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第4章 何事も程々に
6.シェリルの奮闘
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イーダリスとルセリアの結婚式が悲惨な結末を迎え、色々な筋から王都中に、ルーバンス公爵家の悪評が広まってから約一か月後。漸く噂が収束したこの時期に、王宮でエルマース国第二王女ミリアの誕生記念の夜会が催される事になった。
「シェリル様、宜しくお願い致します」
「ええ、打ち合わせ通り頑張るわ。今日はジェリドが居ないけど、あんなに色々なパターンを想定して、練習してきたんだもの!」
「……ええ、本当に色々頑張って頂きまして、恐縮です」
王族の控室で、拳を握りつつ力強く請け負ったシェリルを見て、ソフィアは思わず遠い目をしてしまった。
ソフィアの計画は、イーダリスの結婚式と自分の縁談をぶち壊して終わりでは無く、この夜会が最後の仕上げになっているのだが、その計画を聞いたエリーシアとリリスが、この一ヶ月の間ノリノリで、シェリルの演技指導をしてくれた故であった。
「シェリル様! まだまだお顔が優し過ぎます! ここは毅然と、もう侮蔑する様な眼差しを向けなければ駄目ですよっ!!」
「そ、そう? リリス。こんな感じ?」
「それから、驚いた顔がわざとらしいわ。幽霊でも見たかの様な顔よ! 実際に怖い物を見せてあげるわ。当日はそれを思い出しながら、声と表情を作って」
「いっ、いやあぁぁぁぁっ!! エリー! 変な幻覚を見せないで! 眠れなくなるからっ!!」
部屋にシェリルを尋ねて来て、うっかりその情景を目の当たりにしていたミリアとレオンは、真面目に指導を受けているシェリルに生温かい眼差しを送り、一通りの事情を聞いているミレーヌやカレンは苦笑いをしていた。
そうこうしているうちに、侍従がやって来て開催時間が迫っている事を告げてきた為、最後に大広間に入場する国王夫妻と今夜の主役のミリアを残して、他の者は王広間へと移動する。
「じゃあシェリル、行こうか」
「ええ」
レオンがシェリルを促して大広間へと移動するのを、ソフィアは他の侍女や侍従達と同様に頭を下げて見送り、今夜の成功を心の底から願った。
夜会は当初順調に進行し、国王と主役であるミリアの挨拶の後、数曲のダンスタイムを経て歓談の場になった。
招待客の貴族達は各自移動し、腹の探り合いをする者、旧交を温める者などそれぞれが有意義に時間を使っていたのだが、夜会も中盤に差し掛かった所で、会場の大広間の一角で、突如ルーバンス公爵ロナルドが怒声を発した。
「どうして貴様がここにいる!?」
それによって一気に和やかな雰囲気が霧散した為、周囲の者達が声のした方に一斉に非難がましい視線を向けると、ロナルドに相対する形で佇む女性が、いきなり怒鳴りつけられた事で怯えた様に相手に問い返すのが目に入った。
「あ、あの……、何の事でしょう? 私が何か失礼な事をいたしましたか?」
「ルーバンス公爵、私の妻に何かご用でも?」
その若い女性の傍らに立っていたイーダリスは、顔見知りの夫婦との会話を瞬時に中断し、気分を害した様に声の主を睨み付けた。するとロナルドは驚愕し、怒気も露わにその女性に詰め寄る。
「妻だと!? おい、ルセリア! これは一体どういう事だ!?」
「申し訳ありませんが、何の事を仰っておられるか全く分かりません」
怯えながらも弁解した妻を庇うべく、ここで二人の間に割って入ったイーダリスは、格上の公爵に対して怯む事無く言ってのけた。
「妻の名はルーナと申します。多少見た目が似ていると言って、あの無礼極まりない、しかもお亡くなりになっているそちらのご令嬢と混同しないで頂きたい!」
「何だと!? どこが多少だ! どこをどう見ても本人だろうが! お前のせいで、我が家がどれだけ迷惑を被ったと思っている!」
