猫、時々姫君

篠原 皐月

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第4章 思惑渦巻く王宮

9.困った話題

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 その日は最近にしては珍しく来客が少なく、午後は多少のんびりできる予定だった筈が、朝にいきなりソフィアが「こちらのお庭のクレムリアの花が今盛りですのから、ミリア様とカイル様をお招きして、それを鑑賞しながらのお茶会をする事に致しましょう」と言い出し、その鶴の一声で、シェリルのささやかな自由時間は、あっさりと潰れてしまった。
 しかしその不満を妹と弟に向ける事はできず、自分が暮らしている一角に二人が侍女を伴ってやって来た時、シェリルはお茶の支度を済ませた庭で、満面の笑みで出迎えた。しかしすぐに、今は自分付きになっている、有能な女官長の思惑を知る事となった。

「全く! ちょっと年が足りないからって、除け者にするなんて酷いわ! カイルならともかく、私はもう十四なのに!! シェリル姉様はそう思いません!?」
「え、ええと……」
 テーブルを拳で盛大に叩きながら訴えてくるミリアに、シェリルは(ああぁ、カップからお茶が零れる)とハラハラしながら宥めようとした。しかし彼女の発言で気を悪くしたらしいカイルが、不満げな顔付きで口を挟んでくる。

「ミリア姉様。僕だってもう十歳だし、政治向きの話だって少しずつ講義を受けてます。姉様より、よほど理解ができる筈です」
「何ですって!? 子供が生意気言ってるんじゃないわよ!!」
「僕が子供なら、ミリア姉様だって子供じゃないですか!?」
「二人とも止めて下さい! 取り敢えずお茶を飲んで、お菓子を食べましょう。ねっ!? とっても美味しいから!」
 慌てて喧嘩腰の二人のやり取りに割り込みつつ、焼き菓子を乗せた皿を二人に向かって押し出す。そんなシェリルの顔が引き攣っているのと、ここでこれ以上揉めたら女主人の立場である彼女が困る事は十分に理解していた為、二人は取り敢えず大人しくカップと皿に手を伸ばした。

「はい……、いただきます」
「シェリル姉上、これ、美味しいです」
「良かったわ。それは私も好きなの」
 何とか笑顔を保ちつつ、シェリルもお茶を飲み始めた。何気なく視線を動かすと、少し離れている場所で待機しているミリア達の侍女達からは心底申し訳無さそうな顔をされ、シェリルは無言で小さく頷く。
 それから艶やかな橙色の花が咲き誇っているクレムリアの木に視線を移したシェリルは、若干遠い目をしながら心の中で恨み言を漏らした。

(ソフィアさん……。要するに私、今日は子守要員なんですね? お茶の準備を済ませたら、リリスに後を任せて姿を消したと思ったらこれですか……)
 そんな事を考えてから、シェリルはミリアとカイルに再度状況を尋ねた。
「そうすると、今日はレイナ様の所に、ラウール殿下が出向いているのね? そしてレオンもその場に同席していると」
 そう確認を入れると、ミリアは小さく肩を竦め、カイルも不満げな表情を見せる。

「そういう事。それで『余計な事を口走しられては困ります。今日はシェリル様の所に行ってらっしゃい』とお母様が仰ったのよ」
「確かに色々言いたい事はあるけど、本人に面と向かって偽者呼ばわりしない位の、分別は有るつもりなのに……」
「私だってそうよ。真っ赤な偽者だって分かってるけど、その根拠を公にできない事位、理解しているわ。それなのに厄介払いするなんてあんまりよ!」
「二人が自分の立場をきちんと認識しているのは、良く分かっているから」
(そうは言っても……。やっぱり二人とも、あの人と直に顔を合わせたら、盛大に食ってかかりそうだものね。レイナ様が心配するのは無理無いわ)
 思わず溜め息を吐いたシェリルだったが、ここで彼女相手に愚痴を零していても仕方がないと思ったのか、ミリアが急に話題を変えてきた。

