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1章
⑧ドアと俺
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「っ……」
目が覚めると俺は柔らかいベッドの上に寝かされていた。
顔だけを動かすと質素だが安くはない作りの天井が見える。隣にはもう一つベッドがあり、十分な広さのものが置かれていた。
きっとそれなりのグレードの部屋なんだろう。
体を起こそうと踏ん張ると、そこかしこの筋肉が悲鳴を上げた。かなりのダメージが体に溜まっているらしい。
苦労して上体を起こしたところで、どこかから勢いよく水の流れる音がしていることに気づく。
音は部屋の隅の扉からだ。
俺は寝ぼけた頭で立ち上がり、何も考えずにその扉を開けた。
「あ」
「あ?」
こういう綺麗な肌のことを、絹のようなとかいうのだろうか。濡れた銀髪が窓からの日差しを照り返していて、神々しさすら感じる。腕や足の細さに比べて主張激しい双丘は、そのアンバランスさゆえに目を惹いた。
そんな感想が頭から出てきてしまうくらい、俺は見惚れていたんだろう。
謝罪の言葉を口にする前に、俺はドアごと蹴り飛ばされた。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
「男に肝要なのは清潔感とデリカシーだと思うのよね」
タオルで髪の水気を取りながら、リアナは正座する俺の鼻先で足を組んだ。
人によってはご褒美になるのだろうが、この足はさっき大の男プラス木製のドアを蹴り飛ばした足だ。凶器以外なにものでもない。
「シャワーの音してるのに普通開ける?」
「注意力というか洞察力というか……なんだ。そういうのが吹っ飛んでたんだスミマセン」
言い訳しつつ、実際に裸をじっくり拝んでしまったのは事実なので素直に謝っておく。
しばらくの沈黙の後、どうやら誠実さが伝わったようだ。リアナは「はぁ」とため息をつくと表情を緩める。
「アンタどのくらい寝てたかわかる?」
「まったくわからん」
問われて首を横に振ると、リアナは指を二本立てた。
「二時間?」
「丸二日よ」
「そりゃ寝ぼけるよな」
「また蹴られたい? いいからシャワー浴びてきなさい」
そうして俺は着替えと一緒にシャワー室へと叩き込まれる。
蛇口を捻ると、魔術加工されているらしく温水が出た。
硬くなった体をほぐしながら考えに耽る。
どうやら魔装での戦闘の後、俺は爆睡していたらしい。
リアナが俺を背負って遺跡から町へ移動し、この宿に連れてきてくれたと想像すると情けない気持ちになる。
お姫様抱っこでもされていたらかなり恥ずかしい話だ。まぁ、もしかしたら片足を掴んで引きずるぐらいのことはするかもしれないが。
「結構、反動が大きかったわね」
シャワーの最中、扉越しにリアナが話しかけてきた。
「魔装に乗ったせいか?」
「そうね。動かすのに相当魔力を使うから。けど、原因はそこじゃないわ」
リアナは一呼吸おいて、言葉を繋げる。
「アタシと繋がってるせいよ」
「別に驚かないぞ」
「あら」
俺は体を拭く手を止めて、壁にかけられた鏡を覗き込んだ。
そこにはいつもと変わらない俺の顔がある。だが、その瞳だけは薄っすらと光を放っていることに気づいていた。
「平凡な人間だった俺が人間じゃあなくなってるみたいだからな」
「その言い方だとアタシが化け物みたいじゃない」
「実際、他の賢人と比べてもそうだろ?」
俺の答えにリアナがふっと笑うの響きが聞こえる。
そこに自嘲的なものを感じて、俺は思わず扉を開けた。
「リアナ」
扉近くの壁に寄りかかっていたリアナが目を丸くする。
「俺も一緒だぞ」
言うと、小さな口がぽかんと開かれた。瞬く目で長いまつげが大きく動く。
それからだんだんと表情が崩れていって――大笑いされた。
「な、なんだよ」
「あっはっは……! 見えそうで見えない格好でそんなこというもんだから笑っちゃったじゃない! ふっ……へへっ」
目に浮かんだ涙を拭きながらリアナの笑いは中々止まらない。
自分を見てみれば、たしかに短いタオルを腰に巻いただけの危うい恰好だった。慌ててシャワー室に引っ込み、新しい服に袖を通す。
「はぁ。笑わせてどうすんだよ俺は……」
せっかく良いこと言おうと思ったのだが、見切り発車で飛び出したものだから失敗してしまった。部屋に戻るとリアナはベッドに座っていた。
「ユーリと一緒ならいいかもしんないわね」
「ん?」
聖女は聖女らしからぬ歯を見せた、大きな笑顔を見せる。だが俺はその笑顔こそ、リアナらしい表情だと思った。
「化け物だったとしても、アンタと一緒なら」
俺もいいかもしれないと思ってるよ。