国王主催の夜会で、場も弁えずに二人が声高に言い争いを始めてしまった為、何事かと周囲に人垣ができつつあったが、その中から一際甲高い悲鳴が上がった。
「きゃあぁぁっ!!」
その場に居合わせた者達が驚いて振り返ると、何故か第一王女のシェリルが真っ青な顔で扇を取り落としたのが目に入った。殆どの者がどうしてシェリルがそれほど動揺しているのか分からないでいると、彼女が自問自答する様に呟く。
「どうしてルセリア嬢がここに? レノーラ神殿でお亡くなりになったのでは無かったの?」
それを耳にして、周囲の者達は先月ルーバンス公爵令嬢が引き起こした事件を思い出した。そしてどういう事かと興味津々の視線が集まる中、問題の女性が無言でシェリルに歩み寄り、扇を拾って恭しく彼女に向かって差し出す。
「どうぞ、王女殿下」
まだ動揺しながらも扇を受け取ったシェリルは、その女性に名を尋ねた。
「あ、ありがとう。あの……、あなたのお名前は?」
「ルーナ・ライル・ステイドと申します。シェリル王女殿下には、初めてお目にかかります。私は出自が貴族ではございませんので、不作法な所がありましたら何卒ご容赦下さい」
そう言って恭しくお辞儀をしてみせたルーナを見て、シェリルは意外そうに目を見開く。
「ルーナさん……、ええと、そうするとステイド子爵家の?」
ここで一歩前に出たイーダリスが、シェリルに頭を下げて挨拶した。
「お久しぶりでございます、シェリル殿下。この度は領地で結婚した妻を伴って、王都に帰還致しました。その節は色々とご無礼を致しまして、誠に申し訳ございません」
神妙に謝罪の言葉を口にしたイーダリスを、シェリルは真顔で宥める。
「あの結婚式の事を言っているのなら、あなたには全く非はありません。悪いのは全面的に、ルーバンス公爵令嬢ですから気にしないで下さい。それよりもあなたが近衛軍勤務を暫く休んで、領地に引きこもったとジェリドから聞いて、心配していたのよ?」
気遣わしげにシェリルが声をかけると、傍らのロナルドには周囲から冷ややかな視線が、イーダリスには哀れむ視線が集まった。そんな微妙な空気の中、イーダリスが微笑を浮かべながら穏やかに告げる。
「殿下にまでその様にご心配頂いていたとは……、恐縮ですし面目次第もございません。ですがそのおかげで、妻に巡り会う事ができました」
「それがこちらの方なのね。あの……、でも、宜しかったの? 失礼な事を言う様だけど、あなたとあなたのお家を散々貶した上、あんな暴挙に出た方と奥様が、その……、かなり似ていらっしゃる様な……」
王女である自分にも、花婿であったイーダリスにも暴言を放った女性と、妻に迎えた女性が瓜二つだとはっきり言って良いものかどうか悩む風情で、シェリルが言葉を濁しつつ尋ねたが、イーダリスはそれを一笑に付した。
「あの女性と酷似しているからこそ、余計に妻を愛しく思っております」
「まあ……」
素直に驚きを顔に表したシェリルに、イーダリスは改まった口調で言い出した。
「あの出来事で、確かに精神的にダメージを受けた私は、全てから逃れる様に領地に引きこもり、そこでルーナに出会った時は腹が立ちました。どうして忌々しい女と同じ顔の人間が、自分の目の前に現れるのかと」
「そうでしょうね」
シェリルが深く頷き、周りの者達も心の中で同意する中、イーダリスの話は続いた。
「ですがルーナは確かに例の女性と外見は似ておりますが、心根は似ても似つかない程温厚で慎み深く、愛情溢れる女性です。傷付いた私の心はルーナによって完全に癒されました。それを実感した私は彼女に求婚すると同時に家族にも紹介して、全員から『あの高慢な女とは雲泥の差のできた嫁だ』と、快く祝福して貰った次第です」
「まあ、そうでしたの……」
そこで深く頷いたシェリルは、ルーナに向き直って軽く頭を下げた。
「ルーナさん、先程は申し訳ありませんでした。見た目が多少似ている位で動揺して、声を上げてしまって。確かに良く見ればあの方の様に目つきが険しく無いし、声も甲高くはなくて明らかに別人ですのに」
それを受けて、ルーナは微笑みながら返した。
