 本物のお姫様みたいだ」
「ありがと。ロランは本当にいい子にそだ……い、いい子ねぇ!」
ん? 今なんか古なじみの孫息子にかけるような言葉が出かかってなかったか?
うっかり聖女の片鱗が見えたおかげで、俺は冷静さを取り戻す。
リアナは俺に向き直ると、腕組みして見下ろしてきた。
「アンタはなんか言うことないの?」
「あー……うん、いつもと違うな」
返事が蹴りで返ってくる。
暴力はいけないと思う。特にお前。
リアナは俺を奥の席に押し込むと隣に座り、俺たちと同じ果実水を頼んだ。全員の手元に飲み物が来たところで、改めてロランが投げかけてくる。
「それで、これは何の会なんだい?」
「【ニグルム】の調整お疲れ様会かしら。エルマンは来なかったけど」
運ばれてきた料理をつまみながらリアナが答えた。それを聞いたロランは嬉しそうな表情を浮かべる。
「嬉しいな。こんな会に呼ばれたことなかったから」
「そういうもんなのか? 魔装を預けてるんだから仲良いもんだと思ってた」
「うーん、相手は貴族様だからね。仲良くするにも限度があるし。そもそも話し合ったりはしないね。もちろん要望にはなるべく応えるけど、こだわりとか思い込みが激しいからさ」
うんうん、とロランは得意げに頷いた。
思っていたよりも騎士と技師の間には壁があるようだ。そうだとすれば同い年の技師であるロランと組めたのは僥倖だったかもしれない。
俺は改めてロランに念押しするように言う。
「俺には文句でもいいから何でも言ってくれ」
「大いに賛成ね。ユーリは察しが悪いから一から百まで言わないと伝わらないわよ」
かなり身に覚えのある話をしながら、リアナが偉そうに俺の肩を叩いてくる。
ユーリにはそれが面白いようで、ニヤニヤとした視線を俺によこした。
「言われてるよ、ユーリ」
「その通り過ぎてなにも言えない」
「少しは言い訳しなさいよ!」
笑いが起こる。
騎士と従士と技師という集まり――それは冒険者における一つのパーティのように俺は感じられた。
その夜、俺たちの話題は尽きることはなかった。
「ユーリ、様……」
クロエはか細い声で応じながら、遠慮がちに手を掴む。
「悪い、ちょっと危ないタイミングだったな」
俺は困惑しているクロエの手を引いて立ち上がらせると、足元で倒れている男について聞いた。
「こいつらはなんなんだ?」
クロエは一瞬、俺に明かしていいものか迷ったようだが、すぐに頷いて話し始める。
「魔災連、に雇われた……人、です」
「魔災連ってテロ……じゃなくて犯罪集団のアレか?」
「そう、です」
略さずに言うと【魔法災害救済連合】という犯罪組織だ。詳しくは知らないが魔法や魔術を悪魔の力という信念の元に、教団や帝国に対して過激な活動を行っている。ちょっと前は貴族を誘拐して身代金を要求していたりと、やっていることは完全にならず者集団だ。
しかし、田舎の出の俺が名前を知っているくらいなのだから、それなりの規模の組織なのだろう。
「こんな街中で魔法ぶっぱなすなんてよくやるな」
俺が呆れてそう言うと、クロエは男の止血を施しながら気まずそうに視線を下げる。
「最初、の爆発……は私、です」
「そうか。ってええぇー……!」
てっきり爆破犯を追っているのかと思ってたんだが、クロエの方が爆破犯だったのかよ。
「密輸、した……古代兵器を、爆破……しました。この人、は……その警備を……」
「な、なるほど」
涼しい顔でクロエはそう言う。どうやらかなりの荒事もこなす仕事らしい。俺はここにきて本当にクロエが諜報員なんだなと実感した。
「あ、れ?」
「ん?」
クロエが呆けた声を出す。釣られて同じ方向を見れば、俺が先ほど蹴り飛ばした外套の男がいない。
慌てて周囲を見回すと、遠くの方で跳躍する姿が見えた。
「くそっ!」
「いい、です」
あとを追おうとする俺をクロエが引き留める。首を振って、もう間に合わないと言っているようだ。
「悪い! 逃がしちまった……」
「い、いいえ……! ユーリ様のせいじゃ、ない……です」
俺が謝るとクロエはさらに激しく首振って否定する。
確保したもう一人の男はクロエの方で取り調べされるらしい。
俺は男を運ぶのを手伝うと申し出たが「秘匿事項に触れるので……」と、ペコペコと頭を下げて断られてしまった。
仕方なく俺はクロエを残して退散する。
この世界でも思想の違いによる陰謀があって、それを阻止しようとする人間もいるのか。
そういうものを前世の俺は「社会の闇」とか「影の権力」などと呼んで、心のどこかではおとぎ話のように思っていた節がある。転生して、情報伝達の遅いこの世界にすっかり慣れた俺は、どこかこの世界を単純なものに思っていたのだ。
