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2章

2-⑨クラウトモア・ツーツー

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 今、俺の体は魔装ティタニスと感覚を同じにしている。
 
 俺は小さく一歩踏み出せと念じ、レバーもそれに応じてゆっくりと動かした。すると、どしん、と音が鳴って体に振動が伝わる。

「どう? 前より負荷はかかってないと思うんだけど」
 
「ああ。だいぶ楽だ。魔力も無理に吸い上げられる感じは少ないな」

 リアナからの問いに、俺は率直な感想を俺は述べた。

「じゃあ次、こういうのできる?」

 後ろでレバーを引く音と共に、体感覚が別の何かに引っ張られる。
 
 見れば魔装ティタニスの右腕が持ち上がり、手の指を端から順に曲げたり伸ばしたりしていた。これはリアナによる操縦だ。後部座席は前部座席と同じような作りになっており、操縦を代わることが可能になっている。

「ぐっ……」

 俺は右手に神経を集中させ、先ほど見た動きを再現してみた。

 だが遅い。粘土の中に手を突っ込んでいるかのような重さがある。リアナのような俊敏な動きには程遠い。

「魔力と神経の集中どころにズレがあるのよ。こればっかりは慣れるしかないわね」
 
「お前なんでも出来るんだな」
 
「長く生きてると多種多芸になってくるもんよ。次行くわよ」

 リアナが言うと説得力が違うな、と納得しつつ、俺は言われた通りに魔装ティタニスを動かすのだった。

 
               ◇   ◇   ◇
                 ・   ・
               ◇   ◇   ◇

 
 遠くで巨人が歩く、腕を回す、片足で立つ、剣を構えるなどの基本動作を確認している。傍からみれば体操か、準備運動をしているように見えるだろう。

 ニグルムの動作試験を離れたところから見守るロランは、隣で祖父が唸る声を聞いた。
 
「しっかり小僧のこと見とけよ、ロラン」
 
「ユーリのことなら大丈夫。任せてよ、爺ちゃん」

 ロランはどんと胸を叩いて請け負う。だが、祖父は煙草臭いため息をついて首を振った。
 
「そういう意味じゃねぇ」
 
「え?」

 指に挟んだ煙草で指し示すのはニグルムだ。
 
「小僧はあれで二度目の騎乗だそうだ」
 
「ニグルムの話でしょ?」
 
 
「いいや、魔装ティタニス自体の話だ」

 
 祖父の言葉にロランは「えぇぇ!?」と叫んでしまった。

 何事かと工房の仲間たちが視線を向けてくる。
 
 たしかにユーリはものを知らなさすぎるとは感じていたが、てっきり神格魔装ティタニス・エルダーだけの話だと思っていた。あまりにも開き直って言うので、ユーリの無知っぷりの半分は冗談だと思っていたのだ。
 
「だろ? だからこんだけ離れてたんだが、ありゃあ本物だな」
 
「あの女の子が動かしてるんじゃないの?」

 すぐには飲み込めずロランは言う。魔装ティタニスは貴族の家系の者たちが各大都市の教育機関で修練を積んで、初めて乗りこなせるものだ。

 だからこそ不慣れな騎士が乗り込む際には距離を取る必要がある。下手をすれば転んだ魔装ティタニスの下敷きになるからだ。
 
「今は交代でやってるみてぇだぞ。それですっ転んでねぇのは――」

 
 ――天才だ。


 大道芸人が行う芸を見て、その場で真似をするようなものだ。理論ではなく、直感で理解しているのだろう。

「面倒だぞ。ああいうのは」
 
「そう……みたいだね。爺ちゃん」

 笑いかけてきた祖父に正面からロランは答えた。

 感覚だけで魔装ティタニスと対話が可能な騎士とはつまり、基礎知識の段階を飛ばしているのだ。その場合、騎士が魔装ティタニスの状態を伝えようとしても、適切な言葉が出てこないという問題が予想される。

