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第2章 巻き起こる騒動
4.先制攻撃
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令嬢の衣装にかける金はケチっても、公爵家としての面子は保つ必要があると考えたのか、はたまた普段から豪勢な食生活が普通なのか、イーダリスとソフィアに饗された料理は、品数も内容も結構な代物だった。
「イーダリス殿のお口に合うでしょうか?」
「大変美味しく頂いております」
「エルセフィーナ嬢にも、喜んで頂ければ幸いです」
「勿論嬉しいですし、味合わせて頂いております。我が家は質素倹約を旨としておりますので、昼食からこの様な質と量の食事など、到底望めませんもので」
殊勝にそう応じたソフィアだったが、内心では(昼からこんな贅沢な物を食ってんじゃねぇぞ! この腐れボンボンが!)と罵倒した。しかし当然ロイはそんな事は分からず、愛想笑いを浮かべながら、ソフィアのご機嫌取りをする。
「そうですか。しかし質素倹約も良いですが、質素な食事を続けていると品性が欠けますし、感性も鈍りそうです。エルセフィーナ嬢には、もっと余裕のある暮らしの方が向いているかと思いますね」
「はぁ……、そうですか」
曖昧に頷いたソフィアだったが、その発言を聞いていたイーダリスやサイラス同様、むかっ腹を立てた。それを我慢して笑顔を浮かべていると、ロイが上機嫌に話を続ける。
「どうですか? 私と結婚すれば、毎日こういう食事で過ごす事になりますよ?」
そんな事を言われたソフィアは、内心で(ふざけんな。結婚相手を食い物で釣ろうってのか?)と悪態を吐いてから、何気なく些細な疑問を口にした。
「ルーバンス公爵家の身代は大きいですから、毎日こんなお食事でも問題ありませんのね。ロイ様もお金持ちなのですか?」
「は? どういう意味でしょうか?」
「結婚したら、新たにロイ様の家を作らなければいけないですよね? 夫婦でお屋敷に居候と言う訳にはいきませんし」
「はあ……、そうですね」
途端に歯切れ悪く言葉を濁したロイに気付かないふりをしながら、ソフィアは話を続けた。
「それにロイ様は王宮で文官としてお勤めですから、領地をお父上に分けて貰っても、王都内に屋敷を用意しなくてはいけませんし。それとも……、我が家の様な弱小貴族ならともかく、公爵家なら別棟の一つや二つ、気前良く頂けるのかしら?」
さも当然の如く尋ねてきたソフィアに、ロイが若干引き攣った笑顔で答える。
「それは、父に聞いてみない事はなんとも。その……、エルセフィーナ殿の持参金は……」
さり気なく尋ねてきたロイに、ソフィアは無邪気とも見える笑みで答えた。
「私、別に結婚する気はありませんでしたし、余分なお金は全て母の治療費に回して貰って、全く財産なんかありませんのよ。却って身軽で良いですわ。義務と責任を負わされた弟が、少々気の毒な位ですの」
「本当に酷いな」
「あら、ここは聞いてないふりをする所ではなくて?」
そしてステイド子爵家姉弟が「うふふ」「あはは」と些かわざとらしく笑い合っている様子を、テーブルの反対側からロイが忌々しげに眺めていたが、それを見たサイラスは、木の上で侮蔑の眼差しを向けた。
(本当に、ステイド子爵家の財産を当てにしていたと見える。持参金で取り敢えずの体面を保った後に、イーダリスをどうにか排除して乗っ取るつもりか。恥知らずも良いところだな)
そんな事をサイラスが考えていると、イーダリスが口を開いた。
「ルセリア嬢、顔色が優れませんが、大丈夫ですか? あまり食事も進んでいない様に見受けられますし」
心配そうなイーダリスの声を聞いたサイラスは思わず彼女に視線を向けると、確かに強張った表情の彼女の皿は、あまり食べ進められていなかった。しかし彼女が何か言いかける前に、隣に座っているロイが素っ気なくそれに答える。
「ああ、妹の事はご心配無く。お客様がお出でになっているのに好き嫌いを優先させる様な、自分勝手な振る舞いをしているだけです。他の貴族の手本となるべき、公爵家の人間としての自覚が足りなくて困っています」
「…………」
皮肉げにロイが説明した内容を、ルセリアは否定も肯定もせず無言で俯いた。それを見たソフィアが、僅かに眉を寄せて考え込む。
(ひょっとしたら……、いつもは服の下に補正具なんか付けていないんじゃないかしら? 普段は使用人同様に働いてるって、調査してくれた頭領達も言ってたし)
そう見当を付けたソフィアは、真っ青な顔でナイフとフォークを操っているルセリアを再度眺めてから、その予測が恐らく外れていないだろうと確信した。
(そうなるとドレスなんかも滅多に着ない事になるし、そんな人がいきなり胸や腹部を締め付けられたら、気持ち悪くなるし食べられないわよ。何したり顔で『公爵家の一員としての自覚』なんてほざいてんのよ、この無神経男!!)
