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第5章 長すぎる一日
4.後宮の騒動
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シェリルがどこの屋敷かも分からないまま、応接室に閉じ込められたのとほぼ同じ頃、不在が明らかになった彼女の部屋で、レオンの怒声が響き渡っていた。
「だから! シェリルはどこに行ったと聞いているんだ! 泣いていては分からん! きちんと説明しろ!!」
「申し訳ございません!」
「私達の判断ミスです」
怒りに任せてテーブルを拳で叩きながらレオンが喚くと、既に泣きはらした顔のリリスが再び顔を両手で覆って泣き出し、年長者であるソフィアはそんな醜態を晒してはいないものの、蒼白な顔で頭を下げた。そんな二人を見たミレーヌが、やんわりとレオンを諫める。
「レオン殿、二人を責めるのはお止めなさい。怒鳴りつけてもシェリルの居場所が分かる訳ではありませんよ?」
「ですが!」
「それで、ソフィア。シェリルは猫の姿のままなのですね?」
未だ怒りが治まりきらないレオンが言い募ろうとしたが、それをミレーヌは視線で制しながら冷静にソフィアに問い掛けた。それに硬い表情のまま彼女が答える。
「はい。人の姿に戻るには、寝室にある術式を起動させなければいけませんので」
「それで、彼女が散歩に出た先でうっかりうたた寝をしている可能性を考えて、クラウス殿に魔法での庭園の捜索を依頼したのですね?」
「はい。姫様が約束を容易く反故にする方だとは思えませんでしたので、叱責覚悟でクラウス殿にお願いしましたら、王宮内のどこにも姫様の気配が感知できないと……。まさかとは思いますが、姫が不測の事態に巻き込まれて大怪我をなさって意識が無いとか、それともお亡くなりに」
「うわぁぁぁっ!!」
不吉なソフィアの台詞を耳にしてとうとうリリスは床に座り込み、場所を弁えずに泣き叫び始めた。それに盛大な舌打ちをして、レオンがソフィアを窘める。
「ソフィア! 縁起でも無い事を口にするのは止めろ! リリス! そう泣き喚くな、五月蝿いぞ!」
「レオン殿もお静かに」
「……失礼致しました」
溜め息交じりにミレーヌが宥めてきた為、レオンが不満げに謝罪の言葉を口にした。するとそこで多少場違いな、落ち着き払った声が聞こえる。
「王妃様、ご安心下さい。そちらの侍女殿が懸念する様な、最悪の事態にはなっていない筈です」
いきなり聞こえてきたその声に、室内の全員が声のした方に視線を向けた。すると、そこには間もなく始まる記念式典に出席する為か、光沢のある生地の襟や袖口、裾などに、複雑な意匠がこれでもかと言わんばかりに刺繍された、貴族の正装を身に付けたジェリドが佇んでいた。
「ジェリド! お前、どこから湧いて出た! 第一、シェリルの不在をどうやって知った!」
「父から連絡を貰いまして。後宮は普通に通して貰いましたが?」
「手続きをすっ飛ばして《普通》に通ったな?」
しれっとして言い返した従兄にレオンは頭を抱えたが、ミレーヌは時間を無駄にせず早速本題に入った。
「ジェリド殿、先程仰った事の根拠は?」
「これに姫の首輪が反応しないからです」
ジェリドがどこからともなく取り出し、掌に乗せて差し出して来た物を見て、ミレーヌとレオンは怪訝な顔をした。
それはギリギリ掌に乗る位の大きさの、一見鏡に見える代物だったが、その平らな面に天井が映し出されていない事から、普通の鏡でない事は理解できた。そして目線で問いかけてきた二人に、ジェリドが説明を始める。
「実はエリーシア殿が王都を離れる前、呼び出しを受けました。そこで『どんな場合でも、シェリルの事を第一に考えられるか』と詰問されまして」
そう言って一度話を区切って苦笑いしたジェリドに、ミレーヌは穏やかに話の続きを促した。
「あなたはそれに、何と答えたのです?」
「『自分は王家と繋がりの有る公爵家の嫡男で、近衛軍でも司令官の役職を頂いています。ですから王命と職務に反しない限りそうします』と答えました」
それを聞くと、今度はミレーヌが苦笑した。
「大変正直ですね。そしてその答えに、エリーシアは満足したのでしょう?」
「はい。『それなら万が一を考えて渡しておくので、自由に動ける範囲で動いて下さい』と言われました。これは姫の首輪に施されている術式の反応を、広範囲に探知できる探査鏡だそうです」
