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第3章 起死回生一発逆転
17.見た目詐欺
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翌朝、ゆっくり起き出したソフィアは、食堂の前で朝食を済ませたらしいイーダリスと出くわした。
「おはよう。……サイラスはもう起きてる?」
「とっくに起きて食事も済ませて、王宮に向かったよ。仕事が溜まっているだろうから、なるべく早く職場に出むくからって」
「そう……。私も昼前には、屋敷を出るわね」
弟が笑顔で告げてきた内容を聞いて、サイラスと顔を合わせる心配が無い事が分かって少し安堵しながら、ソフィアは食堂のドアを開けた。すると大きな長テーブルには、旅装のジーレスだけが着いて、食後のお茶を飲んでいるところに出くわす。
「おはようございます、頭領。その服装……、頭領も今日、出られるんですか?」
「ああ、おはよう。公爵家の領地での仕事があるから、さすがにそろそろ戻らないとな」
そう言って、カチャリと小さく音を立てながらカップをソーサーに戻したジーレスに、ソフィアは立ったまま深々と頭を下げた。
「そうですか。今回は本当にお世話になりました」
「アルテス様達からも頼まれた事だから、気にしなくて良い。だが、ソフィア。今月の俸給の三分の一はきちんと渡せよ?」
「心得ました」
真面目腐って応じたソフィアにジーレスは笑い、手振りで席に着くように勧めた。そしてソフィアの前にベンサムが給仕して朝食が並べられると、ジーレスがさり気なく話題を出す。
「サイラスは、既に王宮に戻ったのか?」
「そうみたいですね。イーダの話では、朝一番で出て行ったみたいです。王宮専属魔術師って、なかなか過酷な勤務シフトなのかしら?」
「それはやはり……、いきなり二週間超の連続休暇を取ったりしたら、反動はそれなりだろうな……」
「頭領、何か言いました?」
思わず同情する顔付きになって呟いたジーレスだったが、それがはっきり聞き取れなかったソフィアは、怪訝な顔で尋ね返した。しかしここでジーレスは彼女の疑問には答えず、いきなり話題を変えてくる。
「ソフィア。お前、実はちゃんと分かってたんだろう? サイラスの奴が、シェリル殿下からの要請を受けて動いていたわけじゃ無い事を」
その指摘に、スープを飲んでいたソフィアは手の動きを止めてから、ゆっくりとジーレスに視線を移した。
「……だったら、何だって言うんですか?」
「いや、やはり私は、お前の情操教育に失敗したと思ってな」
如何にも残念そうにジーレスが述べた為、ソフィアは小さく舌打ちして言い返す。
「頭領が失敗するなんて、有り得ませんから」
「私だって失敗の一つや二つはするさ。だがこの場合、お前が少しばかり素直になってくれたら、私の失敗は一つ減りそうなんだが?」
飄々とそんな事を言ってきたジーレスを、ソフィアはスープに浸したパンを口の中に放り込み、長い間噛みしめてから飲み下した。そして低めの声で、面白く無さそうに言い出す。
「…………頭領」
「うん? どうしたソフィア」
「私、あいつより五つも年上で、裏事情ありまくりで、借金てんこ盛りの面倒くさい女なんですけど。それを分かってて、こんなのに本気で言い寄る男って、頭がおかしいと思いません?」
真顔でソフィアが主張すると、何故かジーレスは右手で頬杖を付き、左手の指でトントンとテーブルを叩きながら、冷え切った声で応じた。
「……ほう? そうなると、自分より九つ年上の、訳あり子持ち未亡人と結婚するような男は、相当頭がいかれた男だと言う事だな。お前の基準からすると」
そう言われたソフィアは目の前の人物が、いつの間にか《デルス》の頭領の顔になっているのを認識し、瞬時に自分の失言を悟った。
「いいいいいえ、滅相もございません! ラミアさんは運悪く、不幸なご事情が複雑に絡まり合っただけでして! ご子息方も大変お可愛らしくて聡明で、『流石に頭領は腕が立つ以上に人を見る目がある』と、デルスの皆も感心しきりですから!!」
必死になって首と両手を振って弁解しようとしたソフィアに、ジーレスが容赦なく話を続ける。
「そういえば……、皆に集まって貰ってラミアとの結婚を報告した時、その場でお前が唯一人すっくと立ち上がって、『頭領! 何でそんな性悪女に誑かされてるんですか!! もう情けなくて涙も出ませんよ!』って激高して、周りからドン引きされていたな……。今では良い思い出だ」
