猫、時々姫君

篠原 皐月

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第1章 黒猫の秘密

7.エリーシアの激昂

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「ふざけんな! その腐れ外道を今すぐここに連れて来い!! 生きたまま生皮剥いで、内臓引きずり出してやるっ!!」
「うわっ!! ちょっと待て、エリー! 落ち着け!!」
 叫ぶだけでは無く、無意識に魔力を放出させてしまったらしく、エリーシアの周囲から外側に向かって、勢い良く突風が沸き起こり、細かい火花が散った。それはエリーシアからの距離が大きくなるほど勢いを増し、テーブルの向かい側に居たランセルが、最大の被害を被る。

「ぐわぁっ!!」
「父上!?」
「陛下、ご無事ですか!?」
「エリー! 暴れちゃ駄目!」
 背後の窓に向かって椅子ごと後ろ向きに倒れ込んだ国王を見て、その場の男達は血相を変えて駆け寄ったが、エリーシアはそんな事には全く構わずに怒鳴り続けた。

「本当に、冗談じゃ無いわよっ!! 父さんがシェリルを拾って来た時、どれだけ弱ってたと思ってるの? 雨に打たれてずぶ濡れで、まともに声も出せない位弱ってたのよ!? 猫だって生まれたばかりで放置されたら、まともに生きられない位分からないわけ? 猫だったら見殺しにしても良心なんか痛まないわけだ。随分とご立派な人間様よねっ!!」
「…………」
 床に座り込んでエリーシアの怒りの波動をまともに受ける羽目になった男達は、流石にその内容に反論できずに黙り込んだ。その前でエリーシアがまくし立てる。

「飲み込む力も無かったから、山羊のお乳を薄めた物を少しずつ綿に含ませて飲ませてあげて、身体を冷やさない様に起きている時も寝ている時も、私が服の中で四六時中抱いて一週間過ごしたわ。それからやっと声が出せて、何とかヨロヨロ歩ける様になったのが一ヶ月後よ! よくもまあ、あのまま死ななかったものよね。今思い出してもぞっとするわ!! それに、十何年前に出された、あの《黒猫保護令》。あれでシェリルはえらい迷惑を被ってたのよ!」
「え? ど、どうしてだ?」
 そこで本気で当惑したレオンが口を挟むと、エリーシアは鬼神の如き表情でこれまでの状況について語った。

「黒猫を捕まえて王宮に持っていけばお金が貰えるからって、黒猫の姿のシェリルを街に連れて行くと、毎回小遣い稼ぎの連中に追いかけ回されて、捕まりそうになって酷かったのよ! 第一、城下街に小金目当てに劣悪な環境で猫を育てる、黒猫専門の繁殖業者すら居る事、まさか知らないわけじゃ無いでしょうね?」
「…………」
 益々目つきを鋭くしてその場に揃っている国の重鎮を睨み付けると、相手が何とも言えない顔で押し黙ったのを見て、エリーシアは完全に馬鹿にした口調で吐き捨てた。

「あっきれた。間抜け過ぎるにも程があるわよ!」
「し、しかしだな! 《黒猫保護令》を知っていたなら、お前がさっさと姉上を王宮に連れて来てくれたら、事は簡単に済んだんじゃ無いのか?」
 彼女の態度に流石に腹を立て、レオンは八つ当たり気味にそう指摘したが、それにエリーシアは万年雪もかくやといった冷え切った視線で応じた。

「どこまで馬鹿なの? これが世継ぎの王子なんて世も末ね。この国の未来は暗そうだわ」
「何だと? どうしてそこまで言われないといけないんだ!?」
 思わず怒鳴りつけたレオンだったが、今度は逆にエリーシアが、淡々とした口調で問いかける。

「それでは王太子殿下に質問です。王宮で《黒猫保護令》で集められた猫達は、術式で反応しない、つまりシェリルで無いと判明した後、どうなったでしょうか?」
「どうなった、って……、それは……」
 途端にレオンは口ごもり、エリーシアを宥めようと一緒に立ち上がり、彼女の横に立って真っ青な顔でその腕を掴んでいたシェリルは、ビクリと体を震わせた。義妹が反応するのは分かっていたエリーシアだったが、そこで話を終わらせるつもりはなく、シェリルの肩を軽く叩いて宥めながら核心に触れる。

「どう考えても年に何百匹も黒猫を集めて、王宮内で全て飼っている訳無いでしょう? 何かいかがわしい薬の材料にしてるか、構築中の新しい術式の実験か何かで利用してるかで、全部処分してると考えるのが普通よね。そんな所にシェリルを渡す訳無いでしょうが。まさかシェリルを探しているだなんて、夢にも思わなかったんだもの」
 エリーシアの主張に全く反論できなかった一同だったが、レオンが必死の形相で訴えた。

「そうは言っても! 世間に対して包み隠さず事情を説明するのが無理だったんだ!」
「言い訳は結構。それに現に、集めた猫達は全て殺して処分してきたのよね? 城内にお墓位作ってあるんでしょうね?」
「それは……」
 再び黙り込んだレオンを見てシェリルは瞳に涙を浮かべ、エリーシアはランセルに視線を移した。

「陛下、お尋ねしますが、シェリルの本当の名前は何でしょうか?」
「え? ひ、姫の名前?」
「はい、そうです。お聞かせ願いたく思います」
 怖い位真剣な顔つきで問いかけてきたエリーシアに、ランセルがしどろもどろになって応じる。

「あ、姫の名前は……、その……、王子としてはラウールと名付けたのだが……」
 それを聞いたタウロンとクラウスは無言で項垂れ、レオンは(信じられない)と驚愕した顔つきで、無言のまま父親の顔を凝視した。そして如何にも呆れ果てと言った風情で、エリーシアが話を終わらせる。

「それなら結構です。話は終わりましたので、帰らせて貰います」
「おい、ちょっと待て!」
「いや、まだ話は全く終わっては!」
 そんな風に男達が慌てて引き留めようとする中、シェリルがエリーシアに抱き付いて涙声で呟く。

「……エリー、ここ、嫌」
「うん、分かったから。シェリルはこんな最低野郎どもには渡さないわよ。安心なさい。……さて、と」
 そして向かい合っている男達を冷たく一瞥してから、エリーシアは右手を翻らせた。

「ル・シャル・フィーダ・ミュ・レンティ」
 そう唱えつつ右手を振り下ろすと同時に先程以上の突風が湧き起こり、男達は反射的に顔を覆った。その間にエリーシアの体が、抱え込んでいる義妹ごと膝の高さ位まで浮き上がる。

「ごきげんよう、陛下、殿下。もうお目にかかる事は無いと思いますので、ご壮健でお過ごし下さい」
「ちょっと待て!!」
「姫様!」
 慌てて顔を上げた男達の目の前で、素っ気なく挨拶してきたエリーシア達が、浮いたままかなりのスピードでベランダに出る大窓に激突した。しかし当然砕け散った窓枠やガラスは彼女達に微塵も降りかかる事は無く、平気で空中に飛び上がる。意外だったのは、室内にも散乱した破片が全て男達の体を傷つけることなく彼らの周囲に落ちた事で、流石にエリーシアが配慮して、さり気なく彼らの周囲にも防護壁を張った結果だと思われた。

「おい、エリー! 城の周囲には防御壁が有るんだ!! それにまともに衝突したら、とんでもない事になるぞ!!」
「それ位、分かってます!!」
 この王宮をあらゆる魔術攻撃から防御している術式の存在を思い出したクラウスは、慌ててベランダに走り出て空中のエリーシアに大声で注意を促したが、彼女はそれに負けない位の勢いで怒鳴り返してきた。どうなる事かと思い、いざとなったら彼女達を保護して回収をと、頭の中で素早く算段を立て始めたクラウスだったが、その頭上でどうやったのか瞬く間に三重の術式が解除され、無力化されたのが感知できた。
 上級貴族であれば誰でも多少の魔術の心得はある為、国王親子と宰相は呆気に取られてその光景を眺めていたが、王宮専属魔術師長であるクラウスは、その立場上考えられない失態に愕然とし、激しい無力感に襲われる。

「おいおい、勘弁してくれ……」
 そして思わずその場に蹲りたい気持ちに陥ったが、辛うじて片手で顔を覆って呻く事で、何とかその欲求に耐えた。
 
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