有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

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第3章 起死回生一発逆転

14.ルセリアの葬儀

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「全く、お話にならないわね! 王女殿下に対する暴言もそうだけど、我が家に対しても随分遠慮なしに、色々と言って下さった事! 領地も稼ぎも少ない子爵風情で、誠に申し訳ありませんでした! ロイ様、今回の婚約のお話は無かった事にして、どうぞ伯爵家以上の御家柄の方とご婚約なさって下さい! ここまで家を馬鹿にされて黙って結婚するほど、我が家は卑屈じゃありませんわ!」
 それを耳にしたロイが、顔色を変えて立ち上がる。

「何だと? 婚約を反故にする気か! それならしっかり慰謝料を払って貰うぞ! できるのか!? それが嫌なら、きちんと結婚して貰うぞ!」
「それは聞き捨てならない事を仰いますね?」
「何だ貴様は! 引っ込んでいろ!」
 ロイが動揺して喚いた途端、新婦側の席から一人の男が落ち着き払った声で述べながら立ち上がった。途端にロイが凄んだが、彼は掛けている眼鏡の弦を僅かに押し上げて位置を直しながら、平然と名乗りを上げる。

「私はエルセフィーナ嬢の義弟で、イーダリス殿の義兄に当たります、ケネルと申します。王宮には法務官として仕えていますが、ステイド子爵家の皆様から伺った話によると、ルセリア嬢とイーダリス殿は正式に婚約の上、今日の挙式に臨んでおられる。それは間違いありませんね?」
「それがどうした!」
 怒りに任せてロイが怒鳴り返したが、ケネルは眼鏡の奥の目をキラリと挑戦的に光らせて、話を続けた。

「しかしエルセフィーナ嬢とロイ殿に関しては、この挙式後に侯爵夫妻と子爵夫妻が合議の上、正式に婚約を行う運びになっていた筈ですが?」
「だから! 婚約したも同然だろうが!?」
 その指摘を受けてたじろぎながらも、ロイは自分の主張の正当性を訴えた。しかしケネルは、それを鼻で笑って一刀両断する。

「これは、何を仰っておられるやら。貴族の婚約と言うのは、全て王宮に届け出て、初めて成立する物です。勿論書類上の事で、審査などは一切なく形骸化しておりますが、それが貴族たる証しでもあります。申請されていない上で婚約は済んでいると主張するあなたは、自らが『貴族ではない』と主張されているのと同じ事なのですよ。違いますか?」
「……っ、そ、それは」
 指摘されて言葉に詰まったロイに、ケネルは容赦なくたたみかけた。

「故に、エルセフィーナ嬢とロイ殿は、未だ婚約関係では無く、その婚約締結を撤回しても、賠償義務が生じる筈はありません。逆に、婚約相手とその家を事もあろうに挙式の最中に罵倒し、名誉を傷付けたルセリア嬢、この場合彼女が死亡しているのでその生家、ルーバンス公爵家に、ステイド子爵家への賠償責任が生じるのは明々白々! 分かったら、その不遜な物言いは止めたまえ!!」
「……くそっ!」
 断言口調で話を締めると同時に、ビシィィッと音まで聞こえそうな勢いでロイを指差したケネルを見て、何となく座り直していたソフィアは、隣の妹に囁いた。

「ノリノリね、ケネルさん」
「私もこんな楽しい人だって、結婚してから知ったのよ」
 姉妹で笑いを噛み殺していると、完全に相手を言い負かしたケネルが、如何にも気の毒そうに、この間傍目には呆然としたまま突っ立っていたイーダリスに歩み寄り、軽く肩を叩いて声をかけた。

「こんな不愉快な場に、これ以上いる必要は無い。イーダリス、今回の事はショックだろうが、気を落とさない様に。さあ、帰ろう。お義父上も義母上も、お疲れ様です」
 それで漸く我に返った様に、新郎側の人間達が動き出す。

「はい、お気遣いありがとうございます、お義兄さん」
「全く、とんでもないお式だったわ!」
「でもあんな人と結婚せずに済んで、却って良かったわよ」
「そうよ、お父様もお母様も、気を落とさないで」
「お母様、お顔の色が……、早く屋敷に戻って休みましょう」
 そして両親を挟む様にして姉達が立ち去る姿を横目で見ながら、イーダリスは招待客に向かって、深々と頭を下げた。

「皆さん、こんな事になって申し訳ありません。改めてお詫びに伺いますが、この場はどうかお引き取り下さい」
 憔悴しながらも気丈に頭を下げて謝罪したイーダリスに向かって、その場の誰も、非難の声を上げたりはしなかった。

「イーダリス君、気にするな」
「そうよ! あなたが悪い訳じゃ無いわ!」
「私達は気にしていないから、ご両親にも気を落とさない様に伝えてくれたまえ」
「ありがとうございます」
 親戚や同僚達が口々に最大の被害者であるイーダリスを囲んで慰めながら祭壇の間を出て行くと、その場の気まずい空気に耐えられ無かった新婦側の親戚達も、一人二人と席を立ち始めた。

