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第2章 魔術師兼女伯爵兼公爵令嬢な日々

11.得物認定と暗躍主従

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「失礼します。魔術師棟から補修計画案が届きました」
「分かった。早速見せてくれ。それから魔術師殿、補足説明があるなら頼む」
「はい、畏まりました」
 部屋に入り、更にもう一つ奥のドアを開けて入ると、目の前の大きな机で書類を捌いていたジェリドが、近衛軍第四軍司令官の顔で出迎えた。それを意外に思いながらも、エリーシアは仕事に徹する事にして簡単に口頭で解説を加える。

(うわ、意外。ちゃんと真面目に仕事してるんじゃない。シェリルの顔を見に、後宮にちょくちょく顔を出しているから、部下に仕事を丸投げしていると思ったのに)
 そして短いやり取りの後、渡した資料とは別の書類にサラサラと何かを書き留めたジェリドは、それを手早く丸めてエリーシアに向かって差し出した。

「計画内容については了解した。それではこちらの文書を、魔術師長殿に渡して欲しい」
「お預かりします」
「ところで……、最近、変な奴に絡まれたりしていないか?」
「はい?」
 唐突な話題の転換に、机越しに書類を受け取った前傾姿勢のまま、エリーシアは固まった。それを見たジェリドが、淡々と付け加える。

「ここに来るまでに、近衛棟の入り口付近で、軽く揉めただろう?」
「揉めたと言うか……、一方的に睨まれただけですが。ひょっとしてご覧になっていました?」
 軽く驚きながら尋ねると、さらりと何でもない事の様に返された。

「王宮内といえど、どんな人間が紛れ込んで来るか分からないからな。軍務上の機密保持の為、近衛棟内外の監視位は当然だ」
(そう言えば……、この人って魔術師としては働いていないけど、王宮専属魔術師並みの魔力と術式行使力を持ってるって、以前言ってたっけ)
 彼女がしみじみとその事実を思い返していると、ジェリドは両手を組みながら物騒過ぎる事を口にした。

「ウェスリーが目障りなら、綺麗さっぱり骨も残さず排除しておくが?」
「おい、ジェリド!」
「ちょっ……、排除って何をするつもりですか!?」
 思わずアクセスとエリーシアが血相を変えたが、本人は至って冷静に話を続ける。

「排除は排除だ。君が不愉快な思いをすると、シェリルが悲しむ」
(真顔で物騒過ぎる事を言わないで……。このイカレ野郎、どこまでもシェリル本位なんだから!)
 頭痛がしてきたエリーシアだったが、気合いを振り絞ってジェリドに申し出た。

「別に実害は無いですから、放っておいて下さい」
「実害が有ってからでは遅いと思うがな。君は貴族の次男三男、特に下級貴族の奴らからしたら、垂涎の的だ」
「何ですか、それは?」
 突然意味不明な事を言われてエリーシアは怪訝な顔になったが、対するジェリドも意外そうな顔になった。

「分からないのか?」
「はい。どういう意味でしょうか?」
 どうやら本当に分かっていないらしいと感じたジェリドは、アクセスと無言で顔を見合わせ、溜め息を吐いてから話し出した。

「貴族が保有している爵位と領地を継承できるのは、主に嫡子である長男だ。するとその他の息子は、どうなると思う?」
 その問いかけに、エリーシアはちょっと考え込んでから、慎重に答える。

「どうなるって……、他の貴族の婿養子になるとか、ですか?」
「貴族の数も限られているのでね。特別に陛下から許可を貰って領地を分割して分家を立てる他は、自分の能力で身を立てるしかない。官僚になるか軍人になるか、はたまた商売で才覚を現して有力商人の娘婿にでも収まるか」
「はあ、それなりに大変なんですね。それが?」
 そこでジェリドは顔付きを改め、再度問いかける。

「それなりに能力がある者はともかく、誇れるものは血筋と容姿だけのろくでもない連中の前に、爵位持ち領地持ちそこそこ美人、加えて王妃の姪なんて女がポンと出てきたらどうなると思う?」
「その彼女と結婚できたら、自分は爵位は持てなくても、領地運営で自由になる金は入るし、王妃様の後見を得られるかもしれないし、自分の子供にはもれなく爵位と領地が譲られることになるから、万々歳だな」
 懇切丁寧なアクセスの補足説明を聞いて、エリーシアは漸くジェリドが言っていた意味を理解した。

「……ひょっとして私、そういう連中から獲物認定されてるんですか?」
 それにジェリドは軽く頷き、僅かに顔を顰めながら話を続ける。
「魔術師長辺りから、忠告されていなかったらしいな」
「いえ、副魔術師長とかからは、王宮専属魔術師になりたくてもなれなかった人間も王宮には居るから、言動に気を付けろとは言われましたが……」
 一応弁解がましく口にしてみたものの、ジェリドとアクセスは揃って重い溜め息を吐いた。

「彼らは良い意味でも悪い意味でも、魔術馬鹿だからな……」
「王妃様や公爵夫妻とかも、敢えてそこら辺は言わなくても察していると思ったんですかね……」
「…………」
 全く反論できなかったエリーシアが黙り込むと、ジェリドがすぐに気持ちを切り替え、話を纏めにかかった。

「とにかく、そういう事だ。君がそうそう変な奴に遅れを取る事は無いだろうし、今のファルス公爵を相手に揉め事を起こそうなどと考える底無しの馬鹿はいないと思うが、馬鹿は馬鹿だから時々予想もつかない馬鹿をやらかす事が有る。徒党を組んで君を嵌める真似をする可能性も考えられるから、気を付けておいた方が良い」
「分かりました。ご忠告、ありがとうございます」
 一応自分の身を案じて、真面目に忠告してくれたらしい相手に、エリーシアは素直に頭を下げたが、次のジェリドのセリフに僅かに顔を引き攣らせた。

「礼は不要だ。ただ感謝の気持ちを行動で表したいなら、姫との婚儀日程を前倒ししてくれる様に、陛下と直談判してくれれば」
「一生婚約してなさい。お話が終りなら、これで失礼します」
「冗談だ。魔術長殿に宜しく」
 冷たい視線を向けつつ、自分のセリフをぶった切ったエリーシアにジェリドは苦笑した。そして彼女が足音荒く部屋を出て行ってから、真顔になって傍らの副官を見上げる。

「アクセス、王妃様辺りから、依頼を受けているんだろう?」
「一応」
 短く答えたアクセスに、ジェリドが淡々と話を続ける。

「いつも通り、事務処理は俺が全て処理しておく。空いた時間で、内偵の指揮を執ってくれて構わない」
「分かりました。いつも以上に勤勉な上司で嬉しいですよ」
 半分以上皮肉を含んだ物言いだったのだが、ジェリドは平然と言い返した。

「なに、後から彼女の為に頑張った事を聞いたら、シェリルが喜んで褒めてくれるだろうからな」
 それを聞いたアクセスが、思わず机に手を付いて脱力する。

「……本っ当にあんた、シェリル姫大好き人間ですよね。どうせ彼女が姫の義姉じゃなかったら、忠告もしなかったでしょう?」
「当然だ。無駄な事は嫌いだ」
「へいへい、ごもっともで」
 うんざりとした表情で司令官室を出たアクセスだったが、早速頭の中でこれからの段取りと動員計画を立案しながら、廊下を歩いて行った。
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