「私はその方に直接お目にかかった事はありませんので、どの程度似ていらっしゃるのかは分かりませんが、既にお亡くなりになった方と伺っております。あまり悪く仰らないで下さい」
「え? どうしてかしら?」
「私が公の席に顔を出す度に、故人が悪し様に言われるのは、残されたご家族に申し訳無く思いますので……」
そう伏し目がちにルーナが述べると、シェリルは感じ入った様に頷き返した。
「ルーナさんはとても優しい方なのね。確かにそうだわ。故人を悪し様に語るのは、如何にも品の無い事。もうこの話題はおしまいにしましょう。皆様も宜しいですね?」
シェリルがぐるりと周囲を見回しながら声をかけ、最後にロナルドを軽蔑の眼差しで睨み付けつつ(この話をこれ以上蒸し返すなら、それ相応の報いを受けて貰います)と無言で圧力をかけると、それを察したのかロナルドは忌々しげに黙り込み、彼を除く全員が無言の頷きで応じる。それを見たシェリルは、安堵した様にルーナに微笑みかけた。
「イーダリス殿に素敵な奥様ができて、本当に良かったわ。心よりお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
そんな和やかな空気の中一気に緊張が解れた周囲では、ロナルドとルーナを交互に見ながら囁き合った。
「何だ、驚いたぞ。本当に、あのルーバンス公爵の娘に生き写しだったからな」
「しかし王女殿下も言っておられた様に、話し方とか声も違うしな」
「言われてみれば、雰囲気も随分違いますしね」
式に列席したルーバンス公爵家とは比較的近しい面々が頷いて納得すれば、噂だけを聞いていた者達も頷き合う。
「なんだ。結局他人の空似だったんだな」
「そもそもルーバンス公爵家では、即日葬儀を出して、埋葬も済ませたと言う話でしょう?」
「そうそう。死人が生き返る筈も無いさ」
「王宮の管理官が遺体を調べようとしたら、それを理由に突っぱねたそうよ」
「それなのにあんな大声を上げるなんて、本当にルーバンス公爵は場を弁えない方ね」
それらの声を耳にしたロナルドは憤然としてその場を立ち去り、ステイド子爵令息夫人と、自殺したルーバンス公爵令嬢は良く似た赤の他人という認識が、貴族間の公然の事実となった。
「シェリル様、宜しくお願い致します」
「ええ、打ち合わせ通り頑張るわ。今日はジェリドが居ないけど、あんなに色々なパターンを想定して、練習してきたんだもの!」
「……ええ、本当に色々頑張って頂きまして、恐縮です」
王族の控室で、拳を握りつつ力強く請け負ったシェリルを見て、ソフィアは思わず遠い目をしてしまった。
ソフィアの計画は、イーダリスの結婚式と自分の縁談をぶち壊して終わりでは無く、この夜会が最後の仕上げになっているのだが、その計画を聞いたエリーシアとリリスが、この一ヶ月の間ノリノリで、シェリルの演技指導をしてくれた故であった。
「シェリル様! まだまだお顔が優し過ぎます! ここは毅然と、もう侮蔑する様な眼差しを向けなければ駄目ですよっ!!」
「そ、そう? リリス。こんな感じ?」
「それから、驚いた顔がわざとらしいわ。幽霊でも見たかの様な顔よ! 実際に怖い物を見せてあげるわ。当日はそれを思い出しながら、声と表情を作って」
「いっ、いやあぁぁぁぁっ!! エリー! 変な幻覚を見せないで! 眠れなくなるからっ!!」
部屋にシェリルを尋ねて来て、うっかりその情景を目の当たりにしていたミリアとレオンは、真面目に指導を受けているシェリルに生温かい眼差しを送り、一通りの事情を聞いているミレーヌやカレンは苦笑いをしていた。
そうこうしているうちに、侍従がやって来て開催時間が迫っている事を告げてきた為、最後に大広間に入場する国王夫妻と今夜の主役のミリアを残して、他の者は王広間へと移動する。
「じゃあシェリル、行こうか」
「ええ」
レオンがシェリルを促して大広間へと移動するのを、ソフィアは他の侍女や侍従達と同様に頭を下げて見送り、今夜の成功を心の底から願った。