その説明を聞いたレオンが、憤りながらジェリドに詰め寄った。
「そんな物が有るなら、どうしてあいつは王妃様や女官長達に、これを渡して行かないんだ!?」
「彼女はなかなか頭の良い女性です。王妃様方が立場上、姫を排除しなければならない最悪の可能性すら視野に入れて、いざとなったら私が自由に動くのを見越して預けたんでしょう」
「そんな馬鹿馬鹿しい可能性を、あいつは本気で考えているのか!? 王妃様に対して失礼だろうが!!」
真顔で主張したレオンだったが、ミレーヌは落ち着き払って彼を宥める言葉を口にした。
「何年も女二人で暮らしていれば、あらゆる事態を想定して、常に万全の態勢にしておくのが当然でしょう。彼女の行為を認める事はすれ、非礼だと咎めるつもりはありません。それで、あなたの見立てではどうなっているのですか?」
「ディル・モンティー・アクト……」
ミレーヌに問われたジェリドは無言のまま軽く頷き、掌の鏡を見下ろしながら、小さな声で短く呪文を唱えた。すると鏡面が一瞬不思議な揺らぎをみせてから、その端の方に小さな光点が現れる。
「先程までは、どこも光ってはいませんでしたね?」
「はい。先程まではこれを中心とした探索範囲が、王宮を完全にカバーする程度の広さでした。しかし今は、ギリギリ王都全体を含む広範囲を探査しています」
その言葉の意味を瞬時に理解したレオンは、驚きの声を上げた。
「それなら、シェリルは王宮から出ている事になるのか? どうしてそんな事態になっているんだ!?」
「猫の姿をしている姫を、わざわざ誘拐しようとする者は存在しない筈。姫が自主的に王宮を出られたと考える方が自然です」
「この忙しい日に? 幾ら何でも、シェリルがそんな考え無しな行動をする訳が無いだろう!?」
「仮に、ですが。姫君が散歩先で、今回の第一王子詐称に係わる何かに、偶々遭遇したり発見したりしたらどうでしょうか?」
実はかなり真実に近い事をジェリドが可能性として挙げると、レオンは瞬時に真剣な顔になって考え込んだ。
「……まさか、それを調べる為に王宮を出て行ったと?」
「もしくは、誰かか何かの移動に、便乗したのではないかと」
「正気か、シェリル」
数日違いの異母姉の軽はずみな行動を思って、レオンが思わず愚痴っぽく呟くと、そこまでのやり取りを黙って聞いていたミレーヌが、腹を括った様にジェリドに申し付けた。
「分かりました。それではシェリルの探索は、あなたに一任して宜しいですね?」
「お任せ下さい」
平然と頷いて頭を下げたジェリドだったが、レオンはその派手な衣装を改めて眺めながら、確認を入れてみた。
「おい、ジェリド。お前は宰相の代わりに、モンテラード公爵家の当主名代として、記念式典に参加するんだろう?」
それにジェリドが、事も無げに応じる。
「私は急病になりましたから、弟に名代をやらせます。もう十五ですから、どうにでもなるでしょう」
「開始二時間前に通告か……。強く生きろよ、マーシェス」
普段可愛がっている従弟の驚愕と気苦労を思って、レオンが遠い目をしているうちに、ジェリドはミレーヌを相手に話をさくさくと進めた。
「それではマーシェスに連絡を済ませ次第、姫の捜索に向かいます。方角と距離を微調整しつつ探さなければいけませんので、結構手間取るかと思われます」
「お願いします。それでは私達も、記念式典に参加する準備をいたしましょう」
一礼してジェリドが部屋から出て行き、レオンを促してミレーヌも椅子から立ち上がったが、ここで彼女は真っ青な顔で控えている侍女達を振り返った。
「ソフィア、リリス」
「は、はい!」
「何でしょうか、王妃様」
弾かれた様に応じた彼女達に、ミレーヌはできるだけ優しい口調で話す様に心がけながら、ある指示を出した。
「シェリルは急病で、式典も舞踏会も欠席する事にします。ですからここに誰が押し掛けてきても、シェリルの不在を悟られない様に、きちんと対処して下さい」
「分かりました」
「誰も一歩たりとも、足を踏み入れさせません」
きちんとした仕事を与えられた事で二人は何とか自分を取り戻したらしく、力強く頷いた。それに小さく微笑んでから、ミレーヌはレオンと連れ立ってシェリルの部屋を出て廊下を進む。
(今更、シェリルの部屋に押し掛ける様な輩は居ない筈だけど、ああでも言っておかないと、あの子達の神経がどうにかなりそうですものね)
