猫、時々姫君

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
25 / 66
第3章 シェリルのお披露目

2.特訓

しおりを挟む
 シェリルはもとより、エリーシアもダンスの経験は皆無の為、夜会の話が持ち上がった翌日にはさっそく練習の日程が組まれた。そして朝から問答無用でドレスを着せられた二人は、戦々恐々としながらカレンに先導されて練習場へと向かう。
 その部屋に入ると、当然の如く家具など何もないがらんとした空間が広がっており、中央に佇んでいた三十代と思われる赤毛の女性が、ダンスの講師であるグレイル夫人だとカレンから紹介を受けたシェリルとエリーシアは、揃って神妙に頭を下げた。

「先生、宜しくお願いします」
「本当に何も分からないので、ご迷惑をおかけすると思います」
「分からない方にお教えするのが、私の仕事ですのでお気遣いなく。ご安心下さい。すぐに踊れる様にして差し上げますわ!」
 にこやかに微笑んでくれた相手に安堵しつつ、自分達の夜会でのパートナー兼、練習相手として引っ張り出されたであろう二人にも、シェリルは詫びを入れる。

「レオンもジェリド様にも、時間を取らせてしまってすみません」
 対する二人も、夫人同様大らかに笑って応じた。
「いえ、姉上達が今までダンスなどされた事がないのは、私達も重々承知しています」
「お二人ができるだけ早く取得できるよう、私たちも努めますので、頑張りましょう」
「ありがとうございます」
「それでは、まず私とレオン様で、代表的なステップで一通り踊ってみます。眺めて感じを掴んでみて下さい」
「分かりました」
 素直に頷いて二人のダンスを観察し始めたシェリルとエリーシアだったが、すぐに感嘆と絶望的な囁きが漏れた。
「うわぁ……、エリー、やっぱり先生をするだけあって、上手よね。流れる様に動いてる」
「うん。本当に感じを掴むだけで終わりそうだわ。どう足が動いているのか、良く分からない」
 取り敢えず最後まで見させて貰って軽く拍手すると、夫人が早速指示を出した。

「それでは二組に別れて、練習して頂きます。最初は基本的なステップを手拍子でゆっくり練習して、一通り動ける様になったら、音楽を付けて通してみましょう。先に姫様の方を、重点的に見させて頂きますので」
「そうですね。それでは私とエリーシア殿は、向こうの方で練習しております」
「ああ、それじゃあな」
 そうして断りを入れたジェリドに連れられて、エリーシアは少し離れた場所に移動してから、二人で腕を組んで練習を始めた。

「それではまず、組む時の腕の位置と足の状態から……」
 やはり生まれながらの高位の貴族らしく、ジェリドの立ち居振る舞いには隙が無かった。当然ダンスなども微塵も躊躇う事無く、順序立ててエリーシアに指導していく。
「それでは私の足の動きと同時に、右足を引いて、次に左足を斜め前に」
「えっと……、こんな感じでしょうか?」
「はい、もっと踏み込んでも大丈夫ですよ? 御婦人に足を踏まれた位で、叫び声を上げる様なやわな鍛え方はしておりませんので」
「それは、ありがとうございますと、お礼を言うべきなんでしょうね」
「さて、ここで、左足を軸にターンして下さい。そして回り終わったら、若干後ろに引いた右足に、重心をかける」
「こうでしょうか?」
 意外とスムーズにエリーシアが動きをマスターしていくのと同時に、時折シェリル達の方に視線を向けていたジェリドの顔つきが、徐々に不機嫌な物になってくる。それを見たエリーシアは、溜め息交じりに声をかけた。

「あの……、この組み合わせが凄い不満だって事は私も理解していますが、できればもう少し、友好的な表情をして頂けませんか?」
 そう言われて、慌ててエリーシアに顔を向けたジェリドは口ごもった。
「え? あ、いや、まさかエリーシア殿の相手役が不満などとは……」
「そうですか? 先程から「何が、『やはり当日の組み合わせで練習した方が慣れやすいだろうな』だ。練習位姫と組ませてくれても良いだろうが、このシスコン王子が!!」とでも言いたそうなお顔をなさっておられますので」
「……そんな風に見えましたか?」
「あくまでも、個人的見解ですが」
 真顔で思うところを述べたエリーシアに、ジェリドは苦笑いするしかできなかった。

「否定はしません。ですが当日を含めて精一杯、エリーシア殿のお相手を務めさせて頂きます」
「ありがとうございます。それに、当分シェリルの相手役は、殿下に任せておいた方が正解だと思いますよ?」
「それはどういう意味です?」
 悪戯っぽく笑ったエリーシアにジェリドは当惑した表情で問い返したが、すぐに彼女の台詞の意味が理解できた。

「いっつぅぅぅっ!」
「きゃあぁぁっ!! ごめんなさい! また思いっきり踏みつけてしまって。レオン、大丈夫!?」
 突然発生した叫び声にジェリドが思わず目を向けると、片膝を付いたレオンが右足を手で押さえ、それを覗き込んでいるシェリルが、涙目で謝っているのが目に入った。
「は、はは……、予想外の所で踏まれたのでちょっと驚いただけで、大して痛くはないから。気にしないでくれ、シェリル」
「本当に大丈夫?」
「勿論だ」
「さあ、姫様。気にせずに、今の所をもう一度やってみましょう」
「え、ええ」
 王太子が呻いてもさっさと練習を続行させるグレイル夫人に、ジェリドはうすら寒い物を覚えながら目下のパートナーに向き直った。すると彼女が無言で肩を竦めてから、しみじみと語る。

「シェリル、猫暮らしが長かったから……。基本的に二本の足で歩く事は以前からしていましたけど、こういう動きは目にした事も無かったんですから、流石に難易度が高いですよ。下手したらシェリルがまともに踊れる様になる前に、王太子殿下の両足が使い物にならなくなるかもしれませんね。そうなったら当日あなたの希望通り、シェリルの相手役が回ってくるかもしれませんよ?」
 そこで何気なくジェリドが再度レオン達に視線を向けると、レオンが悲壮な顔付きで踊っている姿が、視界に入って来た。
「ぅわっつ!!」
「レオン!? ごめんなさい!!」
「……いや、何の、これしき」
 涙目で、微妙に引き攣った笑顔を浮かべているレオンを見て、ジェリドは再びエリーシアに向き直り、神妙に告げた。

「先程のお話ですが。正直に言わせて頂ければ……、そうしたいのは山々ではありますが、一応次期国王の不幸を願う事は、不敬に当たると思いますので」
 それを聞いた彼女は、意外そうに小さく笑った。
「そうですか? 思ったより真面目なんですね。相談されたら、回復を遅くする術でもこっそりかけてみようかと思ったんですが」
「エリーシア殿……」
「冗談ですよ、冗談。さあ、あまり人の事を言っていられないわ。練習練習!」
 思わず疲れた様に溜め息を吐いたジェリドだったが、エリーシアは盛大に笑い飛ばし、それからは真剣にステップの練習に取り組んだのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...