 だが、そこも技師の腕の見せ所でもあるのだと、ロランは知っていた。興奮で呼吸が荒くなるのを感じる。
 
 同い年の新任騎士、それだけでも張り合う価値があるというのに、しかも一筋縄ではいかない厄介な相手だとは。

 
 一人の技師として、名を上げるチャンスではないか。

 
「よし!」

 ロランは手のひらに拳を打ち付けて、自分自身に活を入れるのだった。


               ◇   ◇   ◇
                 ・   ・
               ◇   ◇   ◇

 
「おつかれ、ユーリ。どうだった?」

「前乗った時より動かしやすいし快適だ。全然違うな」

 動作試験を終えた俺をロランが出迎えてくれた。用意してくれていた飲み物を受け取りながら言うと、ロランは自慢げに語る。

「そりゃそうさ。手間暇かけてる。何か気になるところがあったら言ってね」
 
「わかった」

 請け負いつつ俺が飲み物を一口飲むと、独特な花の香りがした。この地方でよく飲まれる茶らしい。
 
 
「少し話をしたんだけど君のお嬢様もすごいな」

 いつの間にかにロランの視線は離れたところにいるリアナへ向けられている。

「たぶん僕よりも魔装ティタニスに詳しいね。あんな人が従士だなんて贅沢だよ」
 
「従士って後部座席の担当のことだよな。そうなのか?」
 
「うん。普通は魔法の得意な人が従士として乗り込むから、技術系の知識を持っている人はあんまりいないんだ。その方が色んなことに対応できると思うんだけど、神格魔装ティタニス・エルダーに乗り込める人自体が少ないからね」

 ロランは顎に手を当てて言う。今のは技師としての提言でもあるのだろう。
 
 
 俺もいつまでも教えてもらってばかりじゃいけないな。

 
 胸のポケットに入れてあるメモ書きにしろ、これから学ばなければいけないことがいっぱいありそうだ。
 
 俺は茶をあおって空になったコップをテーブルに置こうとした、その時――。

 
 ――大地を揺らすほどの振動と共に爆発音がした。

 
「わっ!?」

「なんだ!?」

 ロランが身をすくめる。俺はすぐさま音の発生源であろう外に飛び出していた。
 
 見ればそう遠くない場所で煙が上がっている。眺めていると、立ち並ぶ建物の屋上を誰かが走っていくのが見えて、思わずその名を呼んでいた。

「クロエ!?」

 距離があるため、さすがに俺の声は届かない。ただ事ではないことは雰囲気でわかる。
 
 俺は後を追おうとして、先ほどのリアナの言葉を思い出していた。

 
 ――そうやってまた勢いで行動する!
 
 
 割と図星だ。リアナに振り回されていると言っておきながら、俺も考えずに突っ込んでいる。拳を握りしめて立ち尽くしていると、後ろから声がかかった。

「あれ、行かないの?」
 
「リアナ……」

 腕組みして聞いてくるその表情は何を考えているかわからない。だが俺の握りしめた拳を見て、相棒は顎をしゃくる。

「友達がいたんでしょ? なら助けてあげなさい」

「いいのか?」

 リアナはふっと笑いを漏らした。

「保護者面はやめようと思ったの」

「なんだそりゃ」
 
 言いつつ、俺は頷く。

「行ってくる」

「夕飯までには帰ってくんのよ」

「秒で保護者面ァ!」

 さっそく出てきた母親のような言葉に俺はズッコケそうになった。だが、リアナは「そうじゃなくて」と手を振って否定する。

「今日はみんなでご飯食べましょうよ」

「なるほど。にしてもお前は本当に空気を読まないよな」

 世間様が爆発騒ぎで騒然としているというのに、一人だけ食事会の提案をしてくる。

 それがリアナだ。
 
 その自由さに惹き込まれているのを俺は自覚している。
 
「わかったよ。夕飯な」

 俺はそう言い置いて身体強化魔法で建物の屋上へと飛び乗ったのだった。


               ◇   ◇   ◇
                 ・   ・
               ◇   ◇   ◇
 

 レンガや木、はたまた布で覆われただけの屋上をクロエは全力で走る。
 
 相手はそれなりに腕の立つ人間なのだろう。魔法で身体能力を上げているのか、中々追いつけない。

 
 だが、足が速いのはこちらも同じ。
 
 
 クロエに受け継がれた獣人ラスロプの血は、歯牙の鋭さだけではなかった。五感に反射神経――特に俊敏さならば一線級の冒険者にも引けを取らない自信がある。
 
『クラウトモア、状況は?』
 
 耳につけたイヤーカフを通じて、独特の歪みのある音声が聞こえてきた。
 
 遠くに人間と会話する魔導具だ。銃とは違い仕組みは知らないが、どんなに風が強くとも声さえ出せば向こうに伝わるらしい。だから、クロエは自分だけに聞こえる小ささで返事をする。
 
