ものぐさ魔術師、修行中

篠原 皐月

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第1章 エリーシアの素性

9.緘口令発令

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 昼休憩の時間、エリーシアは後宮に戻ってシェリルと一緒に昼食を食べながら、午前中の一連の出来事を語って聞かせた。すると予想通りシェリルは目を丸くし、次いで呆然としながら疑問を口にする。

「驚いたわ。エリーがルーバンス公爵の隠し子で、ミレーヌ様の姪だったなんて。それで、さっき言ってた《右鷲会》って何?」
「ルーバンス公爵家の家紋が、左を向いている鷲のデザインなんですって。それで同じ鷲だけど、ルーバンス公爵家とは反対の方を向いている集団って事で、公爵に反感を持ってる庶子達で作っている非公式の会の事を、右鷲会って自称しているそうよ。そのまとめ役が、最年長で王宮専属副魔術師長のガルストさん。もう笑い話にもならないわ」
 そこで自嘲気味に義姉が笑った為、シェリルは慎重に問いを重ねた。

「ええと……、『庶子達』って、何人も居るの?」
「分かっているだけで、私は九人目らしいわ。他にも財務省の主計官次長とか近衛軍の部隊長とかミスティア国副大使とか、将来有望な人達が揃ってるみたい。侯爵夫人やルディス商会の後継者夫人とかも居るそうだし、早速ガルストさんが魔導鏡で連絡を入れたら、今度私の歓迎会を開いてくれるって話になったみたいね」
「へ、へえ……、何かお父さんはちょっとどうかと思うけど、お兄さんとかお姉さんは、気さくで優しい人達揃いみたいで良かったわね」
「本当にね。一気に兄姉が増えて、びっくりよ。世の中不思議に満ちてるわ。しかも本妻の子供や、公爵家に引き取られた庶子は揃いも揃って凡庸な人間ばかりで、放っておかれた方は皆揃って頭角を現したり玉の輿って笑っちゃうわね」
 それを聞いたシェリルは、思わず首を傾げて考え込んだ。

「そうなると……、エリーも公爵に引き取られないで良かったわけ?」
「そうかもね。副魔術師長も実力を認められて王宮勤務を始めてから、公爵がすり寄って来たそうよ」
「今回が初めてじゃないんだ……」
 思わず溜め息を吐いてしまったシェリルに、エリーシアが酷薄な笑みを浮かべて見せる。

「全く、馬鹿にしてるわよね。最近国王陛下から領地と伯爵位を賜った、魔術師の頂点たる王宮専属魔術師に就いた女が、かつて養育義務を放棄して前王宮魔術師長に渡した自分の庶子だと分かった途端、嬉々としてあんな誓約書を引っ張り出して来たわけよ。あんな厚顔無恥な男が実の父親って……、ちょっと人生に絶望しかけたわ」
「エ、エリー?」
 そこで自分の醸し出す空気でシェリルを少し怯えさせてしまったらしいと感じたエリーシアは、出来るだけ明るい笑顔を心掛けて言い繕った。

「ガルストさんに説明して貰った直後はそうだったんだけど、『俺もそうだった。気丈に生きるんだぞ?』って後から改めて慰められて、気を取り直したわ。同胞がいる事がこんなに素晴らしいって感じたのは初めてだわ」
「……それは良かったわね」
「それで、《右鷲会》はルーバンス公爵の子供だけどムチャクチャ反感持ってる人間の集まりだから、《反ルーバンス公爵、親ミレーヌ王妃派》と周囲から見なされているそうよ。その方針に私も大賛成」
 言われた内容を頭の中で考えたシェリルだったが、納得できかねる顔つきで問いかけた。

「ええと……、ルーバンス公爵って、ミレーヌ様の実のお兄さんでしょう? それって成り立つ物なの?」
「なってるみたい。ルーバンス公爵は自分の言いなりにならない庶子達を目の敵にしてるけど、その分王妃様が自分の甥や姪だからって、しっかり後見してくれてるそうよ。はっきり言って無能なルーバンス公爵が王宮内でそこそこ影響力を保てているのは王妃様の手腕のお陰だから、ミレーヌ様に対して強く出られないみたいね」
 小さく肩を竦めてエリーシアが事も無げに言ってのけた為、シェリルはがっくりと肩を落とした。

「やっぱり王宮って、良く分からない所ね……」
「同感。なかなか慣れそうにないわ。おまけに何度か考えてみても、王妃様とファルス公爵のあのやり取りの意味が分からないし」
 ここで難しい顔付きになって考え込んだエリーシアに、シェリルが恐る恐る声をかける。

「あの、エリー? それって、ひょっとして……」
「え? シェリル、分かるの?」
「分かると言うか、何と言うか……」
 問われて言葉を濁したシェリルだったが、ここで壁際から控え目な、しかししっかりとした意思を伝えてくる声が上がった。

