猫、時々姫君

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
44 / 66
第4章 思惑渦巻く王宮

12.危険地帯

しおりを挟む
「シェリル姫、ご歓談中お邪魔をして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ? それよりジェリドさん、それは……」
 恐る恐るラウールが手にしている、得体が知れない物を指差しながら尋ねると、ジェリドはにこやかに詳細について説明した。

「遠目にも目障りな害虫が、姫の周りに居りましたので。ちょっと排除しようと、あそこの回廊から魔術で補強しながら投げてみました。ああ、姫は先端部分には触れないで下さい。結構強力な神経毒を塗布してありますので」
「毒……」
 それを聞いたシェリルは無意識に顔を引き攣らせ、ラウールは如何にも嫌そうに顔をしかめる。

(『投げてみました』って。だってあそこからだと結構な距離を、一直線に凄い勢いで飛んで来ましたよ? それに『毒』って、何をそんなにあっさり言ってるんですか! しかも『姫は触らないで下さい』って、ディオンなら触った構わないって事ですか!?)
 突っ込みどころが有り過ぎて、咄嗟に言葉が出なかったシェリルに代わって、言葉の端々に皮肉げな響きを含ませながら、ラウールが声をかけた。

「噂に違わず、なかなか強烈な方ですね。近衛軍第四軍司令官、ジェリド・ウェルス・モンテラード殿。今はラウールと名乗っていますが、ディオン・カースド・ハリードです。以後、お見知り置き下さい」
「ラミレス公爵の所でお顔を拝見した事はありましたが、お互いに自己紹介はしていませんでしたね。こちらこそ宜しくお願いします、ラウール殿」
 一見、礼儀正しく受け答えした二人を見て、シェリルは不思議そうに口を挟んだ。

「ジェリドさん? ラミレス公爵と親しかったんですか?」
「いえ、私は今、ファルス公爵の護衛の任に付いておりまして。ファルス公爵がラミレス公爵と顔を合わせた時に、こちらの方も同席していらしただけです」
「そうですか」
(何だか、如何にもディオンを付属品か置物扱いしている気がする。気のせいかしら?)
 思わずシェリルは考え込んだが、ここでラウールが幾分表情を険しくしながら苦言を呈する。

「それにしても……、後宮の庭園でこんな物騒な代物を放つなんて、あまり感心できませんね。万が一、シェリルに当たったりしたら大変でしたよ?」
 しかしその懸念を聞いたジェリドは、笑って一刀両断した。
「ご心配無く。それは間違っても姫に当たるどころか、かすりもしません」
「それは大した自信だな。自身の能力への過信は、身の破滅に繋がると思いますが?」
「お気遣いありがとうございます。ですがそれはご自分への戒めの言葉として、大事に胸の内にしまっておくのが宜しいかと」
 堂々と言い放ったジェリドに、ラウールがはっきりと眉を寄せながら問い質す。

「ほぅ? 自分には関係ないと? シェリルに怪我をさせる筈がないと、そこまで断言できる根拠は?」
「私の姫に対する愛です」
「……はぁ?」
 何か変な事を聞いた、とでも言わんばかりの表情になったラウールに、ジェリドが冷静に言葉を継いだ。

「因みに今現在は、陛下に私達の婚約を正式に申し込んでいる段階ですが、そう遠く無い時期に認めて頂けると確信しておりますので」
 そこで泰然自若なジェリドと、話に付いていけずに呆けているシェリルを交互に見たラウールは、怖い位真剣な顔で問いを発した。

「シェリル?」
「は、はい」
「なんだかこの男、君の自称婚約者っぽい事を口走っているけど……、本当か?」
 鋭い口調で詰問されて、シェリルは思わず慎重に考え込みながら答えた。

「え、えっと、その……、確かに、求婚らしい事は言われましたよ?」
「『らしい』では無くて、求婚はしましたから」
「それで君は了解したわけか?」
 鋭くジェリドが突っ込みを入れ、ラウールが半ばそれを無視しながら問いを重ねる。その質問を受けたシェリルは、真顔で考え込んでから、ジェリドに視線を向けて確認を入れた。

「……返事、しましたか?」
「お忘れですか?」
(え? あれ? 何かいきなりで驚いて、とっさに理解できないうちにミリアに運び出されたと思ったんだけど……。私、その場で何か言ったのかしら?)
 質問したものの自信満々の笑顔で言い返され、シェリルは途端に自信が無くなってきた。すると二人の心の中を読んだのか、ラウールが怒りを含んだ低い声でシェリルを窘めてくる。

「流されるな、シェリル。大方こいつが勝手にほざいてるだけだ」
「え? ディオン?」
「人聞きが悪いですね」
 ジェリドが平然として言ってのけた為、ラウールが盛大に舌打ちし、その眉間にはっきりと皺を寄せた。

「全くたちが悪い。シェリルが世慣れていない事を良い事に、あっさり丸め込もうとするなんて」
「遊び半分で魔術をかけてみようと試す輩よりは、遥かにましだと思いますが? 少なくとも堂々と正面から、彼女に相対しているわけですし」
 そこで男二人が、器用にも笑顔のままでの睨み合いに突入する。
「羨ましいな。あなたには武芸と魔術の腕がある上に、面の皮も相当厚いらしい」
「面の皮云々で言うなら、どなたかには負けると思いますよ?」
(こ、怖いっ! 何、この張り詰めた空気! それ以前に、二人とも一応微笑んでるのに、その笑顔が怖過ぎる!! これからどうなるわけ?)
 もはや下手に口を挟む事もできず、戦々恐々となったシェリルだったが、予想外の方向からこの対決に終止符が打たれた。

