猫、時々姫君

篠原 皐月

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第2章 悲喜こもごも王宮ライフ

1.意外な迎え

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 魔導鏡で、森の入口からやって来る馬車を認めたエリーシアは、それが家に近付くにつれ防御術式を解除し、玄関の前まで問題無く馬車を誘導した。そして二頭立ての馬車と四騎の護衛を出迎えようと、シェリルを促して玄関の外へ出る。

「お待ちしてまし、た……」
「にゃうっ!?」
 しかし愛想良く護衛達の労を労おうとしたエリーシアの声は不自然に途切れ、全身の毛を逆立てて驚いたシェリルは、慌てて彼女のスカートの陰に隠れた。それはひとえに馬車から下りてきた人物に、予想外の人物が含まれていたからである。

「や、やあ、エリー」
「お久しぶりです、姉上」
 自分達を出迎えた二人の反応を見て、ぎこちない笑みを浮かべたクラウスの横で、レオンが生真面目に足元のシェリルに向かって頭を下げた。しかし当のシェリルは義姉のスカートの陰から恐る恐る彼を見上げているだけで、代わりにエリーシアが勢い良くレオンを指差しながら、クラウスに問い質す。

「……どうしてこいつが、ここに来ているんですか?」
「お前な」
 その傍若無人な物言いに、流石にレオンも顔付きを険しくして言い返そうとしたが、それより先に二人の間にクラウスが割って入った。

「そのっ、見ず知らずの人間が迎えに行くより、幾らかでも面識がある人物の方が良いだろうと言う話になったんだ。だが私は奥向きの事に携わっていないし、二人の身柄は取り敢えず王妃様預かりの形だから、レオン殿下に同行して貰えば、後宮内に入ってからのご挨拶等もスムーズかと……」
 そう必死に訴えたクラウスを見て、エリーシアは渋面になりながらも、取り敢えず大人しく頷いた。

「そういう事なら、仕方がないわね。怖いかもしれないけど、我慢してね? シェリル」
「みゅぅ~」
 足元の義妹を見下ろしながら言い聞かせると、シェリルが鳴き声を上げながら小さく頷く。するとそんな彼女の姿を見たクラウスが、控え目に問いを発した。

「ええと、エリー? 彼女は今は喋れないのか?」
「誰が来るか分からなかったので、うっかり喋ったら拙い可能性も考えて、今は会話用の術式を作動させていないんです」
 それを聞いたクラウスは、自信ありげに請け負った。

「それは大丈夫だ。御者も護衛も、事情を説明してある口の堅い近衛兵だから」
「そうですか? それなら……、シェリル?」
「ぅなぁ~ん」
 それを聞いたエリーシアは人語で会話する為の術式を作動させる様に目線でシェリルを促し、彼女が右前足を首輪に伸ばしたのを確認してクラウスと共に家の中へと向かった。

「じゃあ早速、荷物を馬車に積んで頂けますか? こちらにあるんですけど」
「ああ」
 そうして呪文を唱えて衣装箱を空中にゆっくり浮かせたエリーシアだったが、何とか一人でも持ち上げられる程度の大きさのそれを見て、クラウスが訝しげに問いかけた。

「……エリー、これだけかい?」
「これだけですが、何か?」
 逆に怪訝そうに問い返してきた彼女に、クラウスが控え目に問いを重ねる。

「その……、年頃の娘の荷物にしては、ちょっと小さく纏まりすぎかと……」
 しかしエリーシアは、あっさり断言した。
「無駄な物は持ち合わせていませんので」
「相変わらずだな……。分かった。じゃあこの馬車の後ろの台に乗せてくれ。あそこに十分積められそうだ」
「分かりました」
 頷いてゆっくりと衣装箱を移動させ始めたエリーシアの背中を眺めながら、(質実剛健さはあいつ譲りだな)と、クラウスは旧友を思い出しながら苦笑いしていた。