夜会は当初順調に進行し、国王と主役であるミリアの挨拶の後、数曲のダンスタイムを経て歓談の場になった。
招待客の貴族達は各自移動し、腹の探り合いをする者、旧交を温める者などそれぞれが有意義に時間を使っていたのだが、夜会も中盤に差し掛かった所で、会場の大広間の一角で、突如ルーバンス公爵ロナルドが怒声を発した。
「どうして貴様がここにいる!?」
それによって一気に和やかな雰囲気が霧散した為、周囲の者達が声のした方に一斉に非難がましい視線を向けると、ロナルドに相対する形で佇む女性が、いきなり怒鳴りつけられた事で怯えた様に相手に問い返すのが目に入った。
「あ、あの……、何の事でしょう? 私が何か失礼な事をいたしましたか?」
「ルーバンス公爵、私の妻に何かご用でも?」
その若い女性の傍らに立っていたイーダリスは、顔見知りの夫婦との会話を瞬時に中断し、気分を害した様に声の主を睨み付けた。するとロナルドは驚愕し、怒気も露わにその女性に詰め寄る。
「妻だと!? おい、ルセリア! これは一体どういう事だ!?」
「申し訳ありませんが、何の事を仰っておられるか全く分かりません」
怯えながらも弁解した妻を庇うべく、ここで二人の間に割って入ったイーダリスは、格上の公爵に対して怯む事無く言ってのけた。
「妻の名はルーナと申します。多少見た目が似ていると言って、あの無礼極まりない、しかもお亡くなりになっているそちらのご令嬢と混同しないで頂きたい!」
「何だと!? どこが多少だ! どこをどう見ても本人だろうが! お前のせいで、我が家がどれだけ迷惑を被ったと思っている!」
国王主催の夜会で、場も弁えずに二人が声高に言い争いを始めてしまった為、何事かと周囲に人垣ができつつあったが、その中から一際甲高い悲鳴が上がった。
「きゃあぁぁっ!!」
その場に居合わせた者達が驚いて振り返ると、何故か第一王女のシェリルが真っ青な顔で扇を取り落としたのが目に入った。殆どの者がどうしてシェリルがそれほど動揺しているのか分からないでいると、彼女が自問自答する様に呟く。
「どうしてルセリア嬢がここに? レノーラ神殿でお亡くなりになったのでは無かったの?」
それを耳にして、周囲の者達は先月ルーバンス公爵令嬢が引き起こした事件を思い出した。そしてどういう事かと興味津々の視線が集まる中、問題の女性が無言でシェリルに歩み寄り、扇を拾って恭しく彼女に向かって差し出す。
「どうぞ、王女殿下」
まだ動揺しながらも扇を受け取ったシェリルは、その女性に名を尋ねた。
「あ、ありがとう。あの……、あなたのお名前は?」
「ルーナ・ライル・ステイドと申します。シェリル王女殿下には、初めてお目にかかります。私は出自が貴族ではございませんので、不作法な所がありましたら何卒ご容赦下さい」
そう言って恭しくお辞儀をしてみせたルーナを見て、シェリルは意外そうに目を見開く。
「ルーナさん……、ええと、そうするとステイド子爵家の?」
ここで一歩前に出たイーダリスが、シェリルに頭を下げて挨拶した。
「お久しぶりでございます、シェリル殿下。この度は領地で結婚した妻を伴って、王都に帰還致しました。その節は色々とご無礼を致しまして、誠に申し訳ございません」
神妙に謝罪の言葉を口にしたイーダリスを、シェリルは真顔で宥める。
「あの結婚式の事を言っているのなら、あなたには全く非はありません。悪いのは全面的に、ルーバンス公爵令嬢ですから気にしないで下さい。それよりもあなたが近衛軍勤務を暫く休んで、領地に引きこもったとジェリドから聞いて、心配していたのよ?」
気遣わしげにシェリルが声をかけると、傍らのロナルドには周囲から冷ややかな視線が、イーダリスには哀れむ視線が集まった。そんな微妙な空気の中、イーダリスが微笑を浮かべながら穏やかに告げる。
「殿下にまでその様にご心配頂いていたとは……、恐縮ですし面目次第もございません。ですがそのおかげで、妻に巡り会う事ができました」
