猫、時々姫君

篠原 皐月

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第5章 長すぎる一日

15.シェリルの任務

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 そんな騒ぎの中、アクセスの報告は淡々と続けられた。
「それでこちらが国境付近で張っていた時に手の内に転がり込んできた、トレリア国王から駐在大使への使者で、この者が持っていた密書がこちらです。宰相閣下、どうぞお受け取り下さい」
 絨毯の上に紐で縛られてうなだれている男を視線で指し示してから、アクセスは服の合わせ目から一通の封書を取り出した。無言で歩み寄り、それを受け取ったタウロンが鋭く目を光らせ、次いで招待客としてこの場に存在していたトレリア大使を、やや皮肉っぽい視線で見やる。

「ほう? 確かにこの封蝋は、陛下への親書に押されているトレリア国王の物と同一ですな。これは是非ともマース伯爵に、話をお聞きしなければ」
 そう言って彼が指を鳴らした途端、近衛兵達が音もなくトレリア大使であるマース伯爵の周囲を取り囲み、口調だけは丁寧に彼を拘束した。

「マース伯爵、我々にご同行願います」
「なっ!? わ、私は何も知らんぞ? 無礼な! 手を離せ!」
「こちらは騒々しいので、静かな所でお話を伺いたいだけです」
「誤解の無いようにお願いします。トレリア国の評判を、更に落としたくはございませんな?」
 タウロンが平然と詭弁を述べているうちにマース伯爵は大広間から別室へ連行され、アクセスの報告は次へと移った。

「それで、こちらが例の短剣に宝石を埋め込んだ細工師です。……すみませんね。こんな派手派手しい所に、同行して貰う羽目になって。俺の部下に話した内容を、もう一度陛下の御前で話して頂きたいんですが」
「は、はぁ……」
 如何にも職人らしい、擦り切れた継ぎ接ぎだらけの作業着と思しき物を身に着けた男は、着飾った人間ばかりの場所、しかも国王の前に引っ張り出されるとは聞いていなかったらしく、アクセスに促されておっかなびっくり座り込んでいた絨毯から降り、おずおずとランセル達の前で両膝を付いた。

「さて、どういう話かな?」
 目の前の男が緊張仕切っていると容易に察する事ができたタウロンが、できるだけ穏やかに声をかけると、それに幾分救われた様に一度深呼吸をしてから男が話し出した。

「一年程前私の仕事場に、『宝石が落ちた所に元通り嵌め込んでくれ』と、この人が黄金造りの短剣を持ち込んだんですが、微妙に形が違っているので『別の宝石が付いていた筈ですが』と言ったんです」
 男が、絨毯に転がっている、紐で縛り上げられた上に猿ぐつわまで噛まされた人物を指差しながら述べると、タウロンは笑いを堪える表情になって続きを促した。

「ほう? それでどうなったのかな?」
「そうしたら『それなら合うように研磨して嵌め込め』と言われまして。変な話だったので、記憶に残っておりました」
「確かに変な話だな」
 そして男に鷹揚に頷いてから、アクセスに視線を戻す。
「それで? その者の身元は?」
「ラミレス公爵の王都の屋敷の、副執事長です」
「なるほど」
 些かわざとらしくタウロンが頷いてから、アクセスは更に報告を続けた。

「それから、こいつがライトナー伯爵と取引のある商人で、トレリア国との通商を手広くやってる奴です。実はつい先程連絡を貰いましたが、近衛軍第四軍司令官閣下が、こいつが王都の端に所有している屋敷で、トレリアと繋がっている証拠と証人を確保したそうです。後程王宮に配送するとも言っておりました」
「……配送? 護送とは言えんのか。あの馬鹿が。まさか証人を箱詰めして送り付けるつもりではあるまいな?」
 報告を受けたタウロンが、渋面になって悪態を吐いたが、シェリルは心の中で(気持ちは分かりますが、あの柱ごとなら確かに配送だと思います)と突っ込みを入れた。するとここで、ランセルが穏やかに口を挟んでくる。

「宰相。そうなると、今回の件、トレリア国による我が国への内政干渉の疑いがある訳だな?」
「そうなります」
「それではラミレス公爵達の企みに係わった国内の人間には、多かれ少なかれ王家に対する反逆の意思ありと取られても、文句は言えないと言う事だな?」
「はい。全くもって、陛下の仰る通りでございます」
 そんな真面目くさった主従のやり取りを聞いて、これまで静かに経過を見守っていた、ラミレス公爵に近い貴族達が一斉に騒ぎ始めた。

