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第3章 シェリルのお披露目
3.精神修行
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当初、その行為についての説明を受けた時、シェリルとエリーシアはすぐに終了するだろうと高をくくっていた。しかし現実はそう甘くはなく、周りの者達にとっては一大イベントであるそれは、いざ始まってみると当人達の意見はそっちのけで、いつ終わるのか全く見通しが立たない状態になっていた。
「やっぱり姫には、こういう若々しく明るい色の方が似合いますよね?」
「でも艶やかな黒髪に映えるのは銀だと思いますし、全体のバランスを考えると落ち着いた色合いの二番目のドレスが一番良いかと」
「でもデザイン的には、先程のオレンジ色の裾が広がったドレスの方が」
「それよりも五番目の若草色の方が、レース使いが秀逸でしたわ」
「シェリル様はどう思われますか?」
「ど、どうと言われましても……」
(そんな似合うか似合わないかなんて、全然分からないから! エリーは……)
先程から夜会用に作られたドレスを、着ては脱ぎ着ては脱ぐ行為を繰り返していたシェリルは、十着全て披露しても王妃以下女官達の意見が全く纏まらず、各人から自分の意見に賛同を求められている様に感じる、殺気に似た眼差しを向けられ続け、泣きそうになっていた。必然的に傍らに立つ義姉に目線で助けを求めたが、同様の立場であるエリーシアも精神的にそれほど余裕は無かった。
「エリーシアさんは飾り立て甲斐が有りますよね! やっぱりここは瞳と同色の紫で統一しましょう!」
「それよりももっと華やかな紅が絶対似合うわ。プラチナブロンドにも映えるし」
「でも裾が広がった青のドレスが、落ち着いた感じで似合っていると思うわ」
「あら、二番目のグラデーションのドレスが、デザイン的にも流行の先端でしょう?」
そんな風に好き勝手に論争している周囲を眺めたミレーヌが、頬に片手を当てて嘆息し、只今試練の真っ只中にいる二人に向かって、多少困った様に微笑んだ。
「なかなか決まりませんね……。シェリル、エリーシア、申し訳ありませんが、もう一度順番に十着着て貰えませんか?」
「……はい、畏まりました」
散々好き放題言われた上、事も無げに最初からやり直しと言われて、さすがにエリーシアの顔が引き攣ったが、笑顔で要請してきたのが他ならぬ王妃であるミレーヌだった為、辛うじて笑顔を浮かべて頷いた。そんな彼女の様子をハラハラしながら見守っていたシェリルも、胸を撫で下ろして彼女に歩み寄る。
今居るのは王妃のプライベートスペースであり、幾つものある部屋の中で一番広い部屋で急遽開催されたファッションショーに当人達は心底うんざりしていたが、その気持ちを押し殺しつつ着替えの為に再び隣室へと出向いた。
「それでは、姫様はこちら、エリーシアさんはこちらのドレスにお着替え下さい。私はやはり姫様には九番目の、エリーシアさんには三番目のドレスが一番良くお似合いだと思うのですが……。向こうでお待ちしておりますね」
「は、はぁ……」
「どうも……」
そして案内役の王妃付きの侍女がさり気なく自分の見解を述べてから部屋を出て行くと、握り込んだ拳をプルプルと震わせながら、エリーシアが呻く様に声を発した。
「……シェリル」
「何? エリー」
ドレスに手を伸ばしつつ振り返ったシェリルだったが、そこに底光りする目で不気味に微笑んでいるエリーシアを認めて、一気に血の気が引いた。
「ここに居る人全員に催眠術をかけて、部屋に帰って良いかしら? ああ、いっその事、王宮全体に術をかけちゃって、皆に夜会の事を完全に忘れ去らせちゃおうかしらねぇ」
そんなとんでもない事を口にして「うふふふふ」とやけっぱちに笑っている義姉を、シェリルは必死に宥めた。
「ちょっ……、そんな無茶な事やらないで!」
「ふざけんじゃないわよ。こっちは着せかえ人形じゃ無いんだから! 暇を持て余してる人間の暇潰しに付き合う義理は無いわ!」
「気持ちは分かるけど、お願いだからこらえて。それに王宮全体に術をかけるって無理だから! 何人働いてると思ってるのよ!?」
「何事も、やってみなきゃ分からないわ。日々、自分の限界に挑戦有るのみよ!」
「お願いだから、違う事で挑戦して!」
エリーシアの両腕を掴みつつ必死で懇願するシェリルの耳に、控え目なノックの音と先程の侍女の声が届いた。
「……姫様? エリーシアさん? 着替えに手間取っておられますか? お手伝い致しますか?」
「いえ、大丈夫ですっ! あと少しで行きますので!」
「分かりました。何か不都合があれば仰って下さい」
そして再びドアの向こうの気配が無くなってから、シェリルが泣き落としにかかる。
「エリー……」
