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第2章 アルティナの縁談
4.撤収
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それから暫くの間、アルティナの一方的な様々な手段の攻撃が続いたが、相手が完全に気を失い、この間の記憶もあいまいにしておく為の処置をきちんと済ませてから、彼女はこっそり寝室を抜け出して、廊下を歩き出した。
「これだけの物を隠して、堂々と持ち歩けるなんて、こういうビラビラしたドレスも、意外に有用性が有ったのね。今の今まで毛嫌いしていて、真面目に考えた事が無かったわ。反省しないと」
ここ最近の鬱憤晴らしを終えたアルティナは、人気のない廊下を進みながら、しみじみと自分の服装についての感想を口にした。その内容をユーリアが聞いたら「そういう用途で、ドレスを着る方なんていません!」と突っ込まれそうだが、人払いの為に周囲に全く人影は無く、窘められる事も無かった。そして漸く廊下の向こうにメイドの姿が見えた為、さり気なく声をかけた。
「あの……、すみません」
「え……、えぇ!? あ、あの、どうかされました?」
その動揺っぷりを見れば、アルティナが今頃はクレスタと共に寝室に居ると思っていたのは明白だったが、そんな事はそ素知らぬふりで、如何にも困った様に申し出た。
「どなたか執事の方を、呼んで頂けませんか? クレスタ様が何やらお疲れの様で、座って少しお話ししているうちに、急にお眠りになってしまって……。無理矢理起こすのも申し訳ないので、そのまま暫くお待ちしてみたのですが、全くお目覚めになる気配が無いものですから……」
神妙にそう告げると、そのメイドは狼狽しながら頷き、廊下を走り出した。
「こちらで少々お待ち下さい! 只今、呼んで参ります!」
「お願いします」
軽く頭を下げたアルティナは、狼狽著しい彼女を見送ってほくそ笑んだ。そして先ほどのメイドが、若干険しい表情の執事を伴って戻って来る。
「アルティナ様。旦那様がお休み中とか」
「はい、そちらの部屋です。様子を見て頂けますか?」
「分かりました」
出て来た部屋をアルティナが手で差し示すと、彼は足早に向かってドアを引き開けた。そして長椅子に横たわって、目を閉じている主に駆け寄り、軽く身体を揺すりながら呼びかける。
「旦那様! どうされました?」
「……ゅで、……、がい……、……けも……、っ……」
僅かに身じろぎして声は漏らすものの、目を覚ます気配の無いクレスタに、彼は当惑した表情になったが、ここで背後からアルティナが声をかけた。
「クレスタ様は、最近お仕事がお忙しかったのですか? それなのにわざわざ私の為にお時間を割いて頂いて、申し訳無かったです」
「はぁ……」
一々運ぶのも面倒くさいと、クレスタを蹴り転がしながら寝室から移動させ、気絶した彼を苦労して長椅子に引きずり上げて寝かせたアルティナは、そんな事は微塵も感じさせずに、しおらしく提案した。
「取り敢えず寝室の方に運んで頂いて、ゆっくり休んで頂きたいのですが」
「確かに、その方が宜しいでしょうね」
その執事は溜め息を吐いて同意し、控えていたメイドを振り返って指示を出した。
「おい。ここに、ギルとアーガスを呼んできてくれ」
「分かりました」
とても一人では主を移動できないため、使用人をメイドに呼ばせに行かせた執事に向かって、アルティナは当然の如く要求を繰り出す。
「それでは、馬車を一台用意して頂けますか? 我が家の馬車で母が帰ってしまいましたので、それで屋敷に戻りますので」
「……少々お待ち下さい、手配致します。取り敢えずアルティナ様は玄関まで移動して頂けますか?」
「分かりました」
彼は一瞬、舌打ちしそうな表情になったものの、恭しく頭を下げて歩き出し、アルティナはその後に付いて無言で進んだ。
(上手くいきすぎて拍子抜け。予想以上の戦利品も確保できたしね)
無事にこの屋敷から立ち去る算段を付けたアルティナは、玄関に向かって歩きながら太腿にくくりつけてきた物の事を考え、一人静かに笑みを零した。
玄関前の馬車寄せで、颯爽と降り立ったアルティナは、馬車の御者に短く礼を述べて玄関へ向かって歩き出した。すると馬車が門から入って来たのを窓から確認したらしい執事の一人が、重厚なドアを開けて一瞬固まる。
「戻りました」
「……お帰りなさいませ」
すかさず帰宅の挨拶を口にしたアルティナに、執事は辛うじて頭を下げて応じた。そのまま自室へ向かおうとしたアルティナに、玄関ホールまでやって来ていた侍女頭が、控え目に声をかける。
「あの……、アルティナ様?」
「何か?」
振り返って問い返した彼女に、侍女頭は内心の困惑を露わにしながら述べる。
「今日はどちらかへお泊まりの予定ではなかったのですか? 奥様から、そうお伺いしていましたが」
しかしその問いかけにも、アルティナは真顔で返した。
「いいえ? 随分おかしな事を言うのね。そんな予定は無かったけど」
「ですが」
「現に、こうして私が帰って来ているのだし。単純なお母様の勘違いよ。このところ夜会続きで、お疲れなんじゃないかしら?」
「……そうでございますか」
尚も言いかけた侍女頭の台詞を遮り、アルティナは淡々とした口調ながら、きっぱりと言い切った。その為、反論を封じられた侍女頭は、幾分悔しそうに口を閉じる。そんな彼女に、アルティナは微笑みながら言い聞かせた。