「シェリル様!」
「え? なに? ソフィア、リリス」
 反射的に二人が顔を向けると、シェリル付きの侍女二人が、真剣な面持ちで主を手招きしているのが目に入った。通常であれば不作法以外の何物でも無い行為だったが、普段そんな事はしない二人だった為、シェリルは困惑した顔付きで立ち上がりつつ、義姉に断りを入れる。

「ちょっと行って来るわね」
「良いけど……」
 頷いたエリーシアが不思議そうに見送り、シェリルが壁際に到達した途端、侍女二人は声を潜めてシェリルに言い聞かせた。

「シェリル様。ここはエリーシアさんに、何も言わない方が良いです」
「どうして? レオンはエリーの事を好きなんじゃないの?」
「そうだと思いますが、エリーシアさんは王太子殿下の事は、全く眼中にありませんよ」
「ああいう自活しているタイプの方は、間違って玉の輿なんか夢見ませんし。お二人で森で暮らしていた頃も、殿方とお付き合いとかされてませんよね?」
 二人に断言されたシェリルは、思わず当時の事を思い返した。

「ええと……、そうね。私の事もあったかもしれないけど、街から帰ってくると『甲斐性が無い野郎に金や地位を持たせる程、無駄な事は無いわ!』とか『あれ位でビビって逃げる位なら、最初から声をかけるな!』とか、良く悪態を吐いてたかも……」
「逞し過ぎます、エリーシアさん……」
 思わず項垂れたリリスの横で、ソフィアが怖い位真剣な顔で、シェリルに問いかける。

「そんな彼女からすると、レオン殿下は箱入りボンボンの最たる物なんです。シェリル様が今の時点でうっかり『レオンはエリーの事好きみたいよ?』なんて口を滑らせたら、どうなると思います?」
「ど、どうなるのかしら?」
 全く予想が付かなかったシェリルが顔を強張らせながら尋ねると、ソフィアが重々しく告げた。

「『何それ? 新手の冗談にしても質が悪いわ。あんな甲斐性が無さそうな奴願い下げよ!』とか言って、高笑いしそうですね。まかり間違ってそれが人伝にレオン殿下の耳に入ったりしたら、面と向かって言われるよりダメージが大きいかと思われます」
「……確かにそうかも」
 その危険性に気付いたシェリルが心配そうな表情になると、リリスがしみじみとした口調で言い出す。

「レオン殿下は打たれ弱い……、って言うか、決して馬鹿な方じゃありませんが、王太子としての立場上、今まで殆どまともに打たれた事なんかないじゃないですか。やっぱり鉄は熱いうちに、殿方は子供の頃に打たれないと駄目ですよね~」
「身も蓋も無いわね、リリス」
「えぇ? ソフィアさんは違う意見なんですか?」
「全く同意見だけど、その究極甲斐性無しお坊ちゃんが、シェリル様の異母弟なのよ?」
「あ、そうでしたね! 失礼しました」
「……うん、いいのよ。でも容赦ないわね、二人とも」
 鷹揚に頷きながらも、シェリルは心の中でレオンを不憫に思った。そんな彼女にソフィアが再度言い聞かせる。 

「ですから、レオン殿下の異母姉でエリーシアさんの義妹の姫様の立場としては、ここは下手に騒ぎ立てずに、レオン殿下が自力でエリーシアさんに意識して貰って口説き落とすまで、そ知らぬふりで温かく見守ってあげるべきでは無いでしょうか?」
 少し考えたシェリルは、頷いてその意見に賛同した。

「……なるほど、そうするわ。助言ありがとう、ソフィア」
「どういたしまして。元々話を出されたのが王妃様と言う事ですから、恐らく王妃様やレオン殿下の母君のレイナ様付きの侍女も同様の対応をされるでしょうから、一応念の為に進言しただけですし」
「色々面白くなりそうですね!」
「娯楽じゃないのよ? リリス」
「ねえ、シェリル、何か急いで決めなきゃいけない事でもあるの? 私そろそろ魔術師棟に戻るから、そんな隅でこそこそ話さなくても良いわよ?」
 三人が結構長い時間、顔を突き合わせて話し込んでいた為、エリーシアが不審に思いながらも大き目の声で呼びかけてきた。それに三人が慌てて反応する。

「あ、な、何でも無いの! 今、話は終わったから!」
「ご歓談中、お邪魔して申し訳ありません」
「エリーシアさん、お茶のお代わりはどうですか? 今度はターレン茶の良い物をお淹れしますよ?」
「……それじゃあ、頂こうかしら」
 結局、エリーシアの疑問は有耶無耶のまま終わった挙句、翌日にはすっぱりと忘れ去った。と同時に彼女の知らない所で、魔術師棟内と後宮において、ある事についての箝口令が敷かれる事となった。
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