猫、時々姫君

篠原 皐月

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第2章 悲喜こもごも王宮ライフ

3.王妃との対面

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 王宮に入ってから広い石畳の道を幾度か曲がり、馬車は奥まった一角に到着した。そこで促されるままシェリルとエリーシアは馬車から降り、本来の仕事があるらしいクラウスに別れを告げて、レオンと護衛の兵と共に目の前の建物の奥へと進む。
 先日のシェリルの術式解除時同様、人払いは徹底しているらしく、時折すれ違う男女もレオンを見て軽く頭を下げる他は、猫を抱えたエリーシアに不審な視線を送る事もせず、一行は問題無く重厚なドアの前まで辿り着いた。

「義母上、二人をお連れしました」
「レオン、ご苦労様でした。シェリ姫、エリーシア殿、お待ちしていました。さあどうぞ、そちらに座って下さい」
「失礼します」
 早速、後宮の主たる王妃に挨拶する事になって一気に緊張した二人だったが、相手は穏やかに笑って椅子を勧めた。その容貌を初めて目の当たりにしたシェリルは、自分を抱えている義姉と共通する所を見い出して密かに安堵し、親近感を覚える。

(王妃様って、想像していたより優しそう……。それに髪の色は明るい金色で、銀色のエリーとは違うけど、緩く波打ってるのは同じだし、瞳の色が二人とも同じ綺麗な紫色だわ)
 そんな事を考えていると、王妃であるミレーヌが朗らかに言ってきた。

「エリーシア殿とは魔導鏡で何回かお話ししましたが、シェリル姫とは初めてお目にかかりますね。想像以上に可愛らしい事。これから宜しくお願いします」
「いえ、あのっ! こ、こちらこそっ! 宜しくお願いします!」
「これからお世話になります。王妃様におかれましては、この間色々とご配慮頂き、感謝しております」
 シェリルは自分の猫の体を見下ろして(やっぱり人の姿になってからご挨拶するべきだったかしら?)と今更ながらに後悔し、エリーシアは頭の中で準備してきた台詞をすらすらと口にしたが、それに対しミレーヌは苦笑気味に提案してきた。

「お互いに、堅苦しい物言いはこれ位にしませんか? エリーシアにシェリルと、名前で呼んでも構わないかしら?」
「勿論です」
「是非そうして下さい」
「それでは二人とも、私の事も名前で呼んで下さいね?」
 ここでにっこりと微笑まれつつ言われた内容に、二人は咄嗟に答える事ができずに固まった。

「え? ええと、それは……」
「流石に無理が有るのではないでしょうか? 先程そこの王太子殿下が、王妃様を『義母上』とお呼びしていた位ですし」
 エリーシアが斜め前に座っているレオンを軽く指し示しながら尤もな理由を口にしたが、それを聞いたミレーヌが拗ねた様に呟く。

「……つまらないわ」
「はい?」
「え?」
 完全に戸惑った顔になった二人に、ミレーヌは真剣そのものの顔付きで訴えた。

「流石にすぐにシェリルに『お義母様』と呼んで貰うのは無理だと思ったから、せめて名前で呼んで貰おうと思ったのに。勿論、公の場では『王妃様』で構わないけど、他に誰も居ない所で位、『ミレーヌ』と名前で呼んでくれても良いでしょう?」
「ええと」
「そう言われましても」
「義母上……。あまり二人を困らせないで下さい」
 流石に見かねたレオンが若干窘める口調で口を挟んできたが、ミレーヌは頑として主張を曲げなかった。

「レオン達は、こんな風にレイナが徹底して教え込んでいるので、『王妃様』か『義母上』としか呼んでくれないのよ。最近は私を名前で呼んでくれる者もいなくなって、誰も私の名前を知らないんじゃないかと思うわ」
「そんな事は、流石に無いかと……」
 一応そう答えたものの、確かに日常的に王妃の名前を口にする者を咄嗟に思い浮かべる事ができず、レオンは口ごもった。そこを逃さずミレーヌが主張を続ける。

「でも、今まで一切面識が無かったお二人だったら、素直に名前を呼んでくれるかもしれないと思って、期待していたのよ?」
 重ねてそう言われたシェリル達は、困惑顔で囁き合った。

「えっと……、やっぱり私達が悪いの?」
「無茶を言ってるのは、向こうだと思うんだけど」
「どうする?」
「ここは一つ、長い物に巻かれておくべきかしら?」
 そう話が纏まった為、二人は改めて頭を下げつつ申し出た。

「分かりました、ミレーヌ様。これから宜しくお願いします」
「ミレーヌ様、人目がある場所では、立場を弁えた呼称に致しますので、何卒ご了解下さい」
「ええ、勿論よ。ありがとう、シェリル、エリーシア」
 ミレーヌは満面の笑みで頷いたが、レオンが多少うんざりとした表情で(悪いな)と目線で謝ってきた為、二人は苦笑いを返した。するとここで部屋の壁際から、小さな咳払いと遠慮の無い声が上がる。

「全く……、王妃様の我が儘にも困ったものですね」
 思わず二人が声のした方に顔を向けると、王妃と同年代と思われる黒髪の女性が、僅かに顔を顰めていた。しかしミレーヌは平然と言い返す。

「まあ、酷いわ、カレン。私は二人にささやかなお願いをしただけなのに」
「王宮に来て早々の姫君を困らせるとは、王妃の振る舞いとしてはどうかと思います」
 ピシャリと言い切ったその女性の意見に、二人は全面的に同意しつつも、驚いてまじまじとその顔を見詰めてしまった。

(え? 王妃様にそんなに強く言っちゃって良いの?)
(なんか迫力ある人ねぇ……。王妃様付きの方だとは思うけど)
 その戸惑いを察してか、ミレーヌが二人に向き直って件の女性と、その隣に並んで立つ少女を紹介してきた。

「お二人に紹介するわ。この二人が当面シェリル付きになって貰うカレンとリリスよ。二人は母娘で、カレンは女官長を務めているわ。気心は知れているし口は固いし作法一般に詳しいから、女官長の役職は他の者に暫く代行して貰う事にして、当面あなた達の専属女官として付いて貰います。きっと力になってくれますから。あまり大勢傍に控えさせても落ち着かないと思ったので当面は二人ですが、後から人員は増やしますからね?」
 そこでミレーヌから紹介を受けたカレンは一歩足を踏み出し、二人に向かって深々と頭を下げた。

「シェリル姫様、初めてお目にかかります。エリーシア様、あなた様の身の回りのお世話も致しますので、遠慮無く仰って下さい。娘のリリスは至らない所も有るかと思いますが、私の目の届く所で修行させるつもりですので、宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「お世話になります」
 女官長自ら付いてくれるなんてと、恐縮しながら二人は頭を下げたが、ここでカレンが斜め後ろに佇んでいる娘に低く囁いた。

「リリス?」
 それで自分が何をすべきなのか察したリリスは、慌てて一歩前に出て明るく挨拶してくる。
「あ、ごめん、母さん。本当に猫が喋ってるのを見て感動しちゃって。年も近いし宜しくねっ!」
 その天真爛漫な砕けた口調に流石に二人が面食らっていると、忽ち母親からの叱責が飛んだ。

「女官長と言いなさい! それに猫では無くシェリル姫です! 第一、言葉遣いがなっていません!」
「申し訳ありません!」
 更に手を伸ばして娘の頭を掴み、勢いよく下げさせてから、カレンは苦い物でも飲み込む様な表情をしながら、二人に謝罪した。

「初対面からご無礼致しました。この子の上にも娘は二人居りますが、王妃様がなるべく姫様と同じ年頃の娘が良いだろうと仰いまして」
「そうしますと、リリスさんはお幾つですか?」
「今年十六になります」
 エリーシアの素朴な疑問にカレンが答えて盛大な溜め息を吐くと、リリスは無言で身体を小さくし、二人は物凄く納得した。

(うん、確かにお母さんからしたら、目の届く所で教育したいかもしれないわ……)
(要は猫のシェリルを見ても、変な目で見たり気味悪がったり言いふらす様な心配の無い面子で固めた訳ね。王妃様、徹底してるわ)
 それぞれ別な意味で感心した二人はそこで王妃達と別れ、早速カレン達に連れられて自分達がこれから過ごす部屋へと向かった。
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