「カラベル、こちらクラウトモア・ツーツー。現在ターゲットを追跡中。工房区から西へ、建物の屋上伝い」

『了解。絶対に逃がすな』

 会話の終わりと同時に、クロエは強く足元を蹴りつけた。

 獣人ラスロプ由来の強靭な筋肉が、体を軽々と宙へ放り投げる。建物一つを丸々飛び越えて、その先に目的の男の背中を捉えた。

 クロエは後ろ腰から愛用の銃【クィーンセプト】を取り出す。空中でバランスを維持しながら、照準を男の背中に合わせた。

 
 「――っ!?」

 
 しかし、引き金を引く前に、男の顔がこちらへ向く。
 
 男は気配に気づいたらしい。振り向きざまに炎の魔法を放ってきた。
 
 クロエはやむなく狙いを変更する。こちらに飛来する火球へ向けて引き金を引いた。

 乾いた破裂音と共に放たれた弾丸が火球に触れる。すると、火球はその勢いを急速に落とし、空中で霧散した。

「なんだと……!?」

 男の目が見開かれる。
 
 クロエは滑るように勢いを殺し屋上へと着地した。それと同時に、男の足元に一発打ち込む。

 いつでも弾丸を撃ち込めるという意思表示だ。この銃の威力は魔法に劣るが、正確さと弾速の速さに関しては優位性がある。

 これで投降してくれればいいな、とクロエは思った。

 
 だが、自分の追う相手は、大概そういう人間ではないのだ。
 
 
氷羅硬盾セラ・スクトゥム!」

 男が防御魔法を発動した。

 それをみるや、即射撃――だが弾丸は氷のような障壁に阻まれる。
 
 ショートソードを抜き放った男が距離を詰めようとするが、構わず射撃を続けた。

 一発目を防いだことにより防御魔法よりも銃の威力が劣っていると悟ったのだろう。
 
 男は強引に突っ込んでくる。

 しかし、三発、四発と受け止めた瞬間――突如として防御魔法はガラス細工のように砕け散った。

 
「――……っ!?」

 
 ありえない、という顔で回避もままならない男の体に、残りの弾をすべて撃ち込む。
 
 直撃でも致死性の低い手足に一発ずつ、計四発の弾を食らうと、男は受け身も取らず転がった。

 ふぅ、とクロエは詰めていた息を吐きだす。

 
「こちらクロウトモア2-2。ターゲットを無力化」

『待て2-2。何かがそっちに行った! 二名!』

「なっ……!」

 避けられたのはほとんど直感によるものだろう。

 反射的にしゃがみこんだクロエの頭上を何かが通り過ぎる。


 気づけばボロボロの外套を被った敵がすぐそばにいた。
 
 
 大柄な体格に武骨な幅広の剣を見て、覆いかぶされるような圧を感じる。

 
 まずい、と思った。今右手にある銃は弾切れだ。もう一丁を抜くにも男の方が早い。一度距離取って体勢を整える必要があるが、カラベルは二人と言った。敵の位置を正確に認識できていない。無闇な動きは読まれる可能性がある。

 だが離れなければ死ぬ。
 
 クロエは賭けに出ようとした。その時、耳を疑う報告が入る。
 
『いや、一人は――【ドギー】だ!』

「おらぁ!」

 剣を振り下ろそうとした外套の男を、誰かが蹴り飛ばした。
 
 黒い皮鎧がひるがえり、クロエの視界を覆う。

 
「大丈夫か!? クロエ!」

 
 魔法の燐光を纏った格闘士――ユーリがそこにいた。
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