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2章
2-③モテる男の体たらく
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俺は冒険者だ。
なんのこっちゃという話だが、冒険者は体が資本である。だからこそ、この職業で妹を食べさせていくと決めた時からユーリという男は鍛錬を怠らなかった。
毎朝、母親から教わった型を反復し、父親から教わった魔法の練習も行っている。煙草や酒もやっていない。食べる物も偏らないように気をつけている。
――なのにこの体たらくだよ。
俺は派手に地面に横たわっていた。
こめかみを鋭く打たれた俺の意識は揺らいでいて、視界もぼやけている。ぐらぐらとおぼつかない大地にスカートとブーツが見え、その間に細い足首が覗いた。
「~~~~?」
足首の主がしゃがみこんで話しかけてくるが、キーンと鳴り止まない耳鳴りのせいでまったく聞こえない。
とりあえず自分の荒い息の音は聞こえるので、死にはしないだろう。
俺は鉛のように重たくなった体をなんとか動かして仰向けになる。
しばらくは雲の浮かぶ空もぐにゃっと曲がったりしていたが、ゆっくりと呼吸を繰り返しているうちに落ち着いたようだ。
気がつくとリアナがそばでマッチを擦る真似をしていた。
「しゅっしゅっ……ぼあっ~」
しかも効果音付き。ちなみにこの神星シュタリア帝国では火葬が主流だが、火をつける際に魔法を使ってはいけないしきたりになっている。火属性の魔法で人を焼くと魂が星に返る際、火の神様以外から祝福を受けられないからだ。
まぁ、つまり何が言いたいかといえば、マッチなんてものを使うのは火葬する時くらいだということだ。
「おい……死んでないぞ」
「しばらく動かなかったから殺しちゃったかと思ったわ」
めちゃくちゃ不謹慎すぎてドン引きする。それを一番やってはいけない人物がやっているのだからなおさらだ。
「俺が親だったらゲンコツいれてる」
「アタシはこの国の親みたいなものだから誰にも無理ね」
リアナは膝に頬杖をついて退屈そうだ。
ゆっくりと起き上がって頭を振ると、少しだけめまいを感じた。まだ殴られた影響が残っているのだろう。
俺がフラついていることに気がついたリアナは、こめかみに治癒魔法を施してくれる。
「それにしても、あんまし虐めてユーリがバカになっちゃったらやだなぁ」
「俺だって好きでぶっ叩かれてるわけじゃないんだよなぁ」
剣術の鍛錬をし始めて今日で四日目だ。
手にも血豆ができ、苦痛ながらも木剣が馴染んできた。それでもリアナとの稽古の際にはボコボコにされている。
俺は防御のために身体強化の魔法を多少付与し、リアナは素の運動能力だというのにこの差だ。
「まぁ、でもだんだん様にはなってるからいいんじゃない? 実際は魔装に乗った時だけ使うわけだし」
「お前に一本も取れないで終われるかよ」
安直な慰めならいらないのだ。
俺が吐き捨てるようにいうと、「はいはい」とリアナは頭を撫でてくる。
時には母親のように、時には妹のように感じられるこの聖女の振舞いにも、俺は慣れてきた。
「でも今日はおしまいね。アタシ用事あるから。あ、お昼は一人で食べられる?」
「すげぇ子供扱いだな……」
「ふらふらしてるからよ。そんじゃあね」
「ああ」
俺の短い返しにリアナは手を挙げて去っていく。その姿が見えなくなってから、俺は再び地面に倒れ込んだ。
「きっつ……」
めまいは収まったものの、内臓がぐるぐると回るようなむかつきは健在だった。
……今日の昼飯は軽いものにしよう。
そう心に決めて、俺は大地を背に空を見上げるのだった。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
この時間、街の食事処は何処もごった返している。
いつもはこういった時間は避け、客が出て行ったタイミングで昼食を取っていた。リアナが騒がしい場所での食事を嫌がるからだ。
だが今日はその必要はない。
最初は聖女であることを隠しているせいかと思ったが、どうやら単純に落ち着かないだけらしい。普段の性格の割に繊細なところがあると意外に思ったものだ。
俺は空きのありそうな店へ適当に入る。
