猫、時々姫君

篠原 皐月

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第3章 シェリルのお披露目

6.謎の第一王子

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「ラミレス公爵。あなたの王家に対する忠誠心には疑問を挟む余地がありませんが、少々順序を飛ばした上、場を弁えない行為に出られた様に思うのですが。せっかくのシェリル王女のお披露目が台無しですわ。最高位の公爵位を戴く家格の方なら、それ位理解して頂きたいと希望するのは、私の高望みでしょうか?」
 流石にミレーヌの嫌味が分かったらしく、相手はしどろもどろになりながら弁解らしき物を口にする。

「あ、いや……、王妃様とシェリル姫におかれましては、御不快な思いをさせてしまった事には、誠に深くお詫び申し上げます。ですが、皆様がお揃いの所で公表するのが、手っ取り早いと思ったもので……」
「それは、正規のルートで陛下とそちらの方の面会を申請しても、なかなか通らないと判断しての事ですか? それは今現在、政務内の陣容にあなたの一族や、息のかかった方が皆無であるというそちらの事情に過ぎませんね。こちらが配慮する筋合いではないと思うのですが?」
 ミレーヌの主張する事は正論であり、周囲の貴族達からも咎める様な視線が向けられてくる。ここで無闇に反論すれば立場を悪くするだけだと判断する能力は持ち合わせていたケーリッヒは、忌々しい気持ちを抑えながら、殊勝に彼女に頭を下げて見せた。

「……誠に申し訳ございません。しかし、大事の前の小事という事であれば、聡明な王妃様には御理解いただけると思っておりました」
「確かにその方が本物の第一王子であるなら、国家の一大事である事は確かですね」
「その通りでございます!」
(あの人、王妃様に賛同して貰ったと思って喜んでるんだろうけど、絶対違う。王妃様、目元だけだと微笑んでいる様に見えますけど、扇の内側でせせら笑ってますよね?)
 力強く頷いて見せたケーリッヒに向かって、顔の下半分を扇で隠しながら侮蔑的に笑ったミレーヌを見て、シェリルの背筋が凍った。そんなやり取りでミレーヌが時間を稼いでいる間に、驚きから立ち直って頭の中で対策を立てたらしいタウロンが、落ち着き払った声でケーリッヒに問いかける。

「それではラミレス公爵。一応、弁明の機会を与えて差し上げよう。何をもってこの方が、既にお亡くなりになったと公表されている第一王子だと主張するのかな?」
 それを耳にした途端、ケーリッヒは顔を赤黒くして相手を怒鳴りつけた。
「茶番は大概にして貰おうか、モンテラード公爵! 侯爵以上の上位貴族なら、第一王子はお亡くなりになっていると言うのは真っ赤な嘘で、白昼堂々後宮から攫われて以降、行方不明だと言うのが公然の秘密になっているだろうが!?」
 それを聞いた伯爵以下の下級貴族達は、忽ち騒然となった。さすがに以前から耳にしていた上級貴族達も、大声で公言したケーリッヒに渋い顔をする。
 一方、王子の偽者を引っ張り出して来た時点で、それを暴露するのは必然的だと思っていたタウロンは、すこぶる冷静に話を進めた。

「その公然の秘密を、今更暴露する意義は?」
「私がその第一王子を発見したからだ!」
「それではその証拠は?」
 そう問われた瞬間、待ってましたとばかりにケーリッヒが嫌らしく笑いながら胸を張った。

「これも侯爵以上の家の当主なら知っている筈だが、その王子が誘拐された時、誕生を祝って陛下から贈られた、柄と鞘が黄金造りの短剣も同時に行方知れずになっている。それを保持しておられた」
「ほぅ?」
 タウロンが僅かに興味深そうな顔付きになったのに満足したのか、ケーリッヒは得意満面で広間の隅の方に向かって声を張り上げた。

「そうだな!? ハリード男爵。こちらに出て来て、実物をお見せしながらご説明しろ!」
 すると出席者の大半の視線が、最後尾辺りからおどおどしながら出て来た黒髪の男に集まった。その五十代と思われる男はケーリッヒとは対照的に痩せ型で、はっきり言って貧相な顔付きだったが、緊張のあまり顔色まで悪くなっており、シェリルも思わず(大丈夫かしら? 今にも倒れそうなんだけど……)と心配した程だった。
 しかし前方まで歩み寄ったハリード男爵は、息子の横に同様に片膝を付いて何とか主君に対して挨拶を済ませてから、懐からおずおずと一本の短剣を取り出して差し出した。

