猫、時々姫君

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
10 / 66
第1章 黒猫の秘密

9.王妃の説得

しおりを挟む
 朝早くから外界からの魔力を感知した魔導鏡が、その縁を点滅させている事に気付いたエリーシアは、その相手に心当たりが有った為、嫌そうな表情を隠そうともせずに回線を開いた。そして予想に違わぬ相手だった為、盛大に皮肉を込めた口調で挨拶する。

「あら、クラウスおじさんでしたか。一日ぶりです。お元気でしたか?」
「あ、ああ、エリーシア、なんとか」
 応答した相手を認めるなり、冷たい視線を送ってきた旧友の娘に、クラウスは冷や汗を流しつつ声をかけた。しかし最初から非友好的な会話は、すぐに終わりを告げられそうになる。

「それは何よりです。王宮勤めは何かと気苦労が多いかと思いますが、どうか末永くご壮健で。それでは失礼します」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!! 切るな、切らないでくれ!!」
 血相を変えて鏡にかじりついたらしいクラウスの絶叫に、手を伸ばしてまさに通信を切断しようとしていたエリーシアは、盛大に顔を顰めた。

「はっきり言っておきますが、人でなし変態の巣窟の飼い犬のおじさんなんかに用は無いわ」
「だからもうちょっと冷静に話を」
「あらあら、泣く子も黙る王宮専属魔術師長殿も、彼女にかかると形無しですのね」
 そこでクラウスの背後から、クスクス笑う女性の声が聞こえて来た為、エリーシアは無意識に眉を寄せた。

「……傍に誰か居るんですか?」
「ああ、王妃様が是非君と話がしたいと仰って、魔導鏡を繋いだんだ。王妃様、こちらにどうぞ」
「ありがとう」
「あ、おじさん、ちょっと!!」 
 いきなり予想だにしていなかった人物の事を口にされ、流石にエリーシアは狼狽した。しかし鏡の向こうで、あっさりと相手が入れ替わる。

「あなたがエリーシア・グラード殿ですか? 私はミレーヌ・ジェラルディス・エルマインです。お目にかかれて嬉しいわ」
「初めてお目にかかります。エリーシア・グラードです。王妃様にはご機嫌麗しく」
 穏やかに微笑まれて仏頂面を見せるわけにもいかず、エリーシアは礼儀正しく頭を下げた。しかしそんな彼女に、予想外の冷静な声で言葉が返ってくる。

「申し訳ありませんが、あなたにお追従を言って貰うためにわざわざクラウスに頼んで魔導鏡を繋いで貰った訳では無いのです。単刀直入に尋ねます。王宮で、専属魔術師として働く気はありませんか?」
「……はい?」
 そこで完全に目が点になったエリーシアを見て、ミレーヌは如何にもおかしそうに笑った。

「あら、王妃自ら魔術師の勧誘をするのが、そんなに意外かしら?」
 それを聞いて、エリーシアが気力を振り絞って問いを発する。
「王妃様の勧誘がおかしいとかどうこう言う以前に、理由をご説明頂きたく思います」
「そうね。少し簡潔過ぎましたね。事はシェリル姫にも係わってくる事ですし」
「シェリルに、ですか?」
「ええ」
 義妹の事を持ち出されたエリーシアは、僅かに顔を顰めつつも大人しく話を聞く体勢になった。それを認めたミレーヌは、真顔で話し始める。

「あなたが同居している猫が、昨日めでたく我が国の長年行方知れずだった第一王女だったのが判明したでしょう? そのまま市井に放置と言うわけにはいかない事位、聡明なあなたには分かって頂けると思いますが」
「そう考えると、あまりおめでたくは無かったですね」
「そう言わずに。ですが、あの考えなしで自分本位の殿方達のせいで、昨日シェリル姫の心証は最悪になったでしょうし、随分怖い思いをさせてしまったのではないかしら?」
 心配そうにそんな事を尋ねてきたミレーヌに、エリーシアは忌々しげに昨日からの経過を報告した。

「実は……、あれから『あの人達怖い。猫のままでいい』と泣き叫んで落ち着かないので、術式でこれまでの猫の姿に戻しました。解放術式の完成形があれば、それを応用して本来の姿替えの術式は容易に解析できましたから」
「あら、そうなの? やはりエリーシア殿は、なかなかの実力をお持ちの様ね」
「恐れ入ります」
 ミレーヌは素直に感嘆の声を上げ、エリーシアが神妙な顔で頭を下げる。しかし鏡の周囲で男達の驚愕の声が響き渡った。