「それがこちらの方なのね。あの……、でも、宜しかったの? 失礼な事を言う様だけど、あなたとあなたのお家を散々貶した上、あんな暴挙に出た方と奥様が、その……、かなり似ていらっしゃる様な……」
王女である自分にも、花婿であったイーダリスにも暴言を放った女性と、妻に迎えた女性が瓜二つだとはっきり言って良いものかどうか悩む風情で、シェリルが言葉を濁しつつ尋ねたが、イーダリスはそれを一笑に付した。
「あの女性と酷似しているからこそ、余計に妻を愛しく思っております」
「まあ……」
素直に驚きを顔に表したシェリルに、イーダリスは改まった口調で言い出した。
「あの出来事で、確かに精神的にダメージを受けた私は、全てから逃れる様に領地に引きこもり、そこでルーナに出会った時は腹が立ちました。どうして忌々しい女と同じ顔の人間が、自分の目の前に現れるのかと」
「そうでしょうね」
シェリルが深く頷き、周りの者達も心の中で同意する中、イーダリスの話は続いた。
「ですがルーナは確かに例の女性と外見は似ておりますが、心根は似ても似つかない程温厚で慎み深く、愛情溢れる女性です。傷付いた私の心はルーナによって完全に癒されました。それを実感した私は彼女に求婚すると同時に家族にも紹介して、全員から『あの高慢な女とは雲泥の差のできた嫁だ』と、快く祝福して貰った次第です」
「まあ、そうでしたの……」
そこで深く頷いたシェリルは、ルーナに向き直って軽く頭を下げた。
「ルーナさん、先程は申し訳ありませんでした。見た目が多少似ている位で動揺して、声を上げてしまって。確かに良く見ればあの方の様に目つきが険しく無いし、声も甲高くはなくて明らかに別人ですのに」
それを受けて、ルーナは微笑みながら返した。
「私はその方に直接お目にかかった事はありませんので、どの程度似ていらっしゃるのかは分かりませんが、既にお亡くなりになった方と伺っております。あまり悪く仰らないで下さい」
「え? どうしてかしら?」
「私が公の席に顔を出す度に、故人が悪し様に言われるのは、残されたご家族に申し訳無く思いますので……」
そう伏し目がちにルーナが述べると、シェリルは感じ入った様に頷き返した。
「ルーナさんはとても優しい方なのね。確かにそうだわ。故人を悪し様に語るのは、如何にも品の無い事。もうこの話題はおしまいにしましょう。皆様も宜しいですね?」
シェリルがぐるりと周囲を見回しながら声をかけ、最後にロナルドを軽蔑の眼差しで睨み付けつつ(この話をこれ以上蒸し返すなら、それ相応の報いを受けて貰います)と無言で圧力をかけると、それを察したのかロナルドは忌々しげに黙り込み、彼を除く全員が無言の頷きで応じる。それを見たシェリルは、安堵した様にルーナに微笑みかけた。
「イーダリス殿に素敵な奥様ができて、本当に良かったわ。心よりお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
そんな和やかな空気の中一気に緊張が解れた周囲では、ロナルドとルーナを交互に見ながら囁き合った。
「何だ、驚いたぞ。本当に、あのルーバンス公爵の娘に生き写しだったからな」
「しかし王女殿下も言っておられた様に、話し方とか声も違うしな」
「言われてみれば、雰囲気も随分違いますしね」
式に列席したルーバンス公爵家とは比較的近しい面々が頷いて納得すれば、噂だけを聞いていた者達も頷き合う。
「なんだ。結局他人の空似だったんだな」
「そもそもルーバンス公爵家では、即日葬儀を出して、埋葬も済ませたと言う話でしょう?」
「そうそう。死人が生き返る筈も無いさ」
「王宮の管理官が遺体を調べようとしたら、それを理由に突っぱねたそうよ」
「それなのにあんな大声を上げるなんて、本当にルーバンス公爵は場を弁えない方ね」
それらの声を耳にしたロナルドは憤然としてその場を立ち去り、ステイド子爵令息夫人と、自殺したルーバンス公爵令嬢は良く似た赤の他人という認識が、貴族間の公然の事実となった。
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