猫、時々姫君

篠原 皐月

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第3章 シェリルのお披露目

9.叔父の心情

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「さあ、部屋に戻るわよ、シェリル」
「ええ」
 シェリル達は国王夫妻に机越しに頭を下げて会議室を出ようとしたが、護衛を二人引き連れたレオンが歩み寄って声をかけてきた。

「送っていく。護衛の兵は効率的に使うべきだしな」
「レオン?」
「あら、さすがに今から仕掛けてくる程、勤勉な相手だとも思えませんが?」
「ついでだ。この場での話を、後宮で待っている母に説明する必要もあるからな」
「それもそうですね」
 気安く会話しながら廊下に出て歩き出した一行だったが、少し歩いた所で背後から呼び止められた。

「シェリル殿下、今、お時間を少し頂いても宜しいですか? 是非、お話ししておきたい事がございます」
「あ、は、はい!」
(ちょっと待って!! ファルス公爵が、どうしてここで声をかけてきたの?)
 唐突に廊下に響いた声にシェリルが慌てて振り返ったが、声を発した相手を見て余計に混乱する。エリーシアとレオンも思わず顔を見合わせたが、目配せして彼女から少し離れた。
「シェリル、待っているから構わないわ」
「俺達は少し離れているから」
 レオンと護衛は広い廊下の縁まで下がり、エリーシアは数歩シェリルから離れた。その間にファルス公爵アルテスがシェリルの目の前にやって来て、彼女を軽く見下ろしながら話し始める。

「お話と言うのは、殿下の事です」
「はぁ……」
 話の流れが分からないまま相槌を打ったシェリルに、アルテスが無表情のまま話を続けた。
「実は殿下が見付かった時、その直後に王妃様から直々にご連絡を頂きました。『希望するなら面会の機会を設定する』と申し出て下さったのですが、こちらから丁重にお断り致しました」
「そうでしたか」
「正直……、殿下の事を逆恨みしておりました。『姉が産んだのが本当に王子だったら、何も問題は無かったのに』と。あの事件は姉の独断であったにも係わらず、関与を疑われた父は半ば強制的に隠居させられて隔離状態。なし崩し的に家督を継いだ私も、両陛下に対して面目なく……。どうしても家勢の衰退に歯止めがかかりませんでした。長年、そんな想いに囚われておりましたので、ご挨拶に伺ってもお互いに不快になるだけかと、控えさせて頂きました」
「はぁ……」
(そんな事を言われても……。それは挨拶に来なかった理由としては、私も何となく想像できてたし、わざわざ呼び止めて口にしなくても良いんじゃない?)
 半ばふて腐れてそんな事を考えていたシェリルだったが、ここで彼女の顔を凝視していたアルテスが、淡々と指摘してきた。

「まるで『そんな事を言われても』とか『わざわざ言わなくても』とか仰りたい様な顔付きですね?」
「いえ……、別にそう言った事は……」
(う、私って、そんなに表情が読みやすいの?)
 がっくり項垂れてしまったシェリルだが、ここで少し離れた場所から、忍び笑いが聞こえてくる。

「ぷっ、くくっ……」
「エリー?」
「ごめんごめん」
 振り返って軽く睨むと、エリーシアが笑いながら謝ってくる。何気なく顔を向けると、レオンも口元を緩めながら自分から視線を逸らした為、シェリルは少し拗ねてしまった。しかしそれには関係なく、アルテスが話を再開させた。

「姫には到底信じて頂けないかとは思いますが、姉は死ぬ前、自分の行為をとても後悔していたんです」
「……え?」
 いきなりそんな事を言われてシェリルは面食らったが、エリーシアとレオンは無言で互いに目配せしあった。
「父や私の立場まで悪くした上に、迷惑をかけて申し訳ないが、もし万が一娘が見付かったら、できるだけの事をしてやって欲しいと遺言しまして。ですが殿下が見付かった後、王妃から内々に私どもに後見の話が有った時、それをお断りしました」
「…………」
 思わず(それって矛盾してるんじゃない?)と感じたシェリルだったが、口には出さなかった。しかしここでエリーシアが口を挟んでくる。
「差し支えなければ、その理由をお聞きしても宜しいですか?」
 その問い掛けに、アルテスは素直に応じた。