「……ラウール様、次のお約束の時間が迫っておりますので」
「分かっている」
 今の今まで少し離れていた所で待機していたラウール付きの騎士がテーブルに歩み寄り、上半身を屈めて彼の耳元で囁いた。内心はどうあれラウールそれに素直に頷き、椅子から立ち上がる。

「それではシェリル、そろそろ失礼するよ。今日は美味しいお茶をありがとう」
「いえ、大してお構いできなくてごめんなさい」
 シェリルも慌てて立ち上がって右手を差し出すと、ラウールはそれを握り返しながら、彼女にだけ聞こえる声量で素早く囁いてきた。

「事が落ち着いたら、全力であいつとの事は阻止してやる。君に変な苦労はさせたくないからな」
「え?」
「それじゃあ、また」
「……ええ」
 問い返す間も無くラウールは笑顔で立ち去り、シェリルは唖然としながらその後ろ姿を見送った。その斜め後方で、ジェリドが盛大に舌打ちしてから毒吐く。

「たちが悪いのはどっちだ。得体の知れない偽者風情が」
(何とか終わった? それにこの二人が、互いに相容れないタイプだって事も分かったわね……)
 ジェリドの呟きを背中で受けながら、シェリルは遠い目をしつつ現実逃避気味にそんな事を考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

猪娘の躍動人生~一年目は猪突猛進

篠原 皐月
大衆娯楽
 七年越しの念願が叶って、柏木産業企画推進部第二課に配属になった藤宮(とうのみや)美幸(よしゆき)。そこは一癖も二癖もある人間が揃っている中、周囲に負けじとスキルと度胸と運の良さを駆使して、重役の椅子を目指して日々邁進中。  当然恋愛などは煩わしさしか感じておらず、周囲の男には見向きもしていなかった彼女だが、段々気になる人ができて……。社内外の陰謀、謀略、妨害にもめげず、柏木産業内で次々と騒動を引き起こす、台風娘が色々な面で成長していく、サクセスストーリー&ドタバタオフィスラブコメディ(?)を目指します。  【夢見る頃を過ぎても】【半世紀の契約】のスピンオフ作品です。

悪役令嬢は始祖竜の母となる

葉柚
ファンタジー
にゃんこ大好きな私はいつの間にか乙女ゲームの世界に転生していたようです。 しかも、なんと悪役令嬢として転生してしまったようです。 どうせ転生するのであればモブがよかったです。 この乙女ゲームでは精霊の卵を育てる必要があるんですが・・・。 精霊の卵が孵ったら悪役令嬢役の私は死んでしまうではないですか。 だって、悪役令嬢が育てた卵からは邪竜が孵るんですよ・・・? あれ? そう言えば邪竜が孵ったら、世界の人口が1/3まで減るんでした。 邪竜が生まれてこないようにするにはどうしたらいいんでしょう!?

子兎とシープドッグ

篠原 皐月
恋愛
新人OLの君島綾乃は、入社以来仕事もプライベートもトラブル続きで自信喪失気味。そんな彼女がちょっとした親切心から起こした行動で、予想外の出会いが待っていた。 なかなか自分に自信が持てない綾乃と、彼女に振り回される周囲の人間模様です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

相棒(バディ)は黒猫(クロ)

篠原 皐月
キャラ文芸
両親の離婚後、別居している母親の入院に伴い、彼女が開いている駄菓子屋の代行を務める事になった千尋。就活中の身を嘆きつつ、ささやかな親孝行のつもりで始めた店の一番の常連は、何故か得体が知れない黒猫だった。小説家になろう、カクヨムからの転載作品です。

魔攻機装

野良ねこ
ファンタジー
「腕輪を寄越すのが嫌ならお前、俺のモノになれ」  前触れもなく現れたのは世界を混沌へと導く黒き魔攻機装。それに呼応するかのように国を追われた世界的大国であるリヒテンベルグ帝国第一皇子レーンは、ディザストロ破壊を目指す青年ルイスと共に世界を股にかけた逃避行へ旅立つこととなる。  素人同然のルイスは厄災を止めることができるのか。はたまたレーンは旅の果てにどこへ向かうというのか。  各地に散らばる運命の糸を絡め取りながら世界を巡る冒険譚はまだ、始まったばかり。 ※BL要素はありません  

アビシニアンと狡猾狐

篠原 皐月
恋愛
 後悔という名の棘が胸に刺さったのを、幸恵が初めて自覚したのは六歳の頃。それから二十年以上が経過してから、彼女はその時のツケを纏めて払う羽目に陥った。狙いを付けてきた掴み所の無い男に、このまま絡め取られるなんて真っ平ご免だと、幸恵は精一杯抵抗するが……。 【子兎とシープドッグ】続編作品。意地っ張りで素直じゃない彼女と、ひねくれていても余裕綽々の彼氏とのやり取りを書いていきます。

死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~

白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた! もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する! とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する! ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか? 過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談 小説家になろうでも連載しています!

処理中です...