そして一時思考を中断し、歩きながら通路の窓から見える空を眺めながら、密かに義理の娘に言い聞かせる。
(無茶な事はしないで、無事で戻って来なさい、シェリル。何かあったりしたら、エリーシアに顔向けできませんからね)
ミレーヌが心の中の不安を押し隠して歩いている頃、シェリルの自室に残されたソフィアは、同様のリリスを宥めてから密かに彼女から離れて隣室へと移動した。
「アルテス様、この度の不手際、誠に申し訳ございません」
こっそり取り出した緊急連絡用の、掌サイズの魔導鏡に語りかけると、相手のファルス公爵も難しい顔をしながら事務的に話を進めた。
「と言う事は、依然として姫の行方は分からないわけだな?」
「はい。ですが、今モンテラード司令官がいらして、エリーシア殿からシェリル姫専用の探査鏡をお預かりしていたそうです。これから探索に向かうとの事」
それを聞いて、アルテスは若干表情を緩めた。
「それなら姫の方は、彼に任せておいてよかろう。ソフィアは探索は専門ではないから、後宮を動かない様に。そのまま待機だ」
「……畏まりました」
心の内を読まれたが、主人に反論できなかったソフィアは悄然と頷いた。それに気が付かないふりをして、アルテスが話を続ける。
「それから、先程ハリード男爵とライトナー伯爵が、揃って王宮から出て行ったのが確認されている。やはり何やら企んでいる様だな」
「公爵様」
瞬時に顔付きを険しくした彼女に、アルテスも真顔で告げる。
「そちらの方に少し人数を回すので、更に王宮内が手薄になる。いざとなったらソフィアの判断で動いて貰うぞ? 偽ラウール王子など、断固として認めさせる訳にはいかない」
その言外に含むところを悟って、ソフィアは冷え切った口調で言い切った。
「お任せ下さい。いざとなったら、夜会の最中だろうが何だろうが、あの目障りな偽者を、綺麗さっぱり後腐れなく消してご覧にいれます」
それに頷きつつも、軽く釘を刺すアルテス。
「それはあくまでも最終手段だからな。宜しく頼む」
「はい。失礼致します」
そうして不穏な通信を終わらせたソフィアは、内心の自分とラミレス公爵一派への怒りを綺麗に押し隠し、自分の失態に衝撃を受けている侍女の態を装いながらリリスがいる部屋に戻って行った。
決して表沙汰にできない、シェリルの行方不明というトラブルの解決の見通しが立たないまま、ランセルの即位二十周年記念式典の開始時刻は、刻一刻と迫っていた。
「だから! シェリルはどこに行ったと聞いているんだ! 泣いていては分からん! きちんと説明しろ!!」
「申し訳ございません!」
「私達の判断ミスです」
怒りに任せてテーブルを拳で叩きながらレオンが喚くと、既に泣きはらした顔のリリスが再び顔を両手で覆って泣き出し、年長者であるソフィアはそんな醜態を晒してはいないものの、蒼白な顔で頭を下げた。そんな二人を見たミレーヌが、やんわりとレオンを諫める。
「レオン殿、二人を責めるのはお止めなさい。怒鳴りつけてもシェリルの居場所が分かる訳ではありませんよ?」
「ですが!」
「それで、ソフィア。シェリルは猫の姿のままなのですね?」
未だ怒りが治まりきらないレオンが言い募ろうとしたが、それをミレーヌは視線で制しながら冷静にソフィアに問い掛けた。それに硬い表情のまま彼女が答える。
「はい。人の姿に戻るには、寝室にある術式を起動させなければいけませんので」
「それで、彼女が散歩に出た先でうっかりうたた寝をしている可能性を考えて、クラウス殿に魔法での庭園の捜索を依頼したのですね?」
「はい。姫様が約束を容易く反故にする方だとは思えませんでしたので、叱責覚悟でクラウス殿にお願いしましたら、王宮内のどこにも姫様の気配が感知できないと……。まさかとは思いますが、姫が不測の事態に巻き込まれて大怪我をなさって意識が無いとか、それともお亡くなりに」
「うわぁぁぁっ!!」
不吉なソフィアの台詞を耳にしてとうとうリリスは床に座り込み、場所を弁えずに泣き叫び始めた。それに盛大な舌打ちをして、レオンがソフィアを窘める。
「ソフィア! 縁起でも無い事を口にするのは止めろ! リリス! そう泣き喚くな、五月蝿いぞ!」
「レオン殿もお静かに」
「……失礼致しました」
溜め息交じりにミレーヌが宥めてきた為、レオンが不満げに謝罪の言葉を口にした。するとそこで多少場違いな、落ち着き払った声が聞こえる。
「王妃様、ご安心下さい。そちらの侍女殿が懸念する様な、最悪の事態にはなっていない筈です」
