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1章
②うきうき聖女
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この街――バウォークの街は城郭都市だ。
決して小さくはない街全体を三十メートル近い壁が囲んでいる。
元の世界であればちょっとした観光名所になりそうなほど立派な外壁だが、この世界では一般的な部類でもあった。
その理由は今、目の前で重い足音を立てて歩く巨人だ。
魔装――。
人の十倍ほどの背丈を持つ鉄の巨人が街を警備していた。
この世界の戦争はあの巨人に騎士が乗り込み、戦場を支配している。
操縦している騎士自身の魔法を強化し、一騎で数十、数百人分の戦闘力を有する兵器だ。
そんなものが襲ってくるのだからこのレベルの外壁は当然というべきか。
元の世界と比べ、あらゆる文明レベルが劣っているこの世界だが、魔法というものが関わるとその限りではない。
そう感じさせる光景はそこかしこに見られる。
『セドリック・ノア・アルバラード。セレスティルーナ・ノヴァ・シュタリアの名において、貴方を七剣星に任命いたします。これからもこの国に忠誠を誓い、民のために力を貸してください』
鈴を転がすような声に俺は顔を上げた。見れば街の広場の中心に真っ黒な布が掲げられ、そこに円状の映像が映し出されていた。
鈴音宣布――いうなれば国営のテレビ放送のようなものだ。もちろん常に見られるものではなく、国の重要なお達しがあるときにだけ用意されるものだ。
映像では白を基調とした衣装に身を包んだ少女が、目の前の騎士に剣を渡すところだった。
「聖女様は今日もキレイだなー」
「でもお顔は誰も見たことねぇんだろ」
「そりゃ綺麗なお顔に決まってるわよ。賢人様なんだから。それよりも新しい騎士様のほうがカッコいいわよ」
セレスティルーナ・ノヴァ・シュタリア――神星シュタリア帝国の国母にして、教団から【聖女】の称号を与えられた存在だ。
賢人という神に近い種族である彼女は、建国以来三百年近い年月にわたり国を導いてきたといわれている。
その顔は常にベールで被われ、城に仕える者でも見たことはないという。
広場に集まった人々が新たな剣星について話す中、俺は自分の隣に座る少女へ声をかけていた。
「実際どうなんだ?」
「んあ?」
外套を目深に被った少女が顔を上げる。出店のタルトを頬張っていた彼女は、ゆっくりとそれを飲み込んでから答えた。
「……中の下くらい?」
「厳しめだな」
「アタシの好みじゃないわね」
あっけからんと言ったその声は広場にいるほかの者には聞こえなかっただろう。たとえ聞こえたとしても特に気にされることもなかったかもしれない。
だが俺だけが知っている。その声が先ほど広場に響き渡っていた声と同じであることを。
「本物がここにいるって知ったらみんな驚くだろうな……」
「きっと信じないわよ」
言いながら少女はタルトの包み紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てる。それがすっぽりと収まると「ないしゅー!」などと自分で歓声を送っていた。
……たしかにこの素行で私が聖女です、と言われても信じる気になれない。
少女に残念な視線を送りつつ、俺は腰掛から立ち上がる。
「そろそろ行くか。リアナ」
「んふふ。えっへっへ」
「なんだよ」
俺が偽名で呼ぶと、リアナはやや気味の悪い笑いを漏らした。
「他人から呼び捨てにされるのがなんかむず痒くて」
「お前がそうしろって言ったんだろ」
「それが嬉しいって言ってんのよ」
「ぐえっ」
頬をほころばせたリアナが俺を小突く。大きくよろめくと「大げさな」とあきれられた。だが、実際にこいつは力が強いのだ。俺よりも頭二つ分ほど小さく華奢な体格なのだが。
俺がため息をつくと、リアナが勢いよく立ち上がる。フードがめくれ、輝くような銀髪がこぼれた。
「うきうきしてきたわ」
