有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
4 / 52
第1章 降って湧いた災難

3.ろくでもない縁談

しおりを挟む
 ソフィアが部屋を出て行って少ししてから、残った三人は難しい顔を見合わせながら、意見を交わし合った。

「エリー。サイラスさんには悪いけど、ソフィアさんがあの調子なら、仲を取り持つのは難しいんじゃない?」
「そうですよね。サイラスさんは若手の中では結構有望だと思いますけど、ソフィアさんのあの公爵への信望っぷり。理想が高過ぎますよ」
「というか、そもそも彼女に結婚願望なんてあるのかしら?」
 思わず自問自答したエリーシアに、シェリルが遠慮なく指摘する。

「エリーと同類よね。公爵に心酔してるのも同じだし」
「……あそこまでじゃないと思うわ」
 若干心外そうに言い返したエリーシアだったが、シェリルとリリスは内心で(そう思ってるのは、自分だけよね)と思った。そこでいきなり隣室から、ソフィアの怒声が響いて来る。

「はぁぁぁぁぁっ!! 馬鹿な事言ってんじゃないわよ、イーダ!! 真っ昼間から酔っぱらってるわけ!? 今すぐ頭から水かぶりなさい、水!!」
 その絶叫に驚いた三人は、思わず腰を浮かせた。

「なっ、何事なの!?」
「隣から、よね?」
「ソフィアさんのあんな大声、私、初めて聞いたわ……」
 驚愕の顔を見合わせてから、三人は立ち上がって無言のままドアに駆け寄った。そしてドアに耳を付けて、ドアの向こうから切れ切れに聞こえてくる会話の内容を聞き取ろうとする。

「何て言ってるの?」
「無理、聞こえないわ。ちょっと待って、今、集音魔術を」
「あ、何か丁度、話が終わったみたいですよ?」
「戻ってくるわ!」
 エリーシアが魔術を行使しようとしたところで、リリスが気配を察して他の二人に注意を促した。それを受けて三人はテーブルまで駆け戻って元通り席に着き、何食わぬ顔でソフィアを出迎える事に成功した。

「お、お帰りなさい。弟さんは何て言ってきたの? 何か実家の方で緊急な用件でもあるなら、お休みを取って良いのよ?」
 顔に笑顔を貼り付けながらシェリルが声をかけると、ソフィアはどんよりとした重い空気を周囲に漂わせながら、軽く頭を下げる。

「お心遣い、ありがとうございます、姫様。すぐに休みは必要ありませんが、来週少しの間、お休みを取らせて頂きます……」
「それは勿論構わないけど……。あの……、良ければ理由を聞かせて貰えない? 何だか顔色が良くないし、ご両親が怪我をされたとか、病気になったとか?」
 さすがに心配になったシェリルが踏み込んで聞いてみると、ソフィアは椅子を引いて座りながら、苦々しい口調で告げた。

「いえ、両親は領地でピンピンしておりますが、私と弟に縁談が持ち上がりました」
「縁談!?」
 驚いたリリスとエリーシアは咄嗟に顔を見合わせ、シェリルは困惑したまま話を続ける。

「それは……、おめでとう、って言って良いの? あまりおめでたくない感じだけど……」
 それを聞いたソフィアが、感情をダダ漏れさせていたのを自覚し、侍女にあるまじき振る舞いであったと反省しながら、シェリルに申し出た。

「姫様に、お分かりになってしまいましたか……。お察しの通り、唯でさえ二十六の売れ残りに持ち上がった、ろくでもない話なので、お祝いの言葉は控えて頂ければと思います」
「……ごめんなさい」
「いえ、姫様に気を遣わせて、却って恐縮です」
 そしてソフィアが重い溜め息を吐くと、気を取り直したエリーシアが何気なく感想を述べた。

「でも凄い偶然ですね。弟さんと同時に、二件の縁談が別々に持ち込まれるなんて」
 その台詞に、ソフィアは俯き加減だった視線を上げ、如何にも不愉快そうに言い出す。

「エリーシアさん。二件の縁談が、別々に我が家に持ち込まれたわけでは無いんです」
「どういう事ですか?」
「ルーバンス公爵家から、私には七男、弟には九女との縁談が、同時に持ち込まれました」
 ルーバンス公爵家とは浅からぬ因縁があるエリーシアは勿論、この公爵家の悪評をこれまで散々耳にしていた他の二人も、揃って顔を引き攣らせた。

「確かに、ろくでもないわ……」
「変なのに、目をつけられちゃいましたねぇ」
「あの……、ソフィア。それってどうするの?」
 思わず心配そうに問いかけたシェリルに、ソフィアは小さく肩を竦めてから、些かやけっぱちに言ってのけた。

「『どう』と言われましても……。人望はともかく家格に差が有り過ぎますし、縁談自体を断るわけにはいかないでしょうね。一応見合いをして、それらしい理由を付けて断るしかありませんが」
「そ、そうよね。ええと……、あの、頑張って?」
「ありがとうございます、姫様。あら、お茶が無くなってますね。淹れ直しましょう」
「お願い」
 動揺したのも束の間、ソフィアはすぐに平常心を取り戻し、仕えているシェリルのカップが空な事に気が付くと優雅な動きで立ち上がり、すぐそばのワゴンでお茶のお代わりを淹れ始めた。他の三人が注意深く彼女を観察していると、魔術で保温されているポット片手にカップにお湯を注ぎながら、怨嗟の呟きを漏らしているのに気が付く。

「だけど一応、きちんとした服じゃないと体裁が悪いし、以前作ったドレスはもう流行遅れだし、この際ドレスを新調するしかないわね。ふ、ふふ……、社交シーズンじゃない時期に、新しい服を作らせんじゃないわよ。今月は余裕があるから、多目に仕送りできると思ってたのに……。ルーバンス公爵家、許さん……」
「ソフィアの目が怖い……」
「相当きてるわね~」
 若干怯えの入った表情でシェリルとエリーシアが見守る中、流石に不憫に思ったリリスが、年上の同僚に控え目に申し出た。

「ソフィアさんさえ良かったら、私のドレスを貸しましょうか? まだパーティーとかに着ていない物が何着かありますし、体型的にはそんなに変わらないかと思いま、ひぃっ!」
「お願い」
 いきなり熱いポットを持ったまま距離を詰めてきたソフィアに、リリスは咄嗟に椅子ごと身体を後ろに引いたが、切羽詰った感がありありのソフィアに、文句を言ったりはしなかった。

「……見繕って、うちの屋敷からステイド子爵家の屋敷に運ばせます」
 リリスがそう口にした途端、ソフィアは真剣な顔から一転して、満面の笑顔になった。

「ありがとうリリス、助かるわ~! 今度お休みとかも代わるから、遠慮なく言ってね?」
「いえ、それより……、頑張って撃破して下さい。応援してます」
「ええ、頑張るわよ!!」
 そして意気軒昂なソフィアの姿を眺めた三人は、これから引き起こされる騒動を思って、こっそり溜め息を吐いた。

「……そういう訳で、暫くの間休暇を取って、姫様のお側を離れる事になりました」
 魔導鏡越しに神妙な顔付きで報告をしてきたソフィアを、ファルス公爵アルテスは、苦笑しながら宥めた。

「それは気にしなくとも良い。今現在、後宮内に不穏な気配は無いし、内政上の問題も見受けられない。従ってシェリル姫に危険が及ぶ事態も考えられないから、この際しっかり身に降りかかった火の粉を、払い落としておくように」
「お心遣い、ありがとうございます。暫く休暇を頂きます」
 真面目くさった物言いで言いつけたアルテスに、ソフィアは改めて心酔しつつ恭しく頭を下げた。そして通話を終わらせたアルテスは、背後で一部始終を聞いていた妻を振り返る。

「さて、どうしたものかな?」
 それにフレイアは、当然の事の様に答えた。
「まあ、そんな事決まっているじゃありませんか。ソフィアは『デルス』の皆に可愛がられている、秘蔵っ子ですのよ? その子の一大事なのに、知らせなかったらきっと怒られますわ」
 微笑みながらそう告げた彼女に、アルテスも苦笑いで返した。

「それではジーレスには知らせておくか」
「後、最低限オイゲン殿とファルド殿には知らせておかないと、後からネチネチ嫌味を言われますわよ?」
「……そうだな。それはご免だ」
 重々しく頷いて、早速話題に出た者達に連絡を取り始めた夫を、フレイアは笑いを堪えながら眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧乏男爵家から公爵家に嫁ぐことになりました。

SUZU
恋愛
名ばかりの男爵令嬢のジュリエットは領地の子供の面倒を見て楽しく過ごしていたが、ある日国を陰から支える公爵家からの突然の縁談が飛び込む。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

(完)仕方ないので後は契約結婚する

川なみな
ファンタジー
マルグリートは婚約破棄されたせいで子爵家に嫁ぐ事になった。 そこは、貧乏な子爵だけど。ちっとも、困りません。 ーーーーーーーー 「追放されても戻されても生き残ってみせますう」に出てたキャラも出演します! 3月1日にランキング26位になりました。皆さまのおかげです。ありがとうございます!!

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

処理中です...