「ちょっと、私達も……」
「そうだな。王宮に知らせると言っていたし」
「長居して、関係があると思われたら厄介だ」
 そんな事を囁きながらそそくさとルーバンス家に係わりのある者達はその場を後にし、祭壇の間には神官の他は、ルーバンス公爵家の近親者のみが取り残された。
 そして一気に人気が無くなった室内で、ロイは祭壇の前で仰向けになっているルセリアを諸悪の根源の様に睨み付け、事もあろうに乱暴に歩み寄って、憂さを晴らす為に彼女を蹴り転がそうとした。

「よりにもよってこんな場所で、何て事をしやがる! この馬鹿女が!!」
「死人に対して、何をなさるおつもりですか!」
「お止め下さい! 遺体を蹴ろうとするなど、死者に対する冒涜です!!」
 咄嗟にルセリアの傍に居た医師が彼女を庇って覆い被さり、その暴挙を目の当たりにした神官長も、慌ててロイの前に割り込んで叱責した。

「危ない!!」
「神官長様!」
「五月蝿い! お前には関係ないだろう、引っ込んでいろ!」
 神官達やロイの非難の声や罵声が響く中、ロナルドが忌々しげに息子に言い聞かせた。

「ロイ、止めろ。それよりルセリアがどこでどんな薬物を手に入れたかは知らんが、ぐずぐずしていると王宮から調査の人間が来る。ルセリアの遺体から変な薬物が出てきたら、余計な容疑をかけられかねないぞ。さっさと葬儀を済ませて、埋葬してしまうに限る」
「は? 埋葬? こんな奴の死体、そこら辺に投げ捨てれば良いだろうが!」
 腹立ち紛れにロイは主張したが、ロナルドはそんな息子の浅はかさを叱り付けた。

「馬鹿者! そんな事をしたら王宮から派遣された官吏に遺体を確保されて、徹底的に調べられるだろうが! 幸いここは神殿だ。すぐにでも葬儀はできる。正式な葬儀を済ませて届け出を出した上で埋葬してしまえば、さすがに墓を掘り起こしてまで調べようと主張する者は、そうそういない筈だ。何と言っても今回の騒ぎの死亡者は、毒を持ち込んだルセリア以外に存在しないのだからな」
「……ちっ、忌々しいが仕方がないか」
 懇切丁寧に説明されたロイは、しぶしぶそれに従う事にして神官長に向き直り、横柄な口調で言いつけた。

「じゃあさっさと、こいつの葬儀を済ませてくれ。婚礼が葬儀になっただけだから、唱える言葉が違くなっただけで大差はないだろう」
「なんと罰当たりな事をおっしゃる! しかも幾ら略式で葬儀を執り行うとしても、このまま棺にも入れずに墓所に埋葬するおつもりではないでしょうな!?」
 さすがに普段温厚で知られている神官長も、ロイの神をも恐れぬ暴言に顔色を変えて詰め寄ったが、ここで入口の扉を開けて職人風の二人連れが顔を出し、中に居る人間に向かって呼びかけた。

「すいませ~ん! こちらに棺桶のご注文をされた方がいらっしゃいますかね? 表の神官さん達に聞いても、何だか随分混乱されているみたいで、全然要領を得ないもんで」
「一番安い棺桶で良いからって言われて、急いでお持ちしたんですが、神官の方が誰かお亡くなりになったんですか?」
「…………」
 ルセリアが倒れてからさほど経過していない筈なのに、さっさと棺が届いた事で、神官達は顔を見合わせてルーバンス家の者達を白い目で見やった。しかしそんな視線は気にならなかったらしいロナルド達は、機嫌良く神官長を促す。

「ああ、誰か気の利いた者が、早速注文してくれたらしいな」
「神官長、これで文句はないだろう。さっさと葬儀を始めろ」
「……畏まりました」
 神官長は怒りを堪えながら、棺を運んで来た者に指示してルセリアを棺の中に横たえさせ、略式で死者への別れと弔いの文言を唱え始めた。部屋の隅や柱の陰に控えている神官達はその情景を眺めて、一同に顔を顰めて囁き合う。

「全く……、何て非常識な一家だ」
「あれでも本当に身内なのか?」
「それ以前に、貴族の最高位である公爵家の姿とは嘆かわしい。世も末だぞ」
「亡くなった女性が気の毒過ぎるな」
 一連の出来事で、ルーバンス公爵家は下級貴族間だけではなく、神殿内でも愛想を尽かされて、評価がガタ落ちになる羽目になったが、当人達は全くその事に気付かないまま所定の葬儀の儀式を終えると、棺を埋葬する事を神官に横柄に言い付けて、ぞろぞろと帰って行ってしまった。
 その所業に神官達は再び唖然となったが、とにかく葬儀済みの旨を役所に届け出て、埋葬する手配を整えて棺を神殿から送り出した。
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