有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
25 / 52
第2章 巻き起こる騒動

14.歓待は徹底的に

しおりを挟む
 その日の深夜。
 ソフィアは寝入るどころか、お手製の覚醒作用のある特製飲料を、景気良く一気飲みしてから庭に出た。そして照らす物が月明かりだけという貴族の屋敷にしては暗い庭で、不埒者の不法侵入を今か今かと待ち受ける。

「……来たわね」
 月が流れてきた厚い雲に隠れ、月明かりすら無くなった庭が暗闇に閉ざされたが、先ほどの微妙に不自然な雲の流れから、それはジーレスの魔術によるものであり、この屋敷の周辺に賊が集結しつつある事を暗示していた。それをこれまでの経験で、それを正確に認識していたソフィアは、細心の注意を払いながら引き続き塀際の木立の中に身を潜めていると、少ししてから塀の少し離れた部分から、次々と何者かが飛び降りる気配を感じる。

「……10、11、12。全員で12人か。肩慣らしには、ちょうど良いわね」
 そう言って自分だけに聞こえる程度の声でソフィアは呟き、足音を立てずにゆっくりと移動を開始した。その時、塀を乗り越えてステイド子爵邸内に侵入してきた者達は、自分達のすぐ近くにソフィアが潜んでいる事など、全く気付いていなかった。

「ちっ! 月も隠れたか。観賞用の魔導灯の一つもないとは、本当にしみったれた庭だぜ」
「こんな下っ端貴族まで手を広げないと、息子娘の貰い手が見つからないとは、あの公爵家もご苦労な事だな」
「しかし、本当にあのうらなり野郎に、俺達がやられる演技をするのか? 想像するだけでムカつくんだが」
「そこは割り切れって。金の為だぞ?」
「しっかしルーバンス公爵ってのは、女にだらしない以上に、悪知恵が働く御仁だな」
「それに俺達の様なろくでなしの、実に良いお得意様だ」
「違いない」
 声を潜めて下品に笑い、無駄口を叩き合っている当初から、その男達の風上から微風に乗って、とある微細な粉末が漂ってきていたが、無味無臭のそれは全く彼らに察知される事は無く、少しずつ彼らの体内に吸収されていった。そして頃合いを見たソフィアが、黒衣の懐の合わせ目から、無言のまま仕事道具を取り出す。

「さあ、無駄口を叩いてないで、そろそろ行くぞ」
「そうだな。盛大に暴れて、坊ちゃんの到着を待っ……、ぐふぁっ!!」
「なんだ? どうした、レント……がぁっ!!」
 続けざまに仲間のうち二人が、額に刺さった何かを抜きつつ悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ為、他の者は驚いてその周りに集まろうとした。しかし一番離れていた者の首にいきなり縄が撒き付き、彼は驚きの声を上げつつ、足を止めざるを得なくなる。

「な、何だ!? ぐげえっ!! た、たすけ……」
 次の瞬間彼が空中に浮きあがり、息も絶え絶えに仲間に助けを求めた。その異常な光景を目の当たりにした者達は、揃って仰天し、慌てて周囲を見回す。

「どうした? 一体どうなっているんだ!?」
 良く見ると、彼の首に絡み付いた縄が、どうやってか頭上の木の枝を経由して向こう側に伸びており、それが他の木の幹に括り付けられて固定されているのが分かって、仲間たちは慌ててその紐を切って吊り上げられていた男を地面に下ろした。しかし今度はその間に、全く剣筋が分からない場所から切りつけられて、数名が犠牲になってしまう。

「うわっ!!」
「やられた!」
「おい! 近くに怪しい奴は、どこにもいないよな!?」
「どうやって切りつけているんだ!?」
 幾ら何も灯りが無い庭での闇夜と言っても、流石に近くに人が居れば気配や物音が感じ取れる筈であるにも関わらず、一向に襲撃者の存在を掴めない為、侵入者達は徐々に恐怖を感じ始めた。それは予めソフィアが噴霧して吸入させておいた薬物の幻覚作用と麻痺作用の相乗効果でもあったのだが、時間が経過する毎に、確実に恐怖心を倍増させていく。

「ぎゃあぁぁっ!!」
「何だ、これはっ!!」
 何かが予想も付かない場所から自分めがけて飛来し、手足に絡み付き自由を奪い、全身を嬲るように形状すらはっきりと分からない刃物で切り刻まれる。その上、その攻撃を繰り出してくる相手の影も形も見えないとあっては、きちんと訓練を受けている正規兵などとは異なるその辺のごろつき程度では、すぐに音を上げるのは当然だった。

「も、もう止めだ! 俺はこの話から下りるぜ!」
「待て! 俺も帰る!」
「何だよ、この化け物屋敷は!?」
 そこで男達が泣き叫びながら、我先に侵入してきた塀の方に駆け戻ろうしたが、その前に音もなく全身黒装束に、目鼻だけを覗かせた黒覆面のソフィアが大木の上から降り立ち、彼等の進路を塞いだ。

「ふざけるな!! まだまだこれからだろうが! 姿が見えないとやり合えないってんなら姿を見せてやるぞ、このゴミ野郎共!! その代わりこっちの気が済むまで、とことんやらせて貰うからな! 覚悟しやがれ!!」
 その怒声を発すると同時に、ソフィアは極細の鎖で編み上げた網を彼等の上部に放った。すると特殊な魔導術式を施してあるそれは、容赦なく男達の約半数を絡め捕って、地面に転がしてしまう。

