65 / 119
第3章 出仕への道
28.騎士団上層部との再会
しおりを挟む
上級女官就任が決まってから、何かと忙しく日々を過ごしていたアルティナだったが、いよいよ王宮入りする三日前に、屋敷で複数の客人を出迎える事となった。
「皆様ようこそ、お待ちしておりました」
「アルティナ様、本日はお招き頂き、ありがとうございます」
部屋で待機していた彼女が、執事に呼ばれて玄関ホールに出向くと、ケインの他に六人の男女が顔を揃えていたのを認めて、笑顔で歩み寄った。しかし落ち着き払って挨拶を返したのはナスリーンのみで、他の者は一斉に戸惑った表情で、ぼそぼそと呟く。
「は、はぁ……」
「どうも……」
「本日はお招きに預かりまして……」
「いえ、こちらこそ皆様の都合も確認せずに、急にご招待した形になって、申し訳ありません。ケインが『仮にも近衛騎士団勤務になるのだから、予め各隊長にご挨拶も兼ねて、アルティナを紹介する席を設けなければ』などと言い出しまして」
恐縮気味に頭を下げたアルティナだったが、戸惑いながらも近衛騎士団団長のバイゼルが、一同を代表して発言した。
「今日は偶々、皆が本部に顔を揃えていた上に、全員夜に用事も無かったので、ご心配なく」
「それなら良かったですわ」
そこでナスリーンが進み出て、アルティナに袋を手渡す。
「アルティナ様。丁度良いと思って、この前寸法を合わせた制服を、一着だけ持参して参りました。後は宿舎の部屋を整えましたら、そちらに収納しておきますので」
「ありがとうございます。ですがナスリーン様、今後は部下になるのですから、私の事はアルティナと呼んで頂いて結構ですよ?」
「アルティナ様は、まだ部下ではありませんから。勿論、部下になったら、遠慮なくそう呼ばせて頂きます」
「はい、宜しくお願いします。それでは皆様、こちらへどうぞ」
受け取った荷物を執事に渡したアルティナは、ナスリーンと連れ立って移動を開始した。そして楽しげに話している女二人の後に付いて男達も移動を開始したが、黒騎士隊隊長のチャールズが、ケインに囁いてくる。
「おい、ケイン。確かに顔はアルティンと酷似しているが、どう見ても普通の女性にしか見えないんだが?」
「あの話は本当なのか?」
「俺達を担ごうとしていたら、承知せんぞ?」
直属の上司に加えて、他の隊長達も疑惑に満ちた表情で詰め寄ってきた為、ケインは呆れ気味に溜め息を吐いてから言い返した。
「私がつまらない嘘を吐く必要はありませんよ。取り敢えず食事中は、彼女の事はアルティナとして接して下さい」
「なんだかなぁ……」
首を捻った赤騎士隊隊長のエルマーを筆頭に、男達はまだ若干納得しかねる顔付きだったが、そのまま全員、おとなしく来客用の食堂に移動した。
それからケインによって互いの紹介がなされ、アルティナが初対面のふりを装って挨拶してからは、何事も無く食事が開始された。
シャトナー家の面々はいつもの食堂で別に食事をしており、近衛騎士団の隊長達の中にアルティナが混ざっている状態では、当初は色々ぎこちなかったが、アルティンが隊長だった時の話が出た途端大いに盛り上がり、あっという間に食べ終えた。
「アルティナ、今日のお茶はどうだろうか」
「ええ、この前と同じ様に、珍しいお茶なのね。随分、香りが独特。でもこの前程きつくはないし、美味しいわ」
「そうか。それは良かった」
(全く、もう少し面倒くさくない設定にできなかったのかしら。こうなると自分の浅はかさ加減が恨めしいわ)
心底うんざりしながらお茶を飲み終え、チラチラと自分の様子を窺いながら世間話をしているケインや他の面々の視線を感じつつ、アルティナはできるだけ自然に見える様に瞼を閉じて、椅子の背もたれに寄り掛かった。そして少ししてから、ケインが耳元で囁いてくる。
「アルティナ? 眠ったか?」
それを合図に、アルティナはゆっくりと目を開け、半ば本気で呆れながら苦言を呈した。
「……何を間抜けな事を言っている。団長達が呆れているぞ」
「しかしこういう場合、何と言ったら良いんだ?」
そのケインの困惑には答えず、彼女はテーブルを囲んでいる面々を見回し、アルティンの口調で挨拶した。
「団長、皆様、お久しぶりです。この度はわざわざこちらの屋敷に出向いて頂き、ありがとうございます。ケインから私と王太子妃殿下周辺に関する話は、お聞きの事かとは思いますが」