「相席でも?」
「ああ」
ウェイターに答え、テーブル席の片側に案内された。
「失礼……」
すでに向かい側には赤髪の少女が座っている。
この辺では珍しく作業着は来ていない。黒シャツに赤いネクタイという出で立ちだった。特に目を引くのは口元を覆うマスクだ。周囲が技師たちで埋め尽くされている中で明らかに浮いている。同じくこの街では浮いている俺だからこそ席を一緒にされたのかもしれない。
俺が座りながら軽く会釈をすると、女性も少しだけ顔を傾ける。目つきは鋭いが拒絶するような雰囲気はなく、ほっとした。
俺は注文を問われてメニューから比較的油っぽくないものを選ぶ。
「……――か?」
「え?」
料理が来るまで手持無沙汰になっていたのだろう。左手首の腕輪を弄っていた俺に、女性が何かを言った。
聞き返すと、女性は顔を近づけてくる。
だが――。
「……ですか?」
「わ、悪い。まったく聞こえない」
とんでもなく声が小さかった。
周囲の喧騒もあるだろうが、自信無さげに喋る女性の声は明らかに小さい。
仕方なく前のめりになって耳を差し出すと、女性も身を乗り出した。
「……騎士様、ですか?」
「っ……!?」
今度は近すぎたらしい。耳にマスク越しの息がかかってこそばゆい感覚が走る。
驚いて身を引いた俺を女性は不審そうな目で見てくるが、とりつくろうように答えた。
「あ、いや、そうなんだがそうじゃないというか」
「それ……魔装の、振鈴をつけてるから……」
ようやく耳が慣れてきたらしく、女性の声が聞き取れるようになる。
彼女は俺の腕輪を指さしていた。振鈴というのはこの腕輪のことらしい。
「……鈴核がないですね」
「な、なんだそれ」
先ほどから知らない単語が出てきて俺は困惑する。
女性は小首を傾げると、腕輪の凹みを指した。
「ここ……普通、玉みたいなのが入ってるんですけど……」
「そうなのか? 実はこれ、受け取ってまだ一週間くらいなんだ」
「そう、ですか……! 神格に乗る叙任前の騎士様に会えるなんて光栄……です」
女性の目が少しだけ輝く。
今までは気弱そうに眉尻を下げていた彼女が、嬉しそうに笑った。
それを見て俺は思う。いや、思ってしまったという方が正しい。
――あれ? 騎士ってもしかして超モテるのか……?
なんのこっちゃという話だが、冒険者は体が資本である。だからこそ、この職業で妹を食べさせていくと決めた時からユーリという男は鍛錬を怠らなかった。
毎朝、母親から教わった型を反復し、父親から教わった魔法の練習も行っている。煙草や酒もやっていない。食べる物も偏らないように気をつけている。
――なのにこの体たらくだよ。
俺は派手に地面に横たわっていた。
こめかみを鋭く打たれた俺の意識は揺らいでいて、視界もぼやけている。ぐらぐらとおぼつかない大地にスカートとブーツが見え、その間に細い足首が覗いた。
「~~~~?」
足首の主がしゃがみこんで話しかけてくるが、キーンと鳴り止まない耳鳴りのせいでまったく聞こえない。
とりあえず自分の荒い息の音は聞こえるので、死にはしないだろう。
俺は鉛のように重たくなった体をなんとか動かして仰向けになる。
しばらくは雲の浮かぶ空もぐにゃっと曲がったりしていたが、ゆっくりと呼吸を繰り返しているうちに落ち着いたようだ。
気がつくとリアナがそばでマッチを擦る真似をしていた。
「しゅっしゅっ……ぼあっ~」
しかも効果音付き。ちなみにこの神星シュタリア帝国では火葬が主流だが、火をつける際に魔法を使ってはいけないしきたりになっている。火属性の魔法で人を焼くと魂が星に返る際、火の神様以外から祝福を受けられないからだ。
まぁ、つまり何が言いたいかといえば、マッチなんてものを使うのは火葬する時くらいだということだ。
「おい……死んでないぞ」
「しばらく動かなかったから殺しちゃったかと思ったわ」
めちゃくちゃ不謹慎すぎてドン引きする。それを一番やってはいけない人物がやっているのだからなおさらだ。
「俺が親だったらゲンコツいれてる」
「アタシはこの国の親みたいなものだから誰にも無理ね」
リアナは膝に頬杖をついて退屈そうだ。
ゆっくりと起き上がって頭を振ると、少しだけめまいを感じた。まだ殴られた影響が残っているのだろう。
俺がフラついていることに気がついたリアナは、こめかみに治癒魔法を施してくれる。
