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第5章 陰謀
18.対応策
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「連中が、本気でこの襲撃を成功させたいと思っているかどうかは、定かではありません」
「と仰いますと?」
「運良く成功したら儲けもの。失敗しても、自分達との関わっている証拠など無い実行犯を切り捨てて、後宮内に賊の侵入を許した近衛騎士団の責任を問えば良いわけです」
「そして騎士団の上層部を入れ替えた後で、再度事を仕掛ければ良いと言うわけですか?」
「そこまで考えている御仁が、あの連中の中に居たらの話ですが」
ナスリーンの淡々とした口調で、余計に彼女の怒りの程が分かり、アルティナは無言になった。それとは逆に我慢できなくなったらしいリディアが、憤怒の形相で訴える。
「隊長! この事を公表して、パーデリ公爵達の逮捕拘禁をするべきです!」
しかしその訴えに、冷静な反論が繰り出される。
「ですが、それに関する明確な証拠がありません。あなた達が脅迫されたのも口頭ですし、直接妃殿下を害する様にと指示を受けたり、それに使用する武器や毒の類を受け取ってもいないでしょう? 今の時点で公表しても、不穏な噂を流したと言う事であなた達の罪状になる他、見せしめの為にマーシアの実家の事が明るみに出るだけです」
「そうですね。その場合連中は計画を中止して、またの機会を狙えば良いだけの話ですし」
しかしナスリーンとアルティナが冷静に告げた内容を聞いて、リディアは黙って唇を噛む。そんな彼女を一瞬気遣わしげに眺めてから、ナスリーンはできるだけ穏やかにマーシアに言い聞かせた。
「そういうわけで、今回情報が集まっている一週間後までに、決定的な証拠を押さえて、連中の企みを粉砕するつもりです。マーシア、協力して下さい」
「はっ、はい! 何でもいたします!」
既に涙目で頷いた彼女に、ナスリーンは穏やかな口調のまま話を続けた。
「それではまず、脅迫されて身にしみたと思いますが、密輸からは完全に手を引く様に実家の方を説得して下さい。今回の事情は外に漏らせませんが、事が収まり次第調査が入る時に、最大限情状酌量して頂ける様に、王太子殿下と兄に頼んでおきます」
「それで構いません。王太子殿下と宰相閣下へのお口添え、宜しくお願いします!」
「悪いようにはしません。それから怪しまれない様に、あなたは誰かと夜勤を代わって貰いなさい。そして当日の朝、階段でアルティナと肩がぶつかった拍子に階段を転げ落ちて、怪我をするのです」
「え?」
咄嗟に言われた意味が分からず、マーシアが目を見開いて絶句したが、すぐにその意図を悟ったアルティナは、軽く笑いながら確認を入れた。
「なるほど。それで事故を引き起こした責任を感じた私が、勤務が無理なマーシアさんに代わって、急遽夜勤に入るわけですね?」
「ええ。それなら脅迫してきた者に怪しまれませんし、文句の付けようがないでしょう? 怪我人が無理を押して勤務したら、却って怪しまれますし。勿論、本当に怪我をする事はありませんから、転がり落ちる真似だけですよ? 医務室には予め、密かに話を通しておきます」
ナスリーンが笑顔で話を纏めると、マーシアは忽ち笑顔になって再び勢い良く頭を下げた。
「ありがとうございます! アルティナさん、宜しくお願いします!」
「ええ、任せて下さい」
「それと、あと一週間。周囲に怪しまれない様に、いつも通りに過ごしていて下さい。それではマーシア。話は済みましたので、勤務に戻って下さい」
「それでは失礼します」
ナスリーンに指示されたマーシアは、当初とは比べ物にならない位明るい顔付きになって、隊長室を出て行った。
「正直、驚きましたね。マーシアさんの実家の密輸の件もですが、それで脅してくるなんて」
アルティナが正直な感想を述べると、正面の机の上で手を組み合わせながら、ナスリーンが苦々しい表情で呟く。
「近衛騎士団内で欲得ずくで動く人間の他に、マーシアやリディアの様に、何らかの理由で脅迫されている人間が、どれ位存在しているのやら……」
「隊長……」
不安そうな表情でリディアが彼女を凝視し、アルティナも無言を貫く中、ナスリーンはすぐに気を取り直し、現実的な指示を下した。
「ここで延々と愚痴を言っていても仕方ありません。とにかく、襲撃の情報は掴めたのですから、直ちに内々に団長に報告します。そしてその日までに、信用の置ける者だけで襲撃の確たる証拠を押さえる事。更に未然に防げない場合には、きちんと現場を押さえる事に努めましょう」
「はい!」
「了解しました!」
微塵も動揺を見せずに判断を下したナスリーンに、リディアとアルティナは即座に了承の言葉を返した。
(要するに私を地下牢なんかに閉じ込めたのは、これに向けて改心させて手駒にしたかったのと、それが無理でも当日排除しておきたかったから? 一度ならず二度までも、馬鹿にしてくれたわね!!)
そして傍目には冷静なアルティナは、内心で実の父親に対する怒りに打ち震えていた。
(本当に頭の足りない連中だわ。そんな奴らに負けるものですか! 未然に防げないなら、当日、正面から撃破してやる!)