「なんですと!?」
「何をするんだ貴様!!」
「……外野が五月蠅いですね」
「面目ありません」
 思わず零した文句に、ミレーヌがしかめっ面をして周囲を見回し、騒いだ面々を黙らせた。そしてエリーシアに質問を続ける。

「それで、シェリル姫は今、どうしていますか?」
「猫の姿のまま、私のベッドの上で丸くなって毛布を被っています」
 本当はドアの前で室内の会話に耳を傾けているのを気配で察していたエリーシアだったが、どうしても嫌味の一つ位は言いたくなって嘘を吐いた。現につい先程まではその状態だったのだし、構わないだろうと思ったのだが、ここで王妃が沈痛な面持ちになって頭を下げて来た為、慌てて宥める。

「重ね重ね申し訳ありません」
「いえ、王妃様が頭を下げる事ではありませんので」
 エリーシアが内心(嫌味を言う相手を間違えたわ)と後悔していると、ミレーヌが再び真剣な顔で口を開いた。

「それで、シェリル姫のこれからの事について、あなたに提案というか、相談をしたいのです」
「と仰いますと?」
「これまでシェリル姫の教育は、どうされていました? 昨日のやり取りでは、普通に会話はできていたそうですが」
 その問いかけに、エリーシアは端的に説明した。

「シェリルが合月の夜に月光を浴びると、人の姿に戻ると分かってから、その時は私と父で読み書きを教えていました。何年かしてどうやったのか、父が猫の姿の時も人の言葉が喋れる術式を組み込んだ首輪を作ってからは、猫の時にも会話は出来るようになりましたから、簡単に一般常識や歴史等を口頭で教えていましたが」
 それを聞いたミレーヌが、小さく息を吐き出してしみじみと述べる。

「エリー殿やお父上には、本当にご苦労をおかけましたね。ですがやはりシェリ姫には、きちんとした教育を受ける機会を与えて差し上げるべきだと思うのです」
「それは私も同感です。シェリルはれっきとした人間ですし」
 きっぱりと言い切ったエリーシアに、ミレーヌは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「意見が合って嬉しいわ。それで私がシェリル姫に必要な教養を講義する、人材を手配しようかと思っています。それでその講義の時だけ、彼女に人の姿に戻って講義を受けて貰いたいのです。流石に教授陣に『猫に教えなさい』とは言いにくいので……」
「それはそうでしょうね。幾ら王妃様が仰ったとしても『ふざけないで下さい』と、怒って帰るのが関の山でしょう」
 続けて同意したエリーシアに、ミレーヌは苦笑しつつ話を続けた。

「なんと言ってもシェリル姫は、長い間猫として過ごしてきたのですから。いきなり人の姿に戻っても違和感を感じるこ事が多々あるでしょうし、人に対して怖い思いをしたなら今まで通り猫の姿のまま過ごしたいと考えるのは尤もです。まず一日1・2時間ずつ人の姿に戻って、接する人間も限定して、少しずつ環境に慣らしていくと言うのはどうでしょうか?」
「確かにそれなら、シェリルも必要以上に怖がる事は無いかと思います」
 その提案にエリーシアが(流石王妃様、妥当な判断だわ)と納得していると、ミレーヌは彼女の処遇についても言及してきた。

「それでシェリル姫を王宮で引き取りたいのだけど、今の状態で彼女に一人で来て頂くのは、どう考えても無理だと思うのです。それで先程言った様に、あなたを王宮お抱えの専属魔術師にして、彼女と一緒に王宮内に住居を手配しようと考えています。その為の立派な大義名分と前例もありますしね」
「どんな大義名分でしょうか?」
(私の様な庶民をいきなり王宮へって………、侍女としてならともかく、専属魔術師? まあ、シェリルの面倒を見られるなら、別に何でも良いけど)
 流石に当惑したエリーシアに向かって、ミレーヌは落ち着き払って勧誘話を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

猪娘の躍動人生~一年目は猪突猛進

篠原 皐月
大衆娯楽
 七年越しの念願が叶って、柏木産業企画推進部第二課に配属になった藤宮(とうのみや)美幸(よしゆき)。そこは一癖も二癖もある人間が揃っている中、周囲に負けじとスキルと度胸と運の良さを駆使して、重役の椅子を目指して日々邁進中。  当然恋愛などは煩わしさしか感じておらず、周囲の男には見向きもしていなかった彼女だが、段々気になる人ができて……。社内外の陰謀、謀略、妨害にもめげず、柏木産業内で次々と騒動を引き起こす、台風娘が色々な面で成長していく、サクセスストーリー&ドタバタオフィスラブコメディ(?)を目指します。  【夢見る頃を過ぎても】【半世紀の契約】のスピンオフ作品です。

処理中です...