「それにしても、あんまし虐めてユーリがバカになっちゃったらやだなぁ」
「俺だって好きでぶっ叩かれてるわけじゃないんだよなぁ」
剣術の鍛錬をし始めて今日で四日目だ。
手にも血豆ができ、苦痛ながらも木剣が馴染んできた。それでもリアナとの稽古の際にはボコボコにされている。
俺は防御のために身体強化の魔法を多少付与し、リアナは素の運動能力だというのにこの差だ。
「まぁ、でもだんだん様にはなってるからいいんじゃない? 実際は魔装に乗った時だけ使うわけだし」
「お前に一本も取れないで終われるかよ」
安直な慰めならいらないのだ。
俺が吐き捨てるようにいうと、「はいはい」とリアナは頭を撫でてくる。
時には母親のように、時には妹のように感じられるこの聖女の振舞いにも、俺は慣れてきた。
「でも今日はおしまいね。アタシ用事あるから。あ、お昼は一人で食べられる?」
「すげぇ子供扱いだな……」
「ふらふらしてるからよ。そんじゃあね」
「ああ」
俺の短い返しにリアナは手を挙げて去っていく。その姿が見えなくなってから、俺は再び地面に倒れ込んだ。
「きっつ……」
めまいは収まったものの、内臓がぐるぐると回るようなむかつきは健在だった。
……今日の昼飯は軽いものにしよう。
そう心に決めて、俺は大地を背に空を見上げるのだった。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
この時間、街の食事処は何処もごった返している。
いつもはこういった時間は避け、客が出て行ったタイミングで昼食を取っていた。リアナが騒がしい場所での食事を嫌がるからだ。
だが今日はその必要はない。
最初は聖女であることを隠しているせいかと思ったが、どうやら単純に落ち着かないだけらしい。普段の性格の割に繊細なところがあると意外に思ったものだ。
俺は空きのありそうな店へ適当に入る。
「相席でも?」
「ああ」
ウェイターに答え、テーブル席の片側に案内された。
「失礼……」
すでに向かい側には赤髪の少女が座っている。
この辺では珍しく作業着は来ていない。黒シャツに赤いネクタイという出で立ちだった。特に目を引くのは口元を覆うマスクだ。周囲が技師たちで埋め尽くされている中で明らかに浮いている。同じくこの街では浮いている俺だからこそ席を一緒にされたのかもしれない。
俺が座りながら軽く会釈をすると、女性も少しだけ顔を傾ける。目つきは鋭いが拒絶するような雰囲気はなく、ほっとした。
俺は注文を問われてメニューから比較的油っぽくないものを選ぶ。
「……――か?」
「え?」
料理が来るまで手持無沙汰になっていたのだろう。左手首の腕輪を弄っていた俺に、女性が何かを言った。
聞き返すと、女性は顔を近づけてくる。
だが――。
「……ですか?」
「わ、悪い。まったく聞こえない」
とんでもなく声が小さかった。
周囲の喧騒もあるだろうが、自信無さげに喋る女性の声は明らかに小さい。
仕方なく前のめりになって耳を差し出すと、女性も身を乗り出した。
「……騎士様、ですか?」
「っ……!?」
今度は近すぎたらしい。耳にマスク越しの息がかかってこそばゆい感覚が走る。
驚いて身を引いた俺を女性は不審そうな目で見てくるが、とりつくろうように答えた。
「あ、いや、そうなんだがそうじゃないというか」
「それ……魔装の、振鈴をつけてるから……」
ようやく耳が慣れてきたらしく、女性の声が聞き取れるようになる。
彼女は俺の腕輪を指さしていた。振鈴というのはこの腕輪のことらしい。
「……鈴核がないですね」
「な、なんだそれ」
先ほどから知らない単語が出てきて俺は困惑する。
女性は小首を傾げると、腕輪の凹みを指した。
「ここ……普通、玉みたいなのが入ってるんですけど……」
「そうなのか? 実はこれ、受け取ってまだ一週間くらいなんだ」
「そう、ですか……! 神格に乗る叙任前の騎士様に会えるなんて光栄……です」
女性の目が少しだけ輝く。
今までは気弱そうに眉尻を下げていた彼女が、嬉しそうに笑った。
それを見て俺は思う。いや、思ってしまったという方が正しい。
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