だが、実際にはもっと複雑で、日の当たらない現実は身近なものなのかもしれない。
俺はそんなことを考えつつ、工房に戻るのだった。
◇ ◇ ◇
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◇ ◇ ◇
「本当に僕が来てよかったのかい? 邪魔にならないかな」
テーブルを挟んで向かいの席に座ったロランが不思議そうに聞いてきた。
俺はその問いに肩をすくめる。
「だってリアナに誘われたんだろ? いいんじゃないか? 俺、同い年の友達なんていなかったんだよ」
「僕だってそうさ。聞いてみたいことが山ほどあるんだ」
俺たちが来たのは旅人向けというよりも、少し財布に余裕がある者たち向けのレストランだ。ロラン曰く、値段は安くないが落ち着いて食事をすることができるところらしい。
頼んだ果実水が運ばれてくると、俺はロランのグラスに自分のグラスを軽く打ち付けた。
「なんだい? これ」
「あれ? 知らないか?」
俺がやったのは飲みの席でお馴染みの【乾杯】だ。どこにでもありそうなものだと思い込んでいたがそうではないらしい。
「あんまりやらないなぁ。おめでたい席ではこうやって持ち上げることはあるけどね。」
ロランは顔の高さまでグラスを上げてみせる。
「ユーリのところではこれが礼儀なんだ?」
「ただの挨拶だ。宴会を楽しくやろうぜってやつ」
前世がサラリーマンの俺にとって当たり前のことだったが、改めて聞かれると返答に困るものだ。
ロランはこの【乾杯】が気に入ったのか、もう一度グラスを打ち付ける。
「良い習慣だね。工房のみんなでやったらグラスが割れちゃうかもしれないけど」
工房の男たちは職人気質だ。仕事は丁寧だが、がさつそうな者が多い。確かに宴会が始まった瞬間にグラスを叩き割る姿が想像できる。
そうしてロランと話していると。
「あー、先に始めてる!」
高い声がした。リアナだ。
俺は待たされた腹いせに嫌味を言ってやろうと顔を上げる。
「お前が遅刻するから……だ?」
だが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
――なぜなら、そこに美女がいたからだ。
花柄のワンピースを身に纏い、銀髪を片側で編んでまとめている。
髪で隠されていない方の耳に黒い宝玉のピアスが揺れているのを見て、俺はやっとその美女がリアナだと気づいた。
「なぁに?」
にやっと何かを確信したような笑みでリアナが聞いてくる。
俺はまだ何も言われていないはずだが、図星を刺されたような気分になった。
「わぁ、リアナさん綺麗だね! 本物のお姫様みたいだ」
「ありがと。ロランは本当にいい子にそだ……い、いい子ねぇ!」
ん? 今なんか古なじみの孫息子にかけるような言葉が出かかってなかったか?
うっかり聖女の片鱗が見えたおかげで、俺は冷静さを取り戻す。
リアナは俺に向き直ると、腕組みして見下ろしてきた。
「アンタはなんか言うことないの?」
「あー……うん、いつもと違うな」
返事が蹴りで返ってくる。
暴力はいけないと思う。特にお前。
リアナは俺を奥の席に押し込むと隣に座り、俺たちと同じ果実水を頼んだ。全員の手元に飲み物が来たところで、改めてロランが投げかけてくる。
「それで、これは何の会なんだい?」
「【ニグルム】の調整お疲れ様会かしら。エルマンは来なかったけど」
運ばれてきた料理をつまみながらリアナが答えた。それを聞いたロランは嬉しそうな表情を浮かべる。
「嬉しいな。こんな会に呼ばれたことなかったから」
「そういうもんなのか? 魔装を預けてるんだから仲良いもんだと思ってた」
「うーん、相手は貴族様だからね。仲良くするにも限度があるし。そもそも話し合ったりはしないね。もちろん要望にはなるべく応えるけど、こだわりとか思い込みが激しいからさ」
うんうん、とロランは得意げに頷いた。
思っていたよりも騎士と技師の間には壁があるようだ。そうだとすれば同い年の技師であるロランと組めたのは僥倖だったかもしれない。
俺は改めてロランに念押しするように言う。
「俺には文句でもいいから何でも言ってくれ」
「大いに賛成ね。ユーリは察しが悪いから一から百まで言わないと伝わらないわよ」
かなり身に覚えのある話をしながら、リアナが偉そうに俺の肩を叩いてくる。
ユーリにはそれが面白いようで、ニヤニヤとした視線を俺によこした。
「言われてるよ、ユーリ」
「その通り過ぎてなにも言えない」
「少しは言い訳しなさいよ!」
笑いが起こる。
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