1 / 68
プロローグ
運命の歯車
しおりを挟む
これ以上は無い位の寝覚めの悪さを感じながら、幼いエリーシアは覚醒した。
頭まですっぽりと布団を被っていた為に、普通ならくしゃくしゃになってしまいそうな髪は、もともと癖が付きにくいサラサラの髪質だった為、布団から顔を出すとその綺麗な銀髪は絡まりもせず肩と敷布団に流れる。そして部屋の反対側の、粗末とまでは言わないまでも自分の物と同様の簡素な作りのベッドに誰も居ない事を認めた彼女は、ゆっくりと起き上がって周囲を見回しながら、無言で寝室を出た。
(おかあさん、いない……)
寝間着では無く服を着ており外が暗くない事から、今が夜ではなく昼間だという事は何となく分かったものの、母親の葬儀の為に近所の人間が大勢集まったり、いつもと違う事ばかりして疲れてしまった自分を、周りの大人達が寝かしつけてくれた事などは、全く分かっていなかった。物心がついたばかりで、彼女には自分の母親の葬儀の意味も良く理解できていなかった為、無理のない事である。そして彼女が何気なくドアを開けて隣の部屋に入ると、そこでは小さなテーブルを挟んで、二人の男が何やら話しているところだった。
「これで誓約書は完成だな」
「その様ですね。不備は無い筈です」
(だれ?)
見慣れない男二人に歩み寄りながら、エリーシアは無言で彼らを見上げた。すると金髪と自分と同じ紫の瞳を持つ男が彼女を発見し、指差しながら相手に念を押す。
「これで、この娘がどこで野垂れ死にしようが、どんな問題を起こそうが、私には一切責任は無いわけだな?」
「そうなりますね。全く、結構な事です」
金髪の男は晴れ晴れとした表情になったが、一方の茶褐色の髪の男は舌打ちするのを堪える様な、如何にも忌々しそうな顔付きになった。そんな二人を眺めて、エリーシアは密かに困惑する。
(どうしてうちにいるの? おかあさん『しらないひとをいれちゃだめ』って。わたし、いれてない)
そんな自問自答をしていたエリーシアの前を、椅子から立ち上がった金髪の男が横切り、外へ続くドアの前に立った。そして思い出した様に、背後を振り返る。
「言っておくが、それをネタに我が家を強請ろうとしても無駄だからな」
本人は恫喝したつもりだったが、相手は冷笑で応えた。
「そんな事を仰るとは……。以前、同様の事で脅された事でもお有りなんですか? ロナルド殿」
「……ちっ!」
忌々しそうに小さく舌打ちして勢い良くドアを開けた男は、外に出るなり乱暴に音を立ててそれを閉めた。すると残された男の方は、疲れた様に溜め息を吐き出す。
「あいつの性根の腐り具合は、相変わらずらしいな。……あの方の実の兄とは、とても思えん」
そんな独り言を漏らしたアーデンに、エリーシアは不思議そうに問いかけた。
「なにしてるの?」
先程までは話の邪魔をしては駄目かと子供心に思ったのと、『あの金髪の人には係わらない方が良い』との本能に従って声をかけるのを控えていたのだが、そんなエリーシアの問いかけに、アーデンは膝を折って屈み込み、彼女に視線を合わせながら逆に問い返した。
「エリーシア。君のお母さんは死んだんだ。分かるかい?」
その問いかけに、エリーシアは何回か瞬きしてから、思いついた事を述べた。
「……おうち、もどってこない?」
「そうだね」
「まっても、だめ?」
若干心細くなりながら尋ねた彼女の両肩を軽く掴みながら、アーデンはできるだけ穏やかに言い聞かせた。
「駄目なんだ。だけどエリーシアはまだ小さくて、一人で暮らせないから、おじさんの家で一緒に暮らす事になったんだ」