両眼に涙を浮かべながら迫られて、エリーシアはこれ以上はないという位の渋面になりながら、溜め息を吐いた。
「……取り敢えずもう一巡だけよ。午後からは魔術師棟に出向かなきゃいけない仕事があるから、抜けさせて貰うから」
「うん、もうちょっとだけ付き合って」
この場を逃れる大義名分を持っている義姉を少しだけ羨ましく思いつつ、シェリルは救われた表情で小さく頷いた。
その衣装合わせは結局昼を挟んで軽食を食べながら午後になっても続き、さすがにエリーシアは仕事を理由に先に抜け、結構遅い時間になって漸くシェリルは解放された。
色々な意味で疲労困憊したシェリルはよろよろしながら自室へと戻り、気を利かせたエリーシアが仕事に出向く前に、予め寝室に用意しておいてくれた起動済みの術式の上に乗り、リリスに呪文の詠唱だけして貰って猫の姿に戻った。そしてリリスの元に歩み寄り、預けた首輪を付けて貰う。
彼女は勿論、今日王妃の部屋でシェリル達が着せかえ人形になっていた事を知っており、「お疲れ様でした」と苦笑いしながら首輪を付けてくれ、更に「母さん達には内緒にしておきますから、そのままお散歩してきませんか?」と提案してくれた為、シェリルは一もニもなく頷いた。
勢い良く首を縦に振ったシェリルにリリスは再度小さく笑い、庭に面したバルコニーに続く窓を開けると、シェリルが嬉々としてバルコニーの手すりに向かって飛び上がった。そこから一番近い大木の枝に、微塵も躊躇う事無く飛び移る。
「お夕飯の時間までには戻ります!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そして笑顔のリリスに見送られ、シェリルは気分転換に庭園の散歩に繰り出した。
「はぁ……、やっぱりこの格好になると、落ち着くわ。今日はあそこに行ってこようっと」
独り言を口にしながら危なげなく木から飛び降りたシェリルは、素早く庭の植え込みの間を駆け抜け、これまでの探索で知り得た中で、最もお気に入りの大木の根元に辿り着いた。そして殆ど夢中でそれに駆け上り、一番低くて太い枝の上に落ち着く。
一番低いとは言っても大木であり、そこは成人男性でも見上げないと視界に入らない場所の為、シェリルは安心してうずくまって休む体勢になった。
(今日は、本当に疲れたなぁ……)
そんな事を考えながらいつの間にかうとうとしてしまったシェリルだったが、唐突に下から声がかけられた。
「姫? そこでお休み中ですか?」
(ジェリドさん?)
聞き覚えのある声に、シェリルは半ば寝ぼけながら頭だけを起こし、枝の下方を覗き込んだ。
「やっぱり姫には、こういう若々しく明るい色の方が似合いますよね?」
「でも艶やかな黒髪に映えるのは銀だと思いますし、全体のバランスを考えると落ち着いた色合いの二番目のドレスが一番良いかと」
「でもデザイン的には、先程のオレンジ色の裾が広がったドレスの方が」
「それよりも五番目の若草色の方が、レース使いが秀逸でしたわ」
「シェリル様はどう思われますか?」
「ど、どうと言われましても……」
(そんな似合うか似合わないかなんて、全然分からないから! エリーは……)
先程から夜会用に作られたドレスを、着ては脱ぎ着ては脱ぐ行為を繰り返していたシェリルは、十着全て披露しても王妃以下女官達の意見が全く纏まらず、各人から自分の意見に賛同を求められている様に感じる、殺気に似た眼差しを向けられ続け、泣きそうになっていた。必然的に傍らに立つ義姉に目線で助けを求めたが、同様の立場であるエリーシアも精神的にそれほど余裕は無かった。
「エリーシアさんは飾り立て甲斐が有りますよね! やっぱりここは瞳と同色の紫で統一しましょう!」
「それよりももっと華やかな紅が絶対似合うわ。プラチナブロンドにも映えるし」
「でも裾が広がった青のドレスが、落ち着いた感じで似合っていると思うわ」
「あら、二番目のグラデーションのドレスが、デザイン的にも流行の先端でしょう?」
そんな風に好き勝手に論争している周囲を眺めたミレーヌが、頬に片手を当てて嘆息し、只今試練の真っ只中にいる二人に向かって、多少困った様に微笑んだ。
「なかなか決まりませんね……。シェリル、エリーシア、申し訳ありませんが、もう一度順番に十着着て貰えませんか?」
「……はい、畏まりました」
散々好き放題言われた上、事も無げに最初からやり直しと言われて、さすがにエリーシアの顔が引き攣ったが、笑顔で要請してきたのが他ならぬ王妃であるミレーヌだった為、辛うじて笑顔を浮かべて頷いた。そんな彼女の様子をハラハラしながら見守っていたシェリルも、胸を撫で下ろして彼女に歩み寄る。
今居るのは王妃のプライベートスペースであり、幾つものある部屋の中で一番広い部屋で急遽開催されたファッションショーに当人達は心底うんざりしていたが、その気持ちを押し殺しつつ着替えの為に再び隣室へと出向いた。