「私は不幸な生い立ちの姫君を逆恨みする様な、狭量で凡人なもので。我が家衰退の直接の原因となった殿下を、諸手を上げて歓迎する気になれなかった、という事です」
「随分と正直でいらっしゃいますね」
 明け透けに語られたエリーシアは呆れるのを通り越して感心してしまったが、ここで一層真剣さが増した顔付きになったアルテスがシェリルに視線を戻し、真摯に訴えた。
「ですが、その姫君の名前を騙る偽者が現れたとなっては話は別です。姉の不始末の結果で王家が揺らぐなど、有ってはならない事です。今回は全力であの偽者が第一王子と認定されるのを阻止しますので、その点に関しては信用して頂きたい。その為にあの男の仮の後見を引き受けましたので」
 その表情からは気持ちを偽っている様には到底思えず、シェリルも真顔になって頷いてみせた。

「分かりました。そのお話は信用します。公爵様にとっても相当面倒な事になってしまったみたいですが、宜しくお願いします」
 そして軽く頭を下げると、相手は微かに笑う様な気配を見せたものの、何も言わずに一礼して去って行った。その背中をシェリル同様複雑な表情で見送ったエリーシアが、しみじみと言い出す。
「王妃様から聞いていた通り、悪い人じゃなさそうね。変な風に生真面目で正直だし」
「ミレーヌ様が何か言ってたの?」
 不思議そうにシェリルが尋ねると、エリーシアは些か気まずそうに口を開いた。

「実は……、王宮に来た直後に王妃様に『シェリルの母方の親族はどうしていますか?』とお尋ねしたら、さっきファルス公爵が言った通り、王妃様から内密に知らせたけど、丁重に面会を断られたって説明を受けたの」
「私のお母さん……。自分のお姉さんの事が好きだったのよね。だから私の事が嫌いなんだ」
 分かってはいたつもりだったが、軽く落ち込みつつそう口にしたシェリルに、エリーシアは困った顔をしながら腕を組みつつ答えた。

「う~ん、本人もそれっぽい事言ってたし、複雑な心境なのは確かだと思うんだけど……。王妃様が仰るにはそれだけでは無いみたいなのよね」
「どういう事?」
「あの人って、子供の頃から優秀で、シェリルが産まれた頃は公爵家の嫡男なのに、王宮で官僚として働いてたんですって」
「因みに当時、内務副大臣だった宰相の直属の部下で、バリバリ頭角を現していたらしいな」
 いつの間にか歩み寄っていたレオンも会話に加わり、シェリルは本気で感心した。

「そうなんだ。えっと……、それって、凄い事なのよね? 重臣の方達には個別に挨拶は済ませてるけど、宰相様以外に公爵位どころか侯爵位を持っていた人は覚えが無いもの」
「そうね。宰相様もそうだけど、上級貴族で実務に長けている人間ってただでさえ珍しくて、宰相様や陛下が随分期待していたらしいの」
「だが、例の事件が起こっただろう?」
「そうか……、それで責任を問われて、王宮を追放されちゃったんだ……」
 そこでシェリルが納得して益々暗い顔になりかけたが、他の二人は苦笑いで手を振った。

「ううん、それは逆なの。そもそもアルメラ妃の行為は表沙汰になっていないでしょう?」
「引き止められたのに、公爵は辞表を提出して領地に引きこもったんだ。そして領地運営に力を入れてきたお陰で、ファルス公爵領のザナーデン地方は、国内でも有数の肥沃な穀倉地帯となってる。だが王都にやって来る事が少なくなって、社交界では影が薄くなってたんだ」
「追放されたわけじゃないなら、どうして社交界から遠ざかってたの?」
 キョトンとして問い返したシェリルに、二人が説明を続ける。

「さっきシェリルも言ったけど、あの人、姉を敬愛してて言う事を鵜呑みにして、当時、王妃様やレイナ様に相当失礼な事を面と向かって言ったそうなの」
「実際どんな事を言われたのかは王妃様も母も笑って誤魔化して、未だに教えてくれないがな。それが実は姉の狂言だった事が分かって、公爵は相当ショックを受けたと思う」
「事が明らかになってから、真っ青になってお二人の前で床に頭を付けて謝罪したらしいわ。きちんと調べたらあれはアルメラ妃の独断で、公爵親子は無関係なのが明らかになったから、それもあって陛下は真相を明らかにしなかったそうなの」
「どうして?」
 それが何故、一連の出来事を中途半端に隠蔽した事に繋がるのかとシェリルは首を捻ったが、エリーシアとレオンがチラッと顔を見合わせてから、レオンが説明役を引き受けた。

