有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
11 / 52
第1章 降って湧いた災難

10.サイラスの衝撃

しおりを挟む
「単刀直入に言えば、一目惚れだと思う。話してみても偉ぶらない、控え目な人だけど、きちんと自分の意志はある人の様に思えたし」
「ちょっと! 目を覚ましなさい! 確かに家は貧乏借金持ちだけど、あんたは爵位と領地を継ぐ人間なのよ? それに近衛軍で立派に務めを果たしているんだから、この先もっと良い縁談が来るわよ!」
「でもそうなると、やっぱり相手は貴族のお嬢様だろう? 自分専属の召使いの一人も付かない家なんて、侮辱されたと思うんじゃないかな? それに彼女は公爵家内でも使用人と変わらない暮らしをしているみたいだし、うちで生活しても支障はないと思う。好都合だね」
「何が『好都合だね』よ! 私は認めないわよ!? エリーシアさんやその他大勢を認知もしないで放り出して、いざ彼女達が頭角を示したら嬉々としてする寄って来る様な、恥知らずな一家!!」
「その理論で行けば、シェリル姫様を王子と偽って放り出し、誘拐された事にしてライバルに疑いが向く様に仕向けたアルメラ妃の方が余程腹黒いと言えるし、その弟であるファルス公爵が、今忠臣顔で内政を取り仕切っているのが、片腹痛いな」
 面白く無さそうにイーダリスがそう言った瞬間、ソフィアは勢い良く椅子を後方に蹴倒しつつ立ち上がった。そして二歩で弟の前に立ち塞がり、胸蔵を掴み上げながら、隠しようも無い殺気を放つ。

「こんの愚弟がぁぁっ!! 今すぐあの世に送ってやる!!」
「止めろ、ソフィア!!」
「ですが、頭領!!」
 顔だけジーレスの方に向けて抗議したソフィアに、彼は厳しい顔付きで引き続き命じた。

「止めろと言ったのが、聞こえなかったか? 今すぐ、その手を放せ」
「……分かりました」
 不承不承といった感じで彼女が掴んでいたイーダリスの服を離すと、引っ張られて腰を浮かせていた彼は、とすんと再び一人掛けの椅子に座った。そして申し訳なさそうにジーレス達に向かって、頭を下げる。

「先程は売り言葉に買い言葉とは言え、ファルス公爵家に関して不敬な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした」
 しかしそれを聞いた男達は、苦笑いで応じた。

「うん? 若さんが何か言ってたか?」
「さあ……、怒りっぽいソフィアの、眉間の皺が固定化されてきたって話だったかもしれないが」
「そりゃあ大変だ。お前、一つ弟子に良い美容液の精製法でも教えてやれよ」
「そうだな。いつまでも若いつもりでいると、大変だ。何しろさっきは自分で、『売れ残り年増女』とか言っていたしな」
「……師匠、先生。喧嘩売ってるんですか?」
 歯軋りでもしそうなソフィアを見て、男達は笑いを堪える表情になったが、いち早く真面目な顔付きに戻ったイーダリスが切々と訴えた。

「さっきの言動は、確かに俺が悪い。姉さんが怒ったのも当然だ。だが姉さんもルーバンス公爵家という括りで、彼女について断定して欲しくないんだ。実際に会って、直に会話して貰ったら、彼女がどういう人となりかは分かると思う。頭から決めつけたりしないで、見合いの席で判断してくれないだろうか? その為に、二組同席でという事にして貰ったから」
 それを聞いたソフィアが、僅かに目を見開いた。

「え? あんたが根回ししたの?」
「ああ。本当は別々の日時で設定されていたんだが、父さんも母さんもネリア姉さんも、『ソフィアが良いと判断したら、そのお嬢さんと結婚しても良い』と快諾してくれたから」
「それ、快諾したんじゃなくて、面倒事を押し付けただけでしょう……」
 自分の席でぐったりとしながら頭を抱えたソフィアだったが、少しして溜め息を吐いた彼女は、顔を上げて真っ直ぐ弟を見据えながら口を開いた。

「全く……。あんたは子供の頃から、止めろと言っても聞く耳持たなかった所があるものね。分かったわ。取り敢えず見合いの席で、相手のお嬢さんがどういう女性か観察してみましょう。でもやっぱり駄目だと思ったら、なりふり構わず断らせて貰うわよ?」
 苦笑しながらそんな事を言ってきたソフィアに、イーダリスも笑い返す。

「ああ、それで良いよ。だけど姉さんと、気が合うと思うな」
「あんたね……、何よ、その自信満々な態度は」
 そこで一気に室内の空気が解れて雑談を始めると、その空気を読んだのか老齢の執事がやって来て、ソフィアに一礼して報告した。

「ソフィア様。先程グラント伯爵家から、お嬢様宛に荷物が届きました。ご歓談中でしたので、お部屋の方に運び込んでおきましたので」
「ありがとう、ベンサム。……ああ、それから、この子の寝る場所とか、準備しておいてくれない? この子が飽きるまで、うちで暫く飼う事になったから」
「畏まりました」
 椅子と椅子との間に行儀良く座っていたサイラスを視界の端に捉えたソフィアが、ついでに昔からの使用人である彼に指示を出すと、彼は少し驚いた様な表情になったものの、穏やかな笑みを浮かべて引き下がった。
 そしてサイラスの話題が出た事で、その存在を思い出したイーダリスが、彼を見下ろしながら真顔で言い出す。

「飼うなら、名前が無いと不便だよな。姉さん、この猫にはどんな名前が良いと思う?」
「名前? そうねえ……」
 そうして小首を傾げたソフィアは、椅子から立ち上がってサイラスの前でしゃがみ込んだと思ったら、いきなり両手を伸ばしてサイラスの前脚の付け根に差し入れた。

(え? おい! ちょっと待て!?)
 サイラスが抵抗する間も無く、ソフィアは彼の脇を掴んだまま立ち上がり、必然的にサイラスは腹を見せた状態で彼女に持ち上げられている状態になった。そしてジタバタしている、サイラスの伸びきった身体を見て、冷静に一言述べる。

「オスか……。じゃあ、サイラスにでもしておけば?」
 淡々とそんな事を言いながらソフィアがイーダリスに彼を渡すと、イーダリスは慎重に受け取って抱き込み、優しく頭を撫でながら話しかけた。

「分かった。じゃあ君は今日からサイラスだね。宜しく」
「……みゅょう」
「さあ、そうと決まれば、気合入れてドレスを選ぶわよ! あ、そう言えば、イーダの方は衣装とか大丈夫なの?」
「新年の祝賀行事用に作った物があるから、それでなんとかするよ」
 よろよろとイーダリスの腕から抜け出たサイラスは、無意識のままに椅子から絨毯の上に飛び降り、他の者達が雑談をしながらぞろぞろと談話室を出て行った事にも気が付かないまま、身体を丸めて蹲っていた。

(見られた……。いや、見られたのは猫の身体なんだから、気にする事は無いんだ、別に。だが、どうしてここで俺の名前が、いきなり出て来るんだよ!? しかも無表情で!!)
 色々予想外の衝撃から立ち直れずに悶々としていたサイラスだったが、ふと視線を感じて顔を上げると、無言で自分を見下ろしているジーレスの顔が目に入った。

「…………」
(げっ! この人、まだここに居たのかよ? 何か余計な事を、口走っていないよな!?)
 一気に正気に戻り、冷や汗をかいて固まったサイラスを見て何を思ったのか、ジーレスは片膝を付いて手を伸ばしてきた。それを避ける事も出来ずに大人しく受け入れると、かれはサイラスの頭を軽く撫でながら、憐憫の表情で囁く。

「色々大変だと思うが……、まあ、頑張れ。応援だけはしてやる」
 そんな含みの有り過ぎる台詞に、どう反応して良いか全く分からなかったサイラスは、微動だにしないまま内心でパニックに陥ったが、ジーレスはすぐに撫でるのを止めて、何事も無かったかの様に部屋を出て行った。
 そして結構な広さがある談話室に一人取り残されたサイラスは、嫌な予感と闘う羽目になった。

(……ばれて、無いんだよな? 誰か大丈夫だって、言ってくれ!!)
 ステイド子爵家潜入第一日目にして、サイラスの行く手には暗雲が立ち込めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧乏男爵家から公爵家に嫁ぐことになりました。

SUZU
恋愛
名ばかりの男爵令嬢のジュリエットは領地の子供の面倒を見て楽しく過ごしていたが、ある日国を陰から支える公爵家からの突然の縁談が飛び込む。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

(完)仕方ないので後は契約結婚する

川なみな
ファンタジー
マルグリートは婚約破棄されたせいで子爵家に嫁ぐ事になった。 そこは、貧乏な子爵だけど。ちっとも、困りません。 ーーーーーーーー 「追放されても戻されても生き残ってみせますう」に出てたキャラも出演します! 3月1日にランキング26位になりました。皆さまのおかげです。ありがとうございます!!

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

処理中です...