「それでは、姫様はこちら、エリーシアさんはこちらのドレスにお着替え下さい。私はやはり姫様には九番目の、エリーシアさんには三番目のドレスが一番良くお似合いだと思うのですが……。向こうでお待ちしておりますね」
「は、はぁ……」
「どうも……」
そして案内役の王妃付きの侍女がさり気なく自分の見解を述べてから部屋を出て行くと、握り込んだ拳をプルプルと震わせながら、エリーシアが呻く様に声を発した。
「……シェリル」
「何? エリー」
ドレスに手を伸ばしつつ振り返ったシェリルだったが、そこに底光りする目で不気味に微笑んでいるエリーシアを認めて、一気に血の気が引いた。
「ここに居る人全員に催眠術をかけて、部屋に帰って良いかしら? ああ、いっその事、王宮全体に術をかけちゃって、皆に夜会の事を完全に忘れ去らせちゃおうかしらねぇ」
そんなとんでもない事を口にして「うふふふふ」とやけっぱちに笑っている義姉を、シェリルは必死に宥めた。
「ちょっ……、そんな無茶な事やらないで!」
「ふざけんじゃないわよ。こっちは着せかえ人形じゃ無いんだから! 暇を持て余してる人間の暇潰しに付き合う義理は無いわ!」
「気持ちは分かるけど、お願いだからこらえて。それに王宮全体に術をかけるって無理だから! 何人働いてると思ってるのよ!?」
「何事も、やってみなきゃ分からないわ。日々、自分の限界に挑戦有るのみよ!」
「お願いだから、違う事で挑戦して!」
エリーシアの両腕を掴みつつ必死で懇願するシェリルの耳に、控え目なノックの音と先程の侍女の声が届いた。
「……姫様? エリーシアさん? 着替えに手間取っておられますか? お手伝い致しますか?」
「いえ、大丈夫ですっ! あと少しで行きますので!」
「分かりました。何か不都合があれば仰って下さい」
そして再びドアの向こうの気配が無くなってから、シェリルが泣き落としにかかる。
「エリー……」
両眼に涙を浮かべながら迫られて、エリーシアはこれ以上はないという位の渋面になりながら、溜め息を吐いた。
「……取り敢えずもう一巡だけよ。午後からは魔術師棟に出向かなきゃいけない仕事があるから、抜けさせて貰うから」
「うん、もうちょっとだけ付き合って」
この場を逃れる大義名分を持っている義姉を少しだけ羨ましく思いつつ、シェリルは救われた表情で小さく頷いた。
その衣装合わせは結局昼を挟んで軽食を食べながら午後になっても続き、さすがにエリーシアは仕事を理由に先に抜け、結構遅い時間になって漸くシェリルは解放された。
色々な意味で疲労困憊したシェリルはよろよろしながら自室へと戻り、気を利かせたエリーシアが仕事に出向く前に、予め寝室に用意しておいてくれた起動済みの術式の上に乗り、リリスに呪文の詠唱だけして貰って猫の姿に戻った。そしてリリスの元に歩み寄り、預けた首輪を付けて貰う。
彼女は勿論、今日王妃の部屋でシェリル達が着せかえ人形になっていた事を知っており、「お疲れ様でした」と苦笑いしながら首輪を付けてくれ、更に「母さん達には内緒にしておきますから、そのままお散歩してきませんか?」と提案してくれた為、シェリルは一もニもなく頷いた。
勢い良く首を縦に振ったシェリルにリリスは再度小さく笑い、庭に面したバルコニーに続く窓を開けると、シェリルが嬉々としてバルコニーの手すりに向かって飛び上がった。そこから一番近い大木の枝に、微塵も躊躇う事無く飛び移る。
「お夕飯の時間までには戻ります!」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そして笑顔のリリスに見送られ、シェリルは気分転換に庭園の散歩に繰り出した。
「はぁ……、やっぱりこの格好になると、落ち着くわ。今日はあそこに行ってこようっと」
独り言を口にしながら危なげなく木から飛び降りたシェリルは、素早く庭の植え込みの間を駆け抜け、これまでの探索で知り得た中で、最もお気に入りの大木の根元に辿り着いた。そして殆ど夢中でそれに駆け上り、一番低くて太い枝の上に落ち着く。
一番低いとは言っても大木であり、そこは成人男性でも見上げないと視界に入らない場所の為、シェリルは安心してうずくまって休む体勢になった。
(今日は、本当に疲れたなぁ……)
そんな事を考えながらいつの間にかうとうとしてしまったシェリルだったが、唐突に下から声がかけられた。
「姫? そこでお休み中ですか?」
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聞き覚えのある声に、シェリルは半ば寝ぼけながら頭だけを起こし、枝の下方を覗き込んだ。
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