彼女に対する無配慮すぎる扱いに、ソフィアが本気で腹を立てていると、ルセリアの皿がギリッと耳障りな音を立てた。
「あ……、す、すみません!」
「いえ、お気になさらず」
「大した事ではありませんから」
食べ慣れていないのか、厚切りの肉を切ろうとしてナイフを滑らせて音を立ててしまったルセリアは、無作法な行為を客人であるソフィア達に詫びたが、二人は笑って宥めた。しかしロイは侮蔑の表情を隠そうともせずに、ルセリアだけに聞こえる程度の小声で悪態を吐く。
「ちっ……、これだから卑しい女から生まれた奴は、品性に欠ける。家の恥だ」
それを耳にしたルセリアは顔色を変え、しっかり聞き取ってしまったソフィアは密かに激怒した。
(どの口が、品性にかけるとかほざく! 一番品性が欠けてんのはてめぇだろうが!?)
そして一応見合いの型になっている為、ロイの正面に座っているのを幸い、ソフィアは残っている肉に周りのソースをできるだけ塗り付ける。そして如何にも肉を切るのに失敗して勢い余って飛ばした、と言う風情を装って、肉片をロイの顔面に命中させた。
「あ、しまっ……、きゃあぁっ!! すみません、ロイ様!」
「姉さん、なんて事を! ロイ殿、大丈夫ですか?」
何が起こったのか咄嗟に理解できなかったロイは、反射的に手を顔に当てて、その掌がソースで汚れたのを見て唖然となった。次いで怒りで顔を赤くしたが、何か言う前にソフィアがしおらしく謝罪の言葉を口にする。
「本当に申し訳ありません、ロイ様。田舎暮らしで不調法なもので。こんな失態をする様な人間は、辺境の領地に引っ込んでいるのが、分相応と言う物ですわね」
如何にも恥じている様子で、今にも辞去しようとする空気を察したのか、我に返ったロイが慌ててソフィアを宥めた。
「いえ、この様な事、誰にでもしでかす可能性はありますよ。恥じる事はありません」
「本当に、そう思っていらっしゃいます?」
「ええ、勿論ですとも。わざとそのような振る舞いをする様な輩はともかく、たまたま不幸な偶然をあげつらう様な人間は我が家に一人たりとも存在しませんので、お気になさらず」
語気強く言い聞かせてくるロイに、ソフィアは(わざとやったに決まってんだろ)と内心でせせら笑いながらもも面には出さず、安堵した様に微笑んだ。
「さすが、大身のルーバンス公爵家。寛容でいらっしゃいますのね」
「ははは、それほどでも……」
お愛想笑いのソフィアに、媚を売るかの如く笑いかけるロイ。その二人を見てソフィアのしでかした事を正確に理解していたイーダリスは、痛み出してきた胃を押さえ、サイラスは込み上げてくる笑いの為に、前脚で腹を押さえながら落ちない様に枝にしがみついた。ルセリアが未だ衝撃から立ち直れずに呆然としていたが、そんな彼女には構う事無く、午餐会は進行して行った。
「イーダリス殿のお口に合うでしょうか?」
「大変美味しく頂いております」
「エルセフィーナ嬢にも、喜んで頂ければ幸いです」
「勿論嬉しいですし、味合わせて頂いております。我が家は質素倹約を旨としておりますので、昼食からこの様な質と量の食事など、到底望めませんもので」
殊勝にそう応じたソフィアだったが、内心では(昼からこんな贅沢な物を食ってんじゃねぇぞ! この腐れボンボンが!)と罵倒した。しかし当然ロイはそんな事は分からず、愛想笑いを浮かべながら、ソフィアのご機嫌取りをする。
「そうですか。しかし質素倹約も良いですが、質素な食事を続けていると品性が欠けますし、感性も鈍りそうです。エルセフィーナ嬢には、もっと余裕のある暮らしの方が向いているかと思いますね」
「はぁ……、そうですか」