「ひいぃぃっ! た、助けてくれ!」
「おい! 置いていくなよ!」
 そしてパニックを起こして、逃げ惑う残り半数の者に対しては、ソフィアは懐から取り出した円形の薄刃を、何枚か纏めて勢い良く水平に放った。内側をくり抜いてあるそれは、真っ直ぐに飛んでは行かずに緩やかなカーブを描き、一つとして外す事は無く、賊の首筋や手首を、音も無く一文字に切り裂く。

「うわあぁぁっ!」
「また切られた!」
「あの黒服、何人いやがるんだ!?」
 次いでソフィアは腰に下げていた特製の小型の投弾弓を持ち上げ、次々と逃げ惑う男達に狙いを定めて、親指の爪程の大きさの鉄球を打ち出した。魔術で連射機能も備え付けているそれは、次々とせり上がってくる球を自動で張った弦に装填していく。ソフィアは庭の植え込みの中を縦横無尽に走りながら、それで男達の急所に確実に鉄球を当てていき、完全に相手方をパニックに陥れた。

「ぐえぇっ!! こ、この野郎! こうなったら目に物見せてやる!!」
「こいつ! やっと姿を現しやがったな!? 姿を見せてるなら、こっちのもんだぜ! 皆、囲んでかかれ!」
「おう! 随分ふざけた真似をしてくれたじゃねえか! うあっ!」
「覚悟しやがれ! ぐっ……、こ、この野郎っ!!」
 周到に男達の周囲を回り込みつつ、彼等を一か所に集めながらも、必ず誰かの背後からその向こう側の敵を狙うと言う高度な襲撃方法を選択していたソフィアに連中はすっかり騙され、完全に効いてきた幻覚剤の作用もあって仲間を襲撃者と誤認して、間抜け過ぎる同士討ちを始めた。
 その騒ぎを他所に、気配を消したソフィアが仲間にやられて戦闘不能状態に陥った者を一人ずつ縛り上げて騒然としている場所から密かに引きずり出し、また一人縛り上げて安全地帯に避難させるという行為を繰り返す。

「まともに一人で十二人を相手にするのも、労力の無駄だし面倒だものね。最後の一人になるまでに、どれ位時間がかかるかしら?」
 素っ気なくそんな事を呟いたソフィアは、拘束用の縄を手にしながら、大騒ぎになっている庭を完全に傍観者の目で眺めやった。そこで彼女以上に他人事といった感じの口調で、暗がりからオイゲンが声をかけてくる。

「おいおい、お嬢……。同士討ちに持ち込むなんて、これじゃあ益々俺の出る幕がねぇじゃねえか?」
「あら、仕事だったらありますよ? 安心して下さい、師匠。この馬鹿共をほとぼりが冷めるまで、うちの貯蔵用の地下室に放り込んでおかないといけないので」
 目鼻だけ出した状態で微笑んだソフィアに、オイゲンは色々言いたい事を飲み込んで、早速仕事にかかった。

「へいへい。ったく、人使いの荒い弟子だよなぁ」
「弟子思いのお師匠様で、私はとても幸せです!」
「言ってろ」
 胡散臭いソフィアの台詞にブツブツ言いながらも、オイゲンは両方の手で縛り上げた侵入者の足を掴み上げ、左右に一人ずつ引き摺って地下室への入口がある方へと向かった。そして何往復かしているうちに、気が付くと庭に立っているのが、一人だけになっているのに気が付く。

「予想より、片付くのが早かったな。まあ、侵入者から万が一にも足が付かない様に、ちゃんと訓練された兵士を使わなかったから、当然と言えば当然だが。ソフィアにとっては、肩慣らしにもならなかったか」
 しみじみと呟きながら、夜目が利く目で庭内の様子をオイゲンが観察していると、無駄な労力を省きつつも最後はきっちりしめる気になったらしいソフィアが、幸運にもただ一人残った男に向かって、全力で攻撃を繰り出す所だった。

「ぐあぁっ! ぎゃあぁぁぁっ!!」
 自分に向かって繰り出される刃物に、容赦なく両手両足の腱を切断された、つい先程まで仲間内で一番幸運だった男は、短い間に一番不幸な男に成り下がった上に、地面に無様に転がる。更に容赦なく頭を殴られて意識を失った為、庭に再び静寂が訪れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧乏男爵家から公爵家に嫁ぐことになりました。

SUZU
恋愛
名ばかりの男爵令嬢のジュリエットは領地の子供の面倒を見て楽しく過ごしていたが、ある日国を陰から支える公爵家からの突然の縁談が飛び込む。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

(完)仕方ないので後は契約結婚する

川なみな
ファンタジー
マルグリートは婚約破棄されたせいで子爵家に嫁ぐ事になった。 そこは、貧乏な子爵だけど。ちっとも、困りません。 ーーーーーーーー 「追放されても戻されても生き残ってみせますう」に出てたキャラも出演します! 3月1日にランキング26位になりました。皆さまのおかげです。ありがとうございます!!

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

処理中です...