有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

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第3章 起死回生一発逆転

7.予想外の失態

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「さてと。首尾良く彼女の同意は取り付けたし、後はここから出て屋敷に戻るだけっと。楽勝楽勝!」
 予定通り彼女の協力を取り付けたソフィアは、足取りも軽く屋根の上を進み、そんな彼女の様子を少し離れた木の枝から密かに眺めていたサイラスも、何となく良い感じ結果が出たらしい事は見て取れた為、安堵の溜め息を吐いた。

(どうやら話は順調に終わった様だな。どんな風に話が纏まったのかは分からないが、取り敢えず俺も戻るか。え?)
 そして枝から飛び降りようとして、何気なく再度ソフィアの方に目を向けたサイラスは、驚きで目を限界まで見開いた。

「うわっ! げっ! ちょっと!?」
 来た時と同じ様に、棟から棟へ飛び移ったソフィアだったが、偶々そこが老朽化していたのか、片足を付けた縁がゴロッと地上に崩れ落ちた。当然バランスを崩したソフィアも一緒に落下しかかったが、咄嗟にロープを頭上に投げ上げ、その先端にある鈎爪を屋根の縁に引っかけて、ロープで体を固定させて事なきを得る。

(あ、危なっ!! 何やってんだよ!?)
 辛くも壁際にぶら下がる格好になったソフィアを見て、サイラスは盛大に肝を冷やしたが、彼女の受難はこれからだった。

「よっ……、と。助かっ……、しまった!」
 取り敢えずすぐ下の階の手すりまで下りて、バルコニーに降り立ったまでは良かったが、ソフィアにとっては不幸な事に、その棟にはルーバンス公爵家伝来の家宝などを収納してある保管庫が存在していた為、他の棟とは比べ物にならない位、強固で複雑な防御術式が設置されていた。
 ソフィアの魔術探知の腕輪がそれに反応して震え始める中、建物内とその周辺に、盛大な警戒音が響き渡り始める。

(うわ、しまった!! ここまで上手くすり抜けて来たってのに、不審者察知用の防御術式に、まともに引っかかるなんて!)
 すぐさま判断を下し、舌打ちしながらも二階のバルコニーから飛び降りて真っ直ぐ茂みの中へ走り込んだソフィアだったが、駆けつけたルーバンス公爵家の家臣達に、その姿を目撃されてしまった。

「待て! 何者だ!?」
「おい、こっちだぞ!」
「そっちに回り込め!」
 咄嗟に木の上に上ってやり過ごそうとしたソフィアだったが、その周囲にわらわらと人が集まり始めているのを見下ろし、悪態を吐きながら懐の中から円筒形の物を、何本か取り出した。

「拙い……、益々厄介な事に。こんな失態は初めてだわ。頭領に叱られる……」
 ソフィアは激しい自己嫌悪に襲われたが、ひとまずそれは忘れる事にして、今やるべき事をする事にした。そして自分でもできるごくごく小さな発火魔術で、先程取り出した筒の先に付けてある細い紐に点火すると同時に、人が集まって来た辺り目がけて、間隔を空けて放り投げる。

「うわっ!!」
「何だ、この煙!?」
 地面に落ちるかどうかの所で、その筒から忽ち灰色の煙が噴出し、ただでさえ暗い場所での視界が一層悪くなったが、その隙に逃げようと枝を飛び移った所で、背後で呪文を詠唱している声が聞こえた。

「ラスタ・エール・ギェルテ」
 その詠唱と共にすぐに煙幕の効果が無くなってしまい、しかも明らかに魔術による明かりが庭に増えて来たのを横目で確認したソフィアは、引き続き枝を飛び移って逃げながら、心の中で悪態を吐く。

(随分お早いお出ましだこと。ここのお抱え魔術師は、屋敷内に住み込みなわけ? それなりの俸給を貰ってるんでしょうから、王都内に家を買うなり借りるなりしなさいよ!)
 そんな八つ当たりじみた事を考えていると、どうやら本当に敷地内で寝ている所を叩き起こされたらしい夜着姿の魔術師らしい男が彼女に追い縋り、何やら自分に向かって絡め捕る様に蔦を伸ばしてきたのが分かった。

「ちょっと! 冗談じゃない! ここで捕まる訳には……、え?」
 しかし何故かそれらはソフィアの横を素通りし、地上を追いかけて来る公爵家の私兵達に襲い掛かる。その為、愕然としている魔術師らしき男と兵士達が口論し始めたが、ソフィアはこれ幸いと逃げるのに専念した。

「何だか分からないけど、今のうちに!」
(ふぅ……、危ない、間一髪だった。それより彼女はどこに行った?)
 咄嗟に相手の魔術師にも気取られない様に、魔術で蔦の目標を修正して兵士を襲わせたサイラスだったが、今の騒ぎで完全に彼女を見失い、慌てて後を追った。