それにバイゼルが、溜め息を吐いてから応じる。
「ああ……。妃殿下に関する話はともかくとしてお前に関する内容は、正直ナスリーンの口添えがあっても、今まで半信半疑だったがな」
「非常識にも程がある存在になってしまい、誠に申し訳ありません。加えて至急、かつ内密な話をしたかったもので」
「その話は、近衛騎士団の執務棟でも不可能と言う事か? 穏やかでは無いな」
「それは後程、ご説明致します」
そこでかつての直属の部下に向き直ったアルティナは、真剣な表情で謝罪の言葉を口にした。
「カーネル。引継ぎも無く、急に後を任せて申し訳なかった。色々大変だったと思う。仕事上、支障は無かっただろうか?」
その問いにカーネルは背筋を正し、緊張した面持ちで応じた。
「確かに、少々隊内で混乱があった事は事実ですが、それは既に収束しておりますし、以前からの業務を滞りなく進めております。ご安心下さい」
「そうか。カーネルに任せておけば大丈夫だと思っていたが、それを聞いて安心した。これからも頑張ってくれ」
「隊長……、順当に逝くなら、私の方が遥かに先だった筈ですのに」
アルティナが笑顔で激励すると、感極まったらしい彼がじわりと涙腺を緩ませて呟いたが、それを聞いた彼女は一回り以上年上の相手を、苦笑しながら窘めた。
「カーネル。今の緑騎士隊隊長はお前だ。私を隊長呼ばわりするな」
「ですが」
「それよりも、ケイン経由で頼んでいた内容は、全て調べ終えているか?」
「……はい、勿論です。こちらをご覧下さい」
アルティナがかつての顔と口調で尋ねてきた内容に、カーネルも余計な感傷は瞬時に打ち消して仕事の顔に戻った。そして封筒に入れて持参してきた何枚かの書類をテーブルの上に出し、全員が見える様に広げる。
「カーネル隊長、これは?」
怪訝な顔で尋ねてきた青騎士隊長のガウェインに、カーネルが淡々と内容を説明した。
「皆様ようこそ、お待ちしておりました」
「アルティナ様、本日はお招き頂き、ありがとうございます」
部屋で待機していた彼女が、執事に呼ばれて玄関ホールに出向くと、ケインの他に六人の男女が顔を揃えていたのを認めて、笑顔で歩み寄った。しかし落ち着き払って挨拶を返したのはナスリーンのみで、他の者は一斉に戸惑った表情で、ぼそぼそと呟く。
「は、はぁ……」
「どうも……」
「本日はお招きに預かりまして……」
「いえ、こちらこそ皆様の都合も確認せずに、急にご招待した形になって、申し訳ありません。ケインが『仮にも近衛騎士団勤務になるのだから、予め各隊長にご挨拶も兼ねて、アルティナを紹介する席を設けなければ』などと言い出しまして」
恐縮気味に頭を下げたアルティナだったが、戸惑いながらも近衛騎士団団長のバイゼルが、一同を代表して発言した。
「今日は偶々、皆が本部に顔を揃えていた上に、全員夜に用事も無かったので、ご心配なく」
「それなら良かったですわ」
そこでナスリーンが進み出て、アルティナに袋を手渡す。
「アルティナ様。丁度良いと思って、この前寸法を合わせた制服を、一着だけ持参して参りました。後は宿舎の部屋を整えましたら、そちらに収納しておきますので」
「ありがとうございます。ですがナスリーン様、今後は部下になるのですから、私の事はアルティナと呼んで頂いて結構ですよ?」
「アルティナ様は、まだ部下ではありませんから。勿論、部下になったら、遠慮なくそう呼ばせて頂きます」
「はい、宜しくお願いします。それでは皆様、こちらへどうぞ」
受け取った荷物を執事に渡したアルティナは、ナスリーンと連れ立って移動を開始した。そして楽しげに話している女二人の後に付いて男達も移動を開始したが、黒騎士隊隊長のチャールズが、ケインに囁いてくる。
「おい、ケイン。確かに顔はアルティンと酷似しているが、どう見ても普通の女性にしか見えないんだが?」
「あの話は本当なのか?」
「俺達を担ごうとしていたら、承知せんぞ?」
直属の上司に加えて、他の隊長達も疑惑に満ちた表情で詰め寄ってきた為、ケインは呆れ気味に溜め息を吐いてから言い返した。
「私がつまらない嘘を吐く必要はありませんよ。取り敢えず食事中は、彼女の事はアルティナとして接して下さい」
「なんだかなぁ……」
首を捻った赤騎士隊隊長のエルマーを筆頭に、男達はまだ若干納得しかねる顔付きだったが、そのまま全員、おとなしく来客用の食堂に移動した。