いきなり聞こえてきたその声に、室内の全員が声のした方に視線を向けた。すると、そこには間もなく始まる記念式典に出席する為か、光沢のある生地の襟や袖口、裾などに、複雑な意匠がこれでもかと言わんばかりに刺繍された、貴族の正装を身に付けたジェリドが佇んでいた。
「ジェリド! お前、どこから湧いて出た! 第一、シェリルの不在をどうやって知った!」
「父から連絡を貰いまして。後宮は普通に通して貰いましたが?」
「手続きをすっ飛ばして《普通》に通ったな?」
しれっとして言い返した従兄にレオンは頭を抱えたが、ミレーヌは時間を無駄にせず早速本題に入った。
「ジェリド殿、先程仰った事の根拠は?」
「これに姫の首輪が反応しないからです」
ジェリドがどこからともなく取り出し、掌に乗せて差し出して来た物を見て、ミレーヌとレオンは怪訝な顔をした。
それはギリギリ掌に乗る位の大きさの、一見鏡に見える代物だったが、その平らな面に天井が映し出されていない事から、普通の鏡でない事は理解できた。そして目線で問いかけてきた二人に、ジェリドが説明を始める。
「実はエリーシア殿が王都を離れる前、呼び出しを受けました。そこで『どんな場合でも、シェリルの事を第一に考えられるか』と詰問されまして」
そう言って一度話を区切って苦笑いしたジェリドに、ミレーヌは穏やかに話の続きを促した。
「あなたはそれに、何と答えたのです?」
「『自分は王家と繋がりの有る公爵家の嫡男で、近衛軍でも司令官の役職を頂いています。ですから王命と職務に反しない限りそうします』と答えました」
それを聞くと、今度はミレーヌが苦笑した。
「大変正直ですね。そしてその答えに、エリーシアは満足したのでしょう?」
「はい。『それなら万が一を考えて渡しておくので、自由に動ける範囲で動いて下さい』と言われました。これは姫の首輪に施されている術式の反応を、広範囲に探知できる探査鏡だそうです」
その説明を聞いたレオンが、憤りながらジェリドに詰め寄った。
「そんな物が有るなら、どうしてあいつは王妃様や女官長達に、これを渡して行かないんだ!?」
「彼女はなかなか頭の良い女性です。王妃様方が立場上、姫を排除しなければならない最悪の可能性すら視野に入れて、いざとなったら私が自由に動くのを見越して預けたんでしょう」
「そんな馬鹿馬鹿しい可能性を、あいつは本気で考えているのか!? 王妃様に対して失礼だろうが!!」
真顔で主張したレオンだったが、ミレーヌは落ち着き払って彼を宥める言葉を口にした。
「何年も女二人で暮らしていれば、あらゆる事態を想定して、常に万全の態勢にしておくのが当然でしょう。彼女の行為を認める事はすれ、非礼だと咎めるつもりはありません。それで、あなたの見立てではどうなっているのですか?」
「ディル・モンティー・アクト……」
ミレーヌに問われたジェリドは無言のまま軽く頷き、掌の鏡を見下ろしながら、小さな声で短く呪文を唱えた。すると鏡面が一瞬不思議な揺らぎをみせてから、その端の方に小さな光点が現れる。
「先程までは、どこも光ってはいませんでしたね?」
「はい。先程まではこれを中心とした探索範囲が、王宮を完全にカバーする程度の広さでした。しかし今は、ギリギリ王都全体を含む広範囲を探査しています」
その言葉の意味を瞬時に理解したレオンは、驚きの声を上げた。
「それなら、シェリルは王宮から出ている事になるのか? どうしてそんな事態になっているんだ!?」
「猫の姿をしている姫を、わざわざ誘拐しようとする者は存在しない筈。姫が自主的に王宮を出られたと考える方が自然です」
「この忙しい日に? 幾ら何でも、シェリルがそんな考え無しな行動をする訳が無いだろう!?」
「仮に、ですが。姫君が散歩先で、今回の第一王子詐称に係わる何かに、偶々遭遇したり発見したりしたらどうでしょうか?」
実はかなり真実に近い事をジェリドが可能性として挙げると、レオンは瞬時に真剣な顔になって考え込んだ。
「……まさか、それを調べる為に王宮を出て行ったと?」
「もしくは、誰かか何かの移動に、便乗したのではないかと」
「正気か、シェリル」
数日違いの異母姉の軽はずみな行動を思って、レオンが思わず愚痴っぽく呟くと、そこまでのやり取りを黙って聞いていたミレーヌが、腹を括った様にジェリドに申し付けた。
「分かりました。それではシェリルの探索は、あなたに一任して宜しいですね?」
「お任せ下さい」
