猫、時々姫君

篠原 皐月

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第4章 思惑渦巻く王宮

8.三人の母親

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 それから大人しく控えていたソフィアに付き添われて、自室へと戻ったシェリルは、顔を合わせるなりリリスに尋ねられた。

「お帰りなさい、姫様。エリーシアさんとお話はできましたか?」
 それに苦笑しながら、シェリルは言われた内容を思い返す。
「ええ。リリスが言っていた通り、仕事の合間に観光したり、色々満喫してるみたい。『お土産を楽しみにしてて』ですって」
「エリーシアさんらしい。でもお元気そうで何よりでしたね。それで、肝心の探索の方はどうなっているんですか?」
「それは……」
 興味深そうにリリスが尋ねてきた為、シェリルは素直に話の経過を教えようとしたが、それを鋭い声が遮った。

「リリス。それはあなたにの仕事には関係の無い事でしょう? 自分の職務をきちんと果たす事だけを考えていなさい」
「……申し訳ありません」
「姫様も、どこで誰が聞いているか分かりません。軽々しく口になさらない様に」
「気をつけます……」
 さすがの年長者の貫録で、ぴしゃりと叱りつけたソフィアにリリスは黙り込み、シェリルも下手な事は言えずに、室内に気まずい沈黙が漂った。
 そのまま先程の話を話題にできないまま時間が過ぎ、就寝時間になったが、いつも通りリリスの手を借りて猫の姿になったシェリルは、首輪を付けて貰うと同時に、彼女に抱き上げられて疑問の声を上げた。
「リリス、どうしたの? ベッドにはいつも一人で飛び乗っているけど?」
 その問いに、シェリルを両手で抱きながら、真面目くさった顔でリリスが答える。

「申し訳ありませんが、姫様には今夜はお休みになる前に、もう一つ用事があります」
「聞いてないけど、何?」
「目的の場所に着いたら、ご説明がありますから」
「ふぅん?」
 もったいぶったその言い方を何となく不審に思ったものの、シェリルは彼女に大人しく抱かれたまま移動していった。そして昼間も出向いたミレーヌの私室に到着したところで、はっきりと疑問の声を上げる。

「ちょっと待ってリリス。もう夜で、結構遅い時間帯よ? ミレーヌ様も、もうお休みかも。ここで何の用事が有るの?」
「いえいえ、これは王妃様の指示ですから、ご心配無く」
 シェリルの困惑には構わず、リリスは警護の女性近衛兵とミレーヌ付きの侍女に話しかけて了解を取り、先導して貰って幾つかのドアを通り抜けた。そして、ある立派なドアの前で立ち止まると、侍女がドアをノックして室内に声をかける。

「王妃様、いらっしゃいました」
「ご苦労様です。彼女に入って貰ったら、あなた達はお下がりなさい」
「畏まりました」
 そしてミレーヌの声が聞こえたとシェリルが思った瞬間、侍女が勢い良くドアを開け、その隙間からリリスが躊躇せずにシェリルを室内に投げ込む。

「うひゃ!?」
 いきなりの暴挙にシェリルは動転したが、そこは反射的に身体を捻り、物音も立てずに見事に床に着地した。その間に素早くドアが閉められ、その向こうからリリスが声高に告げてきた。

「シェリル様! 今夜はこちらでお休み下さい! 明朝、お迎えに来ますので。それでは失礼します!」
「は? え!? ちょっと待ってリリス! ここってミレーヌ様のお部屋なんだけど!? 開けて頂戴!!」
 慌ててドアに駆け寄ったシェリルが前足でトントンとドアを叩きつつ訴えたが、既に夜着に着替え、部屋の中央に設置してある天蓋着き付きのベッドに腰掛けていたミレーヌが、笑いを堪える様な声で説明してきた。

