ものぐさ魔術師、修行中

篠原 皐月

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第2章 魔術師兼女伯爵兼公爵令嬢な日々

16.波乱含みの始まり

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 進行役の指示により、出席者が左右に寄って中央を空けると、まず主役のミリアとエスコート役のレオンがダンスを一曲披露した。そして無事踊り終えて会場中から拍手が沸き起こる中、続けて今回が社交界デビューのペアが数組、中央に集まる。その中には御披露目の夜会やランセルの即位記念の夜会が波乱のうちに強制終了となった為、未だ人前で踊った事が無かったシェリルと、当然の事ながらグラード伯爵として初参加のエリーシアも含まれていた。

「やっぱり緊張するわ。散々復習はしたけど」
 婚約者のジェリドにエスコートされて出て来たシェリルは、自然に義姉の側に寄って愚痴っぽく囁いたが、それに盛大な溜め息が返ってきた。

「復習できただけ良いじゃない。私なんか仕事と術式構築と対応集の丸暗記で時間を取られて、完全にぶっつけ本番なんだから。踊り方を忘れていないか心配で、怖くてミレーヌ様が居る方を直視できないわ」
「ごめんなさい……。でももう一回特訓し直しとかは、本当に勘弁して欲しい」
「同感。グレイル夫人は嬉々として引き受けそうだものね」
 二人は少し前に自分達をビシバシ指導してくれた、笑顔が怖すぎる赤毛の女性を脳裏に思い浮かべ、揃って項垂れた。そんなパートナーの様子に苦笑しつつ、さり気なくジェリドとディオンが彼女達の手を引いて、少し距離を取って立つ。
 今回ダンスを披露するのは、エリーシア達を含めて五組であり、音楽が奏でられると十分な間隔を取りつつ一斉に踊り出したが、幸いな事に一度習った事を体は忘れていなかったらしく、全く戸惑う事なくスムーズに踊れている事に、エリーシアは安堵した。

「良かった。ディオンの足を踏まずに済みそう」
 緊張がほぐれて楽しげに相手に話しかけると、苦笑気味の声が返ってくる。
「もし踏まれても大丈夫な様に、今日の靴にサイラスさんが防御魔術をかけてくれたんですが、無駄になりそうですね」
 それを聞いたエリーシアは、僅かに目を細めてディオンを睨んだ。
「ディオン? 一体、陰で何をしているのかしら?」
 それにディオンは、幾分困った様に謝罪の言葉を口にした。

「すみません。でもサイラスさんと廊下でばったり出くわした時に、向こうから申し出て下さって。『翌日足が腫れ上がって歩けなくなったら、仕事に差し支えるぞ』と言われたら、無碍に断るのも悪いかと……」
「まあ……、確かに仕事に穴をあけるわけにはいかないわよね」
(サイラスの奴……。明日出勤したら、絶対文句を言ってやるわ)
 密かにそんな事を決意しながら、エリーシアはディオンを相手に息を合わせて踊り続けた。そして踊っている五組の男女を眺めながら、会場のあちこちで色々な立場の人間が、様々な感想を囁き合っていたが、そのうちの一人が面白く無さそうに呟いた。

「やっぱり、随分仲が良さげじゃないか……」
 ダンスを済ませて元の位置に戻っていたレオンが、忌々しげにそんな事を呟いた為、横に立つミリアが素っ気なく言い放つ。
「そんなに気になるなら、このダンスが終わったら暫くは歓談の時間になるから、彼女の所に行って来たら?」
「言われなくてもそうする」
「行けたら、の話ですけどね」
「……何?」
 にやりとからかう様な笑みを浮かべた妹をレオンは軽く睨んだが、ミリアはそんな事には構わずに、平然と言ってのけた。

「忘れたのかしら? こういう夜会の歓談時間って、王太子妃狙いの令嬢達が、お兄様を幾重にも取り囲むじゃない。それを堂々と突破して行く気? まあ、どうしてもやりたいのなら止めませんけど、エリーシアにしてみれば迷惑よねぇ。ただでさえ伯爵位をお父様から押し付けられて、色々窮屈な思いをしているみたいだし」
「……ミリア」
 すこぶる冷静な指摘に、反論を封じ込まれたレオンは、ひくりと顔を引き攣らせた。そして低く唸る様に名前を呼ばれたものの、そんな物は怖くもなんともなかったミリアは、横柄に言葉を継いだ。

