猫、時々姫君

篠原 皐月

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第1章 黒猫の秘密

5.いきなり重要人物

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「取り敢えずシェリル、服を着て頂戴」
「ええ。でも……、こんな上質そうな服、本当に着て良いのかしら?」
「そう言えば王女とかなんとか言ってたし、そうなるとこれ位何でもない事かもしれないけど……」
 折り畳まれた衣類を手に取り、広げていたシェリルが困惑したのも道理で、丁寧な装飾が施されたドレスから下着に至るまで、全てこれまでエリーシアが触れた事も無い様な、滑らかな肌触りと光沢のある代物だった。流石に幾分躊躇う素振りを見せたエリーシアだったが、素早く頭を切り替え、目の前にある問題に目を向ける事にする。

「考えるのは後! 取り敢えず移動して、話とやらを聞きましょう。でないと気になってしょうがないわ」
「そうね。急いで着るわ。外でクラウスさんを待たせているしね」
 そこで父の形見の首輪を放り出していた事を思い出したエリーシアが、それを拾いに行っている間に、シェリルは慌ただしく着慣れない衣類を身に着けた。
 そして着替えを終えた二人は、待っていたクラウスに先導されて廊下を歩き出したが、人払いでもされているのか、王宮の一角である筈なのに全く人の気配が感じ取れなかった。その異様さにエリーシアは密かに眉を顰めたが、シェリルも心細く感じたらしく、義姉の腕を軽く引いて囁く。

「……エリー?」
「大丈夫よ。私が付いているから落ち着いて」
「うん」
 素直に頷いたシェリルに笑いかけ、エリーシアは尚も進んだ。そして十分な距離を進み、幾度も角を曲がって階段を上り下りしたものの、とうとう誰ともすれ違わないまま、一つの大きな扉の前に辿り着く。

「失礼します。クラウスです。姫君とエリーシア殿をお連れしました」
「入りなさい」
 ノックの後、クラウスが室内に向かって呼びかけると、中から扉が開かれ、黒い髪に僅かに白髪が混ざった謹厳そうな年配の男性が姿を見せた。その人物が軽く頭を下げて道を譲った為、恐縮しながら女二人は入室し、促されるまま手前に並んでいた二つの椅子に腰かける。

 人払いはこの室内でも徹底しているのか、大き目のテーブルを挟んでエリーシア達の向かい側に座っている四十代に見える栗色の髪の人物と、入口から向かってテーブルの右側に座っている王太子と説明されたレオン、同じく左側に座った先程扉を開けてくれた人物と、彼に並んで座ったクラウスの他には、人影は皆無だった。そして新たに現れた人物達が何者だろうかとエリーシアとシェリルが疑問に思い始めていると、それを察したかの様に黒髪の人物が座ったまま、二人に顔を向けて自己紹介を始めた。

「初めてお目にかかります。私はこちらに座っておられるランセル・ムアード・エルマイン陛下の下でエルマース国の宰相を務めております、タウロン・ジェイコム・モンテラードと申します。以後、お見知りおき下さい」
 いきなりの国にとっての重要人物の登場、かつシェリルと同じ琥珀色の瞳を持つ真正面の人物の素性まで、サラッと説明されてしまった二人は、狼狽しまくって再び立ち上がり、慌てて頭を下げた。

「ご丁寧な挨拶、恐縮です。エリーシア・グラードと申します。こちらこそ宜しくお願いします」
「シェリル・グラードです。すみません、こちらから先にご挨拶するべきでしたよね?」
 恐る恐るシェリルがタウロンに向かってそんな謝罪をすると、相手はちょっと驚いた様な顔をしてから微笑んだ。

「いえ、家臣である私から姫の方にご挨拶するのは、礼儀に反してはおりませんよ? お気になさらず」
「は、はあ……、そうですか」
 もう理解力の限界を越えかけているシェリルが、半ば呆然と頷く中、その横でエリーシアは平静を装っていたが、内心は義妹のそれと大差無かった。

(何で、どうしてこんな大事に! いえ、確かに王女様に係わる事なら、大事なのかもしれないけど、てっきり役人とか女官さんから説明があるのだとばかり。色々心の準備ってものが!?)
 取り敢えず二人がもう一度椅子に座ると、その直後にテーブルの向こう側から穏やかな声がかけられ、その内容にエリーシアは瞬時に気持ちを引き締めた。

「エリーシア・グラード殿。長年、そなたの父上と共に、私の娘を保護して貰って感謝している。この通りだ」
 そう言って神妙な顔付きで頭を下げてきた国王に、エリーシアは同様に礼儀正しく一礼してから、目下の最大の疑問を口にした。

「恐縮です、陛下。……ですが、お礼の言葉云々はさておき、まずどういった事情でシェリルが王宮の外に出る事になったのか、そこら辺の詳細をご説明願えませんでしょうか? 正直、いきなり『その娘は私の娘だ』と言われましても、とても信じがたいのですが」
 礼儀に反しない程度にそう訴えたエリーシアに、ランセルは気を悪くしたりはせず、寧ろ力強く頷いてみせる。

「それは尤もな話だ。これは私の恥ずべき失態でもあるので、今まで外部に漏れない様にひた隠しにしていたのだが、そなたと姫には包み隠さず話す事にしよう」
「拝聴します」
「あれは十七年前、姫が生まれた直後の話だ……」
 そうして真剣な面持ちで頷き、居住まいを正したエリーシアと、これからどんな事を話されるのかと不安で一杯の顔をしたシェリルに向かって、ランセルが二人にとっては予想外、且つとんでもない内容を語り出した。
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