そう言われたエリーシアは、再び考え込んだ。
「おじさんのうち? そこのこども?」
「そうだよ」
「えっと……、おじさん、おとうさん?」
「ああ、本当のお父さんじゃないけどね」
「ふぅん? ほんとうとうそのおとうさん、あるの?」
そこで怪訝な顔になったエリーシアに、アーデンは驚いた顔になって問い返した。
「え? エリーシア、まさか君、お父さんが誰か知らないのかい?」
「おとうさん、いないよ? しらない」
「……そうか」
キョトンとして正直に告げたエリーシアに、アーデンは苦い物を飲み込んだ様な表情になって小さく呟いた。しかしすぐに気を取り直し、立ち上がりながら促す。
「じゃあ必要な荷物はもう纏めて荷馬車に積んであるから、おじさんの家に行くよ?」
「『おじさんのいえ』はちがう、『おとうさんのいえ』」
自然に手を繋ぎながら訂正を入れてきた彼女に、アーデンが笑みを深くする。
「エリーシアは頭が良いな。それに潜在的な魔力も強いし、魔術師としての才能があるのが私には分かるよ。立派な魔術師にしてあげるから、安心しなさい」
そこでエリーシアは、歩きながら首を傾げた。
「まじゅつし? おんなのこ、あまりうまくできないって」
「偶に、例外もいるんだよ。エリーシアはひょっとしたら、私以上の才能の持ち主かもしれない」
そんな事を言われて、嬉しくなった彼女は自然と笑顔になった。
「ふうん、いろんなまほう、できる?」
「使えるようになるよ。私が持っている知識を全部、教えてあげるからね」
「うん、がんばる!」
そうして笑い合いながら荷馬車に乗り込んだ二人は、アーデンが暮らしている王都外れの森へと向かったのだった。
※※※
「……あれ?」
朝になって自然に目を覚ましたエリーシアだったが、いつも通り視界に広がる自室の天井をぼんやりと眺めながら、ひとりごちた。
「何か、凄く懐かしい夢を見てた気がするんだけど……、何だったかしら?」
そして少しの間布団の中で考えてみたが、答えが出る気配が無い為、早々に諦める。
「まあ、いいか。今日もお仕事、頑張ろうっと!」
そう自分自身に言い聞かせる様に声を上げ、勢い良く起き上がったエリーシアは、着替えをする為隣室へといつもの様に歩いて行った。
本人はすっかり忘れている事ながら、初対面の時に義父に言われた通り稀代の女魔術師に成長したエリーシアは、エルマース国内の魔術師としては最高峰である王宮専属魔術師としての職務に、日々勤しんでいるのだった。
頭まですっぽりと布団を被っていた為に、普通ならくしゃくしゃになってしまいそうな髪は、もともと癖が付きにくいサラサラの髪質だった為、布団から顔を出すとその綺麗な銀髪は絡まりもせず肩と敷布団に流れる。そして部屋の反対側の、粗末とまでは言わないまでも自分の物と同様の簡素な作りのベッドに誰も居ない事を認めた彼女は、ゆっくりと起き上がって周囲を見回しながら、無言で寝室を出た。
(おかあさん、いない……)
寝間着では無く服を着ており外が暗くない事から、今が夜ではなく昼間だという事は何となく分かったものの、母親の葬儀の為に近所の人間が大勢集まったり、いつもと違う事ばかりして疲れてしまった自分を、周りの大人達が寝かしつけてくれた事などは、全く分かっていなかった。物心がついたばかりで、彼女には自分の母親の葬儀の意味も良く理解できていなかった為、無理のない事である。そして彼女が何気なくドアを開けて隣の部屋に入ると、そこでは小さなテーブルを挟んで、二人の男が何やら話しているところだった。
「これで誓約書は完成だな」
「その様ですね。不備は無い筈です」
(だれ?)