「ところでシェリル姉様。あの偽ラウールは王妃様の所には何回か顔を出しているけど、お母様の所に出向いたのは今回が初めてなの。だから実物を間近で見た事が無くて。どんな人間ですか?」
「あ、僕も聞きたいです! 姉上は王妃様の所で、お会いした事が有るんですよね?」
「確かに、顔を合わせた事はあるけど……」
(う……、どうしよう。あの人に関わる事はあまりペラペラと口外しない様に、カレンさんから注意されているけど)
 しかし弟妹がテーブル越しに真剣な顔を向けてきているのと、無言で佇んでいるものの興味津々の様子の侍女達に気付き、シェリルは取り敢えず無難な内容について語ってみる事にした。

「ええと……、私に、つまり本物の“ラウール”が行方不明になるまでに確認されていたのと同じ、黒髪と琥珀色の瞳の人よ。それで正直、人の容姿の優劣についてはあまり感心が無いけど、顔立ちは整っている方だとと思うわ」
「本当に忌々しい! 事情を知らない女官達が、きゃあきゃあ黄色い声を上げてて、喧しいったらないわ!」
「確かにちょっと見た目は良いかもしれないけど、レオン兄上の方が数段格好良いです! そう思いませんか? シェリル姉上」
「え、ええ、カイルの言う通りね。それから……、辺境暮らしと言っている割には、物腰や言葉遣いが洗練されている感じがするわ。だから偽ラウールは、同時に偽ハリード男爵令息ディオンだろうと、想像できるんだけど」
 恐る恐る説明を続けたシェリルだったが、それを聞いたミリアが鼻で笑った。

「あぁら、ラミレス公爵ったら、ド田舎暮らしの野暮ったい男を引っ張り出しても、レオン兄様に勝てないと判断する能力位は持ち合わせていたみたいね」
「都合の良い人を引っ張り出すのに、それなりに苦労したと思うけど、公爵が本当の事を知ったらどんな顔をするかな?」
「本当。是非教えて差し上げたいわね。かつて見たことの無い、間抜け面が拝める事確実よ?」
 ここで二人が聞き捨てならない事を不気味に微笑みながら口にした為、シェリルは慌てて会話に割り込んだ。

「ちょっと待って二人とも! 私が実はラウールだって事を公にすると、色々差し障りが有るって事で、今回それは隠したままあの人が偽者だと証明する為に、皆一生懸命」
「それ位分かってます、姉様」
「ちょっと苛々したので、言ってみただけですから。安心して下さい」
「そ、そうなの? それなら良いんだけど」
 言うだけ言ってから、何事も無かった様に再びお茶とお菓子に手を伸ばし始めたミリアとカイルを見て、シェリルはテーブルに突っ伏したいのを懸命に堪えた。
(勘弁して……。今日はこの二人の愚痴に、とことん付き合わなきゃいけないわけ? 気持ちは分かるけど、詳しい調査結果とかは私も全然分からないし)

 それからも時折二人から鋭く追及されつつも、何とか答えられる事には答え、分からない事は笑って誤魔化しながら、比較的和やかにお茶会は進んでいった。しかし暫くして、回廊の方に顔を向けていたリリスが何かに気が付き、顔色を変えてシェリルに駆け寄って来た。そしてテーブルに着いている三人に、小声で注意を促す。

「シェリル様、皆様、ご注意下さい。来ます!」
「リリス? どうしたの? 怖い顔をして」
「来たって、何が……。え?」
 不思議そうにリリスの視線の先を目で追ったシェリルとミリアは、庭園を半ば囲む様に造られている回廊を、恐らく護衛と思われる騎士を二人引き連れて、悠然とこちらに向かって歩いて来る青年を認めて顔を強張らせた。そんな姉達の様子を見たカイルが、自らも表情を険しくしながら問いかけてくる。

「シェリル姉上、ひょっとして彼が、偽ラウールですか? 僕達はまだ公式行事としての夜会にしか出席を許されていない年齢なので、この前の夜会には出ていませんから、全く顔を知らないんですが」
「ええ、そうよ。随分早い気がするけど、レイナ様達との対面がもう終わったのかしら?」
 半ばヤケになって引き攣った笑顔でカイルにそう告げてから、シェリルは自分達の居る方向に真っ直ぐ歩いて来る相手を認めて、本気で頭痛を覚えた。

(ちょっと! どうしてここに向かって来るんですか? 頑張ってミリアとカイルを引き受けてたのに、台無しじゃない!)
 そんな事を心の中で訴えても当然相手の足が止まる事は無く、予想外の出来事にどうなる事かと侍女達も固まり、その場には張り詰めた空気が漂ったのだった。
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