「大体、夜会が終了するまでエスコートすべき主役の妹を放り出すとは良い度胸ですわね、お う た い し さ ま? 自分の役目を最後まで果たして頂けるなら、私がエリーシアと直にお話ししたいからと係の者に頼んで、ここに連れて来て貰っても良いのよ? そうすれば角も立たないと思うのですけど?」
「…………」
「どうするの? お兄様?」
 尚も余裕の笑みを浮かべながら問いかけてきたミリアに、レオンが不承不承頷く。

「……そうしてくれ」
「じゃあ今度、私のお願い事も聞いてね?」
「分かった」
 うんざりしながら会話を終わらせたレオンだったが、そこでダンスを終えて戻って来たシェリルの顔を見た途端、彼女にエリーシアを呼んで貰えば良い事に気が付き、ひとしきりシェリルを巻き込んでミリアと口論する事となった。


「さて、無事にダンスも終わりましたし、ファルス公爵の所に行きますか?」
 そうディオンに問われて義父の姿を探したエリーシアだったが、その姿を認めたところで、かなり気乗りしなさそうに言葉を返した。

「ええと……、既に面倒そうな人と話しているし、少し様子を見た方が良いかも」
「ああ、シグド侯爵ですか……。確かにあの方は話はくどいし、ガチガチの保守派ですから、近寄ったらエリーシアさんは格好の餌食ですね。『女だてらに王宮専属魔術師なんてけしからん!』とか言いそうです」
「……勘弁してよ」
 彼女の視線を追ったディオンは納得したように軽く頷き、エリーシアはうんざりした様に溜め息を吐いた。そしてディオンが広い会場をぐるりと見回してから、徐に断りを入れてくる。

「あの……、すみません、エリーシアさん。お世話になっている遠縁の方が居たので、ご挨拶をしてきても良いでしょうか?」
 その問いかけに、エリーシアは笑って頷いた。

「あら、そんな事遠慮しなくて良いのよ? 知り合いとゆっくりお話ししてきて構わないから」
「ありがとうございます。ちょっと行って来ます」
「私、向こうの壁際の席で、大人しくしているから。用事が済んだら来てくれる? 頃合いを見て、お父様達の所に行きましょう」
「分かりました」
 エリーシアが休憩用の椅子が設えてある、会場の一角を指差しながら申し出ると、ディオンは了承して彼女から離れて行った。その背中を少しの間眺めてから、エリーシアは目的の場所に向かって踵を返した。
 途中、飲み物を配っていた給仕からグラスを受け取り、それを片手に持ちながらゆっくりと歩いていく。しかし少しの差で、椅子が年配の者達で全て埋まってしまった為、諦めて壁の花に徹する事にした。そして振り返って会場全体を見回しながら、グラスの中の琥珀色の液体で喉を潤す。

(さてと。夜会開始早々、仕掛けてくる様な底抜けのお馬鹿さんは居ないと思うけど、どうやって暇つぶししようかしら?)
 しかしエリーシアのそんな懸念は、その直後に彼女の周囲で発生した声によって霧散した。

「あぁら、随分見慣れない方がいらっしゃるんじゃない?」
「まあ、本当ですわね。一体、どちらから迷い込んだのやら」
「それにしても、随分貧相なドレスですこと! 今流行りの物を揃える事すらできないなんて、お可哀想に」
「仕方ないのではありません? 所詮、紛い物の伯爵様みたいですし」
 いつの間にか半ば自分を包囲する様に立ち、こちらを無遠慮に眺め回しながら好き勝手にさえずった挙げ句、顔を見合わせて含み笑いをしている同年代の着飾った令嬢達を、エリーシアは冷めた目で眺めつつ内心でほくそ笑んだ。

(どこにも居るのね、お馬鹿さんって……。そっちがその気なら、遠慮なく利用させて貰おうじゃない。仕掛けてきたのはそっちが先なんだから、悪く思わないでね?)
 頭の中で素早く算段を整えながら、エリーシアは彼女達に向かって、ゆっくりと口を開いた。
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