「あの……、これが、先程お話に出た短剣でございます」
 そこで件の短剣を眺めながら、タウロンは素朴な疑問を口にした。
「ハリード男爵。あなたはこれまで、この短剣の事もご子息の事も、全く表明されてこなかったと思うのだが? どうして今になって打ち明ける事になったのかな?」
「いえ、あの……、これは……」
「ですから、王都から領地に戻る途中の街道で、生後間もない赤子を拾った時、そこに携えられていた短剣の意味もご存じなく、王子が人知れずお育ちになる事になったのですよ。ハリード男爵。今更ですが、もう少し交友関係を広げておくべきでしたな」
「……は、誠に、面目次第もございません」
 脂汗を流しながら弁解しようとした男爵の台詞を遮り、ケーリッヒがしたり顔で解説する。それを見たタウロンが僅かに眉を寄せたが、無言を貫いた。そこで気を良くしたケーリッヒが、得意げに言い募る。

「男爵はその短剣の意味する所は分からなかったものの、良い品物だとは分かった為、赤子の身元を明らかにするものだと判断して、これまで大事に保管していたのです。察するに後から殺す気で誘拐したものの、流石に赤子を殺す事には良心が疼いて、犯人が短剣ごと捨てていったのでは? 本当に惨い事で。しかし犯人が目先の欲に捕われず、短剣を一緒に放置していったのは幸いでしたな。それとも? 犯人にとっては、この程度の短剣など、全く惜しくはなかったのかもしれませんな?」
 そんな明らかに当て擦る様な台詞を吐いた為、ざわざわしていた大広間が静まり返った。そして参加者が互いに顔を見合わせ、微妙な雰囲気になってくる。

(何か、広間の空気が変……。そう言えば、私が行方不明になった時、レイナ様や王妃様が疑われたって言ってたっけ。まさか、そんな疑惑がこの場で再燃してるとか?)
 そんな事を考えたシェリルが慌てて手前に居るミレーヌとレオン、貴族達の列の最前列に居るレイナに顔を向けると、三人とも傍目には冷静に見えた。しかし彼女達の瞳が剣呑な光を宿しつつある事に気付き、気が気では無くなってくる。

「そして、赤子と短剣を一緒に拾ったハリード男爵は、養子とした赤子の出自や家名が分からないかと、時折来訪する客人に短剣を披露していたらしいのですが……、所詮は辺鄙な土地柄。王都の事情に詳しい者などそうそう訪れる筈も無く、今の今まで王子の所在が知れないままになってしまったのです」
 一応それなりに筋は通っている話に、タウロンは無理に否定する事無く質問を続けた。

「それをどうして侯爵はお知りになったと?」
「私の末娘が大病した後、なかなか本復できないので、転地療養を試みて風光明媚な場所にある男爵の別宅を暫くお借りしたのです。そして無事回復した娘を迎えに行った折、男爵からご子息が養子である事と、この短剣を見せられて驚いた次第です。いや、まさに天の采配とはこの事ですな! それで王都まで、王子をお連れしました。これも何かの縁、今後は王子の後見を私が全身全霊をもって、引き受けさせて頂きますので」
「ラミレス公爵、それは少し、筋が違うのではありませんか?」
「は? 王妃様におかれましては、何か御不審な点でも?」
 両手を広げながら芝居掛かった動きで宣言したケーリッヒだったが、ミレーヌに冷たい口調でそれを遮られ、些か不服そうに問い返した。するとミレーヌはパシッと扇を掌に打ち付けながら閉じたかと思うと、明らかに相手を非難する口調で続ける。

「確かに生後間もないラウール王子が行方不明となったのは事実です。更に、その不手際を隠す為、捜索がもはや困難と思われた段階で、対外的には死亡とした事も事実です。ですが、例えその方がラウール王子本人だとしても、あなたが後見をするまでも無く、アルメラ殿のご実家のファルス公爵家はれっきとして存在していますのよ?」
「い、いや、しかしですな……」
 ここでアルメラの実家を持ち出されるなどとは、全く予想していなかったらしいケーリッヒは、目を見開きながら反論しようとした。しかしミレーヌはそんな事は許さず、冷静にたたみかける。

「お気の毒に、先代のファルス公爵はせっかく生まれた第一王子が行方不明、その後を追う様にアルメラ様もご病気で儚くなられて、大層気落ちされて引退なさった位ですのに……。同じ公爵であるあなたが、その辺りの事情を全くご存じないとは言わせませんわ。まずラウール王子の出自が明らかになったのなら、すぐ王宮に一報を入れた後、その帰還を誰よりも待ちわびているであろうと思われる、ファルス公爵家に連れて行って差し上げて、老侯爵に対面をさせて差し上げるべきではないでしょうか。ファルス公爵? あなたの所にラミレス公爵から、この様なお話が伝わっていましたか?」
 すると家臣の集団の中から一歩足を踏み出した男が、鋭い視線をケーリッヒに向けながらミレーヌの問いに答える。

「……いえ、こちらは全く聞いてはおりませんな。確かにラミレス公爵の行為は、情理に反する行為だと思われます」
「それは……、落ち着いたら改めて、ご挨拶に伺おうかと……」
 さすがにケーリッヒも拙いと思ったのか、弁解の声が尻つぼみになる。するとファルス公爵は面白く無さそうにケーリッヒから視線を逸らし、鋭い視線のままシェリルを見詰めてきた。