「無理ですよ、シェリル。そのドアは明日の朝まで開きません。私が、そう指示しましたから」
「どうしてですか!?」
「実は昼間の通信の後、再度クラウスが彼女からの通信を受けて回線を繋いだら、エリーシアに『シェリルが心細い思いをしているだろうから、時々シェリルと一緒に寝てあげて下さい』と頼まれたの」
「はい?」
 予想外の事を言われて呆気に取られたシェリルに、ミレーヌがたたみかけた。

「それと、『一緒に寝るだなんて、そんな失礼な事はできませんとシェリルが言い張る筈なので、実力行使でお願いします』とも言われたので、そうしてみました」
「『そうしてみました』って……。いえ、本当にそんな失礼な事はできませんから!!」
 立ち上がって笑顔で近付いてくるミレーヌから、シェリルはじりじりと後退しつつ、頭の中でエリーシアに対する文句の言葉を並べた。

(エリー! 幾らなんでも無理! と言うか、実力行使って何!? この前から思ってたけど、エリーとミレーヌ様って、瞳の色以外にも何か通じる物があると言うか何と言うか)
「さあ、諦めて一緒に寝ましょうね?」
「うきゃあぁっ!!」
 つい頭の中の恨み言に意識が向いているうちに、シェリルは易々と身体を持ち上げられ、ミレーヌの腕の中にすっぽり収まってしまった。こうなってしまうと下手に暴れるとミレーヌの身体に傷を付けてしまう可能性がある事に加え、そこまで嫌がるのも却って失礼だと諦めて、大人しくする事にする。そしてシェリルが無抵抗になった事に満足したミレーヌは、彼女を抱えて自分のベッドへと戻った。

「それでは寝ましょうか、シェリル」
「はい。おやすみなさい……」
 シェリルを広い寝台に降ろすと、ミレーヌはその横に横たわりながら、足元の毛布を引き上げた。それでシェリルの身体を覆いながら、慎重に彼女を引き寄せる。
 対するシェリルも、万が一にもミレーヌを傷付ける事が無い様、細心の注意を払いつつ身体をすり寄せた。するとミレーヌがシェリルの身体を優しく撫でながら囁いてくる。

「皆の手前、エリーシアはあなたとの長話は控えましたが、後の通信で『シェリルが何となく元気が無かったのでお願いします』と言ってきました。これまでは、いつも二人一緒に同じベッドで寝ていたそうね?」
「はい」
「それでは、急に一人で寝る事になって、寂しかったわね」
「そんな事は無かったですが……」
 微妙に口ごもったシェリルだったが、ミレーヌが小さく笑いながら続けた台詞に、思わず涙腺を緩ませた。

「ちょっと顔を見ただけで分かるなんて、エリーシアは本当に良い“お母さん”なのね。この機会にあなたを一人で寝せてみようと思ったらしいけど、やっぱり心配になったみたいよ?」
「……ふぇっ」
 ミレーヌの寝台でみっともなく泣き出すわけにはいかないと、辛うじて自制心を働かせたシェリルは、うつ伏せになってシーツに顔を押し付けながら、泣き言を堪えた。そしてその声が聞こえなかったふりをしながら、ミレーヌがゆっくりとその艶やかな毛並みを撫でる。

「おやすみなさい、シェリル」
 その優しい声に寂しさと悲しさが和らげられ、シェリルは徐々に深い眠りへと誘われていった。そして無意識にミレーヌに向かって前脚を伸ばし、軽く彼女の夜着に爪を引っ掛けて、その胸元に顔を埋める。

(お母さん、だ……)
 何となくそんな事を思い浮かべながらシェリルは本格的な眠りに入り、それを察したミレーヌはその身体を撫でている動きを止め、改めて腕の中で温もりを感じさせている存在を眺めた。そして思わずその口から、皮肉っぽい呟きが漏れる。

「本当に……、馬鹿な事をしたわね。アルメラ」
 かつて自分に対抗意識を剥き出しにしていた、美しくて勝ち気だった女性を脳裏に思い浮かべたミレーヌだったが、彼女の思考はすぐに過去から未来へと移行し、問題山済みの状況にこれからも抜かりなく対応するべく、きちんと睡眠を取る事にした。
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