「シェリル、例の件が公になったら、アルメラ妃は勿論、実家のファルス公爵家も責任を追及されて下手をすれば死刑。良くて爵位と領地没収の上、生涯軟禁位は覚悟しなければいけない。……言い方は悪いが、父上は今後発見が望み薄なシェリルについての真実を明らかにするより、ファルス公爵家を厳罰に処した場合の国内の混乱を防ぐ事と、ファルス公爵の才能を失わない様にする事を重要視したんだ」
 そう言われてシェリルは何回か瞬きしてから、ゆっくりと理解できた事を口にした。

「……そうか。ファルス公爵達にとばっちりが行かない様に、肝心な所は誤魔化す事にしたのね?」
「怒ったか?」
「怒るというか……、政治って、色々面倒なのね」
「ああ、確かに面倒と言えば面倒なんだがな……」
 心配そうに尋ねたレオンだったが、シェリルは分かっているのかいないのか、曖昧な表情のまま呟いた。それにレオンが苦笑していると、エリーシアが肩を竦めながら話を引き取る。

「それだけ力量を認められているんだから、そこで開き直って王宮勤めを続ければ良かったのにね。だから今回、王妃様があの偽王子の後見人にファルス公爵をねじ込んだのも、この機会に公爵の気構えを試したかったんじゃないかしら?」
「試すって、何を?」
「だってそんなのを引き受けたら、忽ちレオン殿下に次ぐ、抹殺対象ナンバー2に格上げ確実だもの」
 エリーシアが素っ気なくとんでもない事を言ってのけた為、シェリルは仰天して問い返した。

「ええ!? どうしてそうなるわけ?」
「だって別な後見人が付いたら、ラミレス公爵が偽王子の威光を振りかざす事ができないもの。目の上のたんこぶ、そのものよね~。抹殺対象ナンバー1の王太子殿下におかれましては、そこの所をどう思われます?」
「同意見だな。しかしそんな物騒な肩書じゃなくて、他の事でナンバー1になりたいものだ」
「あら、どんな事ででしょう?」
 物騒過ぎる会話を明らかに楽しんでいるエリーシアとレオンに、シェリルは狼狽しながら説明を求めた。

「だ、だって、さっきの話し合いの場で、そんな事一言も言ってなかったじゃない!?」
「だって、一々言わなくても当然だもの」
「だが《ラウール王子の血縁者》と言う大義名分が有って、ラミレス公爵やあの得体の知れない偽王子をしっかり監視できる人物となると、現実的にファルス公爵位しかいないんだ」
「だから王妃様が危険性を十分認識した上で、ファルス公爵に声をかけたのよ。暗に『王家の為に命をかけてくれますか?』って含みを持たせて」
「それにしっかり応えてくれてしまったって事なんだ」
「そういう事なんだ……」
 事の重要性が漸く認識できたシェリルが、半ば呆然と呟くと、エリーシアが笑いながらシェリルの肩を軽く叩きながら言い聞かせてきた。

「それでさっきのご挨拶になるわけ。王子で無いシェリルの事は無条件で好きってわけじゃ無さそうだけど、お姉さんの忘れ形見の事は結構気にしてくれてるみたいだし、全力を尽くしますので信用はして下さいって事でしょうね。本当に色々、面倒臭い人みたいだけど……。まあ今回のこれで、気持ちの整理を付けられたら、ひょっこり挨拶に来るかもよ?」
「そうだな。叔父としてではなく、一公爵がぽっと湧いて出て来た王女様のご機嫌伺いに来るんじゃないか?」
 レオンももう片方の肩を叩きながら、苦笑しつつシェリルの顔を覗き込んでくる。それにシェリルは、吹っ切れた様に頷いてみせた。

「……うん、そうね。私もそれで構わないわ。命懸けで取り組む人もいるんだから、私もできる事は頑張るから」
「ええ、頑張りましょうね。さあ、今夜は徹夜かしら。色々準備しなきゃ! あ、それから、シェリルの護衛。信頼できる体制を組んで下さいよ?」
「分かってる。そこは心配するな」
 そして再び護衛を連れて、三人は何やかやと言い合いをしながら、賑やかに後宮へと戻って行った。

(エリーと離れるのなんて初めてで、本音を言えば不安で仕方ないけど……。それ位、我慢しなくちゃいけないわよね)
 表面的にはエリーシアとレオンの会話に笑顔で混ざりつつ、シェリルはどうにも誤魔化しようのない不安を抱えていたが、この時彼女は、それは絶対に表には出さない事を、密かに心の中で誓った。
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