しみじみとした口調でジーレスがそう告げた途端、ソフィアは米つきバッタの如く何度も頭を下げた。
「すみません、本当にすみません! 若気の至りです。十五の小娘の戯れ言です。本当に勘弁して下さい」
「だから、まあ……、そんなに気にする事も無いんじゃないか?」
そこで急に表情を緩めて、穏やかに言い聞かせてきたジーレスに、まだソフィアが躊躇う様に告げる。
「だって頭領……。それに加えて、うちってまだまだ借金が残ってますよ?」
「その事なんだがな……」
「何ですか?」
何やら考え込んでいるジーレスに、何事かと思ったソフィアだったが、彼は冷静に指摘してきた。
「ネリアが嫁いだケネルは跡取り息子だし、自分の生活や領地経営もしなくてはいけないから、妻の実家の借金肩代わりなんて無理だろう」
「勿論ですよ。結婚する時にも、ネリアの嫁ぎ先には一切迷惑をかけないって家、族全員で意思統一しましたもの」
ソフィアが当然の如く頷くと、ジーレスは真顔で話を続けた。
「因みにサイラスはかなり腕の立つ魔術師で、王宮専属魔術師としてかなりの高給取りだ。加えて身一つでエルマース国に来たから、面倒を見なければならない家族や、保持し続けなければならない資産、領地の類も無い」
「だから、何ですか?」
「搾り取ろうと思えば、とことん搾り取れるぞ? ステイド子爵家の借金完済の日は近いな」
含み笑いで冷酷に言われたソフィアだったが、真正面からジーレスを見ていた彼女は、小さく肩を竦めただけだった。
「頭領……」
「何だ?」
「台詞と口調だけ聞くと、すっごい極悪人です。その表情でそんな声が出せるなんて、どこからどう見ても詐欺です」
どこからどう見ても面白がっている様にしか見えない笑顔のジーレスは、更に笑みを深くしながら応じた。
「それはそうだろう。私は『デルス』の束ね役なんだから」
「人の事を構い過ぎるから、そんな面倒な役目を周りから押しつけられたんですよ」
「確かにそうかもな」
否定はせずに苦笑いしたジーレスは、カップに残っていたお茶を一気に飲み干すと、静かに立ち上がった。
「それではまたな、ソフィア」
「はい、本当にありがとうございました」
そして自身もその場に立ってジーレスを見送ったソフィアは、再び朝食を食べ始めた。
「さて……、取り敢えず姫様付きの侍女に復帰して、頑張らないと」
色々としなくてはならない事がありそうだったが、ソフィアはまずやらなければいけない事に意識を向けて食べ進めた。
「おはよう。……サイラスはもう起きてる?」
「とっくに起きて食事も済ませて、王宮に向かったよ。仕事が溜まっているだろうから、なるべく早く職場に出むくからって」
「そう……。私も昼前には、屋敷を出るわね」
弟が笑顔で告げてきた内容を聞いて、サイラスと顔を合わせる心配が無い事が分かって少し安堵しながら、ソフィアは食堂のドアを開けた。すると大きな長テーブルには、旅装のジーレスだけが着いて、食後のお茶を飲んでいるところに出くわす。
「おはようございます、頭領。その服装……、頭領も今日、出られるんですか?」
「ああ、おはよう。公爵家の領地での仕事があるから、さすがにそろそろ戻らないとな」
そう言って、カチャリと小さく音を立てながらカップをソーサーに戻したジーレスに、ソフィアは立ったまま深々と頭を下げた。
「そうですか。今回は本当にお世話になりました」
「アルテス様達からも頼まれた事だから、気にしなくて良い。だが、ソフィア。今月の俸給の三分の一はきちんと渡せよ?」
「心得ました」
真面目腐って応じたソフィアにジーレスは笑い、手振りで席に着くように勧めた。そしてソフィアの前にベンサムが給仕して朝食が並べられると、ジーレスがさり気なく話題を出す。
「サイラスは、既に王宮に戻ったのか?」
「そうみたいですね。イーダの話では、朝一番で出て行ったみたいです。王宮専属魔術師って、なかなか過酷な勤務シフトなのかしら?」
「それはやはり……、いきなり二週間超の連続休暇を取ったりしたら、反動はそれなりだろうな……」
「頭領、何か言いました?」
思わず同情する顔付きになって呟いたジーレスだったが、それがはっきり聞き取れなかったソフィアは、怪訝な顔で尋ね返した。しかしここでジーレスは彼女の疑問には答えず、いきなり話題を変えてくる。
「ソフィア。お前、実はちゃんと分かってたんだろう? サイラスの奴が、シェリル殿下からの要請を受けて動いていたわけじゃ無い事を」
その指摘に、スープを飲んでいたソフィアは手の動きを止めてから、ゆっくりとジーレスに視線を移した。