こんなお淑やかさ皆無な聖女に拾われて、心臓を半分こされたとしても。
目が覚めると俺は柔らかいベッドの上に寝かされていた。
顔だけを動かすと質素だが安くはない作りの天井が見える。隣にはもう一つベッドがあり、十分な広さのものが置かれていた。
きっとそれなりのグレードの部屋なんだろう。
体を起こそうと踏ん張ると、そこかしこの筋肉が悲鳴を上げた。かなりのダメージが体に溜まっているらしい。
苦労して上体を起こしたところで、どこかから勢いよく水の流れる音がしていることに気づく。
音は部屋の隅の扉からだ。
俺は寝ぼけた頭で立ち上がり、何も考えずにその扉を開けた。
「あ」
「あ?」
こういう綺麗な肌のことを、絹のようなとかいうのだろうか。濡れた銀髪が窓からの日差しを照り返していて、神々しさすら感じる。腕や足の細さに比べて主張激しい双丘は、そのアンバランスさゆえに目を惹いた。
そんな感想が頭から出てきてしまうくらい、俺は見惚れていたんだろう。
謝罪の言葉を口にする前に、俺はドアごと蹴り飛ばされた。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
「男に肝要なのは清潔感とデリカシーだと思うのよね」
タオルで髪の水気を取りながら、リアナは正座する俺の鼻先で足を組んだ。
人によってはご褒美になるのだろうが、この足はさっき大の男プラス木製のドアを蹴り飛ばした足だ。凶器以外なにものでもない。
「シャワーの音してるのに普通開ける?」
「注意力というか洞察力というか……なんだ。そういうのが吹っ飛んでたんだスミマセン」
言い訳しつつ、実際に裸をじっくり拝んでしまったのは事実なので素直に謝っておく。
しばらくの沈黙の後、どうやら誠実さが伝わったようだ。リアナは「はぁ」とため息をつくと表情を緩める。
「アンタどのくらい寝てたかわかる?」
「まったくわからん」
問われて首を横に振ると、リアナは指を二本立てた。
「二時間?」
「丸二日よ」
「そりゃ寝ぼけるよな」
「また蹴られたい? いいからシャワー浴びてきなさい」
そうして俺は着替えと一緒にシャワー室へと叩き込まれる。
蛇口を捻ると、魔術加工されているらしく温水が出た。
硬くなった体をほぐしながら考えに耽る。
どうやら魔装での戦闘の後、俺は爆睡していたらしい。
リアナが俺を背負って遺跡から町へ移動し、この宿に連れてきてくれたと想像すると情けない気持ちになる。
お姫様抱っこでもされていたらかなり恥ずかしい話だ。まぁ、もしかしたら片足を掴んで引きずるぐらいのことはするかもしれないが。
「結構、反動が大きかったわね」
シャワーの最中、扉越しにリアナが話しかけてきた。
「魔装に乗ったせいか?」
「そうね。動かすのに相当魔力を使うから。けど、原因はそこじゃないわ」
リアナは一呼吸おいて、言葉を繋げる。
「アタシと繋がってるせいよ」
「別に驚かないぞ」
「あら」
俺は体を拭く手を止めて、壁にかけられた鏡を覗き込んだ。
そこにはいつもと変わらない俺の顔がある。だが、その瞳だけは薄っすらと光を放っていることに気づいていた。
「平凡な人間だった俺が人間じゃあなくなってるみたいだからな」
「その言い方だとアタシが化け物みたいじゃない」
「実際、他の賢人と比べてもそうだろ?」
俺の答えにリアナがふっと笑うの響きが聞こえる。
そこに自嘲的なものを感じて、俺は思わず扉を開けた。
「リアナ」
扉近くの壁に寄りかかっていたリアナが目を丸くする。
「俺も一緒だぞ」
言うと、小さな口がぽかんと開かれた。瞬く目で長いまつげが大きく動く。
それからだんだんと表情が崩れていって――大笑いされた。
「な、なんだよ」
「あっはっは……! 見えそうで見えない格好でそんなこというもんだから笑っちゃったじゃない! ふっ……へへっ」
目に浮かんだ涙を拭きながらリアナの笑いは中々止まらない。
自分を見てみれば、たしかに短いタオルを腰に巻いただけの危うい恰好だった。慌ててシャワー室に引っ込み、新しい服に袖を通す。
「はぁ。笑わせてどうすんだよ俺は……」
せっかく良いこと言おうと思ったのだが、見切り発車で飛び出したものだから失敗してしまった。部屋に戻るとリアナはベッドに座っていた。
「ユーリと一緒ならいいかもしんないわね」
「ん?」
聖女は聖女らしからぬ歯を見せた、大きな笑顔を見せる。だが俺はその笑顔こそ、リアナらしい表情だと思った。
「化け物だったとしても、アンタと一緒なら」
俺もいいかもしれないと思ってるよ。
こんなお淑やかさ皆無な聖女に拾われて、心臓を半分こされたとしても。
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