(うっ……、睨まれてる。確か当代のファルス公爵は、アルメラ妃の弟だから、私にとっては母方の叔父さんに当たる人で、事の真相も知っている筈だけど……。王宮に来てから顔を合わせていないし、きっと私の事を厄介者だと思ってるのよね……)
 一応、血の繋がりがある人間に睨み付けられた様に感じたシェリルは密かに落ち込んだが、相手はすぐに視線を逸らした。そんな中、ミレーヌが溜め息混じりに話を続ける。

「加えて、この様に騙し討ち的に話を出されても、周囲に余計な憶測を与えるだけだと思われます。ラウール王子の帰還を、周囲から真に祝福される物にしたかったのなら、もう少し考えてしかるべきでしたね」
「王妃様の仰る通りです。取り敢えずラウール王子の可能性のある、ハリード男爵のご子息は、このまま離宮にお留まり頂きましょう。暫くお時間を頂きますが、真偽の程を確認して、改めてきちんとした両陛下との対面の場を設けて頂くという事に。ラミレス公爵、ハリード男爵、宜しいですかな?」
「はぁ」
「けっ、結構でございます」
 ミレーヌと息を合わせてタウロンが指示を出すと、ケーリッヒは不承不承頷き、ハリード男爵は畏まって頭を下げる。そこでさり気なく、ミレーヌが重要な事を口にした。

「それでは当面、ファルス公爵に、男爵のご子息の後見を引き受けて貰いましょう。それが筋だと思いますので、宜しくお願いします」
「……畏まりました」
 僅かに迷う素振りを見せたファルス公爵だったが、ミレーヌの視線を受けて恭しく了承した。しかし予想外の展開になってしまった事で、焦りながらケーリッヒが異議を唱えようとする。

「なっ!? それでは殿下をお連れした私の立場が!」
「は? ラミレス公爵、あなたの立場がどうかされましたか? この国に存在する全ての者は、この国の安寧の為、するべき事をしなければいけない義務がございます。あなたは今回、行方不明だった王子らしき人物を発見し、無事王都までお連れ頂いて、王家に対する忠誠心を見事に示されました。今後も陛下と王家の為に、尽くされる事を希望します。それでは陛下」
「ああ」
 有無を言わせずにケーリッヒを黙らせたミレーヌは、ランセルに話の主導権を譲った。ここまで慎重に話の推移を見守っていた彼だったが、ここが潮時と判断し、椅子から立ち上がって自分の一挙一動を見守っている一同に呼び掛ける。

「今回は皆を驚かせてしまった様で悪かった。第一王子の死亡の真相については、宰相やラミレス公爵が今語った通りだ。結果的に長年、皆を欺く形になってしまって、誠に申し訳なかった」
 そこで臣下に向かって軽く一礼したランセルは、余計な事を口にせず素早く話を切り上げた。
「そこに居る者が真実ラウール王子であったら嬉しいが、事は慎重に運ぶべきであろう。この場はこれでお開きとし、調査の上、後日調査結果を正式に発表する。それでは失礼する」
 そしてスタスタと入ってきた扉に向かって歩き始めた主君を、殆どの者が呆然としながら見送った。

「そんな、陛下!? お待ち下さい!」
「それでは、両陛下、並びにシェリル王女殿下がご退出なさいます」
 狼狽してケーリッヒがランセルに追いすがろうとしたが、タウロンに「控えろ! 失礼だろうが!」と羽交い締めにされ、侍従は高らかに閉会を宣言する。

「さあ、シェリル。行きますよ?」
「あ、は、はい!」
 まるで何事も無かったかの様に優雅に立ち上がったミレーヌに促され、シェリルは慌てて彼女の後に付いて歩き始めたが、何気なく視線を向けた時、ゆっくりと立ち上がった偽ラウールと視線が合った。その瞬間、相手がその顔に浮かべた不敵な笑みに不安を増大させながら、大広間から立ち去った。
 その一部始終を大人しく眺めていたジェリドは、同様にこの間無言を貫いていたエリーシアに囁く。

「エリーシア殿」
「はい」
「行きますよ。姫が相当動揺されておられると思いますから、傍に付いていてあげて下さい」
「分かりました」
 そうしてジェリドは、閉会を告げられたもののそれで益々喧騒が増してしまった大広間を見回し、レオンやレイナ達が周囲に気付かれない様に既に抜け出した後なのを確認してから、エリーシアの手を取った。

「急ぎましょう、最短経路で抜けます」
「お願いします」
 そうして真剣な顔付きで移動を開始した二人は、人波をくぐり抜けて大広間を抜け出すと、人気の無い廊下を迷わず走り出した。
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