「そうかよ」
「ダンジョン攻略はアタシたちが一番乗りよ!」
お忍びの聖女様は初めてのダンジョンにテンションが上がっていたのだった。
決して小さくはない街全体を三十メートル近い壁が囲んでいる。
元の世界であればちょっとした観光名所になりそうなほど立派な外壁だが、この世界では一般的な部類でもあった。
その理由は今、目の前で重い足音を立てて歩く巨人だ。
魔装――。
人の十倍ほどの背丈を持つ鉄の巨人が街を警備していた。
この世界の戦争はあの巨人に騎士が乗り込み、戦場を支配している。
操縦している騎士自身の魔法を強化し、一騎で数十、数百人分の戦闘力を有する兵器だ。
そんなものが襲ってくるのだからこのレベルの外壁は当然というべきか。
元の世界と比べ、あらゆる文明レベルが劣っているこの世界だが、魔法というものが関わるとその限りではない。
そう感じさせる光景はそこかしこに見られる。
『セドリック・ノア・アルバラード。セレスティルーナ・ノヴァ・シュタリアの名において、貴方を七剣星に任命いたします。これからもこの国に忠誠を誓い、民のために力を貸してください』
鈴を転がすような声に俺は顔を上げた。見れば街の広場の中心に真っ黒な布が掲げられ、そこに円状の映像が映し出されていた。
鈴音宣布――いうなれば国営のテレビ放送のようなものだ。もちろん常に見られるものではなく、国の重要なお達しがあるときにだけ用意されるものだ。
映像では白を基調とした衣装に身を包んだ少女が、目の前の騎士に剣を渡すところだった。
「聖女様は今日もキレイだなー」
「でもお顔は誰も見たことねぇんだろ」
「そりゃ綺麗なお顔に決まってるわよ。賢人様なんだから。それよりも新しい騎士様のほうがカッコいいわよ」
セレスティルーナ・ノヴァ・シュタリア――神星シュタリア帝国の国母にして、教団から【聖女】の称号を与えられた存在だ。
賢人という神に近い種族である彼女は、建国以来三百年近い年月にわたり国を導いてきたといわれている。
その顔は常にベールで被われ、城に仕える者でも見たことはないという。
広場に集まった人々が新たな剣星について話す中、俺は自分の隣に座る少女へ声をかけていた。
「実際どうなんだ?」
「んあ?」
外套を目深に被った少女が顔を上げる。出店のタルトを頬張っていた彼女は、ゆっくりとそれを飲み込んでから答えた。
「……中の下くらい?」
「厳しめだな」
「アタシの好みじゃないわね」
あっけからんと言ったその声は広場にいるほかの者には聞こえなかっただろう。たとえ聞こえたとしても特に気にされることもなかったかもしれない。
だが俺だけが知っている。その声が先ほど広場に響き渡っていた声と同じであることを。
「本物がここにいるって知ったらみんな驚くだろうな……」
「きっと信じないわよ」
言いながら少女はタルトの包み紙を丸めてゴミ箱に投げ捨てる。それがすっぽりと収まると「ないしゅー!」などと自分で歓声を送っていた。
……たしかにこの素行で私が聖女です、と言われても信じる気になれない。
少女に残念な視線を送りつつ、俺は腰掛から立ち上がる。
「そろそろ行くか。リアナ」
「んふふ。えっへっへ」
「なんだよ」
俺が偽名で呼ぶと、リアナはやや気味の悪い笑いを漏らした。
「他人から呼び捨てにされるのがなんかむず痒くて」
「お前がそうしろって言ったんだろ」
「それが嬉しいって言ってんのよ」
「ぐえっ」
頬をほころばせたリアナが俺を小突く。大きくよろめくと「大げさな」とあきれられた。だが、実際にこいつは力が強いのだ。俺よりも頭二つ分ほど小さく華奢な体格なのだが。
俺がため息をつくと、リアナが勢いよく立ち上がる。フードがめくれ、輝くような銀髪がこぼれた。
「うきうきしてきたわ」
「そうかよ」
「ダンジョン攻略はアタシたちが一番乗りよ!」
お忍びの聖女様は初めてのダンジョンにテンションが上がっていたのだった。
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