猫、時々姫君

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
62 / 66
第5章 長すぎる一日

16.終わり良ければ全て良し

しおりを挟む
 ミレーヌの話を聞いたシェリルは、焦りながら人気のない廊下を必死に駆け抜けて行った。

(うわ……、やっぱり二人には、相当心配をかけたのよね? ごめんなさい!)
 そして頭の中で色々と謝罪の言葉を考えているうちにあっという間に後宮の入口に到達し、ここでも近衛兵が警備していたものの、シェリル達が王宮にやって来てから、急遽ミレーヌの命で設置された猫専用の出入り口から、誰にも知られる事無く建物内に難無く侵入できた。そして走る速度はそのままに、自室へと辿り着く。そのドアの前で深呼吸して気持ちを落ち着かせたシェリルは、自分が未だに術式で姿を消している事を思い出した。

(ええと、見えないまま謝ったりしても駄目よね。却って失礼だわ)
 そこで術式を解除して自分の姿を見える様にしてから、重厚な作りのドアを少し強めに前脚でトントンと叩きつつ、思いきり中に向かって呼びかけてみた。

「すみません! 帰りがこんなに遅くなってごめんなさい、リリス、ソフィアさん。ここを開けて下さ~い!」
 しかしすぐに反応があると思いきや、ドア付近は静まり返っており、シェリルは首を捻った。そして困ってしまった彼女は、先程よりドアに体を寄せ、体重をかけて力一杯ドアを叩き出す。

「あ、あれ? 二人とも奥の方に居るのかしら? 困ったわ……。ソフィアさん! リリス! 開~け~て~! ぶぎゃっ!!」
「姫様っ!! お戻りになったんですか!?」
「あら? シェリル様の声がしたと思ったのに、幻聴だったの?」
 バタバタと足音が聞こえたと思った次の瞬間、物凄い勢いでドアが左右に開かれ、シェリルはそれに顔を強打されてゴロゴロと転がった。しかし転がった先がちょうどドアの陰になり、血相を変えて中から飛び出して来た二人に気付いて貰えなかった為、ヨロヨロとドアを回り込んで二人の視界に入り込む位置まで移動し、痛む鼻先を押さえながらうずくまって帰還の挨拶をする。

「……リ、リリス、ソフィアさん。……た、ただいま」
 その姿を一瞬ポカンとしながら見下ろした二人は、次の瞬間勢い良く廊下に座り込み、真っ青になってシェリルを抱き上げた。

「きゃあぁっ! 姫様、大丈夫ですか!?」
「すみません! そう言えば猫のお姿のままなのに、私ったら思いっきり扉を押し開けてしまって!」
「だ、大丈ぶっ!!」
そこで感極まったリリスがシェリルを抱き締め、そんなリリスをソフィアが抱き締めながら二人揃って盛大に泣き出してしまった為、シェリルは二人の身体に挟まれた格好で、呻き声を上げた。

「うわぁぁぁん! 姫様がご無事で良かったぁぁっ!!」
「本当ですぅぅっ! 犬に食われたか鳥に頭をつつかれて、血まみれで倒れているんじゃないかと心配しましたぁぁっ!」
「……ご、ごめ……、しん、ぱ……」
「本当に、私達生きた心地がしなくてぇぇっ!」
「公爵様から、くれぐれも丁重にお世話する様にと、言いつかって参りましたのに!」
 そして少しの間、グスグスと泣き続けた二人は、ふと腕の中のシェリルが静か過ぎる事に気が付いた。

「あら? 姫様?」
「どうかされました? ……って!? リリス、大変よ! 姫様が!?」
「きゃあぁぁぁっ! 姫様、しっかりして下さい!!」
 全身を圧迫されて呼吸困難に陥った挙句、見事に気を失ってしまったシェリルに気付いたリリスとソフィアは、彼女を激しく揺さぶりながら再度甲高い悲鳴を上げたのだった。


「……それで、“これ”なわけですね?」
「はい。誠に申し訳ありません。その後すぐに意識は取り戻されたのですが」
「押し潰す事は無かったものの、一気に疲れが出てしまわれたみたいで。姫様は、エリーシア様がお部屋に戻られるまで、寝ないで待っていると仰られていたのですが」
 大広間での騒ぎに何とか収拾をつけ、宰相と魔術師長に大まかな報告を済ませて自室に戻って来たエリーシアは、リリスとソフィアに平身低頭で出迎えられた。一瞬何事かと思ったものの、シェリルが戻って来た時のあらましを聞いて、ベットに横たわって一人すやすやと寝息を立てている義妹を見下ろしながら苦笑いを漏らす。

「構いません。今日一日シェリルが突発的に行方不明になっていたのは、王妃様から伺いましたし。お二人にも随分ご心配おかけしたみたいで、申し訳ありませんでした。それとこの間、シェリルの面倒を見て頂いて、ありがとうございました」
 エリーシアが微笑んで頭を下げると、二人も慌てて再度頭を下げた。

「とんでもありません。これが仕事ですので」
「こちらこそ、楽しく過ごさせて頂きました」
「それなら良かったです」
 ソフィアはエリーシアが調査に出るのと入れ違いにファルス公爵家から派遣されて来た為、二人の面識は無かったが、互いに十分信頼に値する人物であると見て取って笑顔を交わし合った。そこでリリスが唐突に自分の仕事を思い出す。

「あ、エリーシアさん。もうお休みになりますか? お疲れだと思いますし。お風呂の支度を整えましょうか?」
「ええと……、その前にお茶を一杯だけ貰えますか? 実はお昼を食べた後、絨毯を飛ばして駆けずり回ってて、お夕飯も食べそびれちゃって」
「あの……、『絨毯を飛ばして駆けずり回ってて』って、どう言う意味ですか?」
 申し訳なさそうにエリーシアが口にした内容に、ソフィアがもの凄く変な顔をして問い返した。しかしリリスが明るく言い切る。

