ものぐさ魔術師、修行中

篠原 皐月

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第2章 魔術師兼女伯爵兼公爵令嬢な日々

5.公爵家の事情

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「あの……、お母様? さっきお祖父様が言っていた『尊信名』とは何ですか?」
 その問いに、彼女が歩きながら答える。

「この国は建国当初からルード教を信仰しているけど、爵位を保持している家の者は殆ど神殿に寄進して、親が付けた名前とは別に神から名前を賜る事になっているの。要はお金を払って、神官に付けて貰うのだけど」
 どうやら貴族間では常識だったらしい内容を聞いて、エリーシアは素直に驚いてみせた。

「それは知らなかったです。じゃあ羽振りの良い商人とかも、付けて貰っているんですか?」
「いいえ。初代国王が名前を貰った事に倣って貴族の慣習として広まった事だから、幾らお金があっても平民には賜れない事になっているの。だからそれが、貴族か否かの分かれ道ね。だけど頻繁に名乗るわけでは無いから、貴族間以外では意外に知られていないかもしれないわ」
「はあ、なるほど……」
 得心がいったエリーシアが頷くと、ここでフレイアが如何にも申し訳無さそうに言い出した。

「私、てっきりあなたが陛下から伯爵位を賜った時に、ミレーヌ様辺りが尊信名の手続きをされたと思い込んでいたの。王妃様の所で顔を合わせた時、あなたが『エリーシア・グラード』と名乗った時点で、不審に思うべきだったわ」
 そんな事を口にして、痛恨の表情を浮かべたフレイアを、エリーシアは慌てて宥める。

「いえ、私もそこら辺の知識が無いもので、外で名乗ったりしたら危うく恥をかくところでした。これからも色々教えて下さい」
「勿論よ。ミレーヌ様に頼まれただけじゃなくて、あなたはもう我が家の一員なんだもの。心配しないで頂戴。お義父様もあなたの事は気に入ってくれたみたいだし」
 そこで気を取り直した様に微笑んだフレイアに、エリーシアは少しだけ懐疑的な視線を向けた。

「……そうなんですか?」
「ええ。さっきはあんな面白くなさそうな顔をしてたけど、この間色々煩かったのよ? あなたが過ごす予定の部屋の周りをウロウロしては『もうちょっと若い娘が好む様な、可愛らしい壁紙の方が良いんじゃないか?』とか、『家具が足りな過ぎるぞ。ドレスも装飾品ももっと必要だろうに』とかブチブチ文句を言っていて」
 そう言ってクスクスと笑ったフレイアに、エリーシアは微妙な笑みを返した。

「ええと……、歓迎して下さってる事は、良く分かりました」
(お金を払って、わざわざ手続してくれる位だしね。物凄く、分かりにくそうだけど)
 そんな風に納得していると、フレイアがしみじみとした口調で言い出した。

「お義父様も孫娘ができて嬉しいのね。娘はアルメラ様だけだったし、アルテスも含めて息子達の所に産まれた孫は、全員男なのよ」
「男系の家系なんですね……」
「それでシェリル姫が唯一人の孫娘に当たられるけど、長い間行方不明になっていたし、それがよりにもよって自分の娘のせいでしょう? しかもアルメラ様が産んで行方不明になったのは、未だに対外的には王子になっているから、彼女と我が家の関係を公に出来ない上、面目無いと言ってご機嫌伺いにも行けていないし……」
 そこで頬に片手を当て、物憂げに溜め息を吐いたフレイアの横顔を眺めながら、エリーシアは少し考え込んだ。そして自分なりの推論を述べる。

「……ミレーヌ様はそれも踏まえて、私をファルス公爵家の養女にさせたんでしょうか?」
「え? どういう事かしら?」
 怪訝な顔になったミレーヌに、エリーシアが微笑みながら提案した。

「少し落ち着いたら、このお屋敷にシェリルを呼んでも良いですか? 自分の家に、義妹を招待してもおかしくないと思いますが」
 それを聞いたフレイアは、驚いた様に何度か瞬きしてから、嬉しそうに微笑んだ。
「勿論、構わないわ。大歓迎よ?」
 そしてこれまで以上に和やかな空気を保ちつつ、先程の部屋に戻って来た二人だったが、部屋に入るなりエリーシアの顔が驚愕のあまり引き攣った。

「あの……、お母様。これは一体、何事でしょうか?」
 エリーシアの疑問は尤もで、ギルターの部屋に行って帰ってくる間の短い時間に、室内に所狭しと様々なドレスが飾り立てられていた。そして唖然としているエリーシアに、フレイアが笑顔で事も無げに告げる。

「今度、エリーシアが王宮での夜会に着て行くドレスを仕立てようと思ったのだけど、ミレーヌ様のお話では前回の陛下の即位二十周年記念の時は、十着以上作った中から選んだのですって?」
「はぁ……。あの、まさかこれらが、今度のドレスというわけでは……」
 エリーシアが冷や汗を流しながら確認を入れると、幸いな事に否定の言葉が返ってくる。

「あら、違うわ。これは私が若い頃に作って、保管してあったドレスなの。闇雲に何種類も作って選ぶより、どういった傾向の物が良いかを実際に見て貰って、それを元に一着だけ作れば良いかと思ったのよ」
「……そうでしたか。配慮して頂いて、ありがとうございます」
(だけどこんな短時間に、どうやってこれだけの椅子やテーブルやハンガーを運び込んだわけ? さすが公爵家の使用人、侮れないわ)
 神妙に礼を述べながらも、エリーシアの視線は室内に所狭しと並べられたドレスと、部屋の隅でニコニコと微笑んでいる自分付きとなった侍女達の間を行ったり来たりした。そんな彼女の動揺を更に増幅する台詞を、フレイアが口にする。

「我が家の娘になって初めての夜会に着るドレスだから、本当ならお金に糸目を付けずに、何着も作りたいのだけれど……」
「いえ! ここはやはり厳選して、一着だけ作りましょう!」
 力一杯エリーシアが主張すると、フレイアが笑顔で頷く。
「ええ、そうしましょうね。王妃様から頂いたこの前作ったドレスは、今後幾らでも使う機会があるでしょうし」
(ああ!? そう言えば、それがあったんじゃない!)
 すっかり忘れ去っていた存在を思い出したエリーシアは、なんとか笑顔を浮かべつつ控え目にフレイアに提案した。

「あ、あの……、お母様? 今回は以前作って頂いたドレスの中から選ぶと言う事にしま」
「さあ、遠慮しないで、どんな感じの物が良いか選んで頂戴ね! 楽しみだわ~、娘とドレス談義をするのが夢だったのよ!」
「……はい」
 フレイアの意気込みを目の当たりにして、エリーシアは自分の希望を最後まで言う事すら構わず、夕食の時間になるまでの間、ドレスについての熱い論争に巻き込まれる事になった。
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