「……だったら、何だって言うんですか?」
「いや、やはり私は、お前の情操教育に失敗したと思ってな」
如何にも残念そうにジーレスが述べた為、ソフィアは小さく舌打ちして言い返す。
「頭領が失敗するなんて、有り得ませんから」
「私だって失敗の一つや二つはするさ。だがこの場合、お前が少しばかり素直になってくれたら、私の失敗は一つ減りそうなんだが?」
飄々とそんな事を言ってきたジーレスを、ソフィアはスープに浸したパンを口の中に放り込み、長い間噛みしめてから飲み下した。そして低めの声で、面白く無さそうに言い出す。
「…………頭領」
「うん? どうしたソフィア」
「私、あいつより五つも年上で、裏事情ありまくりで、借金てんこ盛りの面倒くさい女なんですけど。それを分かってて、こんなのに本気で言い寄る男って、頭がおかしいと思いません?」
真顔でソフィアが主張すると、何故かジーレスは右手で頬杖を付き、左手の指でトントンとテーブルを叩きながら、冷え切った声で応じた。
「……ほう? そうなると、自分より九つ年上の、訳あり子持ち未亡人と結婚するような男は、相当頭がいかれた男だと言う事だな。お前の基準からすると」
そう言われたソフィアは目の前の人物が、いつの間にか《デルス》の頭領の顔になっているのを認識し、瞬時に自分の失言を悟った。
「いいいいいえ、滅相もございません! ラミアさんは運悪く、不幸なご事情が複雑に絡まり合っただけでして! ご子息方も大変お可愛らしくて聡明で、『流石に頭領は腕が立つ以上に人を見る目がある』と、デルスの皆も感心しきりですから!!」
必死になって首と両手を振って弁解しようとしたソフィアに、ジーレスが容赦なく話を続ける。
「そういえば……、皆に集まって貰ってラミアとの結婚を報告した時、その場でお前が唯一人すっくと立ち上がって、『頭領! 何でそんな性悪女に誑かされてるんですか!! もう情けなくて涙も出ませんよ!』って激高して、周りからドン引きされていたな……。今では良い思い出だ」
しみじみとした口調でジーレスがそう告げた途端、ソフィアは米つきバッタの如く何度も頭を下げた。
「すみません、本当にすみません! 若気の至りです。十五の小娘の戯れ言です。本当に勘弁して下さい」
「だから、まあ……、そんなに気にする事も無いんじゃないか?」
そこで急に表情を緩めて、穏やかに言い聞かせてきたジーレスに、まだソフィアが躊躇う様に告げる。
「だって頭領……。それに加えて、うちってまだまだ借金が残ってますよ?」
「その事なんだがな……」
「何ですか?」
何やら考え込んでいるジーレスに、何事かと思ったソフィアだったが、彼は冷静に指摘してきた。
「ネリアが嫁いだケネルは跡取り息子だし、自分の生活や領地経営もしなくてはいけないから、妻の実家の借金肩代わりなんて無理だろう」
「勿論ですよ。結婚する時にも、ネリアの嫁ぎ先には一切迷惑をかけないって家、族全員で意思統一しましたもの」
ソフィアが当然の如く頷くと、ジーレスは真顔で話を続けた。
「因みにサイラスはかなり腕の立つ魔術師で、王宮専属魔術師としてかなりの高給取りだ。加えて身一つでエルマース国に来たから、面倒を見なければならない家族や、保持し続けなければならない資産、領地の類も無い」
「だから、何ですか?」
「搾り取ろうと思えば、とことん搾り取れるぞ? ステイド子爵家の借金完済の日は近いな」
含み笑いで冷酷に言われたソフィアだったが、真正面からジーレスを見ていた彼女は、小さく肩を竦めただけだった。
「頭領……」
「何だ?」
「台詞と口調だけ聞くと、すっごい極悪人です。その表情でそんな声が出せるなんて、どこからどう見ても詐欺です」
どこからどう見ても面白がっている様にしか見えない笑顔のジーレスは、更に笑みを深くしながら応じた。
「それはそうだろう。私は『デルス』の束ね役なんだから」
「人の事を構い過ぎるから、そんな面倒な役目を周りから押しつけられたんですよ」
「確かにそうかもな」
否定はせずに苦笑いしたジーレスは、カップに残っていたお茶を一気に飲み干すと、静かに立ち上がった。
「それではまたな、ソフィア」
「はい、本当にありがとうございました」
そして自身もその場に立ってジーレスを見送ったソフィアは、再び朝食を食べ始めた。
「さて……、取り敢えず姫様付きの侍女に復帰して、頑張らないと」
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