「きっとエリーシアさんは、今日一日大活躍だったんですよね? 姫様の冒険談も併せて、明日じっくりお伺いしたいです」
「分かったわ。面白いかどうかは分からないけど、洗いざらいお話しますね? あ、リリスさん達にもお土産を持って来たから」
「うわあ、楽しみ!」
 途端に目を輝かせたリリスに、ソフィアは苦笑してからエリーシアに声をかけた。

「それでは私達は一度下がって、お茶とお風呂、それから夜着の支度をしてきますので」
「宜しくお願いします」
 そうして二人が一礼して出て行き、寝室に取り残されたエリーシアは、相変わらずベッドで爆睡しているシェリルの横に座って、おかしそうに小声で笑った。

「随分頑張ってたみたいね、シェリル」
 そう言いながら優しくシェリルの身体を撫でながら、乱暴に足を払って靴を脱ぎ捨てる。
「私も結構頑張っちゃったな~。基本的にのんびり過ごすのが、私のキャラだったのにね」
 そして何となく埃っぽい服装のまま、シェリルの横にゴロリと横たわった。

「お休みも貰ったし、暫くはのんびりしましょうか。……まずは、準備ができるまでちょっとだけ」
 そんな事を言いながら、シェリルの方に体を向けてぼんやりしていたエリーシアだったが、彼女が眠りに落ちるまで、ほんの僅かな時間しか要しなかった。

「エリーシアさん? 準備ができましたので……、あれ?」
「どうしたの? リリス。あら……」
 準備を整えてエリーシアを呼びに来た二人だったが、寝室の中に小声で呼びかけても反応が無かった為、室内を覗き込んだ。すると寄り添うようにして、一つのベッドで熟睡している一人と一匹を認めて、思わず笑いを漏らす。

「やっぱりエリーシアさんも、お疲れだったみたいですね」
「そうね。このまま寝かせてあげましょう。明日の朝食は遅めにね」
「分かりました。というか、起きるまで寝せて差し上げて、昼食を兼ねてお出ししましょう」
「その方が良いわね」
 顔を見合わせ、あっさりと意見を一致させたリリスとソフィアは、主の眠りを妨げる事の無い様、慎重に扉を閉めてその場を立ち去ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猪娘の躍動人生~一年目は猪突猛進

篠原 皐月
大衆娯楽
 七年越しの念願が叶って、柏木産業企画推進部第二課に配属になった藤宮(とうのみや)美幸(よしゆき)。そこは一癖も二癖もある人間が揃っている中、周囲に負けじとスキルと度胸と運の良さを駆使して、重役の椅子を目指して日々邁進中。  当然恋愛などは煩わしさしか感じておらず、周囲の男には見向きもしていなかった彼女だが、段々気になる人ができて……。社内外の陰謀、謀略、妨害にもめげず、柏木産業内で次々と騒動を引き起こす、台風娘が色々な面で成長していく、サクセスストーリー&ドタバタオフィスラブコメディ(?)を目指します。  【夢見る頃を過ぎても】【半世紀の契約】のスピンオフ作品です。

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

子兎とシープドッグ

篠原 皐月
恋愛
新人OLの君島綾乃は、入社以来仕事もプライベートもトラブル続きで自信喪失気味。そんな彼女がちょっとした親切心から起こした行動で、予想外の出会いが待っていた。 なかなか自分に自信が持てない綾乃と、彼女に振り回される周囲の人間模様です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

相棒(バディ)は黒猫(クロ)

篠原 皐月
キャラ文芸
両親の離婚後、別居している母親の入院に伴い、彼女が開いている駄菓子屋の代行を務める事になった千尋。就活中の身を嘆きつつ、ささやかな親孝行のつもりで始めた店の一番の常連は、何故か得体が知れない黒猫だった。小説家になろう、カクヨムからの転載作品です。

アビシニアンと狡猾狐

篠原 皐月
恋愛
 後悔という名の棘が胸に刺さったのを、幸恵が初めて自覚したのは六歳の頃。それから二十年以上が経過してから、彼女はその時のツケを纏めて払う羽目に陥った。狙いを付けてきた掴み所の無い男に、このまま絡め取られるなんて真っ平ご免だと、幸恵は精一杯抵抗するが……。 【子兎とシープドッグ】続編作品。意地っ張りで素直じゃない彼女と、ひねくれていても余裕綽々の彼氏とのやり取りを書いていきます。

呪われ姫の絶唱

朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。 伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。 『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。 ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。 なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。 そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。 自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。

精霊王様のお気に召すまま

篠原 皐月
ファンタジー
 平民出身の巫女、シェーラ。本来階級制度が著しい神殿内で、実家が貧しい彼女は加護も少ない下級巫女であることも相まって最下層の存在ではあったが、実は大きな秘密があった。神殿が祀る精霊王に気に入られてしまった彼女は、加護が大きいと思われる上級巫女よりも多大な加護を与えられており、度重なる嫌がらせも難なく対応、排除できていたのだった。  このまま通常の任期を終えれば嫁ぎ先に苦労せず、安穏な一生を送れるとささやかに願っていた彼女だったが、ふとしたことで王子の一人にその加護が露見してしまい、王位継承に絡んだ権謀術数に巻き込まれることに。自身が望む平凡平穏な人生から徐々に遠ざかって行く事態に、シェーラは一人頭を抱えるのだった。

処理中です...