その決意のもと、アルティナはそれから一週間、探索を緑騎士隊に任せる一方、後宮での対抗策を練る事に、可能な限りの時間と労力を費やしたのだった。
「と仰いますと?」
「運良く成功したら儲けもの。失敗しても、自分達との関わっている証拠など無い実行犯を切り捨てて、後宮内に賊の侵入を許した近衛騎士団の責任を問えば良いわけです」
「そして騎士団の上層部を入れ替えた後で、再度事を仕掛ければ良いと言うわけですか?」
「そこまで考えている御仁が、あの連中の中に居たらの話ですが」
ナスリーンの淡々とした口調で、余計に彼女の怒りの程が分かり、アルティナは無言になった。それとは逆に我慢できなくなったらしいリディアが、憤怒の形相で訴える。
「隊長! この事を公表して、パーデリ公爵達の逮捕拘禁をするべきです!」
しかしその訴えに、冷静な反論が繰り出される。
「ですが、それに関する明確な証拠がありません。あなた達が脅迫されたのも口頭ですし、直接妃殿下を害する様にと指示を受けたり、それに使用する武器や毒の類を受け取ってもいないでしょう? 今の時点で公表しても、不穏な噂を流したと言う事であなた達の罪状になる他、見せしめの為にマーシアの実家の事が明るみに出るだけです」
「そうですね。その場合連中は計画を中止して、またの機会を狙えば良いだけの話ですし」
しかしナスリーンとアルティナが冷静に告げた内容を聞いて、リディアは黙って唇を噛む。そんな彼女を一瞬気遣わしげに眺めてから、ナスリーンはできるだけ穏やかにマーシアに言い聞かせた。
「そういうわけで、今回情報が集まっている一週間後までに、決定的な証拠を押さえて、連中の企みを粉砕するつもりです。マーシア、協力して下さい」
「はっ、はい! 何でもいたします!」
既に涙目で頷いた彼女に、ナスリーンは穏やかな口調のまま話を続けた。
「それではまず、脅迫されて身にしみたと思いますが、密輸からは完全に手を引く様に実家の方を説得して下さい。今回の事情は外に漏らせませんが、事が収まり次第調査が入る時に、最大限情状酌量して頂ける様に、王太子殿下と兄に頼んでおきます」
「それで構いません。王太子殿下と宰相閣下へのお口添え、宜しくお願いします!」
「悪いようにはしません。それから怪しまれない様に、あなたは誰かと夜勤を代わって貰いなさい。そして当日の朝、階段でアルティナと肩がぶつかった拍子に階段を転げ落ちて、怪我をするのです」
「え?」
咄嗟に言われた意味が分からず、マーシアが目を見開いて絶句したが、すぐにその意図を悟ったアルティナは、軽く笑いながら確認を入れた。
「なるほど。それで事故を引き起こした責任を感じた私が、勤務が無理なマーシアさんに代わって、急遽夜勤に入るわけですね?」
「ええ。それなら脅迫してきた者に怪しまれませんし、文句の付けようがないでしょう? 怪我人が無理を押して勤務したら、却って怪しまれますし。勿論、本当に怪我をする事はありませんから、転がり落ちる真似だけですよ? 医務室には予め、密かに話を通しておきます」
ナスリーンが笑顔で話を纏めると、マーシアは忽ち笑顔になって再び勢い良く頭を下げた。
「ありがとうございます! アルティナさん、宜しくお願いします!」
「ええ、任せて下さい」
「それと、あと一週間。周囲に怪しまれない様に、いつも通りに過ごしていて下さい。それではマーシア。話は済みましたので、勤務に戻って下さい」
「それでは失礼します」
ナスリーンに指示されたマーシアは、当初とは比べ物にならない位明るい顔付きになって、隊長室を出て行った。
「正直、驚きましたね。マーシアさんの実家の密輸の件もですが、それで脅してくるなんて」
アルティナが正直な感想を述べると、正面の机の上で手を組み合わせながら、ナスリーンが苦々しい表情で呟く。
「近衛騎士団内で欲得ずくで動く人間の他に、マーシアやリディアの様に、何らかの理由で脅迫されている人間が、どれ位存在しているのやら……」
「隊長……」
不安そうな表情でリディアが彼女を凝視し、アルティナも無言を貫く中、ナスリーンはすぐに気を取り直し、現実的な指示を下した。
「ここで延々と愚痴を言っていても仕方ありません。とにかく、襲撃の情報は掴めたのですから、直ちに内々に団長に報告します。そしてその日までに、信用の置ける者だけで襲撃の確たる証拠を押さえる事。更に未然に防げない場合には、きちんと現場を押さえる事に努めましょう」
「はい!」
「了解しました!」
微塵も動揺を見せずに判断を下したナスリーンに、リディアとアルティナは即座に了承の言葉を返した。
(要するに私を地下牢なんかに閉じ込めたのは、これに向けて改心させて手駒にしたかったのと、それが無理でも当日排除しておきたかったから? 一度ならず二度までも、馬鹿にしてくれたわね!!)
そして傍目には冷静なアルティナは、内心で実の父親に対する怒りに打ち震えていた。
(本当に頭の足りない連中だわ。そんな奴らに負けるものですか! 未然に防げないなら、当日、正面から撃破してやる!)
その決意のもと、アルティナはそれから一週間、探索を緑騎士隊に任せる一方、後宮での対抗策を練る事に、可能な限りの時間と労力を費やしたのだった。
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