曖昧に頷いたソフィアだったが、その発言を聞いていたイーダリスやサイラス同様、むかっ腹を立てた。それを我慢して笑顔を浮かべていると、ロイが上機嫌に話を続ける。
「どうですか? 私と結婚すれば、毎日こういう食事で過ごす事になりますよ?」
そんな事を言われたソフィアは、内心で(ふざけんな。結婚相手を食い物で釣ろうってのか?)と悪態を吐いてから、何気なく些細な疑問を口にした。
「ルーバンス公爵家の身代は大きいですから、毎日こんなお食事でも問題ありませんのね。ロイ様もお金持ちなのですか?」
「は? どういう意味でしょうか?」
「結婚したら、新たにロイ様の家を作らなければいけないですよね? 夫婦でお屋敷に居候と言う訳にはいきませんし」
「はあ……、そうですね」
途端に歯切れ悪く言葉を濁したロイに気付かないふりをしながら、ソフィアは話を続けた。
「それにロイ様は王宮で文官としてお勤めですから、領地をお父上に分けて貰っても、王都内に屋敷を用意しなくてはいけませんし。それとも……、我が家の様な弱小貴族ならともかく、公爵家なら別棟の一つや二つ、気前良く頂けるのかしら?」
さも当然の如く尋ねてきたソフィアに、ロイが若干引き攣った笑顔で答える。
「それは、父に聞いてみない事はなんとも。その……、エルセフィーナ殿の持参金は……」
さり気なく尋ねてきたロイに、ソフィアは無邪気とも見える笑みで答えた。
「私、別に結婚する気はありませんでしたし、余分なお金は全て母の治療費に回して貰って、全く財産なんかありませんのよ。却って身軽で良いですわ。義務と責任を負わされた弟が、少々気の毒な位ですの」
「本当に酷いな」
「あら、ここは聞いてないふりをする所ではなくて?」
そしてステイド子爵家姉弟が「うふふ」「あはは」と些かわざとらしく笑い合っている様子を、テーブルの反対側からロイが忌々しげに眺めていたが、それを見たサイラスは、木の上で侮蔑の眼差しを向けた。
(本当に、ステイド子爵家の財産を当てにしていたと見える。持参金で取り敢えずの体面を保った後に、イーダリスをどうにか排除して乗っ取るつもりか。恥知らずも良いところだな)
そんな事をサイラスが考えていると、イーダリスが口を開いた。
「ルセリア嬢、顔色が優れませんが、大丈夫ですか? あまり食事も進んでいない様に見受けられますし」
心配そうなイーダリスの声を聞いたサイラスは思わず彼女に視線を向けると、確かに強張った表情の彼女の皿は、あまり食べ進められていなかった。しかし彼女が何か言いかける前に、隣に座っているロイが素っ気なくそれに答える。
「ああ、妹の事はご心配無く。お客様がお出でになっているのに好き嫌いを優先させる様な、自分勝手な振る舞いをしているだけです。他の貴族の手本となるべき、公爵家の人間としての自覚が足りなくて困っています」
「…………」
皮肉げにロイが説明した内容を、ルセリアは否定も肯定もせず無言で俯いた。それを見たソフィアが、僅かに眉を寄せて考え込む。
(ひょっとしたら……、いつもは服の下に補正具なんか付けていないんじゃないかしら? 普段は使用人同様に働いてるって、調査してくれた頭領達も言ってたし)
そう見当を付けたソフィアは、真っ青な顔でナイフとフォークを操っているルセリアを再度眺めてから、その予測が恐らく外れていないだろうと確信した。
(そうなるとドレスなんかも滅多に着ない事になるし、そんな人がいきなり胸や腹部を締め付けられたら、気持ち悪くなるし食べられないわよ。何したり顔で『公爵家の一員としての自覚』なんてほざいてんのよ、この無神経男!!)
彼女に対する無配慮すぎる扱いに、ソフィアが本気で腹を立てていると、ルセリアの皿がギリッと耳障りな音を立てた。
「あ……、す、すみません!」
「いえ、お気になさらず」
「大した事ではありませんから」
食べ慣れていないのか、厚切りの肉を切ろうとしてナイフを滑らせて音を立ててしまったルセリアは、無作法な行為を客人であるソフィア達に詫びたが、二人は笑って宥めた。しかしロイは侮蔑の表情を隠そうともせずに、ルセリアだけに聞こえる程度の小声で悪態を吐く。
「ちっ……、これだから卑しい女から生まれた奴は、品性に欠ける。家の恥だ」
それを耳にしたルセリアは顔色を変え、しっかり聞き取ってしまったソフィアは密かに激怒した。
(どの口が、品性にかけるとかほざく! 一番品性が欠けてんのはてめぇだろうが!?)
そして一応見合いの型になっている為、ロイの正面に座っているのを幸い、ソフィアは残っている肉に周りのソースをできるだけ塗り付ける。そして如何にも肉を切るのに失敗して勢い余って飛ばした、と言う風情を装って、肉片をロイの顔面に命中させた。
「あ、しまっ……、きゃあぁっ!! すみません、ロイ様!」
「姉さん、なんて事を! ロイ殿、大丈夫ですか?」
何が起こったのか咄嗟に理解できなかったロイは、反射的に手を顔に当てて、その掌がソースで汚れたのを見て唖然となった。次いで怒りで顔を赤くしたが、何か言う前にソフィアがしおらしく謝罪の言葉を口にする。
「本当に申し訳ありません、ロイ様。田舎暮らしで不調法なもので。こんな失態をする様な人間は、辺境の領地に引っ込んでいるのが、分相応と言う物ですわね」
如何にも恥じている様子で、今にも辞去しようとする空気を察したのか、我に返ったロイが慌ててソフィアを宥めた。
「いえ、この様な事、誰にでもしでかす可能性はありますよ。恥じる事はありません」
「本当に、そう思っていらっしゃいます?」
「ええ、勿論ですとも。わざとそのような振る舞いをする様な輩はともかく、たまたま不幸な偶然をあげつらう様な人間は我が家に一人たりとも存在しませんので、お気になさらず」
語気強く言い聞かせてくるロイに、ソフィアは(わざとやったに決まってんだろ)と内心でせせら笑いながらもも面には出さず、安堵した様に微笑んだ。
「さすが、大身のルーバンス公爵家。寛容でいらっしゃいますのね」
「ははは、それほどでも……」
お愛想笑いのソフィアに、媚を売るかの如く笑いかけるロイ。その二人を見てソフィアのしでかした事を正確に理解していたイーダリスは、痛み出してきた胃を押さえ、サイラスは込み上げてくる笑いの為に、前脚で腹を押さえながら落ちない様に枝にしがみついた。ルセリアが未だ衝撃から立ち直れずに呆然としていたが、そんな彼女には構う事無く、午餐会は進行して行った。
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