平然と頷いて頭を下げたジェリドだったが、レオンはその派手な衣装を改めて眺めながら、確認を入れてみた。
「おい、ジェリド。お前は宰相の代わりに、モンテラード公爵家の当主名代として、記念式典に参加するんだろう?」
それにジェリドが、事も無げに応じる。
「私は急病になりましたから、弟に名代をやらせます。もう十五ですから、どうにでもなるでしょう」
「開始二時間前に通告か……。強く生きろよ、マーシェス」
普段可愛がっている従弟の驚愕と気苦労を思って、レオンが遠い目をしているうちに、ジェリドはミレーヌを相手に話をさくさくと進めた。
「それではマーシェスに連絡を済ませ次第、姫の捜索に向かいます。方角と距離を微調整しつつ探さなければいけませんので、結構手間取るかと思われます」
「お願いします。それでは私達も、記念式典に参加する準備をいたしましょう」
一礼してジェリドが部屋から出て行き、レオンを促してミレーヌも椅子から立ち上がったが、ここで彼女は真っ青な顔で控えている侍女達を振り返った。
「ソフィア、リリス」
「は、はい!」
「何でしょうか、王妃様」
弾かれた様に応じた彼女達に、ミレーヌはできるだけ優しい口調で話す様に心がけながら、ある指示を出した。
「シェリルは急病で、式典も舞踏会も欠席する事にします。ですからここに誰が押し掛けてきても、シェリルの不在を悟られない様に、きちんと対処して下さい」
「分かりました」
「誰も一歩たりとも、足を踏み入れさせません」
きちんとした仕事を与えられた事で二人は何とか自分を取り戻したらしく、力強く頷いた。それに小さく微笑んでから、ミレーヌはレオンと連れ立ってシェリルの部屋を出て廊下を進む。
(今更、シェリルの部屋に押し掛ける様な輩は居ない筈だけど、ああでも言っておかないと、あの子達の神経がどうにかなりそうですものね)
そして一時思考を中断し、歩きながら通路の窓から見える空を眺めながら、密かに義理の娘に言い聞かせる。
(無茶な事はしないで、無事で戻って来なさい、シェリル。何かあったりしたら、エリーシアに顔向けできませんからね)
ミレーヌが心の中の不安を押し隠して歩いている頃、シェリルの自室に残されたソフィアは、同様のリリスを宥めてから密かに彼女から離れて隣室へと移動した。
「アルテス様、この度の不手際、誠に申し訳ございません」
こっそり取り出した緊急連絡用の、掌サイズの魔導鏡に語りかけると、相手のファルス公爵も難しい顔をしながら事務的に話を進めた。
「と言う事は、依然として姫の行方は分からないわけだな?」
「はい。ですが、今モンテラード司令官がいらして、エリーシア殿からシェリル姫専用の探査鏡をお預かりしていたそうです。これから探索に向かうとの事」
それを聞いて、アルテスは若干表情を緩めた。
「それなら姫の方は、彼に任せておいてよかろう。ソフィアは探索は専門ではないから、後宮を動かない様に。そのまま待機だ」
「……畏まりました」
心の内を読まれたが、主人に反論できなかったソフィアは悄然と頷いた。それに気が付かないふりをして、アルテスが話を続ける。
「それから、先程ハリード男爵とライトナー伯爵が、揃って王宮から出て行ったのが確認されている。やはり何やら企んでいる様だな」
「公爵様」
瞬時に顔付きを険しくした彼女に、アルテスも真顔で告げる。
「そちらの方に少し人数を回すので、更に王宮内が手薄になる。いざとなったらソフィアの判断で動いて貰うぞ? 偽ラウール王子など、断固として認めさせる訳にはいかない」
その言外に含むところを悟って、ソフィアは冷え切った口調で言い切った。
「お任せ下さい。いざとなったら、夜会の最中だろうが何だろうが、あの目障りな偽者を、綺麗さっぱり後腐れなく消してご覧にいれます」
それに頷きつつも、軽く釘を刺すアルテス。
「それはあくまでも最終手段だからな。宜しく頼む」
「はい。失礼致します」
そうして不穏な通信を終わらせたソフィアは、内心の自分とラミレス公爵一派への怒りを綺麗に押し隠し、自分の失態に衝撃を受けている侍女の態を装いながらリリスがいる部屋に戻って行った。
決して表沙汰にできない、シェリルの行方不明というトラブルの解決の見通しが立たないまま、ランセルの即位二十周年記念式典の開始時刻は、刻一刻と迫っていた。
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