「あなた達も、少し気をつけてくれるかしら? お母様は若く見えても、もうお年なんだから。お母様には、いつまでも長生きして頂きたいものね。それでは部屋に戻ります」
そう一方的に告げて歩き出したアルティナだったが、彼女を引き止めたり咎め立てする者は皆無だった。
「これだけの物を隠して、堂々と持ち歩けるなんて、こういうビラビラしたドレスも、意外に有用性が有ったのね。今の今まで毛嫌いしていて、真面目に考えた事が無かったわ。反省しないと」
ここ最近の鬱憤晴らしを終えたアルティナは、人気のない廊下を進みながら、しみじみと自分の服装についての感想を口にした。その内容をユーリアが聞いたら「そういう用途で、ドレスを着る方なんていません!」と突っ込まれそうだが、人払いの為に周囲に全く人影は無く、窘められる事も無かった。そして漸く廊下の向こうにメイドの姿が見えた為、さり気なく声をかけた。
「あの……、すみません」
「え……、えぇ!? あ、あの、どうかされました?」
その動揺っぷりを見れば、アルティナが今頃はクレスタと共に寝室に居ると思っていたのは明白だったが、そんな事はそ素知らぬふりで、如何にも困った様に申し出た。
「どなたか執事の方を、呼んで頂けませんか? クレスタ様が何やらお疲れの様で、座って少しお話ししているうちに、急にお眠りになってしまって……。無理矢理起こすのも申し訳ないので、そのまま暫くお待ちしてみたのですが、全くお目覚めになる気配が無いものですから……」
神妙にそう告げると、そのメイドは狼狽しながら頷き、廊下を走り出した。
「こちらで少々お待ち下さい! 只今、呼んで参ります!」
「お願いします」
軽く頭を下げたアルティナは、狼狽著しい彼女を見送ってほくそ笑んだ。そして先ほどのメイドが、若干険しい表情の執事を伴って戻って来る。
「アルティナ様。旦那様がお休み中とか」
「はい、そちらの部屋です。様子を見て頂けますか?」
「分かりました」
出て来た部屋をアルティナが手で差し示すと、彼は足早に向かってドアを引き開けた。そして長椅子に横たわって、目を閉じている主に駆け寄り、軽く身体を揺すりながら呼びかける。
「旦那様! どうされました?」
「……ゅで、……、がい……、……けも……、っ……」
僅かに身じろぎして声は漏らすものの、目を覚ます気配の無いクレスタに、彼は当惑した表情になったが、ここで背後からアルティナが声をかけた。
「クレスタ様は、最近お仕事がお忙しかったのですか? それなのにわざわざ私の為にお時間を割いて頂いて、申し訳無かったです」
「はぁ……」
一々運ぶのも面倒くさいと、クレスタを蹴り転がしながら寝室から移動させ、気絶した彼を苦労して長椅子に引きずり上げて寝かせたアルティナは、そんな事は微塵も感じさせずに、しおらしく提案した。
「取り敢えず寝室の方に運んで頂いて、ゆっくり休んで頂きたいのですが」
「確かに、その方が宜しいでしょうね」
その執事は溜め息を吐いて同意し、控えていたメイドを振り返って指示を出した。
「おい。ここに、ギルとアーガスを呼んできてくれ」
「分かりました」
とても一人では主を移動できないため、使用人をメイドに呼ばせに行かせた執事に向かって、アルティナは当然の如く要求を繰り出す。
「それでは、馬車を一台用意して頂けますか? 我が家の馬車で母が帰ってしまいましたので、それで屋敷に戻りますので」
「……少々お待ち下さい、手配致します。取り敢えずアルティナ様は玄関まで移動して頂けますか?」
「分かりました」
彼は一瞬、舌打ちしそうな表情になったものの、恭しく頭を下げて歩き出し、アルティナはその後に付いて無言で進んだ。
(上手くいきすぎて拍子抜け。予想以上の戦利品も確保できたしね)
無事にこの屋敷から立ち去る算段を付けたアルティナは、玄関に向かって歩きながら太腿にくくりつけてきた物の事を考え、一人静かに笑みを零した。
玄関前の馬車寄せで、颯爽と降り立ったアルティナは、馬車の御者に短く礼を述べて玄関へ向かって歩き出した。すると馬車が門から入って来たのを窓から確認したらしい執事の一人が、重厚なドアを開けて一瞬固まる。
「戻りました」
「……お帰りなさいませ」
すかさず帰宅の挨拶を口にしたアルティナに、執事は辛うじて頭を下げて応じた。そのまま自室へ向かおうとしたアルティナに、玄関ホールまでやって来ていた侍女頭が、控え目に声をかける。
「あの……、アルティナ様?」
「何か?」
振り返って問い返した彼女に、侍女頭は内心の困惑を露わにしながら述べる。
「今日はどちらかへお泊まりの予定ではなかったのですか? 奥様から、そうお伺いしていましたが」
しかしその問いかけにも、アルティナは真顔で返した。
「いいえ? 随分おかしな事を言うのね。そんな予定は無かったけど」
「ですが」
「現に、こうして私が帰って来ているのだし。単純なお母様の勘違いよ。このところ夜会続きで、お疲れなんじゃないかしら?」
「……そうでございますか」
尚も言いかけた侍女頭の台詞を遮り、アルティナは淡々とした口調ながら、きっぱりと言い切った。その為、反論を封じられた侍女頭は、幾分悔しそうに口を閉じる。そんな彼女に、アルティナは微笑みながら言い聞かせた。
「あなた達も、少し気をつけてくれるかしら? お母様は若く見えても、もうお年なんだから。お母様には、いつまでも長生きして頂きたいものね。それでは部屋に戻ります」
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