「あの……、姉上?」
「…………」
「先日は大変失礼致しました」
「…………」
「決して姉上を驚かそうとか、怯えさせるつもりは無く」
「…………」
「確かに色々、配慮が足りない所はありましたが」
「…………」
「今後は精一杯、姉上に心安らかに過ごして頂ける様に」
「……そこで何をやってるわけ?」
 エリーシア達が荷物を積むのを待っている間、レオンは健気にシェリルに話しかけていたが、彼が一歩足を踏み出すと同時にシェリルがじりっと後ずさりし、それを何回か繰り返した挙句、シェリルは家の外壁に追い詰められて固まっていた。そこに戻って来たエリーシアが呆れながら声をかけると、レオンが憤然として言い返す。

「何って……、姉上とのご挨拶を兼ねて、俺の心情を分かって頂くべく誠心誠意」
「シェリルを壁際に追い詰めて、何やってんのよ、この残念すかたん王子」
「なっ!?」
 衝撃的な言葉で一刀両断されたレオンは絶句したが、そんな彼に構わずにエリーシアはシェリルを抱き上げ、馬車に向かって歩き出した。

「ほら、シェリル、行くわよ。馬車に乗りましょう」
「……う、うん」
 愕然とした表情のまま微動だにしないレオンに、何事かとクラウスや護衛の騎士が駆け寄る。それをエリーシアの肩越しに見ながら、シェリルは囁いた。

「あの、エリー?」
「何?」
「その……、幾ら何でも、れっきとした王太子殿下に『残念すかたん王子』は拙いんじゃ……」
「本当の事でしょう。王太子ならなおの事、現実を直視しないとね」
 控え目に注意してみても一向に解さない義姉に、シェリルは小さく溜め息を吐いた。

「エリー……、これまでも街に出た時の話とかを聞いた時に、ひょっとしたらと思ってたんだけど……。女の人に比べて、男の人に対しての言動が結構きつくないかしら?」
「男性全般にきつい訳じゃないわよ? ただ単に、無神経な上に情けない男が嫌いなだけだから」
「そうなんだ……。でもエリーの人を見る目って厳しそう……」
 サラッと言い返されてしまった内容に、思わずシェリルは項垂れる。その呟きを聞き取り損ねたエリーシアは、怪訝な顔でシェリルを抱き直し、その顔を覗き込んだ。

「何か言った? シェリル」
「ううん、何でも無い」
 そんな話をしながら馬車に乗り込んで席に落ち着くと、少し遅れて男二人が恐縮気味に乗り込んで来た。

「失礼するよ」
「ご一緒させて貰います、姉上」
「はぁ……」
 そして騎士が扉を閉め、号令の声が聞こえると同時に、馬車はゆっくりと走り出した。
 クラウスと世間話をし始めたエリーシアの腕の中で、首を伸ばして興味深く窓の外を眺めていたシェリルだが、時折自分同様黙り込んでいるレオンに、チラチラと視線を向ける。

(まだ少し怖いけど、さっきのはやっぱりちょっと可哀想かも……)
 そんな風に思ったシェリルは、窓の外の景色に見入っているふりをしながら、猫の姿の自分を躊躇いなく「姉上」と呼んでくれる彼の事を考えた。

(それに……、この前の話だと、私が行方不明になったせいで、この人が生まれた直後にきちんとお祝いして貰えなかったみたいだし、お母さんとか周りの人とかが疑われたりしたのよね?)
 そこまで考えて、シェリルは心の底から申し訳ない気持ちになった。

(勿論、あの《黒猫保護令》が出た時だって、この人はまだ子供で何の責任も無かった訳だし……。闇雲に怖がったり嫌ったりしたら気の毒かも……、実感は全然無いけど、私と血が繋がってる人間なんだもの、毛嫌いしたら悪いわよね)
 そうは思ったものの、これまでの経過からどうすべきなのかが全く分からず、シェリルは内心で途方に暮れてしまった。
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