それからケインによって互いの紹介がなされ、アルティナが初対面のふりを装って挨拶してからは、何事も無く食事が開始された。
シャトナー家の面々はいつもの食堂で別に食事をしており、近衛騎士団の隊長達の中にアルティナが混ざっている状態では、当初は色々ぎこちなかったが、アルティンが隊長だった時の話が出た途端大いに盛り上がり、あっという間に食べ終えた。
「アルティナ、今日のお茶はどうだろうか」
「ええ、この前と同じ様に、珍しいお茶なのね。随分、香りが独特。でもこの前程きつくはないし、美味しいわ」
「そうか。それは良かった」
(全く、もう少し面倒くさくない設定にできなかったのかしら。こうなると自分の浅はかさ加減が恨めしいわ)
心底うんざりしながらお茶を飲み終え、チラチラと自分の様子を窺いながら世間話をしているケインや他の面々の視線を感じつつ、アルティナはできるだけ自然に見える様に瞼を閉じて、椅子の背もたれに寄り掛かった。そして少ししてから、ケインが耳元で囁いてくる。
「アルティナ? 眠ったか?」
それを合図に、アルティナはゆっくりと目を開け、半ば本気で呆れながら苦言を呈した。
「……何を間抜けな事を言っている。団長達が呆れているぞ」
「しかしこういう場合、何と言ったら良いんだ?」
そのケインの困惑には答えず、彼女はテーブルを囲んでいる面々を見回し、アルティンの口調で挨拶した。
「団長、皆様、お久しぶりです。この度はわざわざこちらの屋敷に出向いて頂き、ありがとうございます。ケインから私と王太子妃殿下周辺に関する話は、お聞きの事かとは思いますが」
それにバイゼルが、溜め息を吐いてから応じる。
「ああ……。妃殿下に関する話はともかくとしてお前に関する内容は、正直ナスリーンの口添えがあっても、今まで半信半疑だったがな」
「非常識にも程がある存在になってしまい、誠に申し訳ありません。加えて至急、かつ内密な話をしたかったもので」
「その話は、近衛騎士団の執務棟でも不可能と言う事か? 穏やかでは無いな」
「それは後程、ご説明致します」
そこでかつての直属の部下に向き直ったアルティナは、真剣な表情で謝罪の言葉を口にした。
「カーネル。引継ぎも無く、急に後を任せて申し訳なかった。色々大変だったと思う。仕事上、支障は無かっただろうか?」
その問いにカーネルは背筋を正し、緊張した面持ちで応じた。
「確かに、少々隊内で混乱があった事は事実ですが、それは既に収束しておりますし、以前からの業務を滞りなく進めております。ご安心下さい」
「そうか。カーネルに任せておけば大丈夫だと思っていたが、それを聞いて安心した。これからも頑張ってくれ」
「隊長……、順当に逝くなら、私の方が遥かに先だった筈ですのに」
アルティナが笑顔で激励すると、感極まったらしい彼がじわりと涙腺を緩ませて呟いたが、それを聞いた彼女は一回り以上年上の相手を、苦笑しながら窘めた。
「カーネル。今の緑騎士隊隊長はお前だ。私を隊長呼ばわりするな」
「ですが」
「それよりも、ケイン経由で頼んでいた内容は、全て調べ終えているか?」
「……はい、勿論です。こちらをご覧下さい」
アルティナがかつての顔と口調で尋ねてきた内容に、カーネルも余計な感傷は瞬時に打ち消して仕事の顔に戻った。そして封筒に入れて持参してきた何枚かの書類をテーブルの上に出し、全員が見える様に広げる。
「カーネル隊長、これは?」
怪訝な顔で尋ねてきた青騎士隊長のガウェインに、カーネルが淡々と内容を説明した。
7
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説

【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。
白雪なこ
ファンタジー
両親の怪我により爵位を継ぎ、トレンダム辺境伯となったジークス。辺境地の男は女性に人気がないが、ルマルド侯爵家の次女シルビナは喜んで嫁入りしてくれた。だが、初夜の晩、シルビナは告げる。「生憎と、月のものが来てしまいました」と。環境に慣れ、辺境伯夫人の仕事を覚えるまで、初夜は延期らしい。だが、頑張っているのは別のことだった……。
*外部サイトにも掲載しています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる