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第1章 降って湧いた災難
3.ろくでもない縁談
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ソフィアが部屋を出て行って少ししてから、残った三人は難しい顔を見合わせながら、意見を交わし合った。
「エリー。サイラスさんには悪いけど、ソフィアさんがあの調子なら、仲を取り持つのは難しいんじゃない?」
「そうですよね。サイラスさんは若手の中では結構有望だと思いますけど、ソフィアさんのあの公爵への信望っぷり。理想が高過ぎますよ」
「というか、そもそも彼女に結婚願望なんてあるのかしら?」
思わず自問自答したエリーシアに、シェリルが遠慮なく指摘する。
「エリーと同類よね。公爵に心酔してるのも同じだし」
「……あそこまでじゃないと思うわ」
若干心外そうに言い返したエリーシアだったが、シェリルとリリスは内心で(そう思ってるのは、自分だけよね)と思った。そこでいきなり隣室から、ソフィアの怒声が響いて来る。
「はぁぁぁぁぁっ!! 馬鹿な事言ってんじゃないわよ、イーダ!! 真っ昼間から酔っぱらってるわけ!? 今すぐ頭から水かぶりなさい、水!!」
その絶叫に驚いた三人は、思わず腰を浮かせた。
「なっ、何事なの!?」
「隣から、よね?」
「ソフィアさんのあんな大声、私、初めて聞いたわ……」
驚愕の顔を見合わせてから、三人は立ち上がって無言のままドアに駆け寄った。そしてドアに耳を付けて、ドアの向こうから切れ切れに聞こえてくる会話の内容を聞き取ろうとする。
「何て言ってるの?」
「無理、聞こえないわ。ちょっと待って、今、集音魔術を」
「あ、何か丁度、話が終わったみたいですよ?」
「戻ってくるわ!」
エリーシアが魔術を行使しようとしたところで、リリスが気配を察して他の二人に注意を促した。それを受けて三人はテーブルまで駆け戻って元通り席に着き、何食わぬ顔でソフィアを出迎える事に成功した。
「お、お帰りなさい。弟さんは何て言ってきたの? 何か実家の方で緊急な用件でもあるなら、お休みを取って良いのよ?」
顔に笑顔を貼り付けながらシェリルが声をかけると、ソフィアはどんよりとした重い空気を周囲に漂わせながら、軽く頭を下げる。
「お心遣い、ありがとうございます、姫様。すぐに休みは必要ありませんが、来週少しの間、お休みを取らせて頂きます……」
「それは勿論構わないけど……。あの……、良ければ理由を聞かせて貰えない? 何だか顔色が良くないし、ご両親が怪我をされたとか、病気になったとか?」
さすがに心配になったシェリルが踏み込んで聞いてみると、ソフィアは椅子を引いて座りながら、苦々しい口調で告げた。
「いえ、両親は領地でピンピンしておりますが、私と弟に縁談が持ち上がりました」
「縁談!?」
驚いたリリスとエリーシアは咄嗟に顔を見合わせ、シェリルは困惑したまま話を続ける。
「それは……、おめでとう、って言って良いの? あまりおめでたくない感じだけど……」
それを聞いたソフィアが、感情をダダ漏れさせていたのを自覚し、侍女にあるまじき振る舞いであったと反省しながら、シェリルに申し出た。
「姫様に、お分かりになってしまいましたか……。お察しの通り、唯でさえ二十六の売れ残りに持ち上がった、ろくでもない話なので、お祝いの言葉は控えて頂ければと思います」
「……ごめんなさい」
「いえ、姫様に気を遣わせて、却って恐縮です」
そしてソフィアが重い溜め息を吐くと、気を取り直したエリーシアが何気なく感想を述べた。
「でも凄い偶然ですね。弟さんと同時に、二件の縁談が別々に持ち込まれるなんて」
その台詞に、ソフィアは俯き加減だった視線を上げ、如何にも不愉快そうに言い出す。
「エリーシアさん。二件の縁談が、別々に我が家に持ち込まれたわけでは無いんです」
「どういう事ですか?」
「ルーバンス公爵家から、私には七男、弟には九女との縁談が、同時に持ち込まれました」
ルーバンス公爵家とは浅からぬ因縁があるエリーシアは勿論、この公爵家の悪評をこれまで散々耳にしていた他の二人も、揃って顔を引き攣らせた。
「確かに、ろくでもないわ……」
「変なのに、目をつけられちゃいましたねぇ」
「あの……、ソフィア。それってどうするの?」
思わず心配そうに問いかけたシェリルに、ソフィアは小さく肩を竦めてから、些かやけっぱちに言ってのけた。
「『どう』と言われましても……。人望はともかく家格に差が有り過ぎますし、縁談自体を断るわけにはいかないでしょうね。一応見合いをして、それらしい理由を付けて断るしかありませんが」
「そ、そうよね。ええと……、あの、頑張って?」
「ありがとうございます、姫様。あら、お茶が無くなってますね。淹れ直しましょう」
「お願い」
動揺したのも束の間、ソフィアはすぐに平常心を取り戻し、仕えているシェリルのカップが空な事に気が付くと優雅な動きで立ち上がり、すぐそばのワゴンでお茶のお代わりを淹れ始めた。他の三人が注意深く彼女を観察していると、魔術で保温されているポット片手にカップにお湯を注ぎながら、怨嗟の呟きを漏らしているのに気が付く。
「だけど一応、きちんとした服じゃないと体裁が悪いし、以前作ったドレスはもう流行遅れだし、この際ドレスを新調するしかないわね。ふ、ふふ……、社交シーズンじゃない時期に、新しい服を作らせんじゃないわよ。今月は余裕があるから、多目に仕送りできると思ってたのに……。ルーバンス公爵家、許さん……」
「ソフィアの目が怖い……」
「相当きてるわね~」
若干怯えの入った表情でシェリルとエリーシアが見守る中、流石に不憫に思ったリリスが、年上の同僚に控え目に申し出た。
「ソフィアさんさえ良かったら、私のドレスを貸しましょうか? まだパーティーとかに着ていない物が何着かありますし、体型的にはそんなに変わらないかと思いま、ひぃっ!」
「お願い」
いきなり熱いポットを持ったまま距離を詰めてきたソフィアに、リリスは咄嗟に椅子ごと身体を後ろに引いたが、切羽詰った感がありありのソフィアに、文句を言ったりはしなかった。
「……見繕って、うちの屋敷からステイド子爵家の屋敷に運ばせます」
リリスがそう口にした途端、ソフィアは真剣な顔から一転して、満面の笑顔になった。
「ありがとうリリス、助かるわ~! 今度お休みとかも代わるから、遠慮なく言ってね?」
「いえ、それより……、頑張って撃破して下さい。応援してます」
「ええ、頑張るわよ!!」
そして意気軒昂なソフィアの姿を眺めた三人は、これから引き起こされる騒動を思って、こっそり溜め息を吐いた。
「……そういう訳で、暫くの間休暇を取って、姫様のお側を離れる事になりました」
魔導鏡越しに神妙な顔付きで報告をしてきたソフィアを、ファルス公爵アルテスは、苦笑しながら宥めた。
「それは気にしなくとも良い。今現在、後宮内に不穏な気配は無いし、内政上の問題も見受けられない。従ってシェリル姫に危険が及ぶ事態も考えられないから、この際しっかり身に降りかかった火の粉を、払い落としておくように」
「お心遣い、ありがとうございます。暫く休暇を頂きます」
真面目くさった物言いで言いつけたアルテスに、ソフィアは改めて心酔しつつ恭しく頭を下げた。そして通話を終わらせたアルテスは、背後で一部始終を聞いていた妻を振り返る。
「さて、どうしたものかな?」
それにフレイアは、当然の事の様に答えた。
「まあ、そんな事決まっているじゃありませんか。ソフィアは『デルス』の皆に可愛がられている、秘蔵っ子ですのよ? その子の一大事なのに、知らせなかったらきっと怒られますわ」
微笑みながらそう告げた彼女に、アルテスも苦笑いで返した。
「それではジーレスには知らせておくか」
「後、最低限オイゲン殿とファルド殿には知らせておかないと、後からネチネチ嫌味を言われますわよ?」
「……そうだな。それはご免だ」
重々しく頷いて、早速話題に出た者達に連絡を取り始めた夫を、フレイアは笑いを堪えながら眺めていた。
「エリー。サイラスさんには悪いけど、ソフィアさんがあの調子なら、仲を取り持つのは難しいんじゃない?」
「そうですよね。サイラスさんは若手の中では結構有望だと思いますけど、ソフィアさんのあの公爵への信望っぷり。理想が高過ぎますよ」
「というか、そもそも彼女に結婚願望なんてあるのかしら?」
思わず自問自答したエリーシアに、シェリルが遠慮なく指摘する。
「エリーと同類よね。公爵に心酔してるのも同じだし」
「……あそこまでじゃないと思うわ」
若干心外そうに言い返したエリーシアだったが、シェリルとリリスは内心で(そう思ってるのは、自分だけよね)と思った。そこでいきなり隣室から、ソフィアの怒声が響いて来る。
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その絶叫に驚いた三人は、思わず腰を浮かせた。
「なっ、何事なの!?」
「隣から、よね?」
「ソフィアさんのあんな大声、私、初めて聞いたわ……」
驚愕の顔を見合わせてから、三人は立ち上がって無言のままドアに駆け寄った。そしてドアに耳を付けて、ドアの向こうから切れ切れに聞こえてくる会話の内容を聞き取ろうとする。
「何て言ってるの?」
「無理、聞こえないわ。ちょっと待って、今、集音魔術を」
「あ、何か丁度、話が終わったみたいですよ?」
「戻ってくるわ!」
エリーシアが魔術を行使しようとしたところで、リリスが気配を察して他の二人に注意を促した。それを受けて三人はテーブルまで駆け戻って元通り席に着き、何食わぬ顔でソフィアを出迎える事に成功した。
「お、お帰りなさい。弟さんは何て言ってきたの? 何か実家の方で緊急な用件でもあるなら、お休みを取って良いのよ?」
顔に笑顔を貼り付けながらシェリルが声をかけると、ソフィアはどんよりとした重い空気を周囲に漂わせながら、軽く頭を下げる。
「お心遣い、ありがとうございます、姫様。すぐに休みは必要ありませんが、来週少しの間、お休みを取らせて頂きます……」
「それは勿論構わないけど……。あの……、良ければ理由を聞かせて貰えない? 何だか顔色が良くないし、ご両親が怪我をされたとか、病気になったとか?」
さすがに心配になったシェリルが踏み込んで聞いてみると、ソフィアは椅子を引いて座りながら、苦々しい口調で告げた。
「いえ、両親は領地でピンピンしておりますが、私と弟に縁談が持ち上がりました」
「縁談!?」
驚いたリリスとエリーシアは咄嗟に顔を見合わせ、シェリルは困惑したまま話を続ける。
「それは……、おめでとう、って言って良いの? あまりおめでたくない感じだけど……」
それを聞いたソフィアが、感情をダダ漏れさせていたのを自覚し、侍女にあるまじき振る舞いであったと反省しながら、シェリルに申し出た。
「姫様に、お分かりになってしまいましたか……。お察しの通り、唯でさえ二十六の売れ残りに持ち上がった、ろくでもない話なので、お祝いの言葉は控えて頂ければと思います」
「……ごめんなさい」
「いえ、姫様に気を遣わせて、却って恐縮です」
そしてソフィアが重い溜め息を吐くと、気を取り直したエリーシアが何気なく感想を述べた。
「でも凄い偶然ですね。弟さんと同時に、二件の縁談が別々に持ち込まれるなんて」
その台詞に、ソフィアは俯き加減だった視線を上げ、如何にも不愉快そうに言い出す。
「エリーシアさん。二件の縁談が、別々に我が家に持ち込まれたわけでは無いんです」
「どういう事ですか?」
「ルーバンス公爵家から、私には七男、弟には九女との縁談が、同時に持ち込まれました」
ルーバンス公爵家とは浅からぬ因縁があるエリーシアは勿論、この公爵家の悪評をこれまで散々耳にしていた他の二人も、揃って顔を引き攣らせた。
「確かに、ろくでもないわ……」
「変なのに、目をつけられちゃいましたねぇ」
「あの……、ソフィア。それってどうするの?」
思わず心配そうに問いかけたシェリルに、ソフィアは小さく肩を竦めてから、些かやけっぱちに言ってのけた。
「『どう』と言われましても……。人望はともかく家格に差が有り過ぎますし、縁談自体を断るわけにはいかないでしょうね。一応見合いをして、それらしい理由を付けて断るしかありませんが」
「そ、そうよね。ええと……、あの、頑張って?」
「ありがとうございます、姫様。あら、お茶が無くなってますね。淹れ直しましょう」
「お願い」
動揺したのも束の間、ソフィアはすぐに平常心を取り戻し、仕えているシェリルのカップが空な事に気が付くと優雅な動きで立ち上がり、すぐそばのワゴンでお茶のお代わりを淹れ始めた。他の三人が注意深く彼女を観察していると、魔術で保温されているポット片手にカップにお湯を注ぎながら、怨嗟の呟きを漏らしているのに気が付く。
「だけど一応、きちんとした服じゃないと体裁が悪いし、以前作ったドレスはもう流行遅れだし、この際ドレスを新調するしかないわね。ふ、ふふ……、社交シーズンじゃない時期に、新しい服を作らせんじゃないわよ。今月は余裕があるから、多目に仕送りできると思ってたのに……。ルーバンス公爵家、許さん……」
「ソフィアの目が怖い……」
「相当きてるわね~」
若干怯えの入った表情でシェリルとエリーシアが見守る中、流石に不憫に思ったリリスが、年上の同僚に控え目に申し出た。
「ソフィアさんさえ良かったら、私のドレスを貸しましょうか? まだパーティーとかに着ていない物が何着かありますし、体型的にはそんなに変わらないかと思いま、ひぃっ!」
「お願い」
いきなり熱いポットを持ったまま距離を詰めてきたソフィアに、リリスは咄嗟に椅子ごと身体を後ろに引いたが、切羽詰った感がありありのソフィアに、文句を言ったりはしなかった。
「……見繕って、うちの屋敷からステイド子爵家の屋敷に運ばせます」
リリスがそう口にした途端、ソフィアは真剣な顔から一転して、満面の笑顔になった。
「ありがとうリリス、助かるわ~! 今度お休みとかも代わるから、遠慮なく言ってね?」
「いえ、それより……、頑張って撃破して下さい。応援してます」
「ええ、頑張るわよ!!」
そして意気軒昂なソフィアの姿を眺めた三人は、これから引き起こされる騒動を思って、こっそり溜め息を吐いた。
「……そういう訳で、暫くの間休暇を取って、姫様のお側を離れる事になりました」
魔導鏡越しに神妙な顔付きで報告をしてきたソフィアを、ファルス公爵アルテスは、苦笑しながら宥めた。
「それは気にしなくとも良い。今現在、後宮内に不穏な気配は無いし、内政上の問題も見受けられない。従ってシェリル姫に危険が及ぶ事態も考えられないから、この際しっかり身に降りかかった火の粉を、払い落としておくように」
「お心遣い、ありがとうございます。暫く休暇を頂きます」
真面目くさった物言いで言いつけたアルテスに、ソフィアは改めて心酔しつつ恭しく頭を下げた。そして通話を終わらせたアルテスは、背後で一部始終を聞いていた妻を振り返る。
「さて、どうしたものかな?」
それにフレイアは、当然の事の様に答えた。
「まあ、そんな事決まっているじゃありませんか。ソフィアは『デルス』の皆に可愛がられている、秘蔵っ子ですのよ? その子の一大事なのに、知らせなかったらきっと怒られますわ」
微笑みながらそう告げた彼女に、アルテスも苦笑いで返した。
「それではジーレスには知らせておくか」
「後、最低限オイゲン殿とファルド殿には知らせておかないと、後からネチネチ嫌味を言われますわよ?」
「……そうだな。それはご免だ」
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