「そんな、陛下!?」
「それは誤解です!」
「私は、そんな大それた事には無関係だ!」
「ラミレス公爵が勝手に」
「静まれい! 陛下の御前だろうがっ!!」
 口々に自分に非が無い事を訴えようとした面々だったが、近衛軍総司令官の一喝を受けて、途端に静まり返った。そして静寂を取り戻した大広間で、タウロンの冷静な声が響く。

「それでは、今捕縛されている以外の者に関しては、順次個別に詳細を聞き取る事にする。陛下、宜しいでしょうか?」
「うむ、その様に取り計らってくれ」
 そこで今回の騒動についての基本方針が固まった事で、関係する文官武官がわらわらとエリーシア達の周りに集まり、事後処理を始めた。
 エリーシアに声をかけたいのは山々だったが、自分が急に姿を現したら周囲に驚かれると思った事と、彼女が未だに紐でラミレス公爵達を縛り上げつつ、担当の魔術師や近衛兵と何やら相談している事から、シェリルはまっすぐミレーヌの元へと駆け寄った。

「王妃様、今日はすみませんでした。勝手に居なくなって。ご心配おかけしました」
 シェリルが姿を消したまま彼女の膝に飛び乗り、違和感を感じた彼女が何か口にする前に急いでそう囁くと、ミレーヌはさすがに驚いたものの、すぐに周囲の様子を窺いながら、シェリルが居ると思われる場所を見下ろしつつ囁き返した。

「シェリル? ここに居るのですか?」
「はい、色々あって姿を消しています」
「無事の様で良かったですが、心配しましたよ? 以後はこの様な事は無いように」
「はい、申し訳ありません」
 その小声でのやり取りを、辛うじて聞き取ったランセルとレオンが、ギョッとしながらミレーヌの膝辺りに視線を向ける。そんな視線などは気にせずに、ミレーヌは質問を続けた。

「それから、ディオン殿が急にこの場に現れたのは、あなたが連れて来たからですか?」
「はい。忍び込んだ先で、閉じ込められていましたので。二人で一緒に逃げて来ました」
 それを聞いたミレーヌは、納得した様に深く頷いた。

「そうでしたか。それはご苦労様でした。それではあなたに一つ、王女としての任務を与えましょう」
「任務、ですか?」
 いきなり飛んだ話にシェリルが首を捻ると、ミレーヌが悪戯っぽく笑う。
「ええ、あなたにしかできない事ですよ?」
「分かりました。何でしょうか?」
 そうしてどんな事を言われるのかと身構えたシェリルに、ミレーヌは穏やかに言い聞かせた。

「現在、この国の第一王女付きの侍女が、行方不明になっている主の事を、とても心配しています。直ちに自室に向かって、二人を安心させておあげなさい」
 そう言われてシェリルは一瞬目を丸くしてから、すぐに「はいっ!」と小声ながらもはっきりと了承の返事をした。そしてすぐさまミレーヌの膝から飛び降りて走り出そうとしたが、彼女に呼び止められる。

「シェリル、少しお待ちなさい。レオン殿。シェリルを廊下に出してあげて下さい。このままでは扉を開けて貰えないわ。急に猫が出てきたら怪しまれますしね」
「畏まりました。シェリル、俺に付いて来てくれ」
「分かったわ」
 シェリルが自分の後方を歩く気配をなんとなく感じながら、レオンは閉ざされている横の出入り口に向かって歩いて行き、足元に向かって小さく囁く。

「シェリル……、皆で随分心配したんだぞ?」
「うん、ごめんなさい」
「詳しい話は明日ゆっくり。姿が見えないから、見当違いの場所を見ながら説教しそうだ」
 如何にも申し訳無さそうな彼女の声に、レオンは小さく苦笑いしてから、廊下に続くドアを守っている兵に声をかけた。

「すまないが、ちょっと開けてくれないか? 外の空気を吸いたいんだ」
「分かりました。どうぞ、お通り下さい」
「ありがとう」
 そしてレオンが開けられた扉を通り抜けると、その足元をすり抜けてシェリルは廊下に走り抜け、無言のまま自分の部屋へと向かった。
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