有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

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第4章 何事も程々に

4.高い理想

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「サイラス、これはスパイスが効いてて美味しいわよ?」
「そうなのか? じゃあそれ、取って貰って良いか?」
「良いわよ」
 そして二人分が盛られた皿から、料理を小皿に取り分けたソフィアがそれをサイラスに手渡しながら、世間話の様に言い出す。

「ねえ、サイラス」
「何だ?」
「自分の事、趣味が悪い人間だと思わない?」
「は? 何で?」
 食べる合間に問い返したサイラスだったが、ここでソフィアが事も無げに言った台詞に、食べていた肉の塊を見事に喉に詰まらせた。

「だって私の事、好きでしょう?」
「ぶっ、ぐっはっ!! げはっ! ごふぁっ!!」
「ちょっと、サイラス! 何いきなりむせてるのよ! 大丈夫!?」
 フォークを取り落とし、喉を押さえながら苦悶の表情になったサイラスを見て、流石にソフィアは慌てた。その騒ぎに、近くを通っていたオリガが目を丸くしながら、素早く水を入れたグラスを彼の前に差し出す。

「お客さん、大丈夫かい? ほら、お水飲んで落ち着いて!」
 すかさずそれを受け取って、何とか喉に詰まっていた物を飲み下したサイラスは、額に僅かに汗を浮かべながらオリガにグラスを返した。

「……どうも。お騒がせしました」
「本当に大丈夫かい? 無理するんじゃないよ?」
 心配そうに言ってオリガがその場を離れてから、ソフィアはやや不満そうにサイラスに告げた。

「何もそこまで動揺しなくても良いんじゃない?」
 しかしそれに、サイラスがぐったりしながら言い返す。

「食べてる最中に図星を指されて、動揺しない奴がいたらお目にかかりたいぞ……」
「まだまだ修行が足らないわね」
「俺は魔術師なんだ。妙な修行はやらないからな」
「それで? 思いっきりさっき尋ねた事を肯定しちゃったみたいなんだけど、そこのところは自覚している?」
 真顔でそんな事を言われたサイラスは、穴を掘って埋まりたくなった。

「……たった今、自覚した」
「それは良かったわ」
 苦笑いしたソフィアに、サイラスは黙り込む。

(俺的には良くないが。いや、話の流れ的には悪くは無いが、ここからどうやって俺が話の主導権を握る流れに持っていくべきなのか……)
 そんな風に悶々としているサイラスには構わず、ソフィアは再び口を開いた。

「私の尊敬する最上の主君って、アルテス様なんだけど……」
 そう言ってから、頬杖をついて面白く無さそうに黙り込んだ彼女に、サイラスは何故そんな分かり切った事を改めてここで言うのかと訝しく思いながら、話の続きを促した。

「ソフィアが、ファルス公爵の忠臣なのは分かっているさ。それが?」
「それで、頭領がファルス公爵家の裏部隊、デルスの取り纏め役なのは知っているわよね?」
「勿論、知っているが?」
 微妙に話が逸れた様に感じて眉根を寄せたサイラスだったが、ここでソフィアが爆弾を投下した。

「私の理想の男性って、実は頭領なのよ」
「ああ、そう……、はぁああ!?」
 相槌を打ちながらグラスを取り上げたサイラスは、それを乱暴にテーブルに戻しながら素っ頓狂な声を上げた。それは店中の客の視線を集めた上、ソフィアから軽く睨まれる羽目になった。

「……失礼ね。そこまで驚かなくても良いじゃない」
「いや、でも、何歳年上だ!?」
 かなり動揺しながらサイラスが尋ねると、ソフィアはちょっと考えてから告げる。

「ええっと……、十七歳違い、かな? 本当に公爵様や頭領と出会った頃は、私って思い込みが激しくて、身の程知らずの怖い者知らずの小娘だったわよね。どうしてもデルスに入りたくて、公爵家の中の仕事を手当たり次第やらせて貰った上で、どれもこれもわざと惨憺たる結果になる様にして。結構大変だったわ」
 しみじみとそう語った彼女に、(そう言えばイーダリスがそんな事を言っていたな)と思い返したサイラスは、半ば呆然としながら問いを重ねた。

「どうしてデルスに入る前に、色々な仕事をしたんだ?」
 それに対するソフィアの答えは、実に簡潔明瞭だった。

「年端のいかない小娘を、最初からデルスに放り込む様な非人道的な事を、アルテス様が許すわけないでしょうが」
「……それはそうか」
「とことんやってどれも駄目って言われて、どっぷり落ち込んだ演技をして、アルテス様とフレイア様に『可哀想だから、一応気が済む様に訓練させてみたら』と言って頂いたのよ。作戦勝ちね」
(何だよ、その計算高さは!? それに大人が揃いも揃って騙されるな!)
 ちょっと得意気に言われて、サイラスは心の中で当時彼女の周りに居た人間達を罵倒した。しかしそこでソフィアは、急にしんみりとした口調になって話を続ける。

「だけどね……。私が少しでも頭領のお役に立とうと思って、訓練の傍ら仕事に勤しんでいる間に、頭領は九つ年上の訳あり子持ち未亡人とさっさと結婚しちゃってさぁ。本当に早業だったわね。仕事以外で、変な手腕を発揮しなくても良いのに……。それで一時期、やさぐれたわ」
「やさぐれたって……」
 愚痴っぽく零された内容に、思わず絶句したサイラスだったが、ソフィアは律儀にその内容を語った。

「道行くバカップルを見る度にイラッとして、細刃のナイフを投げて靴のつま先を地面に縫い付けて転ばせたり、投石弓を使ってカチカチの泥団子をぶつけたり、真っ赤な染料を木の上からぶちまけたりして。それが頭領にばれて『何を考えている! 無関係の人間に無差別に嫌がらせをさせる為に、色々仕込んだわけじゃないぞ!』とこっぴどく怒られた上、公爵ご夫妻には『反抗期か? それともデルスの仕事に係わらせたのが拙かったか』ともの凄く心配されて、危うくデルスから抜けさせられそうになったわ」
 それを聞いたサイラスは、思わず両手で頭を抱えた。そして項垂れながら聞いてみる。

「因みに、それっていつ頃の話なんだ?」
「十五の時よ。それからは両親とかアルテス様達が持ってくる縁談を蹴散らしつつ、仕事に邁進して来たわ。ええ、裏も表も、一切手抜き無しでね」
「……うん、それは良く分かった」
 真顔で自分の仕事に対する姿勢を語ったソフィアに、サイラスは疲れた表情で頷き、盛大な溜め息を吐いた。するとソフィアが真面目な顔のまま問い掛けてくる。

「今までの自分の事をかなり包み隠さず語った上で、一つ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「サイラス。あなた、頭領を越えられる? それなら考えてあげても良いわ」
 それを聞いたサイラスは、「何を?」などと問い返す間抜けな真似はせず、勢い良くテーブルに突っ伏して呻いた。
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