「見つかったか?」
「居ない! 向こうの方にも姿が無いぞ」
「もう一度、しらみつぶしに探せ!」
「全く、こんな夜中に仕事を増やしやがって、どんな盗っ人野郎だ?」
 それから少しして、ジーレス達の待ち合わせ場所に近付いたものの、屋敷の殆どの者が起き出す大騒ぎになってしまい、木の上でソフィアは本気で頭を抱えていた。

(こんな失態初めてだわ。私とした事が、ヤキが回ったわね)
 下を行き交う者達を注意深く観察し、人の流れが途切れたのを見計らって、近くの木の枝に再び飛び移る。

(でも、取り敢えず向こうの方を重点的に探してくれているみたいだし、今のうちに……)
 しかし無事飛び移ったとソフィアが思った時、その枝の付け根部分からバキバキッと異音が生じ、次の瞬間枝が呆気なく折れて、ソフィアを巻き添えにしながら落下した。

「ちょっ……、嘘!? 何で!!」
(危ない!!)
 立て続けの失態の余り、ソフィアは咄嗟に判断できずに固まったまま落下したが、あちこち探し回って漸く彼女の姿を見つけた途端、そんな状況に陥っていたのを見て取ったサイラスは、殆ど無意識に猛然と彼女に向かって駆け寄った。

「きゃあぁぁっ!!」
(解除!)
 咄嗟にソフィアは頭を庇う為両手で頭を抱え、サイラスは殆ど無意識に首輪の左側の緑色のガラス玉に触れながら、強く姿替えの術式の無効化を念じた。すると首輪をくれた時のエリーシアの説明通り、姿替え術式の解除術式が起動し、サイラスは瞬時に本来の人間の身体に戻る。その上で落ちてきたソフィアを、条件反射的に両腕でしっかり受け止めた。

「うおっ……と、何とか間に合ったか。あ、首輪もちゃんと伸びてるな。一瞬首が締まるかと思って冷や汗ものだったが、やっぱり性格はともかく、エリーシアは良い仕事をするよな」
 ソフィアを横抱きにしながら、サイラスが同僚のそつの無さを再認識して呟いていると、漸く驚愕から我に返った彼女が、かれをを呆然と見上げながら問いを発した。

「はぁ? サイラス、あんたこんな所で何をやってるの?」
「あ、いや……、これには色々と深いわけが……」
 どう説明したものかとサイラスが言葉を濁していると、若干冷たい目で彼を見上げながら、ソフィアが冷静に問い質してきた。

「それから……、どうして上半身裸なわけ? ちゃんと下は穿いてるんでしょうね?」
「……その、それは後から纏めて説明する」
 冷え切った声で確認を入れられたサイラスだったが、咄嗟の事であり当然着替えの用意などは皆無だった為、視線を逸らしながら誤魔化そうとした。しかし当然盛大に顔を引き攣らせたソフィアは、暴れながら彼の腕の中から抜け出そうとする。

「ちょっと! さっさと下ろしてよ! あんたに露出狂の気があるなんて、今の今まで微塵も知らなかったわ! この変態!!」
「こら、暴れるな! 大人しくしてろ! さっきの悲鳴で、絶対個々の連中に居場所がばれたぞ!!」
 そのサイラスの叱責を裏付ける様に、周囲から何人もの人間が集まって来る気配が伝わってきた。

「さっき、変な声が聞こえたのはこの辺りだぞ!」
「皆を集めろ! 徹底的に探せ!」
 いよいよ荒事にしなければ駄目かと、ソフィアが懐に忍ばせてある刃物に手を伸ばしたが、ここで未だにソフィアを抱えたまま、サイラスが落ち着き払って呪文を唱えた。

「クレージュ・モスタ・アジェン」
 しかしソフィアの目には全く周囲の異常を感じられなかった為、不思議に思いながら尋ねる。

「どうしたの? 今、何か魔術を発動させたのよね?」
「しっ! 連中に察知出来ない様に、俺の姿と気配を魔術で消してるんだ。俺にくっついていれば、ソフィアも同様だから。このまま移動するぞ」
 真剣な表情で説明されて、ソフィアも真顔で頷いた。

「分かったわ。……あ、それならもう少し、屋敷の北側に移動して。ちょうど仲間と落ち合う頃合いだから」
「じゃあそうする。それまで大人しくしていろよ?」
 そしてルーバンス公爵家の私兵達がうろうろする中を、サイラスは彼女を抱えたまま悠々と取り抜け、彼女に指示された場所まで問題無く到達する事ができた。
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