見慣れない男二人に歩み寄りながら、エリーシアは無言で彼らを見上げた。すると金髪と自分と同じ紫の瞳を持つ男が彼女を発見し、指差しながら相手に念を押す。
「これで、この娘がどこで野垂れ死にしようが、どんな問題を起こそうが、私には一切責任は無いわけだな?」
「そうなりますね。全く、結構な事です」
金髪の男は晴れ晴れとした表情になったが、一方の茶褐色の髪の男は舌打ちするのを堪える様な、如何にも忌々しそうな顔付きになった。そんな二人を眺めて、エリーシアは密かに困惑する。
(どうしてうちにいるの? おかあさん『しらないひとをいれちゃだめ』って。わたし、いれてない)
そんな自問自答をしていたエリーシアの前を、椅子から立ち上がった金髪の男が横切り、外へ続くドアの前に立った。そして思い出した様に、背後を振り返る。
「言っておくが、それをネタに我が家を強請ろうとしても無駄だからな」
本人は恫喝したつもりだったが、相手は冷笑で応えた。
「そんな事を仰るとは……。以前、同様の事で脅された事でもお有りなんですか? ロナルド殿」
「……ちっ!」
忌々しそうに小さく舌打ちして勢い良くドアを開けた男は、外に出るなり乱暴に音を立ててそれを閉めた。すると残された男の方は、疲れた様に溜め息を吐き出す。
「あいつの性根の腐り具合は、相変わらずらしいな。……あの方の実の兄とは、とても思えん」
そんな独り言を漏らしたアーデンに、エリーシアは不思議そうに問いかけた。
「なにしてるの?」
先程までは話の邪魔をしては駄目かと子供心に思ったのと、『あの金髪の人には係わらない方が良い』との本能に従って声をかけるのを控えていたのだが、そんなエリーシアの問いかけに、アーデンは膝を折って屈み込み、彼女に視線を合わせながら逆に問い返した。
「エリーシア。君のお母さんは死んだんだ。分かるかい?」
その問いかけに、エリーシアは何回か瞬きしてから、思いついた事を述べた。
「……おうち、もどってこない?」
「そうだね」
「まっても、だめ?」
若干心細くなりながら尋ねた彼女の両肩を軽く掴みながら、アーデンはできるだけ穏やかに言い聞かせた。
「駄目なんだ。だけどエリーシアはまだ小さくて、一人で暮らせないから、おじさんの家で一緒に暮らす事になったんだ」
そう言われたエリーシアは、再び考え込んだ。
「おじさんのうち? そこのこども?」
「そうだよ」
「えっと……、おじさん、おとうさん?」
「ああ、本当のお父さんじゃないけどね」
「ふぅん? ほんとうとうそのおとうさん、あるの?」
そこで怪訝な顔になったエリーシアに、アーデンは驚いた顔になって問い返した。
「え? エリーシア、まさか君、お父さんが誰か知らないのかい?」
「おとうさん、いないよ? しらない」
「……そうか」
キョトンとして正直に告げたエリーシアに、アーデンは苦い物を飲み込んだ様な表情になって小さく呟いた。しかしすぐに気を取り直し、立ち上がりながら促す。
「じゃあ必要な荷物はもう纏めて荷馬車に積んであるから、おじさんの家に行くよ?」
「『おじさんのいえ』はちがう、『おとうさんのいえ』」
自然に手を繋ぎながら訂正を入れてきた彼女に、アーデンが笑みを深くする。
「エリーシアは頭が良いな。それに潜在的な魔力も強いし、魔術師としての才能があるのが私には分かるよ。立派な魔術師にしてあげるから、安心しなさい」
そこでエリーシアは、歩きながら首を傾げた。
「まじゅつし? おんなのこ、あまりうまくできないって」
「偶に、例外もいるんだよ。エリーシアはひょっとしたら、私以上の才能の持ち主かもしれない」
そんな事を言われて、嬉しくなった彼女は自然と笑顔になった。
「ふうん、いろんなまほう、できる?」
「使えるようになるよ。私が持っている知識を全部、教えてあげるからね」
「うん、がんばる!」
そうして笑い合いながら荷馬車に乗り込んだ二人は、アーデンが暮らしている王都外れの森へと向かったのだった。
※※※
「……あれ?」
朝になって自然に目を覚ましたエリーシアだったが、いつも通り視界に広がる自室の天井をぼんやりと眺めながら、ひとりごちた。
「何か、凄く懐かしい夢を見てた気がするんだけど……、何だったかしら?」
そして少しの間布団の中で考えてみたが、答えが出る気配が無い為、早々に諦める。
「まあ、いいか。今日もお仕事、頑張ろうっと!」
そう自分自身に言い聞かせる様に声を上げ、勢い良く起き上がったエリーシアは、着替えをする為隣室へといつもの様に歩いて行った。
本人はすっかり忘れている事ながら、初対面の時に義父に言われた通り稀代の女魔術師に成長したエリーシアは、エルマース国内の魔術師としては最高峰である王宮専属魔術師としての職務に、日々勤しんでいるのだった。
9
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる