現実へのカウントダウン

篠原 皐月

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警視庁警備部機動隊爆発物対応専門部隊所属戸越義博の、とある不幸な日

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 戸越義博には三分以内にやらなければならないことがあった。それは目の前に設置されている爆発物の起爆装置解除である。

「おいっ、戸越! 起爆まで三分切ったぞ!!」
「……黙っててくれませんかね」
 それならあんたがやれよ。ガタガタうるせえんだよ!

 頭の片隅でバディである先輩に悪態を吐きつつも、義博は冷静に上蓋を取り外した構造物の中身を覗き込む。
 予め紫外線透視装置で推測していた内部を確認し、義博は慎重に電気信号を伝える為のコードを選り分けた。それは赤と青の一本ずつで、構造上どちらか一本のみを切断すれば起爆不可になると推定できた。

「爆発物の量はかなりの物ですが、構造自体はシンプルでしたね」
「そんな事を冷静に言っている場合かよ!?」
「さて、赤と青どちらを切るか……。先輩、どっちにします? 俺には見当がつきません」
「この期に及んで何を言いやがる!? 最後まで職務を全うしろ!!」
「すみません。緊張で色々ブチ切れているようです」
 二人がいる場所から半径二百メートルの範囲は避難済みで、人気のないビルのエントランスホールに男達の声が空しく響き渡る。
 するとその時、鋭くスマホの呼び出し音が鳴った。反射的に自分のスマホを手にした義博は、かけてきた相手が恋人なのを確認し、慌てて応答する。

「すまない! 今、取り込み中なんだ! あと五分したらかけ直すから!」
「ふざけないで! これまで何回約束をすっぽかされたと思ってるのよ!! あんたとはもうこれっきりよ! 合鍵は送り返すから、金輪際かかわりあわないで!」
「ちょっと待て! 一度、冷静に話し合おう!! 俺は別れる気はないからな!?」
「うっさい! うざい! 甲斐性無しは外を出歩くな!!」
「馬鹿野郎!! もう起爆まで一分切ってるんだぞ!? 別れる別れないのと言っている場合か!?」
 ただでさえ最近微妙な空気になっていた恋人からいきなり最後通牒を突き付けられ、義博は激しく動揺した。女性が相手を罵倒する台詞に加え、男二人の悲痛な叫びが重なり、エントランスはカオスな空間と化す。しかしここで、義博が辛うじて理性を取り戻した。

「分かった。お前がそこまで言うなら、分かれても良い。最後に赤か青を選んでくれないか?」
「おい、馬鹿! お前、素人相手に何を言い出す!?」
 冷静になったかと思われた義博だったが、命のかかった二択を相手に丸投げした事に気づいた男は慌てて彼を叱責した。しかしそれを打ち消す勢いで、女の声がスマホから響く。

「はぁ!? あんたが出してきた選択肢ってだけで、選ぶのなんてご免だわ! 赤も青も駄目に決まってんじゃない! そんな事も分からないど阿呆なんか願い下げよ! それじゃあね!」
「あ、おい!」
 慌てて叫んだ義博の手の中で、通話が終了した無機質な音をスマホが伝えてくる。それと同時に、すぐ隣から切羽詰まった叫びが上がった。

「あと二十秒! もう駄目だぁぁぁぁぁっ!!」
「いちいちうっせぇぞ、おっさん!!」
  そこで義博はスマホを放り出し、二本のコードに手を伸ばす。そして二本まとめて断ち切った。

「ばっ、馬鹿野郎ぅ――――――っ!!」
 驚愕と怒りの罵声を浴びた義博は、自分の目の前で閃光を放つその物体を、妙にすがすがしい気持ちで無言で眺めやった。








「…………なんて夢だよ。寝覚め悪すぎだろ」

 自身の所属が、警視庁警備部機動隊爆発物対応専門部隊であるのは確かである。しかしなぜ防爆防護服着用の現場に、私物のスマホを持参できるのか。更に、そんなシンプルな構造であれば、どうして解除に手間取るのかなど、冷静に考えれば突っ込みどころ満載の夢であった。
 更に今現在、彼には恋人もいなかった。
 しかし夢とは、それを見ている間は内容に疑問を覚えないものであり、義博は疲労感満載でゆっくりと上半身を起こす。そして彼は、たった今見たばかりの夢以上の、過酷な現実に直面した。

「今、何時…………。げっ!! もうこんな時間!? 寝過ごした! いつも出ている時間まで、あと三分しかないじゃないか!!」
  警視庁警備部機動隊爆発物対応専門部隊所属戸越義博の不幸な一日は、まだ始まったばかりだった。

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