ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原 皐月

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第3章 出仕への道

4.善後策

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「至急、お前に相談したい事ができたんでな。デニスに聞いたら、アルティナは酒に弱くてすぐ寝るから、お前を急いで呼び出したい時には酔わせれば良いと言われた。これ位の量なら良いか?」
「ああ、大丈夫だ。普通の蒸留酒だともう少し多く飲ませないといけないから、却ってこれ位度数が高い物を少量の方が良いな。それで?」
「デニスが先程知らせてくれた、この屋敷の襲撃計画情報と、その対処案だ」
「見せろ」
「ああ」
 瞬時に真顔になったアルティナに、ケインは目を通していた書類を手渡す。そして鋭い視線でその内容を確認していた彼女に、ケインは懸念を含んだ表情で尋ねた。

「その対処案ではお前、つまりアルティナも迎撃要員に入っているが、大丈夫だと思うか?」
「目的は、金庫の中に鎮座している持参金か。裏で糸を引いたのがどこか、明らかに分かるな」
「おい、アルティン」
 自分の問いを無視して独り言の様に呟いたアルティナに、ケインはイラついた様に声を荒げたが、彼女は書類から顔を上げて断言した。

「大丈夫だ、心配するな。アルティナの身体を動かす様になってから、どういう事ができてどういう事ができないと言うのは、一通り確認している。最近基本的な訓練もして、以前よりかなり身体を動かせる様になっているしな」
「それなら良いが……。まかり間違っても、アルティナの身体に傷は付けるなよ?」
「お前に言われるまでもない」
 きっぱりと断言したアルティナだったが、どうしても懸念を払拭できないケインが、独り言の様に呻く。

「やはり心配だ……、どうにかして夜勤の日程をずらすか……」
「止めろ。一度ですっぱり終わらせたいだろうが」
 心底嫌そうにアルティナが文句を言ったところで、クリフが控えめに問いを発した。

「あの……。この日家族や使用人は、この屋敷では無くて余所に居た方が良いでしょうか?」
 その問いに、一瞬アルティナは迷う素振りを見せたものの、平然と保障する。

「いえ、屋敷内に侵入する前に片を付けますから、お休み頂いていて構いません。ただ当夜は部屋の外に出ない事と、何か物音が聞こえても無視して頂く事を、徹底して貰う事になるとは思いますが」
「そうですか……。では何か、お手伝いをさせて貰いたいのですが。我が家の屋敷が襲撃されると分かっていて、アルティン様だけにお任せして熟睡するわけには……」
 生真面目にそう申し出たクリフに、アルティナは頷いて了承した。

「それなら当日は、クリフ殿にもお手伝い頂きましょうか」
「はい。剣も弓も兄程は使えませんが、人並みには扱えますので、存分にお使い下さい」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「ところでアルティンとデニスの名前は分かるが、他に動員する者の名前に『アルティン組』と書いてあるのは何なんだ?」
 クリフに頭を下げていてアルティナの反応が遅れた為、その問いにはユーリアが答えた。

「それはグリーバス領内から近衛騎士団に推薦した者達の中から、特にアルティン様に忠実な人間を集めて作った組織の事です。兄がまとめ役をしています」
「そう言えば……、以前デニスから、チラッと聞いた事があるな。だが彼らは、アルティナの中にアルティンの魂が存在している事を知っているんだろうか?」
 その素朴な疑問に、アルティナも首を捻った。

「そう言えば、どうなんだろうな?」
「兄さんもそこの所は、別に言ってませんでしたが……。あ、アルティン様、ここに」
 主の後ろから書類を覗き込んでいたユーリアが、最後の辺りの一文を指さすと、アルティナもそれを認めて頷いた。

「ああ、『自分の説明により、連中は諸事情を把握済み』とあるな」
「それなら色々な意味で大丈夫だな」
 それを聞いたケインは安堵して頷いたが、アルティナ達は全く安心できなかった。

(大丈夫じゃないわよ! この書き方だと、そもそもアルティナがアルティンだったから、以前と同様に動けると考えてるのか、単にアルティナの中にアルティンの魂が入っていて、保護対象だと考えているのか、分からないじゃない!)
(兄さん……。幾らケイン様が目を通すからって、もう少し具体的に分かる様に書いてくれるか、直に説明してくれても。どうしてあっさり帰るのよ? 本当にいい加減にして!!)
 女二人が本気で頭を抱えていると、ここでケインがある事についての懸念を口にした。

「それから、そのアルティン組の面々には、我が家から報酬をどれ位払えば良いんだ? 個人的に、屋敷の護衛を頼むわけだし」
「それは心配しなくて良い」
「しかし」
「彼らには今現在でも、近衛騎士団の俸給よりも多い額を、毎月個別に与えている」
 言われた内容が納得できなかったケインは、率直に尋ねた。

「アルティン? お前、そんな金をどこから捻り出しているんだ? 隊長の報酬だけでは足り無いだろうし、お前が死んでからはその報酬も無い。アルティナにはグリーバス公爵家の金は、全く動かせないだろうし」
「グリーバス家には金のなる木じゃなくて、金になるドレスがあったからな」
「はぁ?」
「ドレス?」
 ニヤリとおかしそうにアルティナが笑い、その背後でユーリアがうんざりした様に溜め息を吐いたのを見て、ケイン達は益々困惑した顔つきになったが、そんな二人にアルティナは笑いながら、詳細を説明し始めた。

「実はあの屋敷には、グリーバス家の先祖が建てた時に施しておいた、抜け道が幾つかあるんだ」
 それにケインは本気で驚いた表情になる。

「抜け道? 王宮でもあるまいし、本当にそんな物が、一介の貴族の屋敷にあるのか?」
「それが有ったんだな。ご先祖に相当用心深い方が居て、屋敷が襲撃されても確実に逃げられる様に、密かに作らせておいたんだろう。当主の寝室の棚の裏、当主夫人の衣装部屋のクローゼットの壁板、私が使っていた寝室のクローゼットの壁板にも、その隠し通路に繋がる入口がある。その通路を使って、互いの部屋も行き来できるといった優れ物だ」
 そこまで呆気に取られた表情で聞いていたケインは、真剣な顔つきで確認を入れた。

「因みに、外部への出口はどこに繋がっている?」
「隣の敷地にある、教会の祭壇の裏側だ。調べてみたら、公爵邸を建築したのと同時期に、グリーバス公爵家の全額寄進で建てられていた」
「成程……。そうなると当然、設計から実際の建築まで、全て当時のグリーバス公爵の指示で進めたわけだな?」
 納得して頷いた彼に、アルティナは説明を加えた。

「そういう事だ。祭壇の裏側なんて滅多に人は通らないし、目の前に廊下に通じる扉もある。加えて日中なら教会は開放されていて好きなだけ出入りできるし、夜間人気が無い教会に押し入る不心得者はそうそういないからな」
「秘密の通路の出入り口としては、まさに理想的だな」
 ケインがそう感想を述べた所で